【第三話】血脈共振
この街は、かつて血で栄えた。
そして今も、誰かが自分の血を燃やしている。
彼は爆発犯だ、罪人だ。
それでも一部の人間は、彼をこう呼ぶ。
――仮面の英雄、と。
俺の仕事は、その男を止めることだ。
廃棄区画に着いたとき、青い炎はまだ生きていた。
夜空を裂くように揺らめき、崩れた建物の鉄骨を舐める。
赤ではない。澄んだ青。熱を孕んだ静かな色。
「対象は単独。北側屋上!」
立花ミカの声が無線越しに響く。
俺は瓦礫を蹴って駆けた。
坂津トキヤが右へ回り、春日井ヒマリが後方支援位置につく。
屋上に立っていた。
白い仮面、黒い外套。
足元で、青い炎が脈打っている。
距離は二十メートル。
だが空気が重い。熱のせいじゃない。因子濃度が異常だ。
ヒマリが息を呑む。
「因子密度、通常値の三倍。自分の血だけで燃やしてる……」
三倍。
それがどれだけ狂っているか、教本で習った。
過剰因子燃焼は、貧血、臓器損傷、神経壊死を引き起こす。
長期間続けば――死ぬ。
「止まれ!」
俺は叫ぶ。
仮面が、ゆっくりとこちらを向いた。
返事はない。
ただ、青い炎が一段階強く揺らぐ。
次の瞬間、火柱が横薙ぎに走った。
「散開!」
獅子レイジの声。
俺は反射的に跳ぶ。
だが青炎は速い。熱が頬を焼く。
着地と同時に、俺は手を地面についた。
血脈共振。
自分の因子を拡張し、周囲と同期する。
鼓動が一拍、大きくなる。
視界が赤く染まる。
トキヤの因子と、ヒマリの因子。
近くにいる仲間の流れが、はっきりと見える。
「アレン、無茶すんな!」
トキヤの声が遠い、俺は共振を広げた。
ヒマリの因子を一瞬だけ増幅する。
トキヤの出力を押し上げる。
代わりに、自分の血が冷える。
青炎が再び迫る。
トキヤが衝撃波で軌道を逸らし、ヒマリが残滓を読んで回避経路を示す。
だが、仮面の男は止まらない。
青い炎が一点に収束する。
まずい、あれは――貫通型。
「やめろ!!」
叫んだ瞬間、俺はさらに因子を解放した。
血管が軋み、視界が揺れる。
仲間の因子が、強く光る。
衝撃波が増幅され、青炎と正面衝突して爆ぜた。
熱風が吹き荒れ、瓦礫が舞う。
俺は膝をついた。
今にも吐きそうだ、視界が暗い……
「アレン!」
ヒマリが駆け寄り揺さぶったと同時に、俺の鼻から血が落ちた。
過剰共振。
まだ実戦経験が少なく、制御が甘い。
青炎の向こうで、仮面がこちらを見ている。
そして、初めて声が届いた。
低く、冷たく、静かな声。
「……それで救えるのか。」
胸が凍る。
「燃やさずに、救えるのか。」
問いだ、挑発じゃない。
本気の問い。
俺は立ち上がる。
足がかすかに震えている。
「燃やすしかない救いなんて、間違ってる!」
青炎が、わずかに揺れた。
そのとき、仮面の奥から声が落ちる。
「お前になら、出来るかもしれない。」
一瞬、空気が止まった。
ヒマリが息を呑む。
トキヤが舌打ちする。
そして――。
立花ミカの指が、わずかに震えた。
ほんの僅か、だが確かに。
仮面は続ける。
「この都市の真実を、知りたくはないか?」
俺の胸が、強く鳴る。
真実。
その言葉に、獅子の視線が鋭くなった。
「アレン、耳を貸すな!」
だが仮面は、静かに言葉を重ねる。
「燃やさなければ、止まらない。」
青炎がわずかに強まる。
俺は首を振る。
「違う。俺は……燃やさない。」
仮面が、ほんの一瞬だけ沈黙した。
そして風が吹き、青炎が散る。
視界が開けたとき、仮面の男は消えていた。
残ったのは、青い残滓。
立花が、低く呟く。
「……波形、乱れた。」
その声は、わずかにかすれていた。
獅子が俺の肩を掴む。
「無理をするな、あれは長期戦だ。」
長期戦?なんのことだかさっぱりわからない。
でも俺は拳を握る。
誘いにも、揺れない。
暴く。
青い炎の残り香が、まだ夜に漂っていた。
【登場人物】
主人公:朝凪アレン
同期1:坂津トキヤ
同期2:春日井ヒマリ
上司1:獅子レイジ
上司2:立花ミカ
仮面の男:???




