【第十七話】名を捨てる
この街は、かつて血で栄えた。
そして今も、誰かが自分の血を燃やしている。
彼は爆発犯だ、罪人だ。
それでも一部の人間は、彼をこう呼ぶ。
――仮面の英雄、と。
俺の仕事は、その男を止めることだ。
焦げ付いた匂いが、まだ服に残っている。
無我夢中で走り抜けて、気がついたら廃ビルの屋上にいた。
冷たい夜風が頬をすり抜ける。
遠くでサイレンが鳴っている、 俺を探している音だ。
ポケットの端末が震えて見てみれば、局員用の速報。
『因子暴走事故が発生しました。地下設備損壊されています。重要参考人の元局員が行方不明です。下記元局員を見つけた場合、直ちに専門部署にお知らせ下さい。』
────元局員。
俺は、もう局員ですらないらしい。
笑いが漏れる。
事故、 連鎖爆発、暴走。
あの地下で見たものは、 最初から存在しなかったことになる。
端末を思い切り握りしめる。
「……ッふざけるな!!」
だが怒鳴っても、都市は止まらない。
翌日。
隠れるように路地裏に息を潜めていると、端末に内部データが送られてきた。
情報管理はどうなってるんだと思いつつ開くと、匿名回線から流れてきた昨日の解析ログだった。
因子供給量………微減。
暴走事故率……維持。
つまり、地下は一つじゃない。
俺は目を閉じる。
燃やした。 壊した。 だが終わらなかった。
燃やすだけでは足りない。
なら、全部だ。
施設も。 記録も。 名前も。
胸ポケットの局員証を取り出す。
顔写真。 所属。 名前。
しばらく見つめる。
馬鹿みたいに笑っている。
三人で救えると思っていた頃の顔だ。
指先に炎を灯すと、写真が黒く焦げる。
名前が、歪む。
「……いらない。」
局員も。 仲間も。 守る側も。
必要なのは炎だけだ。
ふと傍らの破れた黒いゴミ袋の中にあった、白い仮面を取り出す。
逃亡用、識別回避用……
だが違う。
これは隠すためじゃない。
俺を消すためだ。
仮面を持つ手が、わずかに震える。
一瞬だけ、顔が浮かぶ。
止めると言った男。 記録を握りしめた分析官。
それでも。
被る。
視界が、狭くなる。
息がこもる。
俺の顔は、もうない。
俺の名前も、ない。
残るのは、青い炎だけだ。
その日。
都市に一人の逃亡犯が生まれた。
同時に。
一つの名前が、焼け落ちた。
【登場人物】
仮面の男:???




