同じ画面(駅務室編)
後輩は、僕の席の後ろに立つ癖があった。
「先輩、それ何してるんですか」
僕はいつも同じ画面を見ている。
駅の監視カメラ。
特に事件は起きない。
定刻通りに人が通り、定刻通りに電車が来る。
「仕事だよ」
「…面白いですか」
面白いわけがない。
でも後輩は、僕の隣に椅子を持ってきて座った。
「ここ、見てると落ち着きますね」
画面の中で、誰かが傘を忘れていった。
別の誰かが拾い上げて、首を傾げた。
僕はメモを取る。
後輩も覗き込む。
「落とし物、多いんですね」
「多いよ」
「…先輩も、落としそう」
「何を」
後輩は少しだけ笑った。
「大事なもの」
そのとき、背後で咳払いがした。
「谷口」
駅長の加賀森だった。
僕は反射で背筋を伸ばす。
「監視は一人でやれ。私語はするな」
「すみません」
後輩も慌てて立ち上がる。
「申し訳ありません、駅長。私、邪魔で…」
駅長は後輩を見た。
眼鏡をくい、と上げる。
「……邪魔かどうかは私が決める」
後輩の肩が小さくすくむ。
駅長は監視画面に目をやった。
何も起きていない。
いつも通りの改札。
いつも通りのホーム。
駅長は少しだけ黙って、
「……起きないのが一番だ」
そう言って踵を返した。
出ていく直前、振り向かずに言う。
「椅子は、一脚だけにしておけ」
扉が閉まった。
沈黙が戻る。
後輩は小さく息を吐いて、僕を見た。
「怒られましたね」
「怒られたな」
「でも…追い出されませんでした」
「うん」
後輩は、そっと椅子を引いた。
ほんの数センチ。
でも隣にある。
画面の中では、何も起きない。
起きないことが仕事だった。
それなのに。
隣で息をする人がいるだけで、
いつもと同じ画面が、少し違って見えた。
後輩が言う。
「先輩」
「なに」
「私、ここにいると眠くなるかも」
「寝るなよ」
「じゃあ、起こしてください」
「どうやって」
後輩は言わなかった。
代わりに、僕の机の端に小さな付箋を貼った。
『起こす係』
次の日も後輩は来た。
同じ画面を見て、同じように頷いた。
事件は起きない。
落とし物も、いつも通り。
ただ一つだけ、増えていく。
椅子が、二脚あること。
翌朝、椅子は最初から二脚置いてあった。




