**「第二次欧州戦争(Western–Soviet War)」第1段階(ソ連の電撃攻勢→連合軍の防衛 戦)**
背景
1945年5月、連合軍(英・米・仏・日本など)はベルリンを制圧し、ドイツ政府の正式降
伏を受諾。
しかし、ソ連軍(ジューコフ・コーネフ麾下)は「ベルリンは我らが犠牲で奪うべき」
として進軍を停止せず、連合軍警告を無視して進撃を続行。
5月中旬、ブランデンブルク東方で両軍が衝突。最初は偶発的銃撃だったが、瞬く間に全
面戦闘へと発展する。
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開戦初期の状況
連合軍はドイツ降伏処理と占領任務を優先しており、兵站・指揮系統は分散状態。
一方、ソ連軍は前線に数百万の兵力・数万両の戦車を保持しており、しかも“次の戦争”を
想定していた形跡すらある。
ソ連軍は短期決戦を狙い、東ドイツ全域を突破し、西方への電撃攻勢を開始した。
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ソ連軍の攻勢(5月下旬〜6月初旬)
• 作戦名:赤嵐作戦(Операция Красная Буря)
• 指導:ジューコフ元帥、ヴァトゥーチン、コーネフら
• 兵力:約250万、戦車1万両、航空機8000機
• 目標:ベルリン奪還、ハノーファー~ライン川東岸までの制圧
主な進撃ルート
1. 北方軍集団(バルト沿岸→ハンブルク方向)
2. 中央軍集団(ベルリン→マクデブルク→ハノーファー)
3. 南方軍集団(ドレスデン→バイエルン北部)
ベルリン包囲下の連合軍は完全に奇襲され、英米軍・日本遠征軍・フランス自由軍が混
乱状態に陥る。
各国の通信体系は統一されておらず、ソ連の大規模砲撃と空襲によって前線が寸断され
る。
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連合軍の苦戦
• ベルリン防衛戦はわずか3日で崩壊。
• 日本第1遠征軍(イタリア戦線で実戦を積んだ部隊)はマクデブルク付近で奮戦する
も、重戦車群の突進に押され撤退。
• 英第8軍、米第1軍は各地で孤立。補給線が断たれ、航空優勢も失う。
連合軍はドイツ中西部まで撤退。ソ連は圧倒的な装甲力でライン川手前(ケルン、マイ
ンツ、ストラスブール周辺)まで進出し、**“赤い大波”**と呼ばれる。
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連合軍の反撃準備
しかし、ソ連の進撃は補給の限界を超えていた。
占領したドイツの鉄道網は破壊され、燃料は不足、航空機の損耗も激しい。
連合軍はこれを利用して急速に再編に入る。
反攻体制の確立
• 連合遠征軍最高司令官:アイゼンハワー元帥
• 参謀総長:モントゴメリー将軍
• 欧州派遣日本軍代表:田中新一中将(日本第1軍)
再編要点
• 米本土・英国からの再増援(戦車・燃料・航空支援)を集中投入
• 日本軍には機動防御任務を付与(南部ドイツ〜オーストリア国境線を保持)
• 連合空軍は再び西欧全域で航空優勢を確立すべく再編成
6月末、連合軍はライン川沿いで陣形を整え、
ソ連軍の補給は完全に破綻し、進撃速度は急激に鈍化する。
**「最後の防衛線」**を構築。
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戦況転換点:独仏国境防衛戦(6月末〜7月)
• 地点:マインツ~カールスルーエ~ストラスブール
• 連合軍は各国混成軍を配置し、火力・航空力で優勢を回復。
• 米軍の新型戦車M26パーシング、英軍のセンチュリオン、日本軍の新式中戦車(改良チ
ハ7.62mm仕様)が実戦投入される。
• 空では日本・米英の合同航空群(P-51・スピットファイア・零戦改良型)が出撃し、ソ
連のYak・La戦闘機を撃墜。
7月中旬、ソ連軍の攻勢は停止。補給と人員損耗により進撃不能となり、前線は事実上の
膠着状態に入る。
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この時点での各国情勢
●連合国側
• 勢力圏:フランス全域、オランダ、ベルギー、ライン川以西
• 被害:兵員100万、戦車2万両喪失
• 政治:各国で「反ソ同盟」結成の声が高まる。日本も外交的に強く反ソ姿勢を打ち出
す。
●ソ連側
• 勢力圏:ドイツ東部・ポーランド・チェコ全域
• 兵力損耗:戦車5割、航空機4割、燃料ほぼ枯渇
• スターリンはなお「ベルリン奪回」を主張するが、現場は疲弊
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まとめ:第一次欧州・ソ連戦争(1945年夏)の戦況整理
項目 連合国 ソ連
兵力投入 約500万(含日本2個軍) 約700万
戦車 4万両 1万2000両
航空機 1万機 8000機
結果 独仏国境で防衛線維持、再反攻準備 攻勢失敗、補給枯渇で膠着
戦略評価 かろうじて欧州西半を保持 戦略的敗北、戦略主導権喪失




