■ トラック沖海戦後の日本・米・英・豪停戦交渉(1943年6月〜9月)
背景:トラック沖海戦の衝撃(1943年5月)
トラック沖海戦(架空)
• 米英が太平洋戦線の主導権奪回を目的に、
残存空母(エンタープライズ、サラトガ、ヨークタウンII、イラストリアス級など)を
集結。
• 強襲揚陸部隊を伴い、日本中枢根拠地トラック島への直接侵攻を試みた。
しかし、
日本は第一機動艦隊(翔鶴、瑞鶴、蒼龍、飛龍、龍驤)と
陸上基地航空隊を総動員し、迎撃。
結果:
• 米空母5隻中3隻沈没(サラトガ、イラストリアス、ヨークタウンII)
• 日本側は蒼龍・飛龍中破、瑞鶴軽損。
• 米英揚陸艦隊壊滅、兵力損耗率60%超。
• 太平洋艦隊司令部はハワイへ撤退。
この敗北により、米国・英国ともに一時的に太平洋方面での攻勢能力を喪失。
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オーストラリアの動揺と独自和平模索(1943年6月)
オーストラリア政府(首相:ジョン・カーティン)は次の二点で深刻な危機を感じてい
た:
1. 北部都市ダーウィン・タウンズビルが連続空襲を受け、制空権喪失。
2. 連合軍の補給線が日本潜水艦・航空機により遮断され、米英からの支援が滞る。
国内では「このままでは本土決戦になる」「連合国はオーストラリアを見捨てるのか」
との声が高まり、
停戦を条件に中立化を図る動きが政府内部で浮上。
この段階で、オーストラリア外務省はスイス・ポルトガル経由で日本に非公式接触を行
う。
(仲介役はタイ王国およびスウェーデン公使館)
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非公式接触:スウェーデン経由の予備交渉(1943年6月末〜7月)
日本側交渉担当
• 外務次官:吉田茂
• 海軍中将:井上成美(和平推進派)
連合側接触経路
• オーストラリア高等弁務官:サー・フレデリック・エッガース
• 英国外務省次官:アレグザンダー・カドガン(非公式)
• 米国:直接参加せず、「観察・承認のみ」。
主な協議内容(非公開覚書)
日本は東南アジア・太平洋島嶼の現状維持を主張。
オーストラリアは北部非武装化を要求。
双方とも「独立国家としての面子維持」を重視し、**「停戦協定」として締結、降伏では
ない」**という形式で一致。
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停戦に向けた英米の内部調整(1943年7月)
米国内の反応
• ルーズベルト政権内では「日本との講和は早すぎる」との声が大勢。
• ただし、**欧州での戦況(シチリア上陸作戦準備・ソ連への支援要求)**が逼迫してお
り、
太平洋での大規模戦力維持が困難。
→ 「日本との休戦を利用して欧州戦に集中すべき」という実務派(マーシャル、キン
グ)も台頭。
英国の立場
• チャーチルはオーストラリア防衛を放棄するつもりはなかったが、
現実には補給力の限界を悟り、
「日本を完全に倒すよりも、反独連携に転用する方が得策」と判断。
→ 英国は「停戦交渉に入ることを黙認」する。
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ホノルル予備会談(1943年8月)
開催地:ハワイ・ホノルル米海軍施設(中立会談形式)
出席者:
• 日本代表:重光葵、井上成美、吉田茂
• 英国代表:アンソニー・イーデン(外相)
• 米国代表:ハル国務長官代理(非公式)
• オーストラリア代表:ハーバート・エヴァット(外相)
主な交渉ポイント
日本の譲歩案
満州国における英米経済進出の容認(門戸開放)
朝鮮・台湾における独立・自治選挙の実施
中国本土(華中・華南)からの段階的撤兵
東南アジア諸国の独立支援(事実上の撤退)
三国同盟破棄、および対独外交断絶
欧州戦線への「協力検討」
戦後、陸海軍の段階的縮小と政治関与の禁止
連合国側要求
• 日本の対独同盟破棄を「停戦条件の前提」とする。
• オーストラリア北部およびモレスビーの非武装化。
• 満州国への国際管理委員会(米英中代表)設置。
対立点
• 米国は「中国(蒋介石政権)への配慮」を主張。
• 日本は「中華人民共和国(共産側)との接触開始」を表明。
→ 交渉は一時中断するが、英国とオーストラリアの仲介により再開。
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ホノルル停戦協定(1943年9月15日締結)
正式署名国:
日本・英国・オーストラリア・米国
(中華民国・オランダはオブザーバー参加)
主な条項
太平洋戦線の即時停戦・戦闘行為停止。
南方占領地域の現状維持(戦後処理委員会で協議)。
満州国の国際管理(5年後に自治国家として再承認)。
日本は独伊との同盟破棄を通告。
英米は対日経済制裁を解除、石油・鉄・食糧の供給を再開。
朝鮮・台湾の自治選挙を1年以内に実施。
戦後、日米英の合同委員会で防衛・経済協力体制を構築。
→ 形式は「講和」ではなく「停戦協定」。
日本の「降伏」ではなく、あくまで「休戦」。
国際的には「第二次太平洋戦争の凍結」として扱われる。
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結果と影響
日本
• 経済封鎖解除により、国内産業が急回復。
• 欧州派兵交渉を通じて、国際的地位を再構築。
• しかし軍内部では不満が蓄積し、のちの**「十月事件(クーデター未遂)」**へと発
展。
米国
• 太平洋戦線から兵力を転用し、ヨーロッパ侵攻に全力集中。
• ルーズベルト政権は「戦略的休戦」として議会の支持を得る。
英国・オーストラリア
• 日本と事実上の国交回復。
• 英国は「アジア再植民地化計画」を放棄し、
インド・ビルマ独立への道を進める。
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総括
この停戦は、単なる「敗北回避」ではなく、
日本がアジアの覇権国家から、欧米協調の一員へと転身するための政治的転換点とな
る。
• トラック沖海戦の勝利が「外交のカード」となり、
• 満州の門戸開放・同盟破棄を条件に「名誉ある講和」を実現。
• 米英は日本を「太平洋の安定要素」として再評価し、
のちの日英米連携による対独戦派兵へと繋がっていく。




