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第2章「影の命令」 

廃工場の一角。外壁は砂風に晒され、窓ガラスは風鈴のように軋み、砕けかけていた。


「確認した、こちらの目標だ」


深見が低く呟くと、有里が思わず口笛を吹いた。


「まじかよ。これが……武沢隊?」


薄暗い部屋の奥、二人の男が座っていた。ひとりは無精ひげをたくわえた精悍な顔つきの男。もうひとりは若いが、背筋をぴんと伸ばし、顔色ひとつ変えず深見を見返していた。


縛られているはずなのに、余裕すら感じさせる。尋常ではない。


「まず、確認しよう」

深見が切り出した。「君たちは、正式な命令を受けて、このエリアで活動していると主張する。だが、我々には『戦線離脱した部隊を拘束せよ』との命令が下っている。どちらが嘘をついている?」


「その命令は一部の人間しか知らない。君らはコマにされているだけだ」


そう言ったのは、年長の男、武沢だった。声に怒りはなかった。事実だけを述べている口調だった。


「君たちは知らされていない。いや、知らされるべきではなかった。だからこそ我々がここにいる。そして今、君たちがここに来た。それだけのことだ」


「はぐらかすな」


深見の語気が強まる。


「なぜ勝手に戦線を離脱した? 任務は何だ? 話せ」


「……任務は、ある対象の排除。政治的任務だ。あえて言うなら──暗殺だ」


室内の空気が凍った。


須藤が思わず目を見開いた。有里が一歩、後ずさる。


「政治的……?」


「だが、その任務には不可解な点が多かった。監視役もいない。通信も制限されていた。奇妙な命令だ。だから我々は疑った。──この作戦は、“私的な殺人”を軍事任務に偽装しているのではないか、と」


武沢の隣の若い男、金子が小さく笑った。


「君たちには想像しにくいだろう。政府が、いや“ある権力者”が、個人的な理由で敵を殺す。そのために、国家権力を使う」


深見は言葉を失った。だが、有里は耐え切れなかった。


「ふざけるな! 俺たちは命懸けで動いてるんだぞ? 正義だと信じてきた!」


「それは理想だ。現実はもっと汚い」


金子がささやくように言った。


「上は、我々を“処理”するつもりだ。感染源として。なぜなら、我々は“事実”を知ってしまった。──病原体なんだ、我々は」


「処理……?」


通信士が慌てて部屋に駆け込んできた。


「深見さん! さっきのGPSデータ、座標が確定されました! しかも、目標設定信号が送信された形跡が……」


「……つまり、爆撃の準備が進んでいる」


深見が呟いた。背筋に冷たい汗が流れた。


金子が、不気味な笑みを浮かべて続けた。


「そうだ。この建物は吹き飛ぶ。君たちもろとも、我々を抹消する。それが“組織の論理”だ。任務失敗者、裏切り者、そして“知りすぎた者”。君たちは今、その三つを満たしている」


「……選択肢はあるのか?」


「あるとも。君が我々をここで“処分”し、その映像を送る。上はそれで満足する。実行犯が制裁された、という証左になる。爆撃は中止されるだろう」


「……自分の手で撃て、と?」


「そうだ。君たちが生き残るには、それしかない」


沈黙が流れた。


誰も言葉を発さない。風の音すら、どこか遠くに消えていく。


有里が口を開こうとしたが、止めた。須藤は、ただ深見の顔を見ていた。


「考える時間は、あまり残されていない」


金子が幽霊のように言った。


深見は無線機を手にした。


「通信士。状況報告を──いや、座標の再送信をやめろ。ストップだ」


「……はい」


武沢が言った。


「最後にひとつだけ、頼みがある。捕まっている我々の仲間を逃がしてくれ。あいつらは何も知らない。生きて帰らせてやってくれ」


「上は信じない。“疑わしきは排除”が奴らのやり方だ」


金子が呟いた。


深見は言った。


「だが、それでも、やれることはある。お前たちを……」


銃口が、武沢に向けられた。


震える指。曇る視界。

トリガーにかかる指が──静かに、止まった。


 


──続く。



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