第9話 ヘアセット
コンコン。
扉からノックの音がしたので、そちらに向かう。開ければ、ピカピカ笑顔のヨツバちゃんがいた。
なるほど、マイルームの外にワープしてくるのね?
自分で飛ぶときは、直接マイルームの中にワープだから、突然家の中に現れるものだと思ってた。
「こんばんはっ、お邪魔します!」
「こんばんは。どうぞ」
それにしても、私ってばロールプレイが板についてきた気がする。落ち着いた喋り方も得意になってきた。……内心とのギャップは酷いけどね。
「それじゃあ……椅子に座ってもらえますか」
「椅子?! 一つしかないですよっ、僕、床で良いですっ」
「床に座られても結びにくいので……。椅子に座ってくれると助かります」
「……は、はい……失礼します!」
恐る恐るって感じに座る。落ち着かないのか、そわそわきょろきょろしていて、私と目があったらピンっと背筋を伸ばす姿は、小動物みたいで愛らしい。
「えっとあの、……今日はよろしくお願いします……!!」
「…………こちらこそ、よろしくお願いします」
行儀よくぺこりと頭を下げてくれるので、こちらも下げ返す。
…………この返しで良かったのかな?
素だったら「はーい! 任せてねっ」って言ってたんだけど、今はお兄さんだからね。こう言うふとした時に、素とは違うことをしているとどう対応すればいいのか分からなくて難しい。
「それで、三つ編みカチューシャって、どう言うやり方が良いとかありますか?」
「……エッ、種類とかあるんですかっ!?」
「…………あり、ますね。真ん中から両サイドに向けて三つ編みを作ったり……、真ん中からは同じでもその三つ編みを交差させたりとか……。あとは、耳の後ろから逆側の耳まで編み込みで作るカチューシャも可愛いですね」
「ほぇぇ…………って編み込みっ!? それって難しくありませんかっ編み込み出来るんですかっ!?」
「…………。出来ますよ」
だって、私の左側は編み込みですし、おすし。
「編み込みまで出来るの凄いですねっ……! ……三つ編みすら出来ない僕からしたら……ネイビーさんは雲の上の人過ぎて、凄いしか言葉がでてきませんっ」
「……ありがとうございます?」
大袈裟だなぁ。でも、そういうの、美少女によく似合ってるよ、ヨツバくん。……あ、ヨツバちゃんか。もう、僕がデフォルトになってきちゃってるねーかわいいねー。
「それで、どの結び方が良いとかありました?」
「……あの、聞いてもあんまりイメージ湧いてないんですけど、一番気になるのは編み込みですっ……!」
「編み込みですね、……じゃあそれで決定で良いですか?」
「エッこちらこそ良いんですかっ? 一番大変そうですけど大丈夫なら、編み込みカチューシャ、お願いしたいですっ」
はーい、とな。
「あ、お金と素材、先に送らせてもらいますねっ! あと、ゴムです」
ピコン、と音を立ててアイテム受信のウィンドウが目の前に表示される。
ふむふむ。ホーンラビットとホーンフロッグの角や皮にお肉、それにプラスホーンフロッグの粘液。……粘液って何に使うの? 貰えるものは取り敢えず貰うけど。
あとは、ラビットベアシリーズも沢山ある。……ウサギなの、クマなのどっちなの? 因みに、それの毛皮が一番レア度が高い。これって、序盤ではかなり良いものなんじゃないかな?
髪結ぶだけでこんなにアイテムを貰っちゃっても良いのかなぁ……、相場がわかんないよ!
それで、お金はなんと10000G……!!!
私の所持金の10倍……!?
「ちょ、ちょっとっ?! 貰い過ぎじゃないですか、これっ!?」
「何を言ってるんですか? 少ないくらいですよっ! 見ず知らずの人の髪を結んでくれる良い人なんて早々いないですからねっ!?」
結んでもらう立場の僕が言うのもなんですけどっ、って言われる。確かに……、いやでも、ここまで貰えるって聞けば手を挙げる人も何人かはいるんじゃないかな?
「本当に、私、……コホン、俺でいいんですか? ただの素人ですよ……?」
「はい! ネイビーさんの髪型めっちゃ好きなので、そんな髪型を作れるネイビーさんにお願いしたいんですっ!」
う、嬉しい〜〜〜〜〜!!!
動揺で素も出たけど、そんなの忘れられるくらい嬉しい。私も自分のアバターの髪型好きだよ、大好きだよ!
頑張った自慢の物を褒められるのって凄く嬉しいね。
「……任せて、ください。期待に応えられる様に頑張ります」
「はいっ、よろしくお願いしますっ……!」
お姉さん(見た目お兄さんだけど)頑張るよ~!
「まずはセーフガードをオフにしますねっ! オンだと髪の毛触れないですよね?」
「…………触れませんね」
そっか、セーフガードオンだと髪の毛も駄目なんだ。……というか、面白い。知ってはいたけど、体の周りに空気の圧があるかのようで触れることができない。
「……よし、これでどうでしょうか?」
「! 触れますね。…………ヨツバさんだけオフにしてるのはフェアじゃないので、結んでいる間は俺もオフにしときます」
「エッ、そんなこと気にしなくて良いんですよっ、僕が頼んでいるんですから……!」
そう言われても、こう言うの気になっちゃうんだよね。公平性は大事にしたいし、ヨツバくんのこと悪い子じゃないだろうなーって思っちゃったから、結んでいる間くらいセーフガード外してても大丈夫かなって。……こう言う性格だから客引きとかナンパの標的にされやすいんだろうな。
でもでも、ヨツバくんは平気そうじゃない?
『私』って言いたいのに、ついつい『僕』って言っちゃう演じることが苦手なタイプだし、隠し事とかも苦手そう。だから、人を騙すとか出来ないだろうなって。
……うん、良い子だって信じたいんだよね。
あ、因みに触った髪の毛はサラサラでした。
「ヨツバくん……、いえ、ヨツバさんが変なことをしなければ関係ない設定なので気にしないでください」
「もちろん変なことはしないです! しない、ですけど……」
うーんって納得いかなそうなヨツバくんと押し問答。だけど、最終的には折れてくれた。
因みに、セーフガードは個別設定が出来るので、ヨツバくんの設定だけオフにしてあります。これで、終わったあとにヨツバくんの設定をオンにし忘れても、プレイヤー全員ではないので安心安心。…………後でしようと思っていたことを、その時になったら忘れてることってあるよね、うん、人間だもの。
よーし、それじゃあ編み込みカチューシャ作っていこうっ!
「……あっ、あの結んでいるときに写真撮っても良いですか?」
……えっ、天才??? 私もその写真欲しいが?
「……あとで俺にも写真を送って下さるなら」
「! そんなことでいいなら送りますっ、いっぱい撮りますね!」
やった〜! これで美容師風お兄さんのスクショが手に入っちゃうよ。ピースだね。
このイケメンアバターで、美少女の髪をセットしている姿って絶対絵になるだろうなぁ。どの角度から撮っても良いものしか撮れないと思う。
それじゃあ、今度こそ結んでいきますか!
サラサラしてました(2回目)。
まぁ、髪の質感は全てのアバターで一緒なので、ヨツバくんの髪と同じく私のアバターの髪の毛もサラサラなんだけどね。
なんだか自分のキャラメイクの時に、何度もクリエイトモードで髪型を作った時間は、この時の為の予行練習だったんじゃないかって思えてきた。
一度結んだことのある髪質の髪の毛で、結んだことのある髪型だっていうこともあって、特に問題もなくスイスイ作っていける。
まぁ、編み込みをしているときは、手が二つじゃ足りないよ〜!って泣き言を吐きたくもなったけど、可愛い髪型の為と何度も心の中で唱えて頑張った。
〈『ヘアセット』のスキルが解放されました〉
〈旅人レベルが4に上がりました〉
〈スキルポイントが2付与されます〉
しかも、スキルまで解放されちゃったし、レベルも1上がってスキルポイントも貰っちゃった。こんなことも、生産作業に入るんだね。
「わぁ……すごい………」
ふっふっふっ、どうだ、みたかー!
ヨツバくんの髪型はストレートロングから、編み込みカチューシャと三つ編みおさげの可愛らしい髪型に大変身した。
分かりやすいように、私の視点から何枚か角度を変えた写真を撮って、ヨツバくんにも見せる。見せ方は、写真を選択して共有表示を有効にするだけ。そうすると、目の前にウィンドウが出現するので、そのウィンドウの位置を二人で見れる場所に調整すれば一緒に見ることが可能だ。
「本当に……すごいですね…………。途中途中、写真撮ってましたから、どんどん編み上げられていくのは分かってましたけど、完成を見ると更にすごくて、上手く言葉が出ません……。ほんと、めちゃくちゃ可愛いですね……」
えへへ、やったね。
「ありがとうございます」
ふふふ、本当嬉しい。もし素の私だったら小躍りしちゃったかもしれないくらい嬉しい!
小躍りしだす変な人にならなくて済んだから、お兄さんアバターで良かったなあって深く思う。
「三つ編みおさげもボリュームがあってかわいいですね。ふわふわ……」
「良かったです。……毛量が多かったので更にふわふわになりました」
きゅっと三つ編みを作ったあとに、ふわりとするように編んでいる髪を引っ張ってふわふわに整えました。妹より毛量が多くて、三つ編みを作るのは結構大変だったけど、その分、ふわふわの可愛らしさが出たので良かった。
「わ、わ、本当ですか! 僕、多い方が良いのか少ないほうが良いのか分からなくって、一番多くしちゃったんです……! それのおかげ?なら良かったです」
天使だねぇ。にぱぁっと笑うたびに周りに花が舞う様に見えてしまう。可愛い。元々可愛かったのに、更に可愛くなったね。
自分で髪型を作ったのもあって、余計に可愛く見える。もう、ドヤ顔だよ。
「あっ、写真送りますねっ! ネイビーさんを格好良く撮れた写真もあるので、ぜひ見てください」
「ありがとうございます」
「それと、出来たら先程見せて頂いた後ろ髪の写真を頂けませんか?」
「良いですよ」
サクッと写真交換して、頂いた写真を見る。
ふぉぉ、確かにうちのネイビーくんが格好良い……!!
想像以上に絵になっていて、お金を払いたいくらい。
「写真撮るの上手ですね。全てがいい構図で有り難いです」
この嬉しさよっ、ヨツバくんに届け……!!
無愛想敬語設定なのが辛い。めちゃくちゃ喜んでいることが伝えにくい。伝わって、お願い。
「えへへ、そうですか? そう言って頂けて嬉しいです」
ヨツバくんの笑顔が更に輝いたから伝わった、って信じたい。
「あ! 僕、この写真が一番のお気に入りなんです」
「どれですか?」
ウィンドウの位置が悪くて、写真がよく見えない。見ようと私が椅子の後ろから身を乗り出すのと同時に、ヨツバくんが私を振り返る。それによって、びっくりするくらい顔が近付いて、私は目を瞬いた。
「これ、で……す…………っわぁあっっ」
「!? あぶなっ……!」
ヨツバくんも近さに驚いたのか咄嗟に身を引く。が、身を引いたことによって、そのまま椅子ごとヨツバくんの体がグラリと傾いていく。咄嗟に支えるが、私の貧弱ステータスでは支えきれなくて、引っ張られるように一緒に倒れていく。
なんとか、ヨツバくんの頭を守りたい……!
ゲームと言えど、痛みはリアルらしいからね!
…………それにしても、ヘアセット前に椅子を動かしておいてよかった。最初に置いた場所のままだったら、テーブルに頭か体を強かに打ち付けていたことだろう。
「…………あの、あの……ごめんなさい…………」
何とかヨツバくんの頭を死守出来た、と深く息を吐いていたら、顔をぶわぁと真っ赤にした美少女と目があって、数秒固まる。
…………これってもしかして、俗に言う床ドンってやつ?