進化する社会
現代社会に暮らす我々人類は、競争の中で生きている。
時に、他人と比べたり競い合ったりすることに疲れ、是非が問われることもあるが、この地球上で競争が存在しなかった時代が果たしてあっただろうか。生物は皆、日々生存競争にさらされ、人間も例外ではないのだ。競争は敗者となった種を地の底に埋め、進化を促してきた。
『仲良く手をつないでゴールしましょう』という理想を否定するつもりはないが、生きている限り、競争から逃れることはできない。そして、進化の波に我々が逆らうこともまた難しいのかもしれない。
毎朝、私はこの競争社会が生み出した“化物”に飲み込まれる。そう、通勤電車だ。鉄と電気で動くこの巨大な獣は、単なる移動手段にとどまらず、まるで進化の実験場。車内に広がるのは、密林のような弱肉強食の世界。この閉ざされた空間では、進化が加速度的に進み、独自のルールと生物が存在する。座席を巡る争い、吊革の位置取り、ドアが開くと同時に始まるレース。すべてが生存競争であり、我々に進化を促しているのだ。
電車のドアが開く瞬間、乗客たちは降りる客をかわしながら、一斉に車内に飛び込む。この時、彼らの視野は馬並みの広さを得る。その目から得た情報をもとに、空いている席との距離や必要な歩幅を瞬時に計算し、肉体を駆使して席を目指すのだ。彼らは新種の【席取り動物】とでも呼ぶべき存在だ。彼らの目的はただ一つ、座席の確保。三大欲求を超えるような渇望に突き動かされ、恥も外聞も捨て、老若男女を問わず、競争相手には容赦がない。
その競争に敗れ、座席を確保できなかった者たちは、それぞれ自分の立ち位置を確保する。そして、次第に【デジタル孤独種】へと変貌する。スマートフォンの画面を見つめ続け、孤独感を深めていることに気づかぬまま、まるで光合成するかのようにデバイスの光を頼りに生きるのだ。
その頭上を飛び交うのは【吊革鳥】だ。彼らは小さくなることで、翼と制空権を確保することに成功した変異種だ。彼らは最適な吊革を探して群がる。ただ、確保できなくても問題はない。なぜなら、【デジタル孤独種】が床に根を張っているので、止まり木には困らないのだ。
他にも、乗客の足もとにするりと入り込むために軟体動物のように進化した者や、壁や天井に張り付くヤモリのような進化を見せる者もいる。しかし、それらはまだ進化の途中なのかもしれない。いずれも【通路支配者】にたやすく捕食されてしまったのだ。通路に堂々と立つ巨大な肉食獣、【通路支配者】を動かせるのは、本人の意志以外にはあり得ない。
しかし、その彼もいずれは淘汰されて、化石のように消えていくだろう。進化はまるでウイルスのように急速に広がっている。
今朝、私はさらに進化した存在を目撃した。ついに重力を捨て去るものが現れたのだ! 彼らは車内を無重力空間にいるかのように漂うだけでなく、手足を使わず、意志の力のみで空中を自由に泳ぐことができる。……しかし、その表情には【デジタル孤独種】と同様の無機質さが浮かんでいた。とても自由を謳歌しているようには見えない。座禅を組み、悟りを得た彼らは喜びすらも置き去りにしたのだろうか。
……いや、違う。彼らは悟りを得たのではなく、諦めたのだ。そう、彼らの名は【テイネンジー】だ! その胸に抱えるのは諦念。ただ首を切られることなく、定年まで雇用してもらいたいという微かな欲望が残るのみ……いや、なんだ? 彼らの胸のあたりで何かが動いて、あ、ああ、なんということだ! 彼らは寄生されていたのだ! 胸から飛び出したのは新たに進化した種だ! ついに人間を乗り物に、また食い物にした彼らこそが、この時代の頂点捕食者だったのだ! その名は、ええとキセ――
『はい。間もなく、ドアが開きまーす。ご注意ください』
「あ、降ります」
「あ、すみません……」
【通路支配者】でもない私は、背中を押されて素直に電車から降り、再び乗り直した。いいところだったのに、現実に引き戻されてしまった。
ああ、こんな空想をもし他人に話したら馬鹿げていると笑われるだろう。しかし、長時間の満員電車を耐えるにはこれが一番の方法なのだ。そうとも、これもまた一つの進化の形と言えるのではないだろうか。大げさなどではない。通勤電車は我々を未来に運んでいることは間違いないのだから。
……ん?
「おえっ、あうっ、おえっぷ」
ほお、目の前で吐くふりをして座席を譲らせたか。擬態途中の女が口紅を落とし、慌てて席を立ったぞ。あれもまた一つの進化だな。新種の名はそうだな……
「おえっ、あ、あうお、ああああああぁぁぁ! 胸、胸! 中に、あああああああぁぁぁぁぁ!」
えっ――