目覚め
この大地は、まだ若い。いや、生まれたてというべきかもしれない。
ほんのりと、お日様の匂いがする。
現の国も黄泉の国も、まだ余白が十分過ぎるほどあるみたいだ。
それにしても風が心地よい。
陽だまりが温かい。
草木の命の香りも漂ってくる。
間違いない。ここは天国と呼ばれる場所だろう。
私は静かに目を開いた・・・。
「ここは・・・。」
私はゆっくりと体を起こす。
どこも痛くない。
五体満足な体がある。
あまりにも無垢な、白い衣に包まれている。
なにより命の、温かく弾ける脈動を感じる。
確かに私は存在する。
「生きている・・・。」
私は首を傾げる。
多分死んだ・・・。そう思っていた。
だが、私には前の時間軸の記憶がある。
続いているのだ。間違いなく。
「神よ。お目ざめにございますか。」
すぐ傍から声が聞こえる。
「神・・・?」
私は声のした方向へ振り向く。
「・・・。君は?」
そこにはまだうら若き少女が控えている。
私と同じ白を基調とした簡素な衣を身に纏い、その腰のあたりまで伸びた蒼色の髪を、軽く後ろで束ねている姿もそうだが、その纏うオーラは眩しく、そして高貴な印象を受ける。
「失礼しました。我が名は鏡と申します。神に仕える月の巫女にございます。」
「・・・。」
私が神・・・?
少なくとも前の世界ではない。断定もできないが、何となくそんな気がする。
とすれば、私はこの世界では異物なのであろうか・・・。
転生?召喚?でもなさそうだ。
「・・・。私は神ではないよ。多分・・・。」
私はぽつりと言う。その先にある少女の視線が痛い。
驚きか?落胆?しているのかもしているのだろうか?
「・・・。」
鏡と名乗った少女は何も言葉を発しない。何かを考えている様にも思える。
だが、先程までの温かい空気が、急激に張り詰めていく。
だだ、目覚めたばかりの私にとって、神という言葉は衝撃だ。
当然、すぐにそれを受け入れる気にはならない。
「・・・。この不敬。どうかお許しを。」
少女は静かに立ち上がる。その所作は無駄がなく、しかも美しい。
「ハッ!」
だが次の刹那、彼女の手から光の玉の様なものが、解き放たれる。
それは過たず、私を目掛け矢となって、目にも止まらぬ速さで突き進んでくる。
「エ?」
と発する間もなく、その光は私の頭を吹き飛ばした。その筈だった。
「・・・。流石です。」
鏡はその美しい顔に上品な笑みを称えている。
光の玉は私が思わず翳した掌の内で燻り、静かに輪となって、部屋に広がっていく。
「これは・・・。」
「それは貴方が得たギフト。」
「ギフト?」
「そうです。最期の人だった貴方に神が託した力。」
「最期の人・・・。力・・・。」
鏡の言うことはすぐには自分に入ってこない。
そもそも状況が呑み込めない。
訳が分からない、と叫びたい気分だ。
私は湧き上がる感情を無理やり抑え込むのに苦労した。
「さぁ、日御子よ。我等をその光でお導き下さい。貴方が思う、その御心のままに。」
「一つ問う。君は何故私を敬えるのだ?」
「貴方は最期を知っている。故にその道を選ぶ事はない。」
「・・・。」
「勿論、絶対ではありません。これは私の我儘でもあります。」
「・・・。それでもなお君は賭けるというのか?どこの馬の骨かも分からぬ私に。」
「・・・。そうですね。でも、貴方は決して逃げない。私の先見は外すものではない。そういう事です。」
「・・・。分かった。今は君の言に従おう。私に何が出来るかは分からぬが・・・。」
私は静かに目を閉じた。
どの道、他の選択肢はない。
それが修羅の道であろうとも・・・。