6.生贄
「ぐずぐずしないで歩け!」
突然営倉から出された紬は、両腕をうしろ手で縛られながら砦内の小道を歩かされた。綿素材の服は営倉に引きずれながら連れて行かれるまでに薄汚れてしまっていたし、精神に作用する魔法を幾度もかけられて気力は残っていなかった。何度か道端へ転んでしまい、泥だらけになってしまった。砦の内外で戦いが発生していたことは分かっていたが、そんなことはもうどうでも良い気持ちになっていた。自分の体が自分のものではないような感覚。
砦の防壁のほうへ歩かされているようだった。
体のあちこちに痛みがあった。それを何とかする魔法も、もう魔力が残っていなくてかけられない。
後ろから兵士に急き立てられてまた転んでしまった。
顔を上げて前のほうを見ると何か大きなものが見えてきた。小山のような、何か。
無理やり立たされてそちらのほうへ歩かされる。
小山のように見えていたのは何かの怪物だった。それが倒れている。長い首を横たえて。
竜?
紬は少し理解した。村人たちを生贄にして竜を眠りから起こそうというグラボーの話しは本当だったのだ。そして竜が戦闘に参加した。だが、竜を倒すほどの戦士が敵にいるらしい。
すごいな。どんな戦士なのだろう。
紬は微かに残った気力のみでそう思った。
この竜を倒したのがリンだと知ったなら紬はたいそう驚くに違いない。
「赤竜さま。器になる者も連れてきました。これで力を取り戻してください」
黒いローブ姿の魔法使いが嗄れた声で言った。
どうやら竜への生贄にされてしまうらしいと紬は思った。しかし、どうすることもできない。
紬の他にも五人の魔法使いが縛られて地面に座らされていた。紬は竜を見た。竜は動き出した。首を持ち上げ恐ろしい両目を紬たち生贄のほうに向けたようだ。
抵抗するのは無駄だったし、そんな力はどこにも残ってはいなかった。
草食動物が肉食動物に捕えられ、諦めて微動だにできなくなるように、紬は諦めの感情の中にいた。いや何も考えられなくなったようだった。
竜は恐ろしくも美しい生き物だった。傷ついて倒れてはいるが魔力を取り戻せば力強く羽ばたくであろう翼を持っていた。紬は少しだけ仮定の話しを思い起こすことができた。もし万全の状態だったらこの竜と良い勝負ができたかもしれない。そう少しだけ考えられたことで今は御の字だった。
竜の目が淡い光を放った。紬たち生贄に魔法をかけたようだ。紬たちは繭のような白い泡とも綿毛ともいえないような何かに包まれた。
「よし。この赤髪の器は悪くない」
竜が低音の声で人の言葉を発した。
パキン!
不気味な乾いた音がして繭のようなものが弾けた。
紬は突然視界が晴れたような感覚がした。でも何も見えない。精神が晴れ渡ったと気づいたのは少しあとからだった。竜の中に取り込まれたようだ。何が?私が。私の体が?いや、心が……。
そうしてしぼんでいくのを感じた。何が?私が。
しぼんでいく……。
はっとするような気がした。
紬は暗闇にいた。何も見えない。母さん、助けて。
遠くで声が聞こえた。聞いたことのある声だ。男の人の。
この暗闇は怖い。
紬は声の聞こえるほうに向かって走り出した。でも自分の体が見えない。すべてが暗闇なの。
「つ、つむぎか……?」
声ははっきりと聞こえた。
「ま、正木!?正木ね?」
紬は言った。暗闇の中で立ち止まる。
「どうした!?紬!」
「わ、私、竜に食べられちゃった……みたい」
「……」
「私は死ぬんだわ。いや、もう死んだのかも」
紬は辺りを見回した。が、何も見えない。「正木!……私、こわい……」
「紬、怖がらなくていい」
「どうして正木とは話ができているのかしら」
「私はネクロマンサーだからな。死霊……死んだ者、とくに何らかの絆がある者とは繋がりやすい」
「そう……」
「うっ……」
「正木!?大丈夫?」
「今、もう一頭の竜と戦っていてな。紬、さっき竜に喰われたと言わなかったか?」
「うん……ほんとに食べられたわけじゃないみたい。でも私生贄にされたんだわ。魔力の器だと言われてた」
「そうか……竜のことで何か分かることはないか?なかなか手強くてな」
「さすがの正木も竜には苦戦なのね」
「リンがそっちの竜にとどめを刺すことはできなかったからな。力を使い切るわけにはいかないのだ」
「リンがこの竜を倒したの!?あなたたち底が知れないわね……」
紬はさきほど竜の中に取り込まれた感覚を思い出した。でも今はその感覚はない。「さっきまで竜の中にいたように感じられたんだけど……」
「紬、すこしだけ君の頭の中を覗かせてくれないか」
「……い、いいわ」
人は無意識にでも自分の精神は外部からの侵食に対して強力に防御しているものだが、上位の魔術師ともなれば逆に自分の精神を開放する術を知っていたりもする。そのことがさらに強力な魔法を操る土台になったりもするからだ。
紬は自分の頭を正木に開放した。頭は現実にはもう存在しないようだが、とにかくそのようにしてみた。
「助かるよ。これで何とかなりそうだ」
暗闇の中で正木の声がそう言った。暗闇だが、いつの間にか紬は正木の顔を思い出して眼の前に投影するようにしていた。その正木が言っているように聞こえた。紬が竜の中で感じた何かを、正木は紬の心の中から読み取って、戦いに活かそうということらしい。
「紬、気がかりがあるようだな」
紬は必要以上に正木に心を読まれた気がして恥ずかしくなった。しかしそれは図星であった。
「この砦の中に母や祖母や村のみんながいるの。このままじゃ戦いに巻き込まれて殺されてしまうかもしれない」
「そうか、それは危険だな」
「私はグラボーに捕まってしまって……助けに行くことができなかった……」
「分かった。リンに手伝わせよう」
正木がこの暗闇から離れていこうとしていることに気づいて紬は動揺した。
「リンに!?どういうこと?」
正木がいなくなったらこの暗闇の中でひとりぼっちになってしまう。「正木、行かないで。置いて行かないで」
「こいつを倒してしまわなければ」
そう言ってから正木はいなくなってしまった。紬はそう感じた。
それからなぜか視界がまぶしいくらいに明るくなった。視界?死んだ私に?
夢でも見ていたのか!?
紬は魔獣鷹に乗っていた。それも五竜山砦の上空にいた。魔獣鷹は降下していた。砦の内部へだ。
「うわあああああ」
紬は叫んだ。
!!
自分の声がまったくちがう響きに聞こえる。
魔獣鷹が降下しながら、首を後ろに回してきて嘴にはさんでいた杖を差し出した。紬はその杖を右手で掴んだ。
この杖も私のものじゃない!
風に揺れる自分の金髪を見た。私のくすんだ赤毛ではなくきれいな絹糸のような金髪だ。
これはリンの体!
ホムンクルスのようには見えないと驚いたリンの体の中に、紬の精神が宿ったということなのか。まったく人形のような感じはしない。紬にはリンの体が自分の体のように感じていた。
時間がない!おそらくリンが体をしばらく貸してくれるということなのだろう。それならば母たちを、村のみんなを助けに行かなくては。
意を決した紬はリンの体を使って(使うという感覚ではまったくなく、自分の体が動いているということなのだが!)魔獣鷹の手綱を操作し、村人たちがいるであろう砦内の一角へ誘導した。地面に降り立った魔獣鷹の背から飛び降りて紬は叫んだ。
「みんな!聞いて!」
魔法で増幅した声は辺りに響き渡った。「これからあの竜と討伐軍の戦いが激しくなるわ!この砦から脱出しましょう!私についてきて!!」
そう言いながら母と祖母を探す。いた!紬は母の元に駆け寄った。
「ぐずぐずしないで、さあ早く!」
「お、お嬢さん、でも私たちはここから動かないように言われていますのよ」
紬の母はそう言った。紬を紬とは分からないのだ。それもそのはず、今目の前にいるのは紬ではなくリンの体なのだから。
「母さん……!」
「……?」
説明している暇はない。あの竜が砦内で戦いはじめたらここも危険だ。
「紬さんから!紬さんから頼まれました。みなさんを安全な場所へ連れて行ってと!」
「紬から!?」
村のみんなも紬の名前を聞いて集まってきた。
「よく聞いてください。私は紬さんの友達です。リンといいます。私は紬さんと同じくらい強い魔法使いです。皆さんを安全な場所へ連れて行けます」
村人は紬の名前を聞いて頷きだした。
「分かりました。よろしくお願いします」
他の村から来た人々も様子を見て近づいてきた。
「他の村の方もぜひ一緒に!これから砦の中で竜の戦いがはじまります。ここは危険です!」
リンの体を借りた紬が歩きだすと皆ついてきた。紬の母と祖母も一緒だ。これから砦の裏門のほうへ向かってそこから脱出しなければ。裏門には警備の者がいて容易に開門してはくれないだろう。開けてくれなかったら力ずくでも開けさせる!
リンの体に残る魔力を感じて、どうやらそれは竜との戦いで大きく減っているようだったが、それでも人間あいてなら、それは容易なことのように紬には思えた。
「さあ、私についてきてください!慌てなくても大丈夫!私がみなさんを守ります!!」
エミールとルマリクは騎乗の馬を並べて竜と正木の戦いを見つめていた。正木の戦いがはじまってすぐのとき、エミールは配下の魔術師たちに援護射撃をさせたほうが良いのではないかと思ったのだが、観戦しているうちにかえって正木の邪魔になってしまうと気付いた。周りの者には負傷者の救護をさせつつ、ルマリクとともにこの戦いを見届けることにしたのだった。
正木がもし敗れたときは、この場所にいては危ないと分かってはいたが目を離して逃げることはできなかった。
竜が放つ火炎魔法を人ならざる動きで避けたり、飛びついて刀を振るっていた正木だったが、竜の固い鱗はそれ自体が魔法を帯びた防御壁のようになっているようで、竜にダメージを与えることはできなさそうだった。しばらくすると正木は再び魔獣鷹に騎乗し、空を飛びながら竜と戦うことを選択したようだ。
竜はまるで固定砲台のように地に構え、火炎を吐いたり、火球をくりだす魔法で正木を攻撃した。正木はたくみに魔獣鷹を御しながら火炎を避けてライフル魔獣で攻撃をしていた。
正木のライフル魔獣から放たれた氷弾は時おり竜の胴体や翼に命中し、竜は煩わしそうにしていた。どうやら竜も自身の周りに防御の魔法フィールドを張って守っているようだ。それほど魔法弾が効いているようには見えなかった。
しばらくの間、正木は黒竜から距離を取って慎重に戦っているように見えた。
そして今、黒竜はしびれを切らしたのか地を蹴って魔法の力を加えた翼をはためかせて飛び立った。巨体が信じられない勢いで正木に向かって飛んでゆく。同時に火炎魔法を竜が放った。十個ほどの火炎が連なって正木に向かっていった。しかもそのすべてが大きくなりながら飛んでゆく。正木ははじめの三つほどは飛行速度を上げてかわしたがその後は避けられなかった。
いつの間にかライフル銃を魔獣鷹の嘴に預けて、正木は刀を手にしていた。刀は青白く輝いていた。正木はそれを振り回し、なんと火球を払い除けた。
その戦いを見上げていた周りの兵士から歓声が上がる。
しかし、正木のピンチは続いていた。正木の乗る魔獣鷹が逃げ、それを竜が追っていた。火炎魔法を右に左に鷹を振るようにして避けた。地上すれすれに降りてきて、エミールたちのすぐ近くをもの凄いスピードで正木と黒竜が通過していった。
竜が放った火炎魔法が正木に当たった。正木は魔獣鷹の鞍から落ちて、くるくると回りながら後方の竜の方へ流れていくように見えた。
エミールは声にならない驚きに顔をしかめてそれを見た。
正木は持っていた刀で竜の顔に切りつけた。
竜が鋭い咆哮を上げた。どうやら正木の狙った攻撃だったようだ!その証拠に、正木も魔獣鷹も火炎に焼かれてはいなかった。竜の後方に流れていき、落下しいく正木を魔獣鷹はぐるりと旋回しつつ背に受け止めた。
エミールたちは歓声を上げた。
黒竜は頭から血をほとばしらせた。怒りの咆哮を上げ続け、火球を吐いて辺りに撒き散らした。エミールたちのすぐ傍にも火球が落ちてきて大炎上した。エミールも炎に当たりそうになったがルマリクと共にうまく馬を御して避けることができた。
エミールは空を翔ける正木の動きに注目した。弧を描くようにして舞い戻ろうとしている正木はライフル魔銃の弾薬を装填し直しているようだった。
「ルマリク、あれを!」
エミールは正木の飛んでいるほうを指さして言った。
「おお!正木どのが竜に向かっていく」
ルマリクも声を上げたが、竜もそれに気付いて、向かってくる正木に火球を連続的に吐き出した。正木は魔獣鷹を巧みに操り近づきながらそれを避けた。避けつつライフル魔銃を構えて……撃った。
弾丸は竜の頭に当たった。電撃弾のようだ。白い光が直撃した竜の頭からほとばしった。それまでの氷弾と違い、それは劇的な効果を見せた。竜の頭と首あたりの鱗が白く光りながら剥がれ落ちた。戦いの最初のほうで、その魔法を帯びた固い鱗に、刀の攻撃を弾き返されていた正木にとっては大きなチャンスだ。
竜は大きな音を立てて地面に降り立った。頭から、火山の流れる溶岩のように鈍く赤く光る血を流していた。
正木は魔獣鷹をすぐさま反転させた。ライフル魔銃を刀に持ち替えて無防備になった竜の首に切りつけた。竜は怒りの咆哮を上げた。火球を辺りに吐き散らしながら、翼の鉤爪も振るったが正木はそれらをかわしつつ攻撃を繰り返した。
ニ度、三度、四度、
五度目は竜の脳天を深々と切りつけた!
それから正木は大きく弧を描くように魔獣鷹を飛ばせて竜の様子を見た。
大きくバランスを崩した竜はそのまま横倒しに倒れた。
まわりで観戦していた兵士たちがこれまで以上の大歓声を上げた。
エミールとルマリクもそれに加わり声を上げつつ馬を竜に近づけさせた。正木が倒れた竜の傍に魔獣鷹を着陸させたからだ。地に降り立ち竜の頭のところへ歩いて行った正木は、目を閉じて動かなくなった竜に話しかけるように跪いていた。
辺りは竜が吐き散らした火炎によってまだ燃えているところがあった。エミールは熱気を避けて竜と正木のいる場所に近づいた。馬を降り正木に近づいた。
「正木さん!見事な戦いでした」
正木は立ち上がりエミールのほうを振り返った。その表情は勝ち誇るわけでもなく、いつものように冷静だった。
「途中でまるで竜の弱みをつくように戦い方が変わったが」
ルマリクが戦評するように声をかけた。
「紬に教えてもらった」
正木は言った。エミールは不思議に思った。紬?あの紅の魔女と呼ばれていた賊軍の魔法使いの少女のことか。あの少女の姿はここでは見かけていなかったが……?
エミールとルマリクが不思議そうに顔を見合わせていると、正木は静かに言った。
「紬はもう一頭の竜への生贄にされて死んでしまった。それで私は彼女に教えてもらったのだ」
正木はネクロマンサーでもあるから……エミールは声に出さずにそう思った。
「それは……残念だった。そうかあの娘が逝ってしまったか」
ルマリクは唸るように言った。
エミールも悲しく思った。自分の年齢も彼女と近かったと思う。まだ子供だったのに。
「とにかく……」
正木はライフル魔銃に弾丸を装填しながら言った。「もう一頭のほうが問題だ。あの砦の中にいる。生贄たちの魔力を得て危険な状態だ」
エミールは正木の様子を見た。あれだけの戦いをしたのだ。無傷というわけにはいかないだろう。髪の毛はところどころチリチリに焦げていて顔は煤だらけ、戦闘服もところどころ破れほつれしている。よく大きな怪我をしないで済んだものだと感心するほどだ。
「正木さん、一度撤退しましょう。もう一度竜と戦うなんて無理だ」
正木は頭を振りながら言った。
「リンが砦にいるんだ。行かなくては」
「……わ、分かりました。我々にできることはありませんか?」
「負傷者をなるべく助けるべきだろう。竜を倒せれば砦の中の怪我人も殿下たちを頼ることになる」
正木はそう言って指笛を鋭く吹いて愛鳥を呼び寄せた。正木の魔獣鷹ラオールは健気に近寄ってくる。少し足を引きずりながら。
「了解です。我々も大丈夫な者を集めて砦に向かいます」
正木は頷いてエミールとルマリクに一瞥をくれるとラオールに跨った。ラオールは羽ばたいて離陸する。
「正木さん!気をつけて」
ラオールは翼を少し痛めているのか、いつもの力強い羽ばたきではなかった。正木はラオールの首を撫でてやった。愛鳥の羽毛は柔らかくさわり心地が良かったが、竜との戦いによってラオールの羽毛もところどころ焼け焦げていた。
五竜山砦までは指呼の距離だ。魔獣鷹の翼ならすぐに到着できるだろう。正木はラオールになるべく負担をかけないようにゆっくりと飛ばせた。
もう一頭の竜と戦わねばならない。向こうはリンに一度倒されたが人間の魔法使いたちの魔力を生贄として得て、力を取り戻したようだ。こちらは黒竜との戦いで疲労している。どちらが有利かは戦ってみなければ分からなかった。だが、正木には勝算があった。そのための準備もしてあった。加えて、勝利を確実なものにするためにもう一度竜との危険な戦いで有効な打撃を加える必要があった。
「ラオール。もう一度だけお前のスピードで私を助けてくれ」
砦に近づきつつあるラオールの背の上で正木は言った。
キエエエエエエ!
ラオールが答えた。もちろんだ。まかせろ!とラオールが伝えてきたのが分かった。
ラオールは飛びながら羽毛を震わせた。
「よし、頼むぞ」
正木とラオールはまず砦内の上空に入って様子をうかがった。いた!赤い大きな竜が低空を砦内の低い位置を飛んでいる。奥のほうへ向かっているようだ。その先には討伐軍との戦闘区域とは反対の位置にある北側の門があった。門は開放されていて砦内の人々が門から脱出しているようだった。門の内側で人々を誘導しているベージュ色の服に革の胸当てを付けた小さな姿はリンだった。
赤竜は自分を一度は倒した小さな魔法使いに復讐の目を向けているらしい。まっすぐ北門に向かって飛んでいた。正木も慌ててラオールをそちらに向かうように指示したが間に合わない!竜は真っ赤に燃える火炎を吐いて北門を燃やし尽くそうとした。
火炎は北門に向かって飛んでいったが途中で白く輝いて消滅した。
火炎防御の魔法フィールド!
「よくやったリン!」
正木はラオールを赤竜に向かわせながら言った。もしくはリンの体を借りた紬の仕業かもしれない、と正木は思った。
正木はラオールの背の上でライフル魔銃を構えた。紬に教えてもらったこの竜たちの弱点である頭への電撃弾を狙いをすませて放った。赤竜は後方からの攻撃に気づいてその電撃弾を頭を振ってかわした。
正木は自身とラオールにそれほど余裕がないことを考えて、ここが正念場だと思い、リスクを取ってでも今勝負を決めるしかないと思った。ラオールをそのまま赤竜に向かって飛ばせた。赤竜は頭を巡らして正木のほうへ火球を吐いた。
正木は迷うことなく回避するのを遅らせた。火炎に当たればラオールと共に黒焦げにされてしまうだろう。そのリスクを取った。
ライフル魔銃の残弾を連続で打つために引き金を引いた。今度はかわせないように三弾を赤竜の首の位置を予測して、少しずつずらして撃った。この連発できることに正木は勝機を賭けていた。
狙い済ませた三発目を発射してからすぐ、向かってくる火球への回避行動をラオールにさせた。ラオールも向かってくる火球を目の当たりにしながら我慢強くその指示を待っていた。回避行動。しかし一瞬間に合わない。ラオールは翼に被弾して金切り声を上げた。
赤竜のほうはもっとひどかった。先ほどと同じように首を振って電撃弾を回避しようとしたが一発目を回避したその先に二発目が来た。頭に電撃弾の直撃を受け、首にも被弾してしまう。魔法の防御がかけられた鱗が電撃の衝撃でパラパラと飛散する。
赤竜はギエエエエと怒りの咆哮を上げた。
「人間め!!よくも!」
赤竜が数十人が魔法で拡声したような大音響の恐ろしい声で言った。「だがこんなものすぐに自己回復できる!お前はもう終わりだ」
ラオールの翼が燃え上がってしまったその背に乗った正木は、なんとかゆっくりとラオールを不時着させたところだった。地面に降り、向かってくる赤竜を見た。頭と首から青白い閃光を放ち、鱗を飛散させながら先に正木を葬ろうと火炎攻撃を繰り出そうとしていた。
他の者が見れば絶体絶命のこの状況で正木は言った。
「いや私の勝ちだ」
「バカを申せ!死ね!!」
赤竜はそう言って正木にとどめの攻撃をしようとした。が、自分の脳天に逆に火球が落ちてきた。魔法の鱗を失った頭部にその攻撃を受けて赤竜は何もかもを見失った。
「ぐあああああ、なんだ!?」
赤竜が見上げると、そこには、いるはずのない仲間(だったはずの!)黒竜がいた。
「!?なぜ?どうしてお前がここに?」
そしてなぜ仲間のはずの自分を攻撃するのだ?と赤竜は問いたかったが、その前に黒竜の火炎攻撃を受けてしまい、その言葉を発することはできなかった。
赤竜は地面に横倒しに倒れた。致命傷を受けて、もう生贄の必要もなかった。
そのすぐ傍に黒竜は降り立った。生気のない目を、倒れたかつての仲間の赤竜に向けた。
私はネクロマンサーだ。死者を操ることができる。それがたとえ竜であっても。
静かに正木は心の中で赤竜に言った。無口な彼は言葉には出さなかった。
砦の北門の前で、リンの体を借りながらではあったが、紬は正木と赤竜の戦いを見ていた。途中から目が離せなくなっていた。もう一頭の竜が現れたときはさすがにもうダメかと思ったのだが、どうやら黒竜のほうは正木が召喚した死霊の竜だったようだ。
砦の中心部のほうは赤竜復活してから、リンを探して暴れまわったせいかめちゃくちゃになっていた。紬が母や村人たちを砦の北門から脱出させていなかったら、おそらく皆、殺されていたことだろう。
良かった、本当に良かった。村のみんなを助けることができた。
ありがとう正木、リン。
紬は深く感謝した。
「紬、良かったね」
頭に優しく響くようにリンの声が聞こえた。
「私、無我夢中で……リンにこの体を借りてから……母さんたちを助けなきゃって」
「うんうん。よくがんばったね紬」
「リンと正木のおかげ。母さんたちを助けられて良かった……でも疲れちゃった、すごく」
「お疲れさま。ゆっくり休んでいいんだよ」
リンが優しく言った。
紬は座り込んで目をつむった。
「すごく眠いわ……ありがとう、リン……本当に」
紬はほっとした気持ちで眠りについた。