5.五竜山
二日後。恒星は最も高い位置に昇っている時刻だったが、厚い雲がそれを見えなくしていた。アドリス城を進発したのち、鈎爪小砦を短時間で落としたエミール王子率いる討伐軍は、小砦から先、たいした抵抗にあうこともなく敵の本拠地である五竜山に辿り着いた。五竜山峠を遠目に見える程の位置で再度陣営を整えた。難攻の砦であるから普通に攻めたのではまた時間がかかってしまい、糧食の乏しい討伐軍では不利になってしまう。そのため、今回も正木涼介が召喚した死霊のモンスターたちが頼りだった。
鉤爪小砦付近で召喚された死霊モンスター約五十体は、そのまま正木に率いられて行軍してきた。死霊のものたちも、死霊使いと言われる魔術師も忌み嫌われるものだが、今回は別格の扱いで軍右翼に陣取っていた。
五竜山砦攻めには死霊の軍だけには任せられないと言い張ったロイド伯爵の軍が、左翼からの先陣を任されることになっている。
後方のエミール王子とルマリク将軍がいる中央部隊に、進発を意味する連絡旗が掲げられた。
軍馬に騎乗している正木は死霊どもに出発を命じた。五十体ほどのモンスターたちが歩き出した。その後ろに二騎。正木とリンは馬をゆっくりと歩かせた。
通常五十体もの死霊モンスターを召喚するには十人以上の死霊使いと呼ばれる魔術師が必要だったが正木は尋常ではないと言えた。かつては魔法界の最高峰である冒険者チームのリーダーとして名を馳せた彼であった。魔法剣士としても名高いが死霊術師としても魔法界の上位者だったのだ。
「あれが五竜山ね」
馬を歩かせながら騎上のリンが左手の方向に見える黒い禍々しい様相に見える山を指さして言った。黒雲が渦巻くようにして山の頂上に半ばかかっていた。
正木も五竜山を見上げた。
ルマリクから聞いたのは、かつて五竜山には五頭の強力な竜が住んでおり、その家族たちも含めてこの周辺は竜が統べる土地であったらしい。巨大なモンスターが跋扈する時代は終わり、今は隣国とイデス王国が国境を巡る戦いにより、多くの戦士たちの血を吸う場所となっているとのことだったが……。
正木とリンは行軍を続けた。敵の砦は今や目前である。
正木は左手後方に見えるようになった五竜山から髪の毛を引っ張られるような感じがした。思わず黒い山の方を振り返る。その時リンが左前方の方向を指さしていった。
「あ!あいつ抜け駆けだよ。正木さま!見てください」
正木は前方に目を向けた。
ロイドの軍がスピードを速め砦に取りつこうとしていた。
正木はふんっと苦笑して死霊たちの行軍を止めさせた。
「あの分厚い魔法防壁に何ができるか見てやろう」
正木の注意はロイド軍の動きによって五竜山から離された。これが少なからず正木の誤算になった。
砦からの魔法砲弾の射程に入ってからは、ロイド伯の軍は魔法弾を防御魔法で防ぎつつゆっくりと前進する体勢に移った。少しずつ攻め手のロイド軍からも魔法弾が発射されて砦に飛んでいった。しかし砦には魔法フィールドからなる強力な魔法防壁が張られているようで、まばゆい光を放ちながら砦に着弾する前に消滅してしまう。
守る側は同じ場所に防壁となる魔法フィールドを積み重ねられるので圧倒的に有利なのである。
後方では少し小高い丘の上に布陣した討伐軍の本陣で、ルマリク将軍がエミール王子に戦況の説明をしていた。
「殿下あれをご覧ください。ロイド伯が攻城兵器を展開したのが分かりますか?」
エミールを目を凝らして砦に攻撃をはじめたロイド軍の様子を見た。
「そうだな。魔法攻撃は効かないと見て物理攻撃に切り替えたのだな」
「はい。ロイド伯はああ見えて戦いにおいては経験豊富です。あのように魔法フィールドの種類を見極めて、適切な戦法を選択することが大事です」
「将軍。魔法フィールドの種類はどうやって見極めるのかな?」
「そこが肝心です。殿下。探知魔法を使ってもよいですが相手も偽装フィールドを張っているかもしれません。騙し合いですぞ戦は」
「難しいな。魔法を無効化する防壁に魔術師部隊を送り込んでもだめだし、逆に魔法攻撃を増強するフィールドが張られているのに物理的な兵種を送り込んだら大きな損害が出てしまいそうだ」
「まあ、あのような砦や城壁のような拠点防衛の場合は魔法を低減する防壁を張るのがセオリーです。そうしないと物理的な防壁の意味がなくなってしまいますからな」
魔法攻撃ができれば柵や城壁といったものはすぐに破壊されてしまうし、堀などがあっても魔法による飛行によって飛び越えられてしまう。将軍の説明は理解できた。
ロイドの軍が設置した大型の投石機が、岩を積み上げて作られた砦の防壁に向かって人間の頭くらいの大きさの石、岩と呼んでもよいくらいのものを投げはじめた。
「ロイド伯、なかなかやるな!」
エミールは投石が防壁を叩く音にかき消されないように大きな声で言った。「正木さんは……」
エミールは視線を右翼に展開する死霊の軍団に走らせた。
「動いていない。正木さんは何をやっているんだ」
ルマリクも右翼を見た。
ロイド軍が突出して砦に取り付いたのを見て様子を見ることにしたのだろうと彼は思った。
その時、左手に見える五竜山のほうからけたたましい怪物の叫び声が聞こえた。皆一斉にそちらを見た。遠目ではあるが禍々しい姿の怪物の黒い影が見えた。大きい竜が二頭、その近くを飛んでいるのは小さい竜なのだろうか、それらが数頭。
ルマリクは一瞬で悟った。自分の油断を。アドリス城でひと当たりしただけでなぜ賊軍が敗走していったのかを。
「やられた!竜はまだ生きていたのか!!」
ルマリクは臍を噛む思いで言った。
敵の本拠地が五竜山峠だと知ったとき、五竜山とその山に昔住んでいたという竜の一族の伝説は当然耳にしたのだ。しかし、もうずっと、竜はこの国に現れていなかったし、力も魔法力も人間を大きく上回るその怪物が再び現れるということは、ルマリクより慎重な者だったとしても予想はできなかったに違いない。
大きい竜の一頭は砦に向かってまっすぐに飛んで行った。もう一頭の竜がこちらに向かってくる!
「将軍!ど、どうする!?」
エミールが、竜の咆哮を聞いて落ち着かない動きをする馬をなだめながら言った。
「ここで戦うしかありません!」
そう言って周りのものに向き直り、「魔術師隊に伝えよ。急ぎ防御魔法フィールドを張れと!」
皆慌ただしく動き出した。
「空兵は出撃せよ!と、とにかく勢いを削ぐために当たってみるのだ。防御壁が展開される時間を稼がねばならん!」
将軍が指示を出し始めたのを見て、エミールは、自分にはここでできることは何もないと思った。それで状況を把握しようと思った。
こちらに飛んでくる竜の姿は恐怖でしかない。三匹ほどの小竜を連れているようだ。視線が釘付けになりそうだったが、距離と近づいてくる様子を見るにあと数分は猶予がありそうだ。
エミールは遠目に見える砦のほうに視線を移した。砦に取り付いて攻撃を仕掛けていた味方のロイド軍のほうにも赤っぽい色の大きな竜が一頭と、小さいのが数頭向かっている。ロイド軍は竜の襲来に気づいて大混乱に陥っているようだった。防壁にかけた長梯子から慌てて落ちる者、地上で竜の方を指さしながら右往左往する者が見えた。砦の中に見える人影も慌てふためいているようだ。
右翼に展開していた正木の死霊モンスターの軍はどうなったであろうか。エミールはそちらのほうに視線を向けた。死霊の群れは静かに砦に向かって行軍を開始していた。彼らが竜を怖がることはないのかもしれないと思った。だが、竜の圧倒的な攻撃に対抗しうるのかどうかも怪しかった。
竜は凄まじい魔法攻撃と、種類にもよるがその咆哮とともに発せられる火炎などの攻撃が凄まじい威力を持つと伝えられている。まさにその伝説が眼の前に現れたのだ。遠目ではあるが、砦に向かった竜たちが放つ炎の光が瞬いた。どうやらロイド軍の兵たちに向かって攻撃をしているようだ。
ひときわ大きな火炎が砦の上に炸裂するのが見えた。赤っぽい色をした大きな竜が発したもののようだ。あれを当てられたら一瞬で燃やされてしまうだろう。
エミールがこちらの軍には絶望的な戦況を見つめているうちに、エミールたちのほうへ向かってきた竜はぐんぐんと近づいてきていた。もう目前だ。
味方の魔術師たちが展開した魔法フィールド意外と強く効果を発揮しそうに見えた。張られたばかりの魔法防壁が頭上でキラキラと輝いていた。王子を守るために参戦してきた魔法戦士たちの中でも勇敢なものは大きな槍をしごくようにして竜に向けて準備していた。精神力の弱いものは慌てふためいていたが、そのような猛者も王国軍にはいるのだ。
エミールは内心では、竜の襲来に怯えた気持ちが大きかった。しかし、彼に従う多くの兵士がいることを考えると逃げるわけには行かなかった。彼は自分でも意外と落ち着いていることに少し驚いてもいた。自分ができることは何もなかった。物理的にも、魔法的にも。しかし、精神的にはどうだろう。圧倒的な圧力を持って飛来してくる竜を前に、彼の立場でできることとしたらそれしかなかった。震えながらも立ち向かおうとしている戦士たちがいるから彼はやる気がでてきた。
エミールは剣を抜いた。そして叫んだ。
おおおおおお!
声変わりしたばかりの威厳とは程遠い叫び声だった。しかしかえってそれで響き渡ったようだ。さまざまな指示を怒鳴っていたルマリクも振り向いて王子を見たほどだった。
「竜と戦う!」
エミールは叫んだ。「竜と戦う!」
ニ度、三度と。
「竜と戦う!」
周りの戦士たち、魔術師たちが唱和した。
黒い竜がやってきた。
大きい。
翼を広げた端から端までが大きな屋敷ほどもあるようだ。
戦士たちは、うおおおおおと声を挙げて威嚇した。
竜が目前までやってきて、大きな翼を魔法の力によって信じられない速さではばたかせた。そうやって急停止かつ上昇すると同時にまばゆい火炎を口から吐いた。エミール軍の頭上に向かって。
キエエエエエ!!
凄まじい咆哮とともに頭上は炎で真っ赤になったように見えた。あれを浴びたら皆一瞬で丸焦げになっただろう。しかし魔法フィールドに展開していた防御壁がそれを防いだ。バチバチと音を立てて防壁がくずされていく。崩された防壁の間から炎が噴出してきたが地上にはまだ届かなかった。
逆に討伐軍の魔術師たちがその合間から遠隔魔法攻撃を繰り出す。
小型(といっても馬の二倍や三倍もあるほどの大きさだったが)の竜が三頭付き従っていたが、そいつらは魔法攻撃をひらりひらりと飛びながらかわした。
大きな黒竜は地上に向けて降下したが魔法フィールドに遮られた。見えない壁に当たるように降下を止められると苦しそうな金切り声を挙げた。
鼓膜が破れるのではと感じるほどの大音響をエミールは聞いて顔をしかめた。
黒竜は翼をはためかせ再び上昇すると今度は周りに火球を出現させた。魔法攻撃だ!
馬ほどの大きさの火球が落下してきた。
魔法防壁が攻撃され壊されてゆく。
ルマリクが怒鳴る。
「来るぞ!竜が来たところへ突撃だ!それが誰のところでもな!」
「将軍!高いところから火炎攻撃されたらどうしますか!?」
「その時は全員槍を投げろ!訓練を思い出せ!」
「竜と戦う!」
「竜と戦う!」
戦士たちは叫んだ。高揚した状態だ。逆にそうでもしないと立っていられないほどの恐怖を感じてしまうかもしれないとエミールは思った。
黒竜は火炎を撒き散らしながら降下してきた。防壁はもう降下が薄い。火炎を浴びて絶叫する者たちがいた。バサッという音を立てて黒竜が地に降り立った。鉤爪のある翼を使って戦士たちを薙ぎ払おうとする。馬の首ほどもある鉤爪に、馬ごとなぎ倒されていく騎士たちがいた。
しかし歓声をあげて別の騎士の一隊が黒竜に向かって槍を向けて突撃していく。それは効果がありそうに見えた。騎士たちが掲げた槍の穂先が陽の光にきらめいて見えた。
ところが小型の竜たちがそれを予期していたように騎士たちへ火炎の魔法を放ってきた。火炎に打たれ焼かれてしまう者、火炎を避けようとして落馬してしまう者がいた。数を減らされた騎士たちの勢いが削がれてしまい……
黒竜が翼を一閃して先頭の騎士を薙ぎ払った。それから火炎を吐き出して騎士の突撃を撃退してしまった。
横から魔術師たちの一斉攻撃がはじまった。火炎や電撃のまばゆい光が黒竜に向かって放たれた。魔術師たちが危険を犯して黒竜に近づけたのは騎士たちの突撃のおかげだった。
しかし……。
黒竜は翼で自分を覆うようにして魔法攻撃から身を守った。翼は魔法防御するための魔法によって守られているようだった。少し破れたり、焦がされたりしつつも、黒竜の胴体には魔法が届かなかった。逆に小型竜が飛来してきてその魔術師たちを火炎で焼いた。
キエエエエエ!
勝ち誇った黒竜が咆哮した。
「王子よ、いでよ」
黒竜が人間の言葉を発した。
深く低い、腹に響くような声だった。
「王子の命ひとつ。それでこの場は収めてやってもよい」
油断なく魔法攻撃の準備をしながら黒竜は言った。竜の翼の近くはチリチリと魔法の火の光が瞬いていた。
ルマリクは準備もないまま竜と戦うのは無理だったと思い知った。
「殿下。退却してください。ここは我々がなんとか」
ルマリクはエミールに向かって言った。
ルマリクの声は大きく、黒竜の注意を引いた。
「いや。竜は私を呼んでいる」
エミールは騎乗のまま言った。両足に力を入れて馬を歩かせた。
周りで傷ついた戦士たちがエミールを見つめていた。
ルマリクも巨大な黒竜に向かって馬を進めるエミールを見つめた。彼はエミールを幼少の頃から見知っていた。戦闘の教師役をやったこともあった。彼の言葉に従ってこの戦場を離脱してほしいと思っていたが、エミールの性格を知っていたのでそうはならないことも分かっていた。エミールは若い。物の分別がついていない。だからこそ生き延びてもらいたいと思った。ずる賢い竜の言うことなど信じられないのだ。王子の命だけで他のものを助けるなどというのは、王子を確実に殺す口実かもしれない。だがルマリクは、エミールが黒竜に向かって進む姿を見て誇らしい気持ちを抱くとともに、自分の責任を痛感せざるを得なかった。
「動けるものは怪我人を助けて離脱せよ!これは命令だ」
ルマリクは周りの者にそう命じ、自分はエミールの横に馬を並べた。
「将軍も早く離脱を」
エミールは言った。
ルマリクは頭を振った。
「殿下。わしの責任です。申し訳ない。せめて一緒に行かせてくだされ」
エミールはルマリクの顔を見つめたが口を真一文字に結んだまま何も言わなかった。
エミールとルマリクは轡を並べて馬を進ませた。
そこへ、一騎の魔獣鷹が飛来してきてエミールたちと黒竜の間に降り立った。騎乗の人は地面に降りてエミールのほうを向いた。片手を挙げて止まるように合図を送る。黒ずくめの戦闘服を着た正木だった。
「正木どの!」
ルマリクが驚いて言った。
「正木さん……」
エミールも声をかける。「か、勝てるのか?」
正木はいつものように無表情だった。
腰に履いた刀を抜きながら言った。
「やってみる」
そして竜に相対した。
ここで少し時間を戻す。
右方面から砦に向かって死霊の軍団を進めていた正木とリンは一時行軍を停止していた。左翼から砦に取り付いて攻撃をはじめたロイド軍の様子を見ていたのだ。砦内でロイド軍へ兵力が割かれるのなら正木にとっては有利になると思いわれた。時間差をつけて攻撃を開始しようと正木は冷静に考えていた。
そこへ竜の咆哮が辺りに響き渡ったのだ。左後方から飛来してきた竜の一群を見て正木はこの情報が賊軍によってうまく隠されていたものだと思った。もしかしたらあの紬という娘も、この竜のことについては口を閉ざしていたのかもしれない。そう思い一瞬ほぞを噛む思いを味わったが、数々の戦場を経験し、このような突発的なことも幾度となく経験してきた正木は、即座に判断を下して行動を開始した。
まず死霊の者たちに命令をくだし前進を開始させた。あとは正木がいなくても砦への攻撃をはじめるだろう。そしてリンにも指示を出す。
「リン!ロイド軍に向かっている竜を頼む。少し時間を置いてロイドを攻撃させてから当たったほうがいいだろう」
「魔力を使わせてから?」
「そうだ。どの程度の竜なのかは当たってみないと分からないな」
そう話しながら魔具を取り出して封印されている愛鳥の魔獣鷹ラオールを召喚する。リンもそれに倣って彼女の魔具から魔獣鷹を召喚した。
「短時間でも無力化できればよし。難しそうだったら私がいるところまで退くんだ。無理するな」
「はい」
リンは短く答えた。戦場での正木の指示は絶対守ったほうが良いと分かっていた。
「私は王子のほうに向かった竜をなんとかする。では行け!」
「はい!」
リンはグレーの羽色の魔獣鷹にまたがって飛び立った。すぐに上昇気流を捉えて上空に舞い上がってから,、重力をうまく使ってまっすぐ左翼方面の砦のほうへ進んだ。
振り返ると正木の魔獣鷹が猛スピードで後方へ飛び去っていくのが見えた。
「竜と戦うことになるなんて。この星はやっぱり普通の星じゃなかったってことね」
リンは飛びながら声に出して言った。言葉は風に切り裂かれ後方へ流れていった。顔に風よけの魔法をかけていなかったら目を開けてはいられなかっただろう。そのくらいスピードを上げて飛んだが、前方を見るに赤い竜がロイド軍に最初の一撃を加えるのを見ることになった。真っ赤な火炎を大きな赤竜が吐き出してロイド軍の兵士を焼いた。小型の竜が四、いや五頭だろうか、砦の周りを飛んで小さな火炎の魔法を砦の攻め手に落としているのも見えた。
それを見てリンは手綱を操って魔獣鷹を大きく上昇させた。
「魔法銃で小さいのを狙うわ。杖を持っていて」
魔獣鷹にそう頼むと片手で握りしめていた魔法の杖を魔獣鷹の嘴に預けた。それから鞍にくくりつけてあったライフル魔銃を取り出した。魔力は大きな赤竜のために温存しなければならない。
竜たちが暴れている地帯の真上まで上昇したリンは、そこからほぼ垂直に落ちるように急降下した。足で鞍をしっかりと挟み込んでライフル魔銃を構えた。あらかじめ電撃弾をこめておいて良かったと思う。火炎弾だともしかしたら竜には耐性がついているかもしれないし、電撃のほうが殺す力はないかもしれないが、無力化する効果は期待できる!
射程の距離に入ってから二呼吸分待ってリンは引き金を引いた。狙いは小型の竜。上空のリンが降下しながら攻撃しようとしているのには気づいていない。立て続けに引き金を三回引いてから着弾を待たずに残りの一発を別の小型竜に向けた。再度発射。
魔獣鷹に合図をして地面すれすれまで降下してから再び上昇させる。上昇しながら電撃弾をライフルに装填する。赤竜はリンの魔獣鷹の動きに気づいて火炎魔法で攻撃してきた。弾薬の装填は手探りで行い、辺りの空域の様子に集中していたリンは、赤竜のその動きにいち早く気づいて魔獣鷹を旋回させてその攻撃を避けた。
避けつつ、少し距離があったが赤竜の周りを飛んでいた小型竜の二匹を立て続けに狙撃した。
ロイド軍の兵士たちは、突如舞い降りるようにしてやってきた金髪の空兵の、神技といえる空中戦に狂喜した。一瞬のうちに四頭の小型竜を電撃弾で無力化したのだから無理はない。彼等はリンの可憐な姿で戦う様子を見て、天使が自分たちを助けにやって来たと半ば信じた。逃げ惑っていた彼らは拳を突き上げて、頭上を飛ぶリンに向かって歓声を上げた。
しかし歓声はすぐさま沈黙させられた。
大きな赤い竜が怒り狂って四方八方へ火炎を吐き出したからだ。
ギャアアアアアアアア!!
赤竜の憤怒の咆哮が人々の耳を突き抜けた。
赤竜から距離を置いて飛んでいたリンの魔獣鷹も、危うく火炎を食らうところで躱すことができた。赤竜はリンの魔獣鷹を執拗に追って火炎を吐き続けた。身軽なリンと魔獣鷹は、赤竜の攻撃を避けて砦前の上空を飛び逃げ続けた。赤竜は巨体に反して素早く翼を羽ばたかせてリンを追った。
四秒、いや三秒でいいから時間をちょうだい。
リンはそう思って隙を伺ったが赤竜の攻撃をさけるのに手一杯だった。
赤竜の攻撃は砦のほうにも飛んで行き、その強力な火炎魔法は砦の防御魔法フィールドを破壊するのに十分だった。まばゆい光を放って防御フィールドが破壊され、火の粉が空から砦内に降り落ちていき、砦内の人々は逃げ惑った。
リンは砦のほうへ魔獣鷹を導いた。火炎を避けながら飛んだ。
混乱する砦内のほうがかえって中からの攻撃は受けずに済み、赤竜の攻撃からも逃れられると期待したのだ。
リンが騎乗する魔獣鷹が砦の防壁を超えて砦内部に消えた。それは赤竜が砦上部に張られた空からの侵入を阻止する魔法フィールドを破壊してしまったから、侵入をゆるしたことでもあった。赤竜は砦の防壁の上に、大きな後ろ脚で、構造物を少なからず破壊しながら降り立った。
怒りの咆哮を出しながら砦の中の方を見渡す。
リンにはその油断だけで十分だった。
赤竜が降り立った防壁のすぐ近くの櫓の出口からリンが落ち着いた様子で出てきた。手には魔法の杖を持って。その杖は赤く輝きだしていた。
赤竜がしまったと思い、少女に向かって鉤爪のある翼を振って薙ぎ払おうとするも間に合わなかった。リンはありったけの魔力を込めて、オレンジ色に輝きながら燃える猛牛のような怪物を召喚した。怪物はリンの三倍くらいの大きさがあり、出現してすぐさま竜に向かって宙を走り、まっすぐ竜の胸元に飛んでいった。竜に当たると自爆するかのように大爆発した。リンが普段からいくつかの召喚魔法をいざというときのために準備しているが、これはおよそ一ヶ月に一度しか発動できないリンが使える最強の召喚魔法による攻撃だった。
竜は甲高い悲鳴を上げた。
そして巨体を苦しそうに震わせながら砦の内部のほうへ落下した。竜が落ちたときは地面が揺れるほどの衝撃があった。
この戦いを見ていた周りの兵士たちは、自分たちの戦いを忘れて見入っていた。そして竜が倒されたあと、ロイド軍からは歓声が上がり、砦内部のほうからは嘆きの声が上がった。
リンは歓声に応える余裕もなく、指笛を吹いて魔獣鷹を呼び寄せると急いで騎乗した。魔力を使い果たした自分が今は無防備になっていると思ったからだ。小型の竜も一頭討ち漏らしている。なにより、赤竜にはとどめをさせてはいないと感じていた。早くここを離れなくては危ない……。そう感じていた。