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紅の魔女  作者: 橋本禰雲
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1.十五の誕生日

 はるか数万年前の昔

 神位魔法を操る古代人は約百個の銀河を支配した

 彼らは魔法と科学の技を使って銀河を縦横無尽に行き来できるゲートを建造し、

 奇跡的な秘術で、数々の魔道具も作った。

 それらの力を人間たちに分け与えた

 しかし人間と科学の組み合わせは世界を破滅させる危険があることに古代人は気付いていた

 古代人たちがさらなる進歩を求めてこの宇宙を去るとき

 すべてのゲートには機械を通さない秘法が施された

 こうしてかつて古代人がいた領域は科学を使わず慎ましく生きる魔法使いたちのものとなった


「殿下お誕生日おめでとうございます!」

 太った公爵の発声によってパーティーの参加者は一斉に杯を掲げて口々に祝意を述べてから杯の中身を喉に流し込んだ。

 会場の上手、一段高くなっていて皆を眺めやすいように向いたテーブルのほぼ真ん中の席で、エミールは自分への祝意を聞いていた。貴族や商人の有力者たちが次々にエミールの前に現れ、杯を掲げ賛辞を述べた。

「男爵」

「リヒター子爵」

「ありがとう」

 エミールは覚えている限りで現れる人々の爵位を言ったり、名前も分かれば添えたりして答えた。

 すぐ隣席には彼の母親、イデス王国の女王が座っており、人々は女王にも敬意を表すのを忘れなかった。

 エミールは今日で十五回目の誕生日を迎えた。それはイデス王国の上士としては成人した証であった。まだ幼さの残る顔には母親ゆずりの大きな目と大きな鼻筋を持ち、貴公子然とした姿は国民からの人気も高い。

 一通り挨拶が済むと母王の隣で大人しく食事を取り、強いワインにむせたりした。酒が入って賑やかになった人々を尻目にエミールは外の空気を吸って休もうとバルコニーに出た。会場は王城の一角にあり、広々としていて豪華な調度品がたくさん置かれていたが、バルコニーから見る王都の眺めも悪くなかった。すでに夜の帳が下りた後で空は黒かったが、王城から見下ろす家々には魔法の明かりが灯り、数千の星々がばらまかれたようだった。夜空にも実際の星々が輝いていたのでエミールは自分が宇宙の真ん中に放り出されたような感覚になった。

 バルコニーは広かった。貴族の屋敷のホールくらいの広さがあった。幾人かが酒で火照った顔を冷やすために夜風にあたっていた。

 少し離れたところに、エミールと同じように城下の景色を眺めている二つの人影があった。変わった点が多かったのでエミールは興味を持った。その二人のうち背の高いほうの人物は軍服を着ていた。それだけなら珍しくもない。軍人の高級将官が勲章をじゃらじゃらとぶら下げた軍服を来て何人も参加していたからだ。しかしその人物は勲章の類は一つも付けていない。その軍服も変わったことに黒ずくめだった。

 もう一人の小柄なほうは女性だった。エミールは少し後ろに後ずさり、角度を変えて彼女を良く見ようとした。エミールよりも少し低いぐらいの背丈だろうか。ベージュ色のあまり目立たないドレスを着ていたが、柔らかそうな長い金髪と男のほうを向いて笑いかけている笑顔は目を惹くほど可愛らしいとエミールは思った。おそらくエミールと同程度の年齢の娘だろう。

 エミールはすぐにルマリクから聞いた噂の人物だろうと思って声をかける気になった。

「失礼します。こんばんは」

 男がエミールのほうを向いた。年は三十代くらいだろうか。顔つきはあまり見ない異国の出のように感じた。黒い瞳に黒い髪。髪は無頓着に肩まで伸ばされていた。鋭い眼差しでエミールを見つめてくる。

「夜風が気持ちいいですね」

 エミールは場を和まそうと思ってそう言った。

「あっ……王子!…さまですね……こんばんは」

 女の子のほうが言った。すこしびっくりしたような顔が可愛らしい。エミールはパーティーでよく見る着飾った女の子たちに特段興味をもたないほうだったが、この子には少なからず興味を抱いて少し恥ずかしい気持ちになった。

 男はエミールよりも頭一つくらい背が高かったのでエミールを見下ろしていたが、別段行儀よくしようという素振りも見せなかった。

「えーと……エミールです」

 この国の王子です、とは言わなかった。このパーティーに出席しているのであれば主役がどのような立場であるかくらいは承知しているだろうから。

「正木です。何か御用ですかな?」

 男は低い声で言った。無礼な物言いだったがエミールは興味のほうが勝ったので我慢した。

「まさき…さんですね…不思議な響きだ。ルマリク将軍からあなたの事を聞いたのです。それで挨拶しようと思いまして」

 先月までの北方国ファリスとの戦争で、将軍を助けて活躍した黒ずくめ衣装の魔法剣士のことは宮廷でも大いに噂になっていた。

 エミールがそう言っても男はむすっとした顔のまま何も言わなかった。

「君のことも聞いているよ」

 エミールは男の隣にいる少女のほうに顔を向けた。「不思議な……ホムンクルス……には見えないな。たぶん何かの間違いだろう」

少女は顔を赤らめながらも目を輝かせた。

「土でできているようには見えませんか?」

 そう言ってにっこりとする。「リンと言います。殿下にお会いできて光栄です!」

「失礼した……本当に君はホムンクルス……なのか…」

 エミールは思わずそう言った。宮廷に顔を出すエミールと同じくらいの女の子たちは、みないつも着飾っていて礼儀正しくもあるが型通りの感じがしているものだが、このリンという少女は活き活きとしていて眩しいようにも思えた。この子が土で作られた人形?ホムンクルス?信じられない。

 エミールは無意識にもリンの顔に手を伸ばそうとしていた。

「お触りしたらセクハラで訴えますよ!」

 リンはそう言ってエミールのその手を取って上下に振った。ちょうど握手したようになった。

 エミールは心を奪われたように感じた。今まで女性に感心を持たなかったわけではないが、同世代に対してではなく年上の女性に甘い憧れを持つ程度だった。リンが魔法使いが作る人造人間だとしても、魅力的に思えるのだから仕方がない!

「よ、よろしく」

 そう言ってエミールもリンと共に笑った。「もし君が本当にホムンクルスだとするなら、とても進んだ魔法の国から来たんだね。我々の作るホムンクルスは何と言うかとても単純なものだから」

 エミールは土から作られた球体、円錐、四角錐といった形の組み合わせで作られた彼らの土人形を思い起こした。

「リンはいたって普通のホムですよ」

 リンは自分のことをそう言った。「でもこの体は特別製かな。正木さまとお姉ちゃんたちがすごく苦労して作ってくれたので」

「そうだね。すごく綺麗だ」

 エミールはリンに期待の目で見つめられて思わずそう答えた。

「ありがとう!」

 リンは嬉しそうに言った。

 エミールがちらと正木を見ると二人のやり取りを聞いて、リンのほうを見て微笑んでいるように見えた。エミールはそれを見て少し安心した。

「リン……と呼んでいいかな」

 リンはうんうんと頷きエミールに笑いかけた。「リンの戦場での働きも噂に聞いたよ。君の召喚魔法で作られた魔法戦士や魔獣によってすごい戦果だったって」

「召喚魔法はリン得意」

 リンは顔を上げて言った。やはりリンがホムンクルスというのは何か裏がありそうだ。ホムンクルスが土の力から簡単な魔法を使って人の手伝いをすることはできるが、召喚魔法などという上級な力をホムンクルスが使うなんて聞いたことがない。

 エミールは一息ついて少し考えてから言った。

「正木さんちょっと相談なのですが」

 エミールは正木の噂を聞いて以前から考えていたことを言ってみようと思ったのだ。正木がなんだろうという顔をしてエミールを見つめ直す。「僕の初陣にって今度、東の山岳地帯の賊を討つための討伐隊が編成されるんです。あなたもよくご存知のルマリク将軍が実際の指揮を取ります。どうでしょう。あなたも従軍してもらえませんか」

「いいだろう」

 正木は即答した。まるで予期していたかのように。「ただし、報酬については殿下の母君と交渉させてもらいたい」

「良い返事をありがとうございます。ですが、僕だってあなたに報酬を出せますよ」

「いや、あなたには私が欲する報酬を出すことはできない」

 いったいあなたが欲しい報酬とは何ですか、と聞こうとしたとき後方から世話人が現れてエミールの注意を引いた。

「殿下。女王陛下が席に戻るようにと」

「分かった。正木さん、失礼します。後ほどまた話しましょう」

 正木は頷く。エミールはリンの顔を見た。「リン。話せて楽しかった」

 リンはスカートの端をつまんで可愛らしく挨拶した。

 エミールが席に戻るとグラスが鳴らされて「女王陛下のお言葉です」と世話人が声を上げた。

 歓談で話し声が満ちていた会場の音が止んでいく。静寂とは言えないまでも静かになった頃合いを見て女王が立ち上がった。アン女王はエミールの実母であるがまだ三十代になって間もない年齢で国で一番高価なドレスを着て、一番高価な髪飾りを付け、一番の美貌をその顔に持っていた。

「みなさま本日はエミールのためにお集まりいただきましてありがとうございました」

 女王は言った。声を張り上げる必要はなかった。世話役が魔法で後ろの席にも女王の声が届くように拡声していた。

「十五になりエミールももう元服。東で蠢動する賊を討つために私は討伐軍を差し向けます。その軍団長としてエミールは初陣を果たすことになるでしょう」

 会場は拍手喝采が起きた。エミールも立ち上がり一礼したあと、激励に対して手を降ったりした。

「もちろん未熟なエミールを補佐するためルマリク将軍が副将として従軍します」

 席の前方に位置していた長い顎髭と熊のような大柄な体躯のルマリク将軍が立ち上がった。

「エミール殿下万歳!女王陛下万歳!」

 ルマリクが大声で言うと会場はそれにつられて万歳の掛け声で溢れた。

 女王が手を上げると会場は静まった。

「みなさまこれからもエミールを支えてやってください」

 女王がそう言うと皆一斉に拍手した。

 女王は拍手の音が響く中、会場を退出した。エミールも世話役に促されて退出し女王に続いて控えの間に入った。女王は仮玉座に座り静かに前を見据えていた。

 エミールは実母である女王を見ても通常の家族にあるような母への感情を持つことはなかった。実際は乳母に育てられたようなものだし、アン女王から愛情を持って接せられた記憶はなかった。自分のことを可哀想だとは思わなかったが、普通の家庭に、せめて王族でないところに生まれてきたかったとはしばしば考えたことがあった。

 女王の周りには側近たちが控えていたが遅れてルマリク将軍が控えの間に入出してきた。大きな体躯で女王に挨拶する。

 ルマリクの後から入ってきたのは正木だった。相変わらず黒ずくめの軍服を着ていた。正木は挨拶はせず後ろに控えた。

「母上。報告があります。討伐軍にですが、そこにいる正木を加えたく。彼に命じました」

 実際にはお願いしてみたのだが。

「殿下」

 母ではなく世話役の一人から声がかかった。「今回の討伐は殿下の初陣。我が国の将来を思えば絶対に失敗はできないというのが陛下のお考えです。そのため、賊に対しては過剰なほどの戦力、将にはルマリク将軍を付けます。先の戦争では功に厚かった正木どのに対して、我々からも従軍を依頼していたのですが……色よい返事はもらえませんでしてな」

「いや」

 正木が声を出した。壁によりかかった不遜とも言える態度で。「殿下に直接依頼を受けた。従軍するつもりだ。ただし……」

「ただし?]

世話役が聞いた。

「功あったときの報酬については女王陛下に相談したい」

 その場にいた女王の側近たちは色めきだった。不遜な態度であったし、女王と直接報酬の交渉をするなど不敬であったからだ。女王は手を上げて側近たちを黙らせたあとに言った。

「報酬としてなにが欲しいのだ?」

 正木は少し女王に歩み寄って姿勢を正した。交渉にあたって態度を改めようとしたのかもしれない。

「陛下に相談するのはそれが陛下にしか与えられないものだからです。先の戦争で戦死したファブール男爵の領地にある鉱山の採掘権を貸与願いたい。ファブール家は断絶したはず。そうすればその領地は陛下の元に帰されたものでしょうから」

「領地がほしいとは言わぬのだな」

「私は陛下の臣下ではありませんから。採掘権でも傭兵にすぎない身で過分な報酬でしょうが、ぜひとも所望したい」

「貸与というからには期限があるのだな。いつまでが条件なのだ?」

「半年もあれば探しものはみつかるでしょう」

 女王は首を傾げて少し考えた。側近が近づいて何やら進言しようとしたがそれを手で制した。

「採掘したものの利益のうち六割は王家のものとする。出土した魔具などがあればその半分も同様にし王家は選択権を有する」

「陛下。私が採掘にかかる費用を出します。せめて折半にしていただかないと。それから魔具については一番価値のあるものは私に。その他のものは折半。選択権は王家で結構です」

 女王はそれを聞いて手をニ回叩いた。

「決まりじゃ。正木が従軍する。兵力は適度に減らしても大丈夫ではないかな」

 そう言って笑みを見せたがエミールには冷笑に見えた。

 正木は深々と礼をした。

「正木どのも従軍と決まれば心強い」

 ルマリク将軍は上機嫌だ。

 側近たちも女王の裁定に従うように頭を下げた。

「私からも正木に相談がある。みな下がれ」

 側近たちが恭しい態度で退室しようとする。エミールは周りを見回しどうしようかと思ったが、母から邪魔そうな目で見られたので退室するために歩き出した。控えの間には女王、正木、侍女たちが残ったようだった。

 廊下でルマリクが話しかけてきた。

「殿下。実際の指揮はワシが取りますので大船に乗った気でいてくだされ。正木どのも従軍されるんなら賊はもう討ったも同然ですぞ。あの御仁は本当にすごい剣士ですからなあ」

 がはははと大男は笑いながら言った。ルマリクはエミールが幼少のころから戦術などの先生として接しており宮廷でも数少ない心許せる者だった。

「よろしく頼む」

 ルマリクと別れたあとエミールは廊下の隅にリンがいることに気がついた。リンに歩み寄る。

「リン」

「殿下」

 リンは頭を下げて挨拶した。

「正木はまだ陛下と控えの間で話している」

「……そうですか。では私一人で宿所に帰ります。正木さま夜はご不在になることがまあまああるんですけど、まさか……」

 リンは言葉を続けられずに飲み込んだようだった。エミールは自分の顔が火照るのを感じた。

「そ、そうか。宿所に帰ると言うなら護衛の者をつけよう」

「大丈夫です。こう見えても私強いですから」

 エミールはリンともう少し話しをしたいと思い、そう告げようかと考えていると、リンはまたスカートの端を持ち上げる仕草で礼をすると歩み去って行った。

 エミールは歩き去るリンが廊下の角を曲がって姿が見えなくなるまで目で追ってから、自分に可笑しくなって一人苦笑した。


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