36.彼方よりの襲撃者
第2部スタートです。
お師匠様に魔法の契約について聞いた翌日の午前中。
いつもとは違って、僕はリラと共に森深くへと立ち入っていた。
目の前には倒したばかりのグレッドリーの死体。
グレッドリーは2本の角が生えたピンク色の熊みたいな獣。
目的はその角で、なんでも削って粉にしたあと、さらに煎ると、熱冷ましの薬になるらしい。
薬は必ずしも草のみではないのだ。
必死な顔で、ナイフを使ってグレッドリーの頭蓋骨から角を切り離そうとしているリラに、僕は声をかけた。
「ねえ、やっぱり僕も手伝おうか?」
僕の力なら、そもそもナイフもいらないと思うんだけど。
「パドの力だと角が砕けちゃうでしょ」
まあ、そうかもしれないけど。
「どうせ、粉にするんじゃなかったの?」
「割ると、そこから痛みやすくなるらしいの。だから、できるだけ傷付けずに切り離せってお師匠様が言ってた」
そっか、じゃあしょうがないね。
僕はリラを見守りつつ、お師匠様が昨日話してくれたことを考える。
ルシフは僕の心に何を書き込もうとしていたのだろうか。
ヤツが僕に近づいた理由は、まず間違いなく200倍の力か魔力だったのだろう。
あるいは転生者であることも関係あるかもしれない。
それ以外では僕を狙う理由が思いつかない。
例えば、僕を操って世界を滅ぼそうとしたとか。
しかし、そもそもルシフに世界を滅ぼす動機があるだろうか。
正直分からない。
考えるにしても材料が足りない。
ルシフの言葉にヒントがあるはずと思い出そうとするのだが、細かい部分まではどうしても覚えていない。
出会った2回とも、僕は動揺していたし、怒ってもいた。
要するに冷静ではなかったのだ。
おそらく、ヤツの狙い通りに。
いくら考えても、情報が少なすぎて想像どころか、妄想すらできない。
だが、いずれにしても、今度ルシフが接触してきても、絶対に相手にしてはならないだろう。
そんなことを考えていると。
「ふう、切れたわ」
リラは満足げにそう言うと、角を掲げて見せた。
「じゃ、帰ろうか」
僕はそう言って、グレッドリーの前足を握る。
さほどおいしくはないそうだけど、これも食肉になる。
薬になる角だけでなく、肉も持って帰らないとね。
って、あれ?
「ねえ、考えてみたら小屋に戻ってから角を切り取っても良かったんじゃない?」
「……そういえばそうね。まあ、変に引きずって角に傷がついてもなんだから、いいんじゃない」
それもそっか。
僕はグレッドリーを引きずり、リラは角を背負って歩き始めた。
それはあまりにも唐突だった。
歩き始めた直後の僕らの頭上に、拳大ほどの石が大量に突然現れたのだ。
「え?」
石は一気に僕らに向かって落下。
まずい!
何故かひたすら頑丈に体ができているらしい僕はまだしも、リラはあんなのが頭に当たったらっ……
とっさに僕はグレッドリーの足を投げ捨て、リラを抱えて横っ飛び。
「パド、痛いっ」
「あ、ごめん」
最近は大分マシになってきた力加減だったが、今はとっさだったこともあって少し力を入れすぎた。
僕が掴んだお腹をリラは痛そうにかばっている。
「大丈夫?」
「なんとかね。それより、今のは?」
「わからない。だけど……」
どう考えても自然現象ではない。
まず間違いなく、僕らを傷付けるために誰かが放った攻撃だ。
「まさか、獣人!? 私が生きていることがばれた?」
リラが言う。
空を飛ぶ獣人からの攻撃かと考えたらしい。
確かにその可能性もあるが、むしろ今のは……
と。
今度は前方から赤い球――火炎の球が飛んでくる。
「なんだっ!?」
「なんなのよ、これ!?」
僕は右に、リラは左に。
反射的に跳ぶ。
2人とも炎は避けた。
避けたのだが、僕とリラとの間に距離ができてしまった。
「やっぱり、魔法!!」
最初の石はまだしも、今の炎の球はどう考えても魔法だ。
魔法使いが僕らを狙っている!?
一体何で!?
獣人の魔法使い?
それとも……
分からないことが多すぎる。
相手がどこにいるのか、一体何者なのか、そもそも何故いきなり襲われたのか。
どうする?
魔法の飛んできた方向を中心に僕は周囲をうかがう。
「パド、あそこっ!!」
リラが指さした方向。
木の陰に誰かいる。
ソイツはリラの声を聞くや否や、身を翻した。
くそ、いったいなんだってんだ!?
いや、今は迷っている場合じゃない!!
僕は大地を蹴って跳ぶ。
地面にまたクレーターを作ってしまったが、ここは一気に距離を詰める必要がある。
跳んだ先にいたのは、青い服を着て杖を持った2人の青年であった。
杖といっても足の悪い人が使うモノではない。
むしろファンタジー世界の魔法使いが使いそうな、赤い宝玉がついた小さなロッドみたいな物だ。
「ちっ」
青年の1人が舌打ちし、もう1人が僕にロッドを構えて叫ぶ。
「炎よ!!」
叫んだ青年のロッドから炎の球が僕めがけてとんでくる。
避けられないっ!!
とっさに腕で顔は防いだが、炎が僕の全身を包む。
「パドっ!!」
リラの叫び声。
とてつもない熱が僕を苛む。
全身火傷しそうだ。
青年達も僕を倒したと思ったのだろう、追撃はなかった。
それが、甘い!!
僕は炎に包まれたまま、2人のロッドを掴む。
「なっ」
驚きの声を上げる青年達。
対処する暇なんて与えない。
僕はロッドの宝玉を握りしめた。
「馬鹿な、私の火炎を喰らって動けるだと!?」
「悪いけど、他人より頑丈にできているんだ」
もっとも、服はほとんど焼けてしまっている。髪の毛もチリチリ。
もちろん、漫画みたいにズボンだけ都合良く焼け残るなんてこともないので、色々と丸出しである。
いずれにせよ、ロッドから炎を出したということは、それを壊せばもう魔法は使えないだろう。たぶん。
「一体、あなた達は何者なんですか? なんでいきなり攻撃なんて……」
尋ねる僕に、青年2人は苦々しげな顔。
「これが神託にあった、世界を滅ぼしうる力か」
シンタク?
世界を滅ぼす?
何の話だ?
「ここはいったん引く。が、神の恩名において、お前はいずれ天へと送る」
青年達はそう言って逃げ出した。
追うべきか?
いや、しかし。
僕はまず、リラに駆け寄った。
どうやら、擦り傷程度のようだ。
「パド、大丈夫なの?」
「まあ、火傷はしたけど」
「それですむのがすごいわね……」
青年達の言葉を信じるなら、普通の人間ならあの炎を喰らったらただではすまないのだろう。実際、すごい熱だったし。僕の体って、熱にも頑丈だったんだね。
なんにせよ、リラに当たらなくて良かった。
「っていうか、追わなくて良かったの?」
「他に敵がいて、リラを襲っても困るし」
リラは普通の子どもだ。戦いなんてできない。
「ごめん、私、足手まといだったわね」
「いや、別にそれは良いけど」
そもそも、僕もリラも戦闘することを前提に暮らしていない。
「ところで、パド」
「なに?」
「できれば、それ、隠してくれない?」
リラが指さした先は、ズボンが燃えて色々まるだしになってしまった僕の股間だった。
「うわっ、ご、ごめんっ!!」
慌てて両手で……隠そうとして、左手がないことを思い出して右手で隠す僕。
「ああ、もう、とりあえずこれでも巻いておいて」
リラが薬草を入れるための布袋を強引に僕の腰に巻き付ける。
うん、なんとか大切なところは隠れたかな。
「で、これからどうするの?」
「とりあえず、お師匠様のところに帰ろう。角は僕が背負う。肉は持って行くのはやめておくか」
あまり動きを阻害する荷物は持たない方が良いだろう。
しかし、本当になんだったんだ?
魔法を使う相手。
魔法の契約は教会が管理しているはず。
まあ、ルシフみたいな『そんなの関係ねー』なヤツもいるみたいだけど。
いずれにせよ、僕らは周囲を警戒しつつ、お師匠様のいる小屋を目指すのだった。




