忌燐胤理大病淫
※最悪な話です
トイレから戻ると、僕の席の近くに消しゴムが落ちていた。
手に取ると、カバーの下から何かが覗いているのが見えた。
カバーを外して見てみると、そこには『かずき』と書いてあった。というか彫られていた。
僕は頭が真っ白になった。
心臓が破裂しそうになった。
過呼吸になりそうになった。
そう、かずきとは僕の名前だ。
僕はこのおまじないを知っている。
消しゴムに好きな人の名前を彫って、誰にも知られずに使い切れたらその恋が実るというものだ。
つまり、このクラスに僕のことを好きな女子がいるということだ。こんな目立たなくて勉強も出来なくて運動神経も悪くてコミュ障な僕を、いつも見てくれている子がいるということだ!
僕はカバーを戻した。
見なかったことにするんだ。
だって、そうしないとこの恋は実らないだろ?
「あっ、小森くん! それ!」
後ろから女子の声がしたので振り返ると、なんとそこにはクラスのマドンナ的存在のさささささ佐々木さん!?!?!?!? がいたんですけど!?!?
「こ、こ、こ、こ、これ???」
キョドってしまって消しゴムを差し出しながらキモイ声を出してしまった。
「さっき落としてどこ行っちゃったかと思ってたんだけど、こんなとこまで転がってたんだね! 拾ってくれてありがと!」
そう言って佐々木さんは僕の手のひらの消しゴムを取った。その時、少しだけ手が触れた。
消しゴムを受け取ったのに席へ戻らない佐々木さん。モジモジしながらこちらを見ている。
「あの、小森くん⋯⋯」
なんだ、もしかして告白か!? まだ心の準備が!
「⋯⋯見た?」
見た? って100%さっきのアレだよね! 僕の名前のことだよね!
でも見たって言っちゃったらあのおまじないの意味がなくなっちゃうから、とりあえず知らないふりをしておこう。
「なんのこと?」
「いや、なんでもないの⋯⋯拾ってくれてありがとね! じゃ!」
そう言って佐々木さんは足早に席に戻った。
佐々木さん⋯⋯
結局その日の授業は1ミリも頭に入ってこなかった。
高嶺の花だと思っていた佐々木さんが、クラスのマドンナ、いや、学年でも1番可愛いかもしれない佐々木さんが、こんななんでもない一般人の僕のことを!
きゃぁーーーーーーーーーーっ!
きゃぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!
きゃー2発じゃ足りないようっ! もうっ!
それから数週間、彼女が目に入る度に胸がドキドキした。そのせいで授業の内容が全く頭に入ってこなかった。恋というのはこんなにつらいものなのか⋯⋯
僕はまだ両想いだって知ってるからいいけども、佐々木さんは僕の気持ちを知らないまま密かに思い続けてくれていたんだ、もっとつらかったことだろう。胸が張り裂けてもおかしくはない。
そうだ! 佐々木さんを救ってあげよう! 僕も胸がずっと爆発しそうで痛いし、佐々木さんも絶対つらくて不安だろうから、もう助けてあげないとね!
両想いなんだから!
意を決して!
告白するぞーっ!
おーっ!
ということで翌日、僕は放課後佐々木さんに話しかけた。
「佐々木さん、実は謝らなきゃいけないことがあるんだ」
消しゴムのことだ。
「ん? 謝るって?」
不思議そうな顔をする佐々木さん。
「その、実は⋯⋯あの時消しゴム見ちゃったんだ。見てないって嘘ついてごめん」
「じゃあ、彫ってある文字読んだってこと⋯⋯?」
「⋯⋯うん」
照れくさそうに僕は言った。
「そっかぁ、見られちゃったかぁ」
彼女は頬を赤く染めていた。
「あの、誰にも言わないでね⋯⋯?」
恥ずかしいのか? 可愛いな。
「分かった、言わないよ」
「良かった、ありがとう」
彼女はホッとひと息ついて胸を撫で下ろした。
「じゃ!」
そう言ってカバンを持つ佐々木さん。
「えっ?」
じゃってなに? もう帰るつもりなの? 両想いって分かったのに?
「なに? なにか用事ある?」
佐々木さんがまた不思議そうな顔をしている。
「いや、あの、カラオケ行こ! とかないのかなって思って」
「へ?」
「僕たち今カップルになったんだよね? みんなには内緒でこっそり付き合ってるんだよね? 現在進行形で」
「は? 何言ってんの?」
「えっ、だって消しゴムに⋯⋯。あれって好きな人の名前を書くおまじないじゃないの?」
何言ってんのはこっちのセリフだよ。んもう。
「あ⋯⋯」
彼女は合点がいったような顔をした。
「もしかして、お前も下の名前かずきなの?」
⋯⋯も?
お前?
なにこれ?
「私が好きなのは2組の山下かずきくんなんだけど」
あ⋯⋯
そうなんだ。
「ごめん、僕勘違いしちゃって。あんまり喋ったこともないのに勝手に両想いだと思っちゃって、何なんだろうね、僕⋯⋯」
死のうかな。
「私こそ勘違いさせちゃってごめん⋯⋯」
「佐々木さんは悪くないよ、普通に考えたらクラスで目立たない僕なんかのことを好きになる理由ないもんね。こういう卑屈なところも嫌でしょ」
「いやそんなことは⋯⋯」
「そんなことあるよ! 佐々木さんみたいにいつもちやほやされてる人には分かんないんだよ!」
腹が立つ。
「ちょっとごめんってば! 一旦落ち着こ? ね?」
「落ち着いてられないよ! 僕もう終わりじゃん! 絶対明日にはクラス中に広まってるじゃん!」
「言わないから! そもそもかずきくんが好きっていうのも誰にも言ってないんだから! だから落ち着いて、ねっ!」
「その名前を口にするなぁ!」ベシ!
僕はつい佐々木さんの頬を張ってしまった。
彼女の首はバキボキいいながら180度回って真後ろを向き、グルンと音を立ててまた戻った。
「ね。落ち着こうね」
無表情だった。これが怒りを通り越した人間の顔なんだと直感した。
「はい」
怖かったので僕は逃げるように教室を出た。
家に帰ってから僕は布団を被って怯えた。
本当に怖かった。
人の首があんなに回るところを初めて見た。
あまりに怖かったので、仕返しをしてやろうと思った。
翌日登校すると、佐々木さんが山下かずきのことを好きなのをクラスのみんなが知っていた。
僕が昨日広めておいたのだ。
ざまみろ。
と思ったが、佐々木さんを冷やかすようなクラスメイトは1人もいなかった。皆応援しているようだった。
気に食わない、と思った。
その日はイライラで授業が全く頭に入ってこなかった。
放課後、教室にももひきを忘れたので取りに帰ると、なにやら男女が言い争っているような声が聞こえた。
「お前俺の事好きなんだろ? だったら大人しく受け入れろよ!」
「いやぁ! いやぁ! やめてぇ!」
佐々木さんの声だ。
「うるせぇ!」ボカッ
パンパンパンパン!
えっ!? もしかして教室でエッチなことしてます!?
ヌッチョヌッチョヌッチョヌッチョ
マットプレイでもしてんの!?
「オラオラもっと喜べよォ!」パァン! スパァン!
ポがパのアクセルホッパー?
「いやぁ! 痛い! やめてぇ! 誰かぁ! 誰かぁーっ!」
⋯⋯助ける義理なんてないよな。佐々木さんはあいつのことが好きなんだし、僕にあんなことしたんだし。
寒かったけど、ももひきなしで帰った
家に帰ってよく考えたら、僕は佐々木さんになにもされていないし、佐々木さんは全く悪くない気がしてきた。なんなら勘違いしたりビンタしたりした僕だけが悪い気さえしてきた。
僕は反省した。具体的には、寝る前に壁に向かって「ごめんちゃい」と言った。
翌日学校に行くと、佐々木さんはちゃんと来ていた。ただ、心ここにあらずといった感じで、ずっとどこか遠いところを見ているようだった。
顔には痛々しいアザがいくつもできていた。
特に左頬にある大きな手形が痛そうだった。
多分僕がやったやつだ。首が真後ろ向くくらいのビンタをしたんだ、これくらいのアザができてしまうのも納得出来る。
それ以外のアザは恐らく山下かずきによるものだろう。
山下はこの美少女相手に何をしたんだろう。どこまでやったんだろう。
僕はそれが気になって気になって、授業が全く頭に入ってこなかった。
翌日、佐々木さんの顔が真っ黒になっていた。絵の具で塗りつぶしたようだった。アザを隠すためだろうか。
お調子者の袴田が半紙を佐々木さんの顔にあてると、般若の墨絵みたいなのが取れた。
その日佐々木さんはずっと無表情だった。
それが気になって僕は全く授業を聞けなかった。
次の日、佐々木さんは公家になっていた。
白粉を顔中に塗りたくり、目の上にちょんちょんとまろ眉が描かれていたのだ。
その日も佐々木さんはずっと無表情だった。
ただ、非常に小さな声で1度だけ「ほほほ」と言ったのが気になり、僕はまともに授業を受けられなかった。
次の日は紫だった。
完全に無言無表情だった。
その次の日はまた公家だった。
1日中見ていたが、「ほ」と言った以外はずっと無言だった。
この頃には誰も佐々木さんのことを気にしなくなっていたので、僕もあまり気にならなかった。
先生も「おう佐々木、今日は公家の日か!」とか言ってたし。
でもなんか授業の内容は頭に入ってこなかった。
次の日は赤、その次の日は公家、次は虹色、次は公家、というように2日に1回公家を挟む形で日替わりの顔色がしばらく続いた。
そしてある日、佐々木さんはすっぴんで登校してきた。
「おはよう、小森くん」
僕の席の前で立ち止まった佐々木さんがニッコリ笑って言った。身震いがした。
「チャス」
しか言葉が出なかった。みんなにも挨拶をしていた。
「どうした佐々木、今日は公家じゃないのか」
体育教師の鬼乙女が不思議そうに訊ねた。
「うちの高校ってお化粧禁止でしたよね? だからすっぴんで来てるんですけど?」
佐々木さんが笑顔で答えた。
「なにお前こわ」
鬼乙女は恐怖のあまり跳び箱の中に閉じこもってしまった。
お調子者の袴田がその跳び箱を接着剤で1個体にして遊んでいた。鬼乙女は3週間ほど行方不明になった。
それからも佐々木さんの笑顔は絶えなかった。委員のめんどくさい仕事を頼まれても嫌な顔ひとつせず、勉強が出来るのを妬まれて筆箱にうんこをされてもずっと笑顔を貫いていた。
佐々木さんは毎日お腹を撫でていた。
授業中もずっと「かずきくん、いい子いい子」と呟きながら嬉しそうに自分のお腹を撫で続けていた。
その頃からまた佐々木さんの顔にアザがつくようになった。
見当はついていた。
山下だ。
佐々木さんが可哀想になってきた。
クラスのみんなも同じ気持ちだった。
「佐々木さん、大丈夫?」
女子数名が佐々木さんに話しかけた。
「大丈夫だよーっ!」
今まで見た事がないほどの笑顔だった。
「その顔のアザって⋯⋯」
「ああ、これね」
1人の女子が聞くと、少しだけ暗い顔をして佐々木さんは答えた。
「かずきくんに殴られたんだ。赤ちゃんを堕ろせって毎日言われてるんだけど、それに私が従わないから殴るんだ」
赤ちゃんいるの!?
「お互いの親にバレる前に堕ろせってうるさくてね。酷いよね、自分の子なのに。あんなのパパじゃないよね。だから今、かずきくんを新しく作ってるの。だから心配しないでね〜」
皆愕然としていた。
山下をボコボコにしに行こうということになった。
「おい、山下いるか」
うちのクラスのボスである吉野山が2組の教室のドアを開け、山下を呼んだ。
「⋯⋯いるよ」
教室の奥の方でか細い声がした。
「出てこい山下!」
「ぶっ殺してやる!」
吉野山の腰巾着の松山とすき山が言った。
「今行くよ」
別人のようにやせ細った山下がヨロヨロと歩いてきた。
「お前そんなガリガリだったか!? 何があったんだよ!」
すき山の親友のなか卯山が山下の肩を揺さぶりながら言った。
「ちょっと落ち着きなさいよ。これじゃ話が出来ないでしょ? 全くこれだから男子は⋯⋯」
やれやれといった感じでいきなりステーキが言った。
「なんでございましょう」
骨と皮だけになった山下が力なく言った。
以前教室で佐々木さんを犯していた頃の彼とは似ても似つかぬ風貌だった。
「お前、放課後の教室で佐々木さんを襲って妊娠させたらしいな」
留学生のメッダーナルが訊いた。
「ああ、まぁ⋯⋯」
「学校のマドンナである佐々木さんに教室で中出しなんて、うらやまキィィィィィーーーーーっ!」
お調子者の袴田が接着剤を吸いながら叫んだ。直後絶命した。
「そしてその妊娠が気に食わないお前は彼女に堕胎を強要し、それを拒否されると殴る蹴るの暴行を加えたそうだな」
学級委員の城戸善郎が怒りを押えながら事実確認をした。
「何言ってるんだ、そんなの知らないよ!」
えのきのような首を振りながら否定する山下。
「だったらあのアザはなんだ!」
ゴリラが山下の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「あれは彼女が自分でやってるんだ」
「はぁ? なわけあるかい!」ぞしゃっ
フクロテナガザルがついに手を出した。
山下の下顎が持っていかれた。
『俺がこんなガリガリになったのも彼女のせいなんだ。毎日毎日何回も搾り取られて、もうカラカラだよ⋯⋯その時にいつも自分で自分の顔を殴ってるんだ』
喋れなくなった山下がテレパシーで言った。
「毎日毎日って⋯⋯許せん! 死ねぇ!」
2組も含めた男子全員の怒りが爆発し、その爆発に巻き込まれた山下は炭となった。教室の隅でチョークを食べていたよしこは明太子となった。
「正義は必ず勝つ!」
学級委員(女子)のヒゲメガネハゲオが叫んだ。
「さ、帰るべ!」
絶命したはずの袴田のかけ声でみんなは教室に戻った。
そして、クラスに平和が訪れた。
数ヶ月後、佐々木さんは立派なトイプードルを出産し、僕は無事ハーバード大学に入学することが出来た。
めでたしめでたし。
お前授業全く聞いてなかったのにすごいな。