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鉄と真鍮でできた指環 《3》 ~災厄の首飾り~  作者: とり
 第1幕 夏休みの終わりに
9/59

9.期待



   ・前回のあらすじです。

   『和泉いずみが、まちでおこっている、爆破ばくは事件の新聞記事をよむ』





 ――事件は、八月(はちがつ)中旬(ちゅうじゅん)和泉(いずみ)がよその地方にいっているときにはじまった。

 【学院(がくいん)】のたつ(やま)、【ワルプルギス(ざん)】のふもとにある(まち)・【トリス】でのできごとである。


 (あさ)と夕とを問わず、市内(しない)のあちこちで、爆発(ばくはつ)発生(はっせい)()在住(ざいじゅう)の人々は、あるときは(とお)りで、あるときは屋内(おくない)でふきとばされ、破壊(はかい)された建物(たてもの)は、町の【自衛団(じえいだん)】や、ボランティアの魔術師(まじゅつし)により、修復(しゅうふく)活動がおこなわれていた。


「テロリストですかね」

 (あおい)から概要(がいよう)を聞き()えて、和泉は首をかしげた。

 【宿舎(しゅくしゃ)】の男子(とう)。その廊下(ろうか)学院長(がくいんちょう)の気配を(さっ)してか、部屋からでてくるほかの魔術(まじゅつ)研究者(けんきゅうしゃ)のすがたは、ない。葵は(くび)をふった。

「そうした意志は、ないみたいね。といっても、本人(ほんにん)直接(ちょくせつ)事情聴取(じじょうちょうしゅ)したわけじゃないから、推測(すいそく)にすぎないけど」

「そうなんですか。でも、町の案件(あんけん)だってなら、オレらが出張(でば)っていかなくても――」

「【学院】の生徒なのよ。それに、自衛団からの要請(ようせい)があったの」


 葵の反論(はんろん)に、和泉(いずみ)言葉(ことば)をうしなった。【学院】(むかしはもっと、りっぱな名前(なまえ)がついていたみたいだが、現在はこの、味気(あじけ)のないのが正式な名称(めいしょう)だ)は、魔術師(まじゅつし)の世界である【(うら)】において、エリート・クラスの魔術師が入門(にゅうもん)養成(ようせい)される。

 和泉や葵がもともといたのは、【うら】とは隔絶(かくぜつ)された、科学(かがく)の世界。【(おもて)】と()ばれるそこは、電子機器や重工業(じゅうこうぎょう)、通信事業(じぎょう)のさかんな、現代・日本である。そして転移するまえの和泉たちにとっては、それが唯一無二(ゆいいつむに)と信じてうたがわない、現実だった。


 だが、【表】と【裏】は、ボールの外皮と内面(ないめん)のようにして、共存(きょうぞん)している。その境界(きょうかい)を、人為じんい的に封鎖ふうさしているのが、魔術(まじゅつ)的な措置(そち)によってはられた大結界だ。これは、【表】から【裏】への転移者(てんいしゃ)はゆるしても、その(ぎゃく)はみとめない。

 かつて、ヨーロッパで()こった【魔女狩(まじょが)り】に(たん)(はっ)する、『三者協定(さんしゃきょうてい)』という、和平条約(じょうやく)にして、不可侵条約。これが結界によって、魔術師を【裏】へとじこめ、科学と宗教(しゅうきょう)共生(きょうせい)関係にある【表】から、【裏】へと、魔術の(さい)にめざめた人間を、強制(きょうせい)的に送致(そうち)する。


 【表】からまねれた転移者は、魔術の()()()を知らない。【学院】は、そんなしろうとを、一手(いって)に引き受けていた。そして、この【転移者】にかぎっては、【裏】の貴族からの寄付金をもとに、無償(むしょう)での教育(きょういく)をしている。

 ただ、訓練(ちゅう)、あるいは、ダンジョンでの探索中の事故により、未熟(みじゅく)なうちに(いのち)()とす生徒もすくなくない。が、ほかの学校と比較(ひかく)して、【学院】に在籍(ざいせき)する教員(きょういん)研究者(けんきゅうしゃ)、生徒は、上質(じょうしつ)実力(じつりょく)を持っている。(まち)の自衛団が、【学院】の生徒をあいてに手をやくのも、(せん)ないことだった。


「ほんとうはね」

「はい」(あおい)抑揚(よくよう)のないせりふに、和泉(いずみ)はあいづちを打った。

「きょう、私が彼女を取りおさえにいく予定だったのよ」

「なんでいままでほったらかしにしてたんですか」

 『彼女』ということは女子(じょし)生徒か。とどうでもいいことを穿(うが)ち、和泉はとたん、はっ! とした。こまった女子生徒、というのに、こころあたりがあったのだ。

(でも……。まさかなあ)

 葵のそばにいたシロが、横からくちをはさむ。ウサギの(みみ)を、不服そうにゆらして。

「完全に放置(ほうち)してたわけじゃないわよ。ご主人(しゅじん)だって、すぐ――」

「シロ」

「あっ、」

 葵が睥睨(へいげい)すると、シロはくちをおさえた。和泉はつづきが気になる。葵が(せき)払いする。学長(がくちょう)がどうしたのかは、きけずじまいだった。


「担任の先生が、あいてをしてくれたのよ。彼女の」

「じゃあ、それでいいんじゃないですか?」

かえちにあったの」

「か――」

 おうむがえししそうになって、和泉(いずみ)は、のどをつまらせた。葵が嘆息(たんそく)する。


「教育熱心な助教(じょきょう)の先生で、じぶんが更生(こうせい)させるんだ、って、言ってきかなくて。彼、何度(なんど)も生徒の確保をこころみたんだけど――」

病院(びょういん)おくりになっちゃったんだよね。全身、包帯(ほうたい)でぐるぐる巻きになっちゃって。いまも、【病棟(びょうとう)】でねてるよ」

「そんなにキケンな生徒なんですか?」

「ええ」きっぱりと、葵は()げた。「それで、和泉先生。あなたにおねがいしたいのは、その生徒の保護(ほご)なんです」

「助教を病院おくりにするようなやばいやつと、()りあえってんですかっ?」

「ええ」きっぱり。「()大学での会合が、(きゅう)にはいって、私は午後から、そちらにでなければならないの」

 葵は和泉(いずみ)の黄色いサングラスを直視(ちょくし)した。


遠方(えんぽう)だから、そろそろ出発(しゅっぱつ)しないといけなくて」

「でも、オレ以上(いじょう)に優秀な魔術師(まじゅつし)なんて、いくらでも――」

(はく)からはなしは聞いています」(あおい)微笑(びしょう)した。「ホゴルの領地(りょうち)で、なかなかの活躍をしたそうですね?」

 白い美貌(びぼう)にはりついた、淡泊(たんぱく)な笑みに、ぎくりと和泉は()をひいた。

「今回の件についても、相応(そうおう)のはたらきをしてくれると、期待しています」

「お手当(てあて)もちゃんと出るよ。和泉なら、飛びあがってよろこぶ(がく)

「ははははは……」

 和泉は(わら)ってごまかした。


報酬(ほうしゅう)に関しては、まあいいよ。うれしい)

 それより、葵の言っている『活躍』。大陸南部(なんぶ)辺境(へんきょう)()こっていた、【ゾンビ・パウダー事件】のことだ。最初(さいしょ)はうわさていどの信憑性(しんぴょうせい)しかなかったが、しらべてみると、(おお)あたり。

 調査(ちょうさ)の主体となったのは、和泉ではなく、相棒(あいぼう)の、貴族の少女(しょうじょ)だったが、和泉は彼女(かのじょ)協力(きょうりょく)し――多少(たしょう)のトラブルはあったものの――なんとか、主犯(しゅはん)であった領主(りょうしゅ)の、【ギルベルト・(ゲム)・ホゴル】を捕縛(ほばく)することに成功した。

 領主――この世界で、【貴族】と()ばれる、土地の管理者たち。彼らは、管轄(かんかつ)区域の領民(りょうみん)支配(しはい)し、ときに取りしまるという性質(じょう)、おさないころから魔術(まじゅつ)の英才教育(きょういく)を受け、【学院】関係者と同格か、それを凌駕(りょうが)するちからを持つ。和泉(いずみ)がつきそった少女も、生徒の(わく)におさめておくにはもったいないほど、卓越(たくえつ)した魔術の使い手だった。


(オレがあの土地でなんとかできたのも、あいつのおかげなんだけどな)

 そう訂正しようと(おも)ったが。――これ以上(いじょう)ごねるのもわるい。それに、気になることがあった。

「わかりました。でも、成果は期待しないでください」

「期待しています」

 (あおい)はうすっぺらい微笑(びしょう)をくずさないまま言った。シロが、一枚(いちまい)手配書(てはいしょ)を和泉にさしだす。



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