7.最後のいちにち
・前回のあらすじです。
『葵が、茜を追いかけようとする和泉を、つかまえる』
夏休み、最後の一日。
やすみの中盤までは、仕事でよその地域に遠征し、帰還後その労をねぎらうという名目で、【学院】の古参からたまわった半分だけの夏休み。
十日以上もゆっくりできたんだから、いいじゃないか。
と和泉はじぶんにいいきかせるも、最後の一日でドッとつかれたら、とても損した気分になるのはなぜかしらん。と、頭のなかで天使と悪魔がレスリングする。
そんな彼の胸中を知ってか知らずか。史貴 葵――【学院】の最高権力者は、よどみなく言った。
「あなたにおねがいがあります」
――。
山の中腹に築かれた、学術施設。どちらかといえば『町』に近いつくりの、広大な土地。
敷地内のいこいの場として機能する【森林庭園】にそびえるのは、何千万冊もの蔵書を誇る【図書館塔】。
塔のむこうには【表】(魔術のない世界)に実在する、有名な城をまねた建物が屹立する。一万人ほどの【魔術師】を養成する【学舎】が、この、ゴチック調の城だった。
内部の空間が【魔術】によって拡張されているため、外観から想像する以上になかの構造は複雑怪奇。なれるまでは、(なれた関係者でも)城内で道にまようことがあるのは、日常的な光景である。
もっとも、いまは夏休みなので、校舎を利用する先生や生徒は平常時にくらべて、かなりかぎられている。
夏の日ざしのもとに輝く城を、【宿舎】の男子棟から和泉はながめていた。
現実逃避をしているのだ。
「おーい。きこえてるの? 和泉」
ひらひら。
シロが和泉の顔のまえで手をふる。彼女のとなりで、学院長の葵が、なにも言わずに待っている。
「あー。はい」
和泉は意識を、さわやかな学校風景からひきもどした。現実に。
学長にむけて、へんじをする。
「聞いてましたよ。おねがいがあるんです……よ、ね?」
葵がこくりとうなずいた。