先生はつらいのよ
※注意です。
・この物語は、『先生もツライよ』のつづきです。
・ショート・ストーリーです(でも、三部構成です)。
・本編のほうの、キャラクターや、ストーリー、世界観のイメージを、こわす可能性があります。
・以上の点に、抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
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〇登場キャラクターです。
・史貴 葵:21才の魔女。魔術の名門校・【学院】の学院長。
・ジョン・ダルク:30代の、男魔術師。【学院】の助教授。
・クララ・モリス・B・カリオストロ:16才の魔女。【学院】の高等部、一年生。ジョンのクラスの生徒。愛称・クラリス。
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「――はっ」
洗浄された匂いがする。嗅ぎ慣れないエタノールの香りに、葵は目を覚ました。
白い天井に、ぬうっと人の顔が映りこむ。医師であり、【学院】の病棟で医務員をつとめる男性魔術師――ガレノスだ。
「自衛団の人が、つれてきてくれましたよ」
ガレノスは、中年期特有の、けだるげな顔つきをフイと背けて、パイプ・ベッドから離れた。葵は身を起そうとして、背中や胸が、ひどく痛むのを感じる。派手にやられたらしい。
「全身を強く打ってるから、痛むよ。三日は安静にたのんますね」
「ダルク先生は……?」
「おとなり」
愛想の欠落した声で言って、ガレノスは、ブルーのパーティションを引いて、出ていった。医師の背中と、葵との視界が遮断される。
葵は、小さく回復の呪文をつぶやいた。詠唱をともない、声の無い時より、いくらか効力を上げた治癒魔術が、全身の打撲を癒す。乾いた喉を押さえようとして、首に包帯の巻いてあるのに気がついた。しばらくは、チョーカーでもつけて、ケガを誤魔化そうかと思う。
身体を起こすと、服は、診察時に着る白い装束に変わっていた。黒い法衣は、ベッドのそばのキャビネットに畳んで置いてある。それを羽織って、いくらか格好をつける。
骨折がなかったのが幸いで――ジョンが庇ってくれたからだろうが――点滴の支柱を支えに、ベッドからおりた。
クラリスとの戦いから、数日が経っている。法衣の近くに、ポイとあてつけがましく放られていた新聞の日付が変わっていた。
隣りとの仕切りを開ける。かくしてそこには、頭から足の先までを包帯でグルグル巻きにされた、大柄な、ミイラ男が横たわっていた。
「ダルク先生……」
申しわけていどにつくられた、呼吸用の隙間から、ジョンが豪快に笑う。
「ハハハ、なさけないですな。自分の生徒に、こんなザマでは」
「いえ……私が油断したのが、悪かったんです」
ジョンは、包帯に隠れていても笑顔と分かるくらい、ニカッと、白い歯を光らせた。
「ハハ。しかし、ああも強いとなると……もう、賢者さまのちからを借りるよりありませんな。学長ですら、手も足も出なかったんだ。ほかの先生では、どうにもなりますまい」
「茜は……」
【賢者】という、魔術師として、最も高い能力を誇る者の名を冠する葵の妹――史貴 茜は、現在、野暮用で、大陸各地を旅してまわっている。茜の住居のある【学院】には、羽休めくらいにしか帰ってきていない。それを葵は、彼女が自分のことを避けているからなのだと考えており、更には――
(もし茜に、私が生徒なんかに負けたなんて知られたら……)
小生意気な妹の、憎たらしい笑顔が、脳裏に再生される。葵の勝手なイメージなのだが、茜は、こう言うにちがいないのだった。
――えーっ、おねーちゃん、センセーのくせに負けたの? いっつもあんなに、威張りくさってるのにさー、ダサーっ。ま、私だったらそんなヤツ、瞬殺してあげられるんだけどねー。ホンッと、おねーちゃんって、弱いよねー。
弱いよねー。(エコー)
「……ダルク先生」
「はい?」
自分で想像した妹の罵倒に、どんよりしながら、葵は、目のまえの被害者に言った。カリオストロの被害者なのではなく、自分の無力が生んだ、被害者なのだ。
「カリオストロさんの件は、私のほうで対処します。イタズラに、他の魔術師たちの不安を煽らないためにも、私たちがカリオストロさんにやられたことは、他言無用に、お願いします」
「しかし……」
「わかりましたね?」
最後のこの、念押しをする時には、葵の瞳に、いつもの高慢な光がもどっていた。刃物みたいな青い眼光をまともに見て、ジョンは、かろうじてのぞく目元に、ひきつった笑みを刻む。
「は……はい……」
葵は満足して、ジョンのパイプ・ベッドから離れると、カーテンを引いて出て、外で立ち聞きをしていたガレノスにも、同じことをお願いした。
「すぐバレるだろうけどね」という、無気力なガレノスの承諾を背に、葵は病室を出ていく。
安静に、と言っていた割に、勝手に出ていくのを止めないあたり、放っておいても、平気なていどの具合なのだろう。
廊下へのドアをガラリと開けると、果物のカゴを持った少女にぶつかりかけた。白いボブショートに、ウサギの耳をピンと生やした、十七才ほどの女の子、シロだ。葵が学生のころに契約した、使い魔である。
「あ、ご主人。どうですぐあ――っぷ!」
けがの状態を訊こうとしたシロの顔面を、葵は包帯まみれの手で、アイアンクローした。
「私がどうしてここにいるか、あなたは知っているの?」
「は? あーっ……と。確か、カリオストロって生徒をつかまえる応援に行って……で、返り討ちにあったんですよね。完膚なきまでに――いデデでで!!」
ギリギリと、シロの頭蓋骨が、葵の指の下で悲鳴をあげる。
シロが詳細を知っているのは、葵の使い魔ということで、ガレノス医師が、教えてくれたからだった。つまり、現在、彼女以外には、当事者と医師以外で、真相を知る者はいない。
痛みに元気を無くした使い魔の横をすり抜けて、葵は、病棟の廊下を歩きだした。
「だれにも言っちゃダメよ、シロ。茜や、リョーコには特に。私をバカにするだけに決まってるんだから」
「ブロッケンさんはともかく、茜はどーでしょーかね? そこまでご主人のこと、ムチャクチャ言うかな?」
「あの子のことは、貴方より、私のほうが、よーく分かっています」
「そうっすかねー」
ボヤきながら、シロは、主人の魔女についていった。無駄になった見舞いのフルーツ盛りあわせから、ブドウをひと粒取って、つまみ食いする。
「とにかく、カリオストロのこと、誰か代理を立てないと。あんまり悠長にしてられないのよね、茜が帰ってくるまえに、解決しておきたいのよ」
「えー……ムリだと思いますけど」
ふたりは病棟から、葵の転移の魔術で、学院長用の屋敷にワープした。
――そしてシロの懸念は、みごと、的中することになる。
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八月の末。夏休みの最終日である。昨日、茜も帰ってきてしまい、もう後のない葵である。まだ、なんとか誤魔化せているものの……どこまで隠し通せるか。
「いやー、カリオストロ、相変わらずのさばってますねー」
今日の朝刊を広げて読みながら、シロは、大きなひとりごとを言った。葵は不機嫌に靴音をたてて、教員用の集合住宅――その男子棟の通路を歩いていく。女子棟の魔術師には、既に頼んで、全滅した。
シロの持っている新聞を片手で伏せて、そのまま畳ませながら、葵はボヤく。
「協力してくれる先生がいないんだもの。私って、そんなに人望ないのかしら?」
「うーん……どうなんでしょうね」目をそらして、シロは茶を濁す。「そうですね!」と、元気ハツラツに真実を告げる勇気は、彼女には無い。「ってか、もうおとなしく、茜に頼みましょうよ。さっき、ホールで会ったとこですし、追いかければ、きっと間に合う――」
「やめてちょうだい」
うんざりと、葵は頭を傾がせて、長い金髪を払った。意地になっているのは自覚しているが、どうしても、妹のちからにだけは、頼りたくないのだ。
「ヒマそうにしている人だって、どこかにいるでしょう。適当につかまえて、そちらに押しつけちゃいましょう。そのほうがラクだわ。気持ち的に」
「なんか、投げやりだなあ……」
シロは苦笑いをした。果たして、葵の捨て鉢な態度に対する天罰か――
近くの部屋のドアが、いきなり開いて、通りがかった葵の身体を、がんっ!! と思いきり、突き飛ばした。
【おわり】
読んでいただき、ありがとうございました。




