おかあさんの伝言 【後編】
※注意です。
・この文章は、『おかあさんの伝言 【中編】』のつづきです。
・ショート・ストーリーです。(でも、三部構成です)
・本編のほうの、世界観や、ストーリー、キャラクターなどのイメージを、壊す可能性があります。
・以上の点に、抵抗のあるかたは、読まないことを、おすすめします。
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〇登場キャラクターです。
・史貴 葵:21才の魔女。魔術の名門【学院】の学院長。
・リリン:メイの使い魔。
・メイ・ウォーリック:17才の魔女。【学院】の高等部三年生。
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新学期が始まった。夏休みが明けて、第一日目である。彼女にとっては、登校初日に教員に呼び止められるのは、幸なのか不幸なのか。
――【学舎】。大陸北部の山のなかにある、古きよき城を模した建物の廊下で、うしろすがたを見かけて、葵は声をかけた。
「ウォーリックさん。ちょっとお話しが」
途端、振りかえりながら眉をひそめる女子生徒を見て、葵は、「不幸のほうね」と確信した。
長い黒髪に、ほんのりむらさきの混じった、黒い目の少女である。背は高いが、葵よりは若干低い。身体つきと顔つきは、二十代でも通じそうな、大人びたものだが、噤んだくちもとや、目元にできる感情の起伏は、稚児めいてあどけなく、邪気や誤魔化しの無いものだ。
「なにか?」
不純物のない、水素と酸素のみで構成されたような、真水のような、透明な声。具に、己が感情をさらすと同時に、その気持ちの強度を以て、相手に鋭く斬りつけるような、澄んだ声質。
(……『味方』、ね)
先日の会議の後で、目のまえの生徒――メイ・ウォーリックの母親から言われたセリフを、今は思う存分に、疑える。ともあれ、約束は約束である。うっとうしそうに眉間に皺を寄せて渋面を維持する生徒に、葵は伝言をした。
「貴方のお母さまから、言伝を頼まれました。クリスマスと、年明け……それと、夏休みには、実家に帰ってくるように、と」
……。……。……。
(……?)
目を閉じて、葵は相手の返事を待っていた。どうせ、「大きなお世話ですわ」とか、「貴方には、関係の無いことです」と切り返されると構えていたのだ。が、なにも聞こえない。
片目を明けて、相手のようすをうかがう。完全にこちらをムシして、教室へ行ったのかとも、思ったが。
メイはその場にいた。一歩も動いていない。葵に呼ばれて振りむいた姿勢のまま、彼女は、微動だにしていなかった。――だが。
「………………」
無言でメイはうつむいていた。その顔が、母親ゆずりの美貌に満ちた、白い面が。――かあああああっ!
見るみるまっ赤に、染まっていく。
紅潮は、一瞬でメイの耳まで及んで――つまり、それは葵がメイの顔を見てから、一瞬間のあいだに起こった出来事とも言えるのだが――、自分の顔色の変化に気付いた刹那、ぎっ!! と、メイは葵を睨みつけた。
その剣幕たるや。たいていのことなら、意に介さない葵をして、「なにか、悪いことをしたかしら……」と、心配させるほどの勢いである。
なにも言わないまま、メイは転移の魔術を発動した。彼女が無詠唱で魔法を使えることに、葵は驚いた。が、それよりも――。
「……また嫌われちゃったかしらね」
「安心しなよ。メイの校長せんせーへの嫌悪感は、ずーっとまえに、マックス振りきってるからさ」
いつの間にやら横にいた、十二才くらいの少女・リリンが、ベレー帽を載せた黒い頭のうしろに手を組んで、フォローする。
「結局なんだったのよ、あの反応は」
「恥ずかしかっただけだよ。あれでフクザツなお年頃なのさ」
「だったら、そう言って欲しいものだけれど。あの子、ちゃんと家に帰ってくれるのかしら」
「あー、大丈夫、大丈夫。メイのほうも、会いたい気持ちはあるから。ただ、お見合いの話しとかがイヤだから、最近は逃げまわってるだけで」
「そう。贅沢な悩みね」
つぶやくように、葵は言った。それから、「今の機会に」とリリンに聞こうと思ったが、彼女は主人を追っ駆けて行ったのか、(リリンは普段、メイに随行している)あらためて葵が見やった時には、いなくなっていた。
「うわっ!」「へびだ!」
と、ほかの魔術師たちの声が聞こえるから、元のすがたにもどって、するする廊下を這っているのだろう。
(味方ねえ)
まっ赤になって――そういうところだけは、年相応に子どもっぽくて、確かに可愛らしいのだが――親の仇でも見るみたいに睨みつけてくる生徒のようすを、思い返して。
(……いま一つ、信じられないわね)
今日の業務のために、葵は、最上階にある学院長室へと、朝の廊下を歩きだした。
〈おわり〉
読んでいただき、ありがとうございました。




