おかあさんの伝言 【中編】
※注意です。
・この文章は、『1.おかあさんの伝言 【前編】』のつづきです。
・ショート・ストーリーです。(でも、三部構成です)
・本編のほうの、世界観や、ストーリー、キャラクターなどのイメージを、損ねる可能性があります。
・以上の点に、抵抗のあるかたは、読まないことを、おすすめします。
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〇登場キャラクターです。
・史貴 葵:21才の魔女。魔術の名門【学院】の学院長。
・リリン:ある魔女の、使い魔。
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「学長せんせー」
廊下に出て、近代的なアカデミーの廊下を行くと、曲がり角から、赤いベレー帽の少女がやって来た。黒髪で、黄色いサロペットを着た、十二才くらいの子どもである。【学院】の高等部にいる女子生徒がつれているのを、何度か見たことがある。
(確か、リリンと言ったかしら)
ようやく葵は、それであの貴婦人が、誰に似ているのかわかった。
「さっきは助かったわ、リリンちゃん」
「お礼は私のご主人さまに言ってよ」自分が出てきた物陰に親指をやって、リリンは言った。「下の校庭で、待ってるからさ、いっしょに来て。頼みたいことがあるんだってさ」
「私に?」――貴族が?
どんな大任を負わされるのだろうと、葵は訝った。
ただ嫌味を振りまくだけの相手なら、どんな要求も断るか、「はいはい」と口では答えて、実際にはやらない――あるいは、めちゃくちゃ手を抜く――くらいの腹芸は、やってのける自信がある。が、あの場で助けられたかと思うと、無下に扱うことはできない。ましてや、今までの会議では、一見葵の肩を持つフリをして、実は批判に同調する者こそいても、さっきのように、徹底して批判者を蔑み、それを言葉にした猛者は、いなかった。
(つけ込まれなきゃいいけど)
返事も聞かずに行ってしまうリリンに、葵は不承不承、ついていった。ここでムシできなかった以上、自分は相手の要求を呑むのだろう、と、諦観しながら。
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大学の校舎を出ると、芝生のグラウンドに出た。一般にも開放されている校庭は、昼下がりの暑いなか、ボール遊びや、フリスビーを楽しむ子どもや、若いグループでにぎわっている。
「ごきげんよう、史貴さん」
ひらひらと手を振って、黒髪黒目の夫人が挨拶をした。ひとの好さそうな目元に、よく見れば、齢を感じさせる小皺が通っている。こうして明るい空の下で見てみると、「理想の母親」という表現がしっくりくる風采の女性だった。講義室での一件が無ければ、このまま、天気や洗濯ものの話題に突入してしまいそうな、そんな感じの。
「先ほどは、どうも――」
頭を下げようとすると、手で制された。婦人は首をかしげて、おかしそうに笑っている。
「いやあね、だめよ、史貴さん。あんな程度で、恩に感じちゃあ。あなた、そこら辺にいる人が、ゴミに『あなた、ゴミですね。とても臭くてたまらないので、私は席を外します』と言うのを見て、いちいち『よく言ってくれました。ありがとう』って、お礼するの?」
「……。……」
この婦人がなにを言ったのか、葵は理解しかねた。というより、分かるのに時間がかかった。――自分も、他人(特に、敵意を向けてくる人に対しては)、『有象無象』と割り切って、いないものの如く扱ってきた自負があるが。
(……上には、上がいるものね)黒衣の貴婦人は、まず、おしなべて、自分以外の人間は、「石」か「ごみ」なのだろう。(それは私も、例外じゃないんでしょうね)
ぎこちなく姿勢をととのえながら、葵は婦人をながめた。
「あの、私に頼みごとがあると、うかがいましたが」
「ああ、そうそう。よく言ってくれたわ」夏場にも拘わらず、長袖をつけた手をポンとたたいて、婦人は微笑んだ。「宅の娘をご存知かしら。【学院】の、高等部三年にいて、――メイって子なんですけれど」
「……存じています」
――問題児としてね。というのは、呑みこんだ。
(自室に人体を材料にした家具を置いたり、よその領地でおこなった人体実験――その土地では合法だが、【学院】のある領地では、違法の内容――を、レポート課題の提出物として出したり。ペーパー・テストの回答欄に、わざわざ正解を書きつけたあとに、二重線で消して、クラスの平均点ピッタリを取ったり)
挙げればうんざりするくらい、反抗的な女子生徒である。その親に、「どういう教育をしてきたんですか!」と喚きたい気持ちになったが、こらえて、葵は婦人の言葉を待った。
「んもうねえ、あのコったら、ちっともうちに寄りつかなくなっちゃって。やっぱり、年頃の女の子なのかしらね。先生の目から見て、どう思います?」
「ええと……」答えようとするも、婦人はそもそも、返事は求めていなかったらしく。
「出来はいいのよ、出来は。ただね、ちょっと口が過ぎるというか、ワガママなのよねえ。ほんと、誰に似たのかしら。まあでも、そこがやっぱり、親としては可愛かったりするんですけれどね。あ、そうそう、頼みっていうのは、メイさんへの伝言なんですよ。お願いできます?」
「内容にもよります」
「ほほほ、たいしたことじゃありませんのよ。年明けくらいは帰ってきなさいって、これだけ。あ、待ってちょうだい。やっぱり、クリスマスと、サマー・バケーションも帰省なさいって、伝えてください。旦那がねー、淋しがっちゃって」
「構いません。が……」――どこの家庭でも、母親って、こんな感じなのかしら? と、小さいころに両親と生き別れている葵は思いながら、「私がお伝えしても、彼女は反発するだけだと思いますよ。……その、あまり私とは、親しくもないので」
うつむいて、茶を濁す。が、婦人は、葵が娘と馬が合わないというのが分かったようだ。判然と。
「史貴さん、これだけは断言しておきますわね。メイさんは、確かにあなたのことが、嫌いです。でもね、あなたの心強い味方でも、あるんですのよ」
にっこり。婦人は、葵の肩に手を置いた。小皺の通った目元を細くして。葵は顔を上げる。
「それは、どういう――――」
「じゃ。今年のクリスマスは、期待していますからね」
――ほほほほほ。と、リリンが横から差し出した扇子でくちもとを隠して、婦人は大学をあとにした。出遅れた使い魔のほうに問おうとした葵だが、「ばいばーい」と機先を制され、あれよあれよという間に、そのチャンスを逃がす。
魔術の光が、遠くで婦人とリリンをつつむ。婦人が展開した魔術だろう。光が弾け、ふたりのすがたは、校庭から消えた。




