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鉄と真鍮でできた指環 《3》 ~災厄の首飾り~  作者: とり
 一方(いっぽう)そのころ 編
53/59

  おかあさんの伝言 【中編】





 ※注意です。

 ・この文章ぶんしょうは、『1.おかあさんの伝言 【前編】』のつづきです。

 ・ショート・ストーリーです。(でも、三部構成です)

 ・本編ほんぺんのほうの、世界観や、ストーリー、キャラクターなどのイメージを、そこねる可能性があります。

 ・以上の点に、抵抗のあるかたは、読まないことを、おすすめします。


 ・・・・・・


 〇登場キャラクターです。

 ・史貴しき あおい:21才の魔女。魔術の名門【学院】の学院長。

 ・リリン:ある魔女の、使い魔。






 ・・・・・・



学長がくちょうせんせー」


 廊下ろうかに出て、近代的なアカデミーの廊下を行くと、曲がりかどから、赤いベレー帽の少女しょうじょがやって来た。黒髪くろかみで、黄色いサロペットを着た、十二才くらいの子どもである。【学院がくいん】の高等部こうとうぶにいる女子生徒がつれているのを、何度か見たことがある。


(確か、リリンと言ったかしら)


 ようやくあおいは、それであの貴婦人が、誰に似ているのかわかった。


「さっきは助かったわ、リリンちゃん」


「お礼は私のご主人さまに言ってよ」自分が出てきた物陰に親指をやって、リリンは言った。「下の校庭で、待ってるからさ、いっしょに来て。たのみたいことがあるんだってさ」


わたしに?」――貴族きぞくが?


 どんな大任を負わされるのだろうと、葵はいぶかった。


 ただ嫌味を振りまくだけの相手なら、どんな要求もことわるか、「はいはい」とくちでは答えて、実際にはやらない――あるいは、めちゃくちゃ手を抜く――くらいの腹芸はらげいは、やってのける自信がある。が、あの場で助けられたかと思うと、無下むげに扱うことはできない。ましてや、今までの会議では、一見いっけん葵の肩を持つフリをして、じつは批判に同調する者こそいても、さっきのように、徹底てっていして批判者をさげすみ、それを言葉にした猛者もさは、いなかった。


(つけまれなきゃいいけど)


 返事も聞かずに行ってしまうリリンに、葵は不承ふしょう不承ぶしょう、ついていった。ここでムシできなかった以上、自分は相手の要求をむのだろう、と、諦観ていかんしながら。


 ・・・・・・


 大学の校舎を出ると、芝生しばふのグラウンドに出た。一般いっぱんにも開放されている校庭は、昼下がりの暑いなか、ボール遊びや、フリスビーを楽しむ子どもや、若いグループでにぎわっている。


「ごきげんよう、史貴しきさん」


 ひらひらと手を振って、黒髪黒目の夫人が挨拶あいさつをした。ひとのさそうな目元に、よく見れば、よわいを感じさせる小皺こじわかよっている。こうして明るい空の下で見てみると、「理想の母親」という表現がしっくりくる風采ふうさいの女性だった。講義室こうぎしつでの一件いっけんが無ければ、このまま、天気や洗濯せんたくものの話題に突入してしまいそうな、そんな感じの。


「先ほどは、どうも――」


 あたまを下げようとすると、手で制された。婦人ふじんは首をかしげて、おかしそうに笑っている。


「いやあね、だめよ、史貴さん。あんな程度で、恩に感じちゃあ。あなた、そこら辺にいる人が、ゴミに『あなた、ゴミですね。とてもくさくてたまらないので、私は席をはずします』と言うのを見て、いちいち『よく言ってくれました。ありがとう』って、おれいするの?」


「……。……」


 この婦人がなにを言ったのか、葵は理解しかねた。というより、分かるのに時間がかかった。――自分も、他人(特に、敵意を向けてくる人に対しては)、『有象うぞう無象むぞう』と割り切って、いないもののごとあつかってきた自負があるが。


(……うえには、上がいるものね)黒衣こくいの貴婦人は、まず、おしなべて、自分以外の人間は、「石」か「ごみ」なのだろう。(それは私も、例外じゃないんでしょうね)


 ぎこちなく姿勢をととのえながら、葵は婦人をながめた。


「あの、私にたのみごとがあると、うかがいましたが」


「ああ、そうそう。よく言ってくれたわ」夏場なつばにもかかわらず、長袖ながそでをつけた手をポンとたたいて、婦人は微笑ほほえんだ。「たくむすめをご存知ぞんじかしら。【学院】の、高等部三年にいて、――メイって子なんですけれど」


「……ぞんじています」


 ――問題児もんだいじとしてね。というのは、呑みこんだ。


自室じしつに人体を材料にした家具を置いたり、よその領地でおこなった人体実験――その土地とちでは合法だが、【学院】のある領地では、違法の内容――を、レポート課題の提出(ぶつ)として出したり。ペーパー・テストの回答欄かいとうらんに、わざわざ正解を書きつけたあとに、二重線にじゅうせんで消して、クラスの平均点ピッタリを取ったり)


 挙げればうんざりするくらい、反抗的な女子生徒である。その親に、「どういう教育きょういくをしてきたんですか!」とわめきたい気持ちになったが、こらえて、あおいは婦人の言葉を待った。


「んもうねえ、あのコったら、ちっともうちに寄りつかなくなっちゃって。やっぱり、年頃としごろの女の子なのかしらね。先生の目から見て、どう思います?」


「ええと……」こたえようとするも、婦人はそもそも、返事は求めていなかったらしく。


「出来はいいのよ、出来は。ただね、ちょっとくちが過ぎるというか、ワガママなのよねえ。ほんと、誰に似たのかしら。まあでも、そこがやっぱり、親としては可愛かったりするんですけれどね。あ、そうそう、頼みっていうのは、メイさんへの伝言なんですよ。お願いできます?」


内容ないようにもよります」


「ほほほ、たいしたことじゃありませんのよ。年明けくらいは帰ってきなさいって、これだけ。あ、待ってちょうだい。やっぱり、クリスマスと、サマー・バケーションも帰省きせいなさいって、伝えてください。旦那だんながねー、さみしがっちゃって」


「構いません。が……」――どこの家庭でも、母親って、こんな感じなのかしら? と、小さいころに両親と生き別れている葵は思いながら、「わたしがお伝えしても、彼女は反発するだけだと思いますよ。……その、あまり私とは、したしくもないので」


 うつむいて、茶をにごす。が、婦人は、葵がメイと馬が合わないというのが分かったようだ。判然はっきりと。


史貴しきさん、これだけは断言しておきますわね。メイさんは、確かにあなたのことが、きらいです。でもね、あなたの心強い味方でも、あるんですのよ」


 にっこり。婦人ふじんは、葵の肩に手を置いた。小皺こじわの通った目元を細くして。葵は顔を上げる。


「それは、どういう――――」


「じゃ。今年のクリスマスは、期待していますからね」


 ――ほほほほほ。と、リリンが横から差し出した扇子せんすでくちもとをかくして、婦人は大学をあとにした。出遅れた使い魔(リリン)のほうに問おうとした葵だが、「ばいばーい」と機先を制され、あれよあれよという間に、そのチャンスを逃がす。


 魔術まじゅつの光が、遠くで婦人とリリンをつつむ。婦人が展開した魔術だろう。ひかりはじけ、ふたりのすがたは、校庭から消えた。




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