1.おかあさんの伝言 【前編】
※注意です。
・この文章は、『とり』の書いた長編小説、『鉄と真鍮でできた指環 《3》~災厄の首飾り~』の、番外編です。ショート・ストーリーです。(でも、三部構成です)
・本編のほうの、世界観や、ストーリー、キャラクターなどのイメージを、壊す可能性があります。
・以上の点に、抵抗のあるかたは、読まないことを、おすすめします。
・・・・・・
〇登場キャラクターです。
・史貴 葵:21才の魔女。魔術の名門【学院】の学院長。
~本編を読んでない人のためのあらすじ~
『カリオストロっていう女の子がね、不幸な目に遭うの。でも、ぜんぶ自業自得なんだ。あと、主人公は和泉っていう若い男の魔術師なんだけど、なんていうか、すっごい空気だった。話すこと無いくらいに。(完)』
・・・・・・
(はあ…………)
葵は溜め息をついた。と言って、も心のなかでである。
長い金髪に青い目の、おおよそ両親がふつうの日本人の見た目をしているとは思いがたい、欧州めいた女性である。しかし、実の妹もまた金髪碧眼であるにもかかわらず、正真正銘ふたりの親は、、父も母も黒髪黒目の「あ、ジャパニーズのかたですね」と、すぐに分かる、平べったい顔のつくりをしている。
それはともかくとして、葵は現在、大陸中央部にある学都を訪れていた。夏休みの午後である。損をした気分甚だしい。
学都は、広範な分野の研究をおこなう場として、多くのカレッジや、アカデミーが集中している町だった。若い学生の希望者は、うんと背伸びをしたところで、この大平原に、百花繚乱のごとくそそりたつ学校群を、受験するのが通例である。魔術の権威と名高い【学院】は、敷居が高すぎる。最良の魔術教育と、研究施設を、保証してくれるとは言え。
葵はそんな、【学院】の院長だった。二十一才の若さで大学の管理者という地位にいるのは、ほかの学校をとってみても珍しい。おまけに、彼女は魔法のない世界――【表】からの異邦人である。となれば、なおさら。
大講堂――サークル状になった、雛壇の大部屋には、さまざまな思惑をふくんだ視線が、交錯していた。そのほぼ全てが、中央の教壇に席をもつ葵を横切っていく。
男も女も、老いも若きも。青や金、ブラウンや緋色、黒にむらさき――いろんな色彩の瞳を巡らせる彼らは、この魔法の世界たる【裏】において、【貴族】と呼称される身分の者たちである。
「最近、学生の質が落ちていると聞きますが、どういったご指南をされているのでしょうなあ?」「研究所のほうも、新しいマジック・アイテムの開発が、滞っているようではないですか」「これでは、出資のし甲斐がありませんわねえ」
人生において、十年は先輩の貴族――土地の管理者であり、魔術師として、卓越した技能を持つおじさま、おばさまの声を、聞き流すに流して、はや二時間。会議の開始は一時だったが、時計はもう、三時をまわっている。
(そろそろ、言うことも無くなってきたのかしらね)
今日は考えごとがあったため、時間の半分以上は、悩みに没頭していたのだが……。彼ら、彼女らは、葵の心がここにあらずなことに、気がついてはいなかった。前の学院長、箔 時臣いわく、「会議の席では、目を瞑ってうたた寝でもしていればいい。目さえ開かなんだら、殊勝に話しを聞いている風に見えるからな。きみの場合」ということだが、確かにそれは、通用している気もする。
(とは言え、毎回こうも、ケチョンケチョンに言われるだけというのも……ツライわね)
反抗する気は、葵には無い。かと言って、彼らの言に肯んずる気も、毛頭ない。他者に対して、あーだこーだ言いたがる相手に反論する無意味さを、葵は、決して順風満帆だったとは思えない学生時代に、嫌というほど学んでいた。
――こんな時、妹の茜なら、どうするかしら。と考えかけて、やめた。彼女のことを意識したくないのだ。今は、特に。
「まあまあ、みなさん」
会議とは名ばかりの、ストレス発散の場(葵は溜まる一方だが)に、毛並みのちがう声が混ざった。
嘲笑のざわめきが静まる。こっそり、片目を開けて、葵がようすをうかがうと、雛壇のうしろのほう――公的なマナーではないが、そこは貴族のなかでも、位の低い家柄が座るところ(下手にあたる)に、黒髪黒目の、貴婦人がいた。
四十代くらいの、しかし、二十代と紹介されても納得のいく瑞々(みずみず)しさと、活力、気高さに満ちた女性だ。黒い長髪を、ひと昔まえの家庭教師然と編み込んで、アップにまとめた髪型。黒を基調とした末広のドレスを、細い長身にまとっている。彼女は、自分に集まる視線を見まわして、更に口をきいた。
「こんな若くて可愛らしいお嬢さんを呼びつけてやることが、寄って集って苛めることですの?」
――誰だ? と、雛壇のそこかしこから、疑問がささやかれた。コショコショと、その氏を答える人があったが、葵の耳には届かない。
(誰かしら)
婦人の顔つきと仕草、なにより、刺すような気配が、葵に既視感を覚えさせる。
婦人は立ちあがる。首に、黄色いへびを、マフラーみたいに巻きつけて。
「お先に失礼します。ちょっとヒマがあったから出てみれば、こんな下衆の集いだったなんて。そこの娘さんを非難するまえに、まず、ご自身の行いを省みてみることですわね」
「なん――」席のひとつから、男が立ちあがった。恰幅のいい、壮年期の男だったが、彼の怒号は、つづく婦人の声に壊された。
「あ、ごめんなさい。サル未満のゲスには、少々むずかしい注文でしたわね」
おほほ。と笑う夫人に、男の魔力が暴発した。彼女のいた長テーブルが、爆発する。破砕音と、木の欠片が堂内に跳ぶ。
婦人は無傷だった。障壁を展開していたのだ。
「よせ、ロベルト。あれには関わるな」男の横にいた老爺が、太った腕をつかまえる。ふたりは、それなりに付き合いのある知己だった。「なぜです! あの女、我々をコケにして――」
ひそひそと、老爺は男に耳打ちした。すると、盗み聞いていた者から、徐々に情報が、波及していく。
「あれが、あの新参の……」とか、「ツェペシュの再来という……」などの声が聞こえてくる。「では、西の――殿が消えたというのも……」
恐怖。苛立ち。猜疑……。歴史の浅い貴族に対する侮りのなかに、少数ながら、カルトめいた羨望の混じった、つやっぽい声もある。それらが、広い講義室に、一様にボリュームを抑えて行き交う。
婦人は、一同に笑顔を向けた。
「では、会議はもう、無いようですので」
んべ。と、彼女のへびが舌を出した気がした。事実、チロチロと出していたのだが、小さい子どもが気に入らない相手にするように、あっかんべーをしたように見えたのだ。
どこからか舌打ちがする。興が醒めたのか。一人、また一人と、席を立つ。
(鶴の一声、というのがあるとすれば、こういうものなのかしら)思いながら、葵も、退室の仕度をした。
※いくつかの表現を、修正しました。(以下は、その一例です)
・旧→『学都は、広範な分野の研究をおこなう場として、(中略)若い学生の希望者は、うんと背伸びをしたところで、この大平原に、ウエディング・ケーキのごとくそそりたつ学校群を、受験するのが通例である。』
・改→『学都は、広範な分野の研究をおこなう場として、(中略)若い学生の希望者は、うんと背伸びをしたところで、この大平原に、百花繚乱のごとくそそりたつ学校群を、受験するのが通例である。』




