50.おっちょこちょいなんだよ。
・前回のあらすじです。
『和泉が葵に、爆破事件のてんまつを報告する』
ばかっ。ばかっ!
(葵さんの、ばかっ!)
和泉は通りの小石を蹴っ飛ばした。近くで昼寝をしていた野良猫が、石に当たって、飛び起きる。茶色と黒のぶち模様のネコは、びっくりした様子のまま、建物の隙間に逃げこんでいった。
悔しさに、和泉はガニ股で大通りを歩きながら、思う。
(あんなにもの分かりの悪い人とは、思わなかったゼ!)
トリスの町である。今日の授業は終わって、和泉は息抜きに、町へ下りて来ていた。せっかくだし、たまには使い魔の少年と、外で夕食でもとるかと思ったのだ。
――結局、チャコの予言通り、葵は和泉の言うことなんて、信じようとしなかった。葵の失態は、和泉は、知らないことになっているのだから、こちらからできることは、もうなにも無い。
「ねえ、マスター」隣りから、黒髪の少年が和泉の黒法衣の裾を引く。「災厄の首飾り、だっけ。あれって結局、どーなったの?」
「あー」
和泉は少年――クロに答えた。カリオストロの事件については、クロにもざっくりとだが、伝えてある。壊れた家屋や建物が、軒並み修復された街並みを見まわして、和泉は言った。
「なんか、首飾りが不幸を糧にしてるってのは、デマだったみたいだな」
「そうなの?」
「茜の言い分ではな」
思い出し思い出し、和泉は説明した。史貴 茜が、【学院】を去る時――それはカリオストロを拿捕した次の日の朝だったが――彼女を見送りに行った和泉に、教えてくれたのだ。
破壊したとはいえ、災厄の首飾りを回収しなくて、大丈夫だったのか? 触媒としての機能がなくなっても、周囲に災難をまねくってことは、あるんじゃないのか? と和泉が心配を口にしたのに、答える形となってのことである。茜は、こう言った。
――たかがダイヤモンドが人を不幸にするなんて、うそっぱちだよ。
研究用のメモを開いて、茜はキッパリ、そう断じた。そして「確かに、ふつうの石でも、特殊なちからを持ってるのはあるし、物によっては、近づくだけで生きものの機能を狂わせることもあるけどね。でもねえ、ホープ・ダイヤと呼ばれる、巨大なブルー・ダイヤ自体には、ひとつの王朝を瓦解させるのはおろか、人間ひとり、スッ転ばせる能力なんて、無いんだよ」とつけくわえた。
――それじゃあ、クラリスが受けた不幸は、なんだったんだ? それに、彼女の魔力は、現実に上がっていたじゃないか!
と和泉が反論すると、賢者はあの、短い指を、ちちちと振って。「そりゃ、魔力は上がるよ。触媒としては有能だもん。でもね、和泉。あのダイヤは、その程度のちからしか、持っていないんだよ。そもそも、ブルー・ダイヤモンドってのは――、」……。
含有成分や、もっと基本的な、鉱物の性質――周波数など――について、茜は手短に語った。その半分も、和泉の頭には残っていない。ただ、彼女はこう結論した。
――つまり、ふつうのブルー・ダイヤでは、使ったところで、災いが起こったなんて事例は、報告されていない。なら、いくら巨大だからって、同じ種類のダイヤが災難を招くなんてことは、ありはしないんだよ。ましてや、カットされてるんだから。…………磁石は、大きくてもちっちゃくても、磁石でしょ? ちっちゃい磁石だから、ステンレスはくっつかなくって、大きいのから削った磁石だからくっつく、なんてことは、無いでしょ? と、茜は、分かりかねている和泉に例示した。
それでも和泉は納得いかず、真実、カリオストロの身に起こったことを挙げていった。彼女が魔術を使った後、彼女のいた広場の底が抜けて、下水道に落ちたり。屋根に穴が開いて、そこから落ちて、てんぷらナベにつっこんで、香ばしく焼きあがったり。
それに対して茜は、にっこり、笑顔まで浮かべて。「おっちょこちょいなんだよ。クラリスは」と、宣った。そして、「魔術を使った後、かならず痛い目に遭ってたわけじゃ、ないでしょ?」と言い残して、茜はチャコをつれて、旅立っていった。
「ふーん」
分かったのか、分かっていないのか、クロはどっちともつかない声を返した。まあ、どっちでもいいんだろう。
「あいつ、ちっちゃいけど、やっぱそこそこできる学者なんだね。なかなか大胆なぶったぎりかたしてる」
「まあ、そう言われてみれば……。いや、そうだな」
ぼんやりと和泉は返した。
そこそこできる学者どころではなく、茜は【賢者】だが。それはともかく。よく和泉も陥りがちになるのだが、正確さを追求するあまり、結論を遅らせる――あるいは既に出回っているウワサに傾倒し過ぎて、ちょっとした自分の疑問を、そうしたあやふやな風聞に擦り寄せてしまうことがある。
(その点、あいつは正直だよな)
自分に絶対の自信があるということなのだろうか――? 同じ魔術師として、その胆力は、うらやましく思う。――と。
「おーほほほほほほほほ!」
空きっ腹に響く声がした。入るめし屋を決めあぐねていた和泉たちは、食堂の点在する目抜き通りを、振り仰いだ。ほかの通行人たちも、「なんだなんだ」とどよめきながら、あちらこちらへ首をめぐらせる。町のなかに高々と聳える時計塔に、声の主はいた。
「ごらんなさい!」そこには、カリオストロがいた。黄金のマスクで、顔面を覆って。だから、素顔は不明なのだが――。「正義の使者、クララ・モリス・B・カリオストロ! ここに、見っ参っですわ! この、四人のお兄ちゃまからもらったマジック・アイテム、ツッタンカーメンの仮面によって、今度こそ、この世界の悪者どもを――」
「あー、きみきみ。そこは危ないから、速やかに下りてきなさい」
両手でメガホンを作って、自衛団の副団長――喜多味が、ずっと上にいるカリオストロに呼びかける。古代の王の無機質な顔を象った仮面をつけた少女は、時計塔の文字盤の上に立って、ポーズを決めていた。
秒針のない、長針と短針のみの文字盤だ。中心の軸から、垂直方向に少しだけ上のほうに、小さく区切られた、整備用の窓がある。そこから身体を出して、カリオストロは立っていた。がちり。
時計が、六時三十……なん分かを刻む。
「あーらっ、心配なんて、ご無用でしてよ。いつの世も、最後に笑うのは正義なのですから――――ハッ!」
カリオストロと、和泉の視線が交錯した。さっ。と、和泉はすぐに目を逸らす。背中を時計塔に向けて、すたすた、雑踏にまぎれる。
「そこにおわすは、和泉先生! このあいだは、よくもやってくれましたわね! ここで会ったが百年目! 今こそ先生に、正義の鉄槌を――下して、さしあげますわ!」
とうっ! とカリオストロは跳躍――しようとした。ずるりっ。彼女のクツ底が、時計塔の窓の床で、思いっきりスリップする。
「あふん!」
という悲鳴を最後に、少女の身体は、遥か下の地面に吸い込まれていった。絶叫が、見物人からもあがる。落ちていく影を、クロが見やりながら、
「なんかあの人、マスターのこと呼んでたけど……。どうする? 魔法でもかけて、助けてあげる?」
「……もーお構ってられるか。他人のフリだっ、他人のフリっ!」
和泉は、クロを引っぱって、その場から小走りで抜けだした。
そのうしろのほうで――。ごしゃあっ! と、黄金マスクのクラリスが、地面に頭から突っ込む音がした。
〈おわり〉
・今回の投稿で、『鉄と真鍮でできた指環《3》 ~災厄の首飾り~』は終了です。
・つぎの投稿は、連絡用の文章になります。内容は、『今後の予定』や、『反省会』になります。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。




