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鉄と真鍮でできた指環 《3》 ~災厄の首飾り~  作者: とり
 第4幕 魔術師の誤算(ごさん)
49/59

49.おかしなことを、おっしゃいますね。






 ・前回のあらすじです。


『トリスの事件が解決する』











 夏やすみが明けた。【学院(がくいん)】に始業式はなく、早速さっそくはじまった学校生活は、大学部生や高等部生であれば、カリキュラムの登録からスタートする。そこから一週間(いっしゅうかん)は、講義の変更を可能(かのう)とする、『おためし期間』だ。一度いちど()の講義内容を見て、自分の肌に合わないと思えば、授業(じゅぎょう)をべつのものに変えられる。そのため、第一回の講義については、欠席したところで出席点に影響しない、という制度をとっている教員も(おお)い。

 和泉(いずみ)の受け持つ授業もそうだった。『精神魔術(まじゅつ)基礎2』がそれである。登録とうろく期間を終えて、教室(きょうしつ)もはじまった現在、和泉は、簡単なレジュメとテキストの読み上げだけで、一回目の講義を完了(かんりょう)とした。次回じかいからは、研究室と実験動物を借りて、実技的な訓練をおこなう予定である。

 共同(きょうどう)研究室の申請(しんせい)は、本来なら、取り合いになるのが当たりまえだった。屋外(おくがい)の訓練所もしかりで、ふつうは人気(にんき)のない教員が利用を制限されてしまうか、抽選(ちゅうせん)になるのだ。が、そうした競争(きょうそう)は、あくまで、()()()の教員たちに限られる。和泉のような、ソロモンの指環(ゆびわ)を持つ『特権階級』には、無縁(むえん)の争いだった。


 ほかにも申請者はいたものの、和泉の申し出は、とどこおりなく受理(じゅり)され、使用を許可された。こういう時ばかりは、指環のちからに感服(かんぷく)せざるを得ない。

 ――早くも、トリスの(まち)の事件が解決してから、三日(みっか)っていた。和泉(いずみ)は、【学院】の廊下を歩いている。荘厳そうごんな城の最上階にある、学院長(がくいんちょう)室へ向かっているのだ。

 事件じけん解決後すぐに、学長の史貴しき (あおい)には報告に行ったのだが、他大学ただいがくで開かれた会合は、貴族連中のお立合いのもとというのもあって、かなり彼女を消耗(しょうもう)させたらしい。使(つか)()の少女・シロのはからいで、和泉は日をあらためることにしたのだ。

 こんこん。学長室の扉を、ノックする。

「どうぞ」と返事がする。

 和泉は「失礼します」と言って、ノブを引いた。


「ごめんなさいね、和泉先生。時間をずらしてもらって」

 客間(きゃくま)と執務室をねた部屋の奥には、質素だが高級そうなデスクに座った女がいる。彼女はイスに掛けなおしながら、和泉に軽く頭をさげた。金髪(きんぱつ)に碧眼の、若い女性――史貴(しき) (あおい)に、和泉はブルブル、首を横に振る。

「いえっ。オレこそ、疲れてるとこすみません」

 あおいのいるデスクのとなりには、シロがいた。本棚(ほんだな)の整理をしているらしい。この学院長室に来ると、あのうさぎの(みみ)の少女は、いつも(たな)をいじっている気がする。それだけ資料(しりょう)の入れ替わりが激しい、ということなのだろうか。

 気になったが、和泉は本題を優先した。昼休みも、無限じゃない。

学長がくちょうじつは、クラリスが保護(ほご)された時のことなんですけど……」

「ええ。あなたの助力(じょりょく)あって、ようやく彼女の捕獲とあいなりましたね」

 ごくり、と和泉はつばを呑んだ。

 ――(あかね)にふっ飛ばされたのち、道端みちばたで気絶していたところを自衛団に拾われて、身柄みがらを拘束されたカリオストロである。そのあと、トリスに帰還後、すぐに団員から連絡を受けた(あおい)が、行きがけの駄賃とばかり、(まち)留置所(りゅうちじょ)に放り込まれていたカリオストロを、むかえに行った。そして彼女の処罰(しょばつ)を、【学院】側でおこなうことを条件(じょうけん)に、その身柄を引き取ったのだ。


 通常、そうした犯罪者の引き渡しには、保釈金(ほしゃくきん)が必要だが、葵もまた、ソロモンの指環(ゆびわ)の所持者である。その特異にして絶大な権限のもと、カリオストロの釈放(しゃくほう)は、叶ったのだった。

 なお、カリオストロは現在、謹慎(きんしん)中である。きっかり二週間(にしゅうかん)。彼女は寮内(りょうない)での自分の部屋(へや)にて、反省(はんせい)することを言い渡されていた。しないと思うけど。

 話しはこれで終わりとばかり。小首をかたむける葵に、和泉は一歩(いっぽ)、踏み出す。

「いえ、それがですね。オレがカリオストロを倒したんじゃ、ないんです。あの暴れん坊をやっつけてくれたのは、(あかね)なんですよ」

 和泉いずみは、トリスの町で起こったことを、すべて語った。カリオストロのもつ災厄(さいやく)の首飾りに、自分は手も足も出なかったこと。相手が魔術(まじゅつ)を使って、危なくなったところを、茜が助けてくれたこと。それに何より――茜は表立(おもてだ)って言わないけれど――(あおい)がカリオストロにぶちのめされたのを知って、茜は、仕返しに来てくれたのだということ。


「へえ」説明(せつめい)をきき終えて、葵はうっすらと微笑ほほえんだ。(あらた)めるように、和泉に問いかける。「あの子が? 私のために?」

「そうですよ。あの、茜がですよ!?」

 和泉(いずみ)破顔一笑(はがんいっしょう)した。微笑(びしょう)を浮かべる学院長(がくいんちょう)に、一生懸命(いっしょうけんめい)に訴えた。興奮こうふんに、せまくなった視野の外で、うさぎの(みみ)の少女が、だらだらとサマー・セーターの背中に(あせ)をかいているのも、知らずに……。

「あははははははは!」

 (あおい)の声がした。イスに座ったままで、大きな声をあげて笑っている。薄いおなかを、ほっそりとしたドレスの上から、両手でかかえて。

(こっ……)どぎまぎした。和泉いずみの知っている葵は、いつも仏頂面ぶっちょうづらで、おおよそ感情に、とぼしくて。(こんなにかわいく笑う人だったのか!)

 ()のまえの光景が、信じられなかった。


 ぴた。

 笑顔(えがお)が葵から消える。

 その時にはもう、和泉(いずみ)のよく知っている、凍てついた、温度のない、無表情の学院長にもどっていた。彼女は氷の(おもて)で言う。

「そんなわけないでしょう」

 びゅおおおおおおお!

 あるはずのない吹雪ふぶきが、和泉の全身に吹きつけた。まだ夏なのに、変だなあと(おも)う間もなく、(あおい)が追い打ちをかける。

「にしても、おかしなことをおっしゃいますね、和泉先生。なぜ、貴方は、うちの(いもうと)が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。そんなフシギな発想(はっそう)が、出てくるのでしょうか?」

 それは――。と言いかけて、和泉は、葵が生徒(カリオストロ)すべなくやられたことを、醜態(しゅうたい)としてじているのを思い出した。そして彼女が、それを必要以上に、他人の耳に入らないようにしていることも。


 (あおい)が、自分の使(つか)()のほうに視線をそらす。

「誰かから聞いたのかしらね。ねえ、シロ?」

わたしはなんにも、和泉(いずみ)に言っていませんよ」

「あら。じゃあ、()()()なら、()()()言ったのかしら?」

 とびっきりの笑顔を主人に向けられて、シロは硬直した。ぴしっ。石になったみたいな音さえ、聞こえてきそうなほどに……。

「しっ……失礼しましたあああー!」

 あおいの全身から、にじみ出る魔力(まりょく)魔術(まじゅつ)学院の若長(わかおさ)の、軽いちからの暴発に背中を向けて、和泉はまろぶように、学院長室から出ていった。うさぎの耳の少女――シロが、あの後どうなったかは、知らない。







         (『第4幕:魔術師の誤算ごさん』おわり)























 ・つぎのエピソードで、最終回さいしゅうかいです。






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