49.おかしなことを、おっしゃいますね。
・前回のあらすじです。
『トリスの事件が解決する』
夏やすみが明けた。【学院】に始業式はなく、早速はじまった学校生活は、大学部生や高等部生であれば、カリキュラムの登録からスタートする。そこから一週間は、講義の変更を可能とする、『おためし期間』だ。一度目の講義内容を見て、自分の肌に合わないと思えば、授業をべつのものに変えられる。そのため、第一回の講義については、欠席したところで出席点に影響しない、という制度をとっている教員も多い。
和泉の受け持つ授業もそうだった。『精神魔術基礎2』がそれである。登録期間を終えて、教室もはじまった現在、和泉は、簡単なレジュメとテキストの読み上げだけで、一回目の講義を完了とした。次回からは、研究室と実験動物を借りて、実技的な訓練をおこなう予定である。
共同研究室の申請は、本来なら、取り合いになるのが当たりまえだった。屋外の訓練所も然りで、ふつうは人気のない教員が利用を制限されてしまうか、抽選になるのだ。が、そうした競争は、あくまで、ふつうの教員たちに限られる。和泉のような、ソロモンの指環を持つ『特権階級』には、無縁の争いだった。
ほかにも申請者はいたものの、和泉の申し出は、滞りなく受理され、使用を許可された。こういう時ばかりは、指環のちからに感服せざるを得ない。
――早くも、トリスの町の事件が解決してから、三日が経っていた。和泉は、【学院】の廊下を歩いている。荘厳な城の最上階にある、学院長室へ向かっているのだ。
事件解決後すぐに、学長の史貴 葵には報告に行ったのだが、他大学で開かれた会合は、貴族連中のお立合いのもとというのもあって、かなり彼女を消耗させたらしい。使い魔の少女・シロのはからいで、和泉は日を改めることにしたのだ。
こんこん。学長室の扉を、ノックする。
「どうぞ」と返事がする。
和泉は「失礼します」と言って、ノブを引いた。
「ごめんなさいね、和泉先生。時間をずらしてもらって」
客間と執務室を兼ねた部屋の奥には、質素だが高級そうなデスクに座った女がいる。彼女はイスに掛けなおしながら、和泉に軽く頭をさげた。金髪に碧眼の、若い女性――史貴 葵に、和泉はブルブル、首を横に振る。
「いえっ。オレこそ、疲れてるとこすみません」
葵のいるデスクのとなりには、シロがいた。本棚の整理をしているらしい。この学院長室に来ると、あのうさぎの耳の少女は、いつも棚をいじっている気がする。それだけ資料の入れ替わりが激しい、ということなのだろうか。
気になったが、和泉は本題を優先した。昼休みも、無限じゃない。
「学長。実は、クラリスが保護された時のことなんですけど……」
「ええ。あなたの助力あって、ようやく彼女の捕獲とあいなりましたね」
ごくり、と和泉は唾を呑んだ。
――茜にふっ飛ばされたのち、道端で気絶していたところを自衛団に拾われて、身柄を拘束されたカリオストロである。そのあと、トリスに帰還後、すぐに団員から連絡を受けた葵が、行きがけの駄賃とばかり、町の留置所に放り込まれていたカリオストロを、むかえに行った。そして彼女の処罰を、【学院】側で行うことを条件に、その身柄を引き取ったのだ。
通常、そうした犯罪者の引き渡しには、保釈金が必要だが、葵もまた、ソロモンの指環の所持者である。その特異にして絶大な権限のもと、カリオストロの釈放は、叶ったのだった。
なお、カリオストロは現在、謹慎中である。きっかり二週間。彼女は寮内での自分の部屋にて、反省することを言い渡されていた。しないと思うけど。
話しはこれで終わりとばかり。小首をかたむける葵に、和泉は一歩、踏み出す。
「いえ、それがですね。オレがカリオストロを倒したんじゃ、ないんです。あの暴れん坊をやっつけてくれたのは、茜なんですよ」
和泉は、トリスの町で起こったことを、すべて語った。カリオストロのもつ災厄の首飾りに、自分は手も足も出なかったこと。相手が魔術を使って、危なくなったところを、茜が助けてくれたこと。それに何より――茜は表立って言わないけれど――葵がカリオストロにぶちのめされたのを知って、茜は、仕返しに来てくれたのだということ。
「へえ」説明をきき終えて、葵はうっすらと微笑んだ。検めるように、和泉に問いかける。「あの子が? 私のために?」
「そうですよ。あの、茜がですよ!?」
和泉は破顔一笑した。微笑を浮かべる学院長に、一生懸命に訴えた。興奮に、狭くなった視野の外で、うさぎの耳の少女が、だらだらとサマー・セーターの背中に汗をかいているのも、知らずに……。
「あははははははは!」
葵の声がした。イスに座ったままで、大きな声をあげて笑っている。薄いおなかを、ほっそりとしたドレスの上から、両手で抱えて。
(こっ……)どぎまぎした。和泉の知っている葵は、いつも仏頂面で、おおよそ感情に、乏しくて。(こんなにかわいく笑う人だったのか!)
目のまえの光景が、信じられなかった。
ぴた。
笑顔が葵から消える。
その時にはもう、和泉のよく知っている、凍てついた、温度のない、無表情の学院長にもどっていた。彼女は氷の面で言う。
「そんなわけないでしょう」
びゅおおおおおおお!
あるはずのない吹雪が、和泉の全身に吹きつけた。まだ夏なのに、変だなあと思う間もなく、葵が追い打ちをかける。
「にしても、おかしなことを仰いますね、和泉先生。なぜ、貴方は、うちの妹が、カリオストロさんに、私のしかえしをしたと。そんなフシギな発想が、出てくるのでしょうか?」
それは――。と言いかけて、和泉は、葵が生徒に為す術なくやられたことを、醜態として愧じているのを思い出した。そして彼女が、それを必要以上に、他人の耳に入らないようにしていることも。
葵が、自分の使い魔のほうに視線をそらす。
「誰かから聞いたのかしらね。ねえ、シロ?」
「私はなんにも、和泉に言っていませんよ」
「あら。じゃあ、だれになら、なにを言ったのかしら?」
とびっきりの笑顔を主人に向けられて、シロは硬直した。ぴしっ。石になったみたいな音さえ、聞こえてきそうなほどに……。
「しっ……失礼しましたあああー!」
葵の全身から、滲み出る魔力。魔術学院の若長の、軽いちからの暴発に背中を向けて、和泉はまろぶように、学院長室から出ていった。うさぎの耳の少女――シロが、あの後どうなったかは、知らない。
(『第4幕:魔術師の誤算』おわり)
・つぎのエピソードで、最終回です。




