48.おひるねする
・前回のあらすじです。
『カリオストロが、自分がやってきたことを、茜にやり返される』
「さ・て・と」茜は法衣の埃を払った。振り返って、チャコを見る。「用事も終わったし、帰ろっか」
「そうですね」
茜は杖を持ったまま、魔法を展開する。あわてて和泉が、少女の背中に手を伸ばした。
「待ってくれ。茜っ」
「なに?」
和泉は、ごにょごにょ言った。組んだ指の先――左右の親指を、無意味にクルクル回しながら。
「今朝は、わるかったよ。ほんとに。クロがなんか、勝手言ったみたいでさ。クロが」
「もういいよ。べつに、和泉じゃなきゃダメってワケでもないし」
ぐさり。和泉の心臓に、目に見えない槍が刺さった。痛い。
ぷるぷる和泉は震えた。心の痛みを堪え、笑顔をつくる。相当いびつだったが。ここでまでチャンスを逃がしてなるものか。
「な、なんなら、今からでも埋め合わせするよ。どっか食べにいくか? それとも…………。しょ、ショッピングとか」
さりげなく、デートに誘う。なお、茜が言う「あそび」とは、読んで字のごとく。オニゴッコや、かくれんぼ、カード・ゲーム、すごろく等である。現に、和泉の提案に、茜は、「買いものは、遊びじゃなくない?」と首をかしげる。そして。
「無理だよ。私、帰ったらお昼寝するもん。さすがに疲れちゃった」
制御用の杖を振って、肩を落とす。茜の手にある杖をのぞきこみ、和泉は安心したような、乾いた笑いをもらす。
「なんだ。やっぱおまえでも、セーブしながら魔術使うのは、キツいんだな」
「そりゃね。私だって、体力に限界があるんだから」
金属製の柄には、術者のちからを抑える数値が刻んである。十の累乗で表記されるそれは、和泉は大目に見積もって、「マイナス三乗(一〇〇〇分の一)」と予想していたが……。
「ぴ……」和泉は笑顔で固まった。声なき声で叫ぶ。「一兆分の一!?」
茜はぐるんぐるん、肩をまわしてこりをほぐす。
「じゃーね、和泉」
茜が浮遊の魔術をつかう。チャコにもかけて、空に飛んでいく少女に、和泉は食いさがった。性懲りもなく。
「待てって! じゃあ、つぎの休みは? つぎの休みに、遊ぼーぜ。学校はじまるから、来週の土日になるけど……」
「無理」
「なんでだよ!」
和泉は地団駄踏んだ。砂埃と、生ゴミの散乱する小路に、バタバタと音が虚しく響く。
「私、明日から旅行行くもん。しばらく【学院】には、帰ってこないから」
「はあ?」和泉は落胆した。茜が【学院】に不在がちなのは知っていた。が、それにしても、「帰ってきた」と思ったら、また出かけるなんて……。和泉としては、つまらない。
「そんなあ……、ゆっくりしてけよ。葵さんだって、淋しがるだろ?」
学院長の葵のことを、和泉は普段は、史貴学長と呼んでいる。しかし、こういうプライベートの時には、「葵さん」と、名前のほうで呼ぶようにしていた。
茜は「ふんっ」とそっぽを向く。茜が姉のことをどう思っているのかは、和泉には未だ、判別がつけられないでいた。「知ったこっちゃないね」と言ってから、茜が思い出したように、言葉を濁らせる。
「あー。あのさ、和泉」
和泉が、「ん?」とサングラスの奥から目で問うと、茜は言いづらそうに、自分の細い項を掻いた。
「私がクラリスをぶちのめしたってこと、お姉ちゃんには、言っちゃダメだよ」
「なんでえ? 葵さんに、借り返すんだろ? じゃあ、報告しなきゃ!」
「そりゃ、あくまで私の気持ちの整理だよ」茜は心底うっとうしそうに、息をついた。トントンと、杖で自分の肩をたたいて、ぼやく。「私が納得すれば、それでいいのっ」
「んー……」
要は茜のなかで、葵に対する恩義に、決着をつけたかったということか。いかんせん、彼女はいちおう、去年の秋に、葵と和泉に、【迷宮】という魔物の巣にして魔法資源の採取地から、助け出してもらったという事情がある。
(なんだかんだで、世話になったとは思ってるんだな)
てっきり、「余計なことしないでよ!」と怒っているかと、うしろめたささえあった和泉は、ほっとする。茜が迷宮の深部――賢者の石に閉じこもっていたのは、和泉と葵には、了承できなかったことだが、本人としては、「居心地がいい」というものだったのだから。尤も、彼女の帰還は、無償というわけにはいかなかったけれど。
だからこそ――。というわけでもないが。和泉はなんだかんだで、茜が葵のために行動してくれたのが、嬉しかった。なので、
「オレは、言ったほうがいいと思うけどな。だって、絶対よろこぶぜ、あの人」
「それが嫌なんだよ。そーやって調子のるんだからさあ……」
「でも、」茜の横で、魔法を受けてプカプカ浮いていた給仕服の女――チャコが言った。「『信じない』ってことのほうが、あり得そうですわよねえ。葵さまの場合」
「言えてる」
「ばか!」和泉は吠えた。緑の目をぱちくりさせる少女と、剣呑な半眼を向けてくる給仕服の女を、交互に指さして。
「ばかっ!! おまえら、何もわかっちゃいない! 葵さんがどれだけ茜を大事に想ってるか……。わかんないんだ!」
「いーもん。べつに」
茜は法衣の袖を合わせて腕組みした。ごそりと片手を出して――ぴっと、人差し指を立てる。
「とにかく、和泉。お姉ちゃんには黙っててよね。今度また誰かにこてんぱんにされたからって、内心あてにされんのも、ムカつくんだから」
「わかった」指をつきつける少女に、和泉はうなずいた。言おう。言っちまおう!!
茜は空へと飛んでいく。和泉の胸中など知らずに。そして和泉は、使い魔と共に青空に遠ざかっていく少女に、「ばいばーい」と手を振った。彼女たちのすがたが、完全に見えなくなる。それから――。
「すまんな、茜」
ふっ。と芝居がかった調子で拳を握りしめ、和泉もまた、踵を返す。余計なこととは知りつつ、自分の行動が、あの姉妹の仲の一助になることを祈って。軽い足取りで、へたくそなステップを踏んで、一路、【学院】へと歩いていく。




