46.おてあわせ
・前回のあらすじです。
『和泉たちのまえに、茜が現われる』
「今朝はよくもやってくれたね?」振り返った茜は、和泉に向けていた笑みを消した。「ひとのことをチビだとか。こまっしゃくれてるとか」
だが、子供っぽい顔つきゆえか。抜けきれない愛嬌のためか。むすっとしているのは分かっても、畏怖を起させる威厳はない。それでも和泉は、弁解した。
「オレじゃないっ。からすだっ! クロが悪いんだ!」
「まあ、そーなんだけどさ」
「使い魔の不始末は、飼い主の責任かと」
和泉の横から、チャコが糾弾した。和泉は、チャコを指差して、「だったら、チャコだって斧投げてきたんだぜ!」と、茜に主人としての至らなさを思い知らせてやりたかったが。
「ま、まあ。賢者さま……」
カリオストロの声が、和泉の勢いを殺す。
(そうだった。今は、チャコにかまっている場合じゃない)
晴れた視界。魔術の火に消毒されて、数秒前よりクリアになった、狭い道。そこに恐縮したようすで、カリオストロは立っていた。
彼女は、ちらちら金色の目を泳がせて、茜に問う。胸のまえで組んだ指を、せわしなく動かして。
逃げる算段でもしているのだろうか。
「今日は、なんと言いますか……。いいお天気で」
「うん」
「……。ちなみに、いつ頃から、こちらに?」
「だいぶん前かなあ。和泉や、壮馬にいちゃんが来たあたりから」
「じゃあ、もっと早く助けてくれよ!」
和泉は茜に詰め寄った。横から白い目で、使い魔が無言の非難をしてくるが、この際は無視する。
「ふふん、」茜は低い鼻を、ツンと上に向けた。得意気に、短い人差し指を振るう。「こーゆー登場の仕方のほうが、カッコいいじゃん」
そろ~。カリオストロが、背中を向けて、忍び足する。彼女の進む先には、密集した住居群があった。そこは入り組んだ路地が交錯した、小さな迷路。逃げるには最適である。
茜がカリオストロに向きなおる。
べしゃっ!
見えない壁が、カリオストロの顔にぶつかった。魔力の障壁の応用だ。この小路の出口を、透明の幕が塞いでいるのだ。やったのはもちろん、茜である。
「で。私はあなたに用事があって来たんだけど。カリオストロ」
「ほほほ……」ぎこちなく、【賢者】の少女に顔をめぐらせる、カリオストロ。「それは光栄ですわ。あと、できればお気軽に、『クラリス』と」
「クラリス」
茜は早速、カリストロをニック・ネームで呼んだ。正味の話、カリオストロと六文字で呼ぶのはめんどうくさかった。茜の表情が、肩の荷を下ろした者特有の、ホッとしたものになる。茜はつづけた。
「なんでも、うちのお姉ちゃんと、お手あわせしたみたいで」
「……。その節はどうも」
カリオストロは否定しない。茜はうなずく。
「で。お姉ちゃんは、あっけなくやられちゃったらしくって」
「弱いほうが、悪いのですわ」
「同感だね」
杖を振る。鈍色の杖から、空気の圧がライン状に生じた。茜から十歩ほど先にいる、カリオストロに迫る。すぱっ。真空の刃が、通路にあった木箱や、ごみ箱を切断した。食べものの腐敗臭。古い酒類の、ねばついたアルコール臭が、せまい路地にただよう。
寸でのところで、カリオストロは、ジャンプして避けていた。風の刃が、ベルト・シューズの底をかすめ、茜自身の作ったカベに、激突する。
「けっ、賢者さまっ! なにを……」
「今日はキゲンが最悪でね」茜は更に、魔術を構成した。呪文は無い。彼女は無詠唱の発動スタイル、『ひばりの技法』の使い手だ。茜の杖の先に、光が収束する。「朝っぱらから、カラスに悪口言われるわ。和泉は遊んでくれないわ。ここに来るまでに、バナナの皮で足すべらせてすっ転ぶわ」
「うう……。最後のは完全に、ご自身のせいですわ」
「ちぇっ。うるさいなあ」
高熱のために、一瞬透明に昇華した、魔力のリボン。烈火の光線は、すぐに「形」を思い出したかのように、プラチナの光線を描いた。茜の動きに従い、カリオストロに、殺到する。
「ひいいいいい!?」
カリオストロは、とっさに魔術の壁を張る。首飾りのサポートを得た魔力壁は、無限の光線の嵐を受け止めた。白いスパークが炸裂する。光が、壁を押し切る。ずどどどど!
膨大な熱量を持った光の矢が、護りの向こうの魔術師を狙い撃つ。黒い煙があがる。地面が焼けて、目地のセメントが溶ける。カリオストロは――。
「ぶはっ!」
生きていた。拡散して、灰色に薄れる煙。そのなかで、彼女は気丈にもうつぶせの格好から、身を起こした。




