44.なれそめ
・前回のあらすじです。
『和泉が、カリオストロを「かわいそー」って思う』
――『勤勉』が尊ばれる【裏】の世界において、『恋愛』は、自立心のなさを証明するものとして、あまり歓迎されていない。
『結婚』についても、繁殖と養成義務を負う契約ていどの意味合いで、和泉がもともといた世界、【表】でもてはやされていたほどトレンディなものではない。
色恋にはしるのは、一過性の感情の暴走か、でなければ、相手への依存性が強いという論理が一般に流布しているせいか、【裏】の住人が「恋をする」という現象は、全体として五割にも満たない。
それでも、彼ら彼女らは恋をする。
人に執着する。
繁殖は起こる。
誰に強制されるでもなく。勝手に。
(ま。それはそれとして)
とどのつまり、「恋愛相談」なんてのは、生粋の【裏】育ちであれば、やったことなんて無いんじゃないだろうか、ということだ。その点和泉は、なにかにつけて「恋」だの「愛」だの押しつける媒体――テレビジョンや、ビデオ、インターネットやコミック、ゲーム、小説など――が氾濫する世界から来た身である。それに、同じ世界の出身者と、それとなくそうした物事について話したこともあった。
だからカリオストロほど抱えこむものはない。話しをするのに、抵抗もない。
(よしっ)
和泉は拳を握りしめた。黒い法衣の裾をまくしあげる。すぐにずれて、元にもどる。
(じゃあ、クラリスと打ち解けて、『なしくずし的に説得作戦』。これでいこう)
同じ『悲恋』同士、なにか通じるものがあるかもしれない。
そうと決まれば、和泉は人の好い笑顔を取りつくろって――傍からみれば、あぶない誘拐犯みたいだが――目のまえの少女に取り入ろうとする。
「もしよかったら、師匠とのなれそめとか教えてくれよ。オレからも、師匠にそれとなく言ってみるからさ」
「べつに、先生の助力がなくても、最悪ちからづくでもわたくしのものにしてみせますから、お気づかいなく」
(怖い娘だ)
ふんぞり返って睨みおろす、金の眼差し。
あどけない顔つきは子猫みたいだが、華奢な背中にまとうオーラは「百獣の王」のそれである。
「でも……、そうですわね。冥土のみやげに、わたくしとリョーコさまがどう出会ったか。それだけでも、お話ししてさしあげますわ」
「冥土のみやげは困るな。もうちょっと平和的解決を――」
「そう。忘れもしない。あれは九つの春……」
「もしもーし」
「いえ、夏でしたわね」
和泉が遠巻きに呼ぶが、カリオストロが聞くわけもなく。
彼女は話しはじめた。
「馬に乗ってましてね」
「師匠が? まさか、白馬の?」
「いえ。わたくしがです。栗毛の、ふつーの牝馬に」
「はあ……。でも、なんで?」
「助けを呼ぶためですわ。ちょうどこの町の、こんな感じの、うらさびれた路地でした」
ぐるり。
とカリオストロは、自分たちのいる隘路を手で示す。
午後の炎天にさらされ、日差しの『白』と建物の影の『黒』にクッキリ分かれた横道。
和泉が立っているのが白い部分で、カリオストロのいるのが影の部分だ。
「そこで起こった暴力沙汰を止めてほしくて、わたくしは、近くの行商から馬をうばい、手頃な【魔術師】を捕まえるべく、たまたま手にしていたロープを輪っか゚にして、ぶんぶん振りまわしていたのです。カウ・ボーイみたいに」
(危険なやつだ)
「そしてそれにまんまと引っかかったのが、リョーコさまだったのですわ」
カリオストロは、自分の頬に手を当て、ポッと染めた。朱色に。
その当時のことを思い出しているのだろう――。まあ、どーでもよいが。
「自分で言ってて、いま思ったんですけれど、」
「お、おう……」
和泉はたじろいだ。なにか閃いたような、カリオストロの表情を警戒する。いつ彼女の逆鱗に触れ、彼女が首にさげている『ホープ・ダイヤ』が煌き、大爆発を起こすか知れないのだ。
クラリスは、目をキラキラさせて言った。なんなら両手を合わせて、「キュルン♡」と片脚までかわいらしく折り曲げて。
「ものすごい運命的な出会いだと思いません?」
「思わないなあ」
和泉は答えた。しょーじきに。
「まあ、和泉先生は男の子ですからね」
「女の子であっても同意するやつは皆無だろーよ……」
「とにかく。そんなこんなで、わたくしは見事、リョーコさまの首をロープで捕らえ、そのままUターンして引きずっていったのです。トラブルのあったところへ」
「そーゆーのを確か『市中引きまわしの刑』って言うんだよな」
サングラスの奥で哀れみの眼差しをしながら、和泉。
「だれかに好かれるというのも考えものなのだ」と、人生で初めて思った。
「で。その『暴力沙汰』ってのはなんなんだよ?」
「兄たちが大変なことになってたのですわ」
ぽんっ。
和泉はグーにした右手を、お皿にした左手にのせた。
先の展開が読めたのだ。
「タチの悪いゴロツキにからまれた兄貴たちを、師匠が助けてくれてホレたってわけか」
「ちがいます」
「じゃ、なんなんだよ」
「わたくしに道をたずねてきた三人の男を、うちの四人の兄がゴロツキと勘違いしてリンチにしたのですわ」
「おまえのアニキたちってさあ……」
ひくひく。
和泉はくちの端を引きつらせた。教員用の【法衣】が、肩からずりおちる。
カリオストロもまた、額に若干汗をたらしている。暑さのせいではなく。
「ええ。さしものわたくしも、『これはなんとかして止めねば』と思いました。兄たちが殺人鬼になってしまう前に。そしてリョーコさまをつれて行き、馬にのったまま、彼女の背中を突き飛ばして、ポカスカやってる連中のなかに叩き込んだのです」
(ひどいことするなあ)
「わたくしの目に狂いはありませんでした」
「おまえは狂ってるけどな」
方眉をピクピクさせて、和泉はカリオストロに指摘した。内心で「我ながらうまいこと言った!」と自画自賛しつつ。
カリオストロは、
「リョーコさまは、釘バットや、鉄パイプの吹き荒れる戦いのなか、しかしこちらも【魔術】を使いませんでした。兄たちを頭突きや投げ技でノック・アウトさせ、あまつさえ襲われていた三人の男も平等に蹴りたおし、張り倒して、その場にいた全員をこてんぱんにのしてしまったのです。これはきっと、わたくしの大事な兄たちが、被害に遭われた三人から、のちのち恨みを買うことのないようにという、寛大な配慮」
「区別をつけてる余裕が無かったんだろ……」
「で。わたくしは、その圧倒的・動物的・原始人的つよさを見せつけられて、ホレ込んでしまったというわけです」
「褒めてんだかけなしてんだか……」
「お名前をおたずねしても、なにも名乗らず去っていった謙虚さもつぼでしたわね」
「おまえに『顔』と『名前』を覚えられるのが怖かったんだろーよ」
「ふっ」
ふわっ。
と額にかかる前髪をかきあげる。やわらかな金髪が、すずしげな影のなかで、際立って輝いて見えた。
「『嫉妬』ですのね。和泉先生」
「しっとお?」
「わたくしのようなかわいい女の子に、自分の師匠がちやほやされるのが、あなたは気に入らないのです」
「おまえみたいなおっかねー女子は、眼中にないから安心しろ」
「嫉妬はみにくい」
「聞いてくれよ。たのむから」
「醜態は、すなわち『悪』。なので和泉先生は、わたくしに打ち滅ぼされるべきなのですわー!」
「なんでそうなるんだ!」
和泉はわめいた。それ以外できなかった。
カリオストロの魔術が構成される。遅れて――和泉も、【防御魔法】の構成を編む。
だが、『無詠唱』で魔術を発動する型を、和泉は会得していない。
【魔術師】同士の戦いにおいて、『呪文』の有無は勝敗を分ける大きな要因になる。そしてカリオストロは、呪文を必要としない。
首からさげた【マジック・アイテム】が、彼女の魔力を増幅することによって。
(ちくしょおっ!)
和泉は熱波の猛攻を覚悟した。
視界が、業火の赤に、支配される――。




