4.賢者
〇前回のあらすじです。
『和泉がおきて、【使い魔】の少年と話しをする』
少年――クロは親指を立てた。
「史貴 茜でしょ。さっきまでそいついたんだ。でも安心してよマスター。ボクがちゃーんと追い返してあげたからさ」
――史貴 茜。
和泉が居住し、教授として仕事をする学術施設、【学院】の内部において、最も秀でた【魔術師】におくられる称号【賢者】の名を冠する少女である。
また、和泉がこっそり想いをよせている人でもあるのだが。
「なんでっ。起こしてくれたらよかったじゃないか!」
「『オレが起きるまで起こすな』ってマスターが言ったんじゃないか。あとボク、あいつキライなんだもん。ちんちくりんのくせしてえらそうで。あれっ、マスター。なんで泣いてるの。なんで涙が血の色になってるの?」
ごッ。ごんっっ。
クロに二発ゲンコツをくれて、和泉はベッドから飛びだした。
「今度からは丁重にもてなせッ。くそーっ!」
朝食はこの際ぬく。
綿のロングパンツをはいて、そのへんにほっぽりだしていたハイカットシューズに足をねじこむ。
「おいっ。茜がいたのって、どんくらいまえだった!?」
「五分くらいまえかな?」
「うー。追いつくかな……」
半泣きになって和泉は玄関に駆けた。
通りすぎざま、ハンガーにかけていた教員用の【黒法衣】をひったくる。乱暴に身体にまとう。
大陸北部の山岳の、切りひらかれた土地にある【学院】。そこに所属する教員や、研究者にあたえられる集合住宅・【宿舎】の男子棟。
和泉は弱冠十六歳で教授についた秀才だった。というのも、彼の右手にはまった指環……【ソロモンの指環】という、手にいれた魔術師の【学院】におけるあらゆる場面での優遇を約束する、鉄と真鍮でできた勲章の恩恵あってこその出世だが。
ドアを開ける。
「きゃあっ!」
大きな衝撃。
外にいた誰かを、和泉の押しあけたドアが弾き飛ばした。