38.きょうだいって、いいな。
・前回のあらすじです。
『和泉たちが、ふたたび【トリス】の町に飛ぶ』
(敵役のクララ・モリス・B・カリオストロに、視点がうつります)
「これをごらん。クラリス」
長兄のトーマスは、そう言ってひとつのプレゼントを両手に持った。
白金の鎖に、ふんだんにダイヤモンドのあしらわれた首飾りだ。中央には、ひときわ大きな青いダイヤが神々しく輝いている。
「まあ。素敵ですわね、トーマス兄さま」
クラリスはくちを手で覆い、うやうやしく言った。
――【学院】より離れた草原。
そこに流れる沢である。広い中洲に建つ城が、商家『カリオストロ家』の住居だ。
クララ・モリス・B・カリオストロは、夏やすみをこの実家で過ごしていた。その日は八月の十日で、彼女の誕生日である。
【トリス】の町で、事件を起こす直前である。
「トムだけじゃなくて、オレたちも金を出し合って買ったんだよ。クラリス、前から欲しがってたろ?」
「では、これはわたくしにですの? ジェームズ兄さま」
居間にはクラリスと、彼女の四人の兄がいた。父は仕事で忙しく不在で、母はクラリスを産んですぐに亡くなった。
亡母とよく似た美しい顔つきは、父と、四人の兄の愛を、クラリスが一身に受けるのに、いっそうの拍車を掛けていた。
二十三才の長男・トーマス。
二十一才の次男・ジェームズ。
十九才の三男・フレッド。
十八才の四男・ピエトロ。
いずれも母親ゆずりの金髪とトビ色の瞳に、父ゆずりのたくましく知性あふるる美男の面ざしをしている。
勤めている商店や研究所、大学施設で異性に声をかけられることも多い兄たちだが、恋人と長続きした者はひとりもいない。
長兄は妻子を持ったこともあったが、二年で離縁した。というのも、ひょんなことから奥がたとケンカした時に、「わたしと妹さんと、どっちが大事なのよ」と訊かれ、一瞬の間もなく「いもうと」と答えたのが決定打となった。
次男、三男、四男も、同じような理由で、誰かとくっついては別れるを繰り返している。
三男のフレッドはクラリスに言った。おずおずと首飾りを見つめる妹に。
「今日はクラリスの誕生日だろ」
「ええ。忘れてはいませんでしたわ、フレッド兄さま」
「じゃあ受け取ってよ。そのためにオークションまで行ってきたんだぜ」
「ピエトロ兄さま……」
クラリスの目に涙が浮いていた。
首飾りに触れ、トーマスから受けとる。
次男のジェームズが言った。
「なんでもそれは、『魔術師のちからを引き上げる』効果があるみたいでね。それだけに『反動』も大きいみたいだけれど――、」
「いいえ。いいえ、ジェームズ兄さま。わたくしの有能さをもってすれば、そんな『業』など、あって無いようなものです」
クラリスは、光を反射してきらめく金剛石のネックレスを、ほっそりとした首にかけた。
「これさえあれば……。わたくしはようやく、『使命』を果たせます」
「気に入らない奴らを片っぱしから殴ってまわるんだっけ」
「いいえ。フレッド兄さま。悪人をこの世から消しさるというだけですわ」
意気込むクラリスに、トーマスが手を振った。
「そうか。気をつけて行くんだよ」
「ありがとうございます。トーマス兄さま」
「あっ! トムだけずるい! オレだってクラリスに『ありがと』って言われたい!」
「もちろん。ジェームズ兄さまにだって、ありがとうですわ」
「クラリス、ぼくには? ぼくにも『ありがとう』って言ってよ」
「ふふ。兄さまたちの愛情は、ちゃんと分かっているつもりですわ。感謝しています」
「クラリスー。俺にも言ってあげてよ」
「さすがに飽きてきましたわね。ですので、ピエトロ兄さまには、『大好きです』と、言っておきますわ」
「やったあ!」
両手を拳にして喜ぶピエトロ。飛びあがった彼の襟首を、ガッシと長兄が捕まえる。
「ピーター。ちょっとこっちに来なさい」
「抜け駆けだ!」
「いいじゃん。トムとジムはちゃんと『ありがと』って言ってもらえてんだから。ぼくなんか『感謝』って事務的にいわれただけだよ」
すねるフレッドを尻目に、トーマスはピエトロの頬を無言でぶった。いきなり。
「トム兄さん……。どうして今、俺の横っ面はたいたの?」
「うらやましかったからだ。許せ」
「いーじゃん。トムはいっつも一番にクラリスからなんか言ってもらえるんだからさあ」
うらめしそうにジェームズが言った。そのあいだに、ピエトロが仕返しとばかりにトーマスの頭めがけてそ~っとイスを振りかぶる。
がんっ。
「くっ! ピーター、なんだ急に!」
「やられたからやり返しただけだ」
「よーしっ。ぼくも今のうちに。トム、積年の恨み、思い知れ!」
「なんだおまえら! 寄ってたかって!」
振りかぶられた模造刀を、今度は体よく受け止めて、
「おい、ジム! おまえもふたりを止めないか」
がつんっ。
ジェームズもここぞとばかりトーマスを殴った。鈍器で。
……。下の子たちの恨みは、上の子が思っているより強い。遥かに強い。
「いきなりバットで殴るんじゃない!」
「いきなりじゃないとトム避けるじゃないか!」
「今のうちに、蹴っとこ」
倒れた兄の脛をねらって、革靴でツンツンするフレッド。
「この愚弟どもおおお!」
四人の兄たちはケンカをはじめた。
広いリビングに、たちまち土けむりが舞い、そこから時折見せる兄たちの頭にタンコブが重なっていく。
【魔術】は使わない。まだ子供のころに魔法で合戦した時に、家が大破してしまったのだ。それから父の言いつけで、家のなかでのケンカにおいて、魔術を使用することは、固く禁じられている。
「ああ……。わたくしのために、今日も愛しい兄さまたちが、血で血を洗う争いを。……美しさとは、罪なものですわね」
クラリスは、窓辺にフラフラと立ち退いた。そのままガラス格子を開く。
心のなかで念じると、青い空が求めるように、クラリスの身体がふわりと浮いた。
(まあ、呪文がなくても飛べますわ)
クラリスは背後を振りかえった。愛しの兄たちに、別れを告げるために。
「では、兄さまがた。わたくしはさっそく、この世の悪と戦って参りますので――。って、聞いてませんわね」
居間は金槌やナタ、包丁が飛びかって、兄たちは血まみれになり、シャンデリアに掛かったそれらが、『赤い雨』になって降っている。
(『仲良きことは、美しきかな』ですわ)
クラリスは、心のなかでうんうん頷いて、窓辺から、緑と青の世界へと飛翔した。
「おーほほほほほほ!」
高笑いを残して。彼女は、悪のはびこる町を目指す。
――そして現在。
彼女は【トリス】の細道にいた。
女の子に迫る、悪そうな男を前にして。




