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鉄と真鍮でできた指環 《3》 ~災厄の首飾り~  作者: とり
 第4幕 魔術師の誤算(ごさん)
38/59

38.きょうだいって、いいな。




   ・前回のあらすじです。

   『和泉いずみたちが、ふたたび【トリス】の町に飛ぶ』


   (敵役てきやくのクララ・モリス・ビー・カリオストロに、視点がうつります)







「これをごらん。クラリス」

 長兄(ちょうけい)のトーマスは、そう言ってひとつのプレゼントを両手(りょうて)に持った。

 白金(プラチナ)くさりに、ふんだんにダイヤモンドのあしらわれた首飾りだ。中央(ちゅうおう)には、ひときわ(おお)きな(あお)いダイヤが神々しく輝いている。

「まあ。素敵ですわね、トーマス兄さま」

 クラリスはくちを手でおおい、うやうやしく言った。

 ――【学院】より離れた草原。

 そこに流れる(さわ)である。広い中洲(なかす)に建つ城が、商家(しょうけ)『カリオストロ家』の住居(じゅうきょ)だ。

 クララ・モリス・ビー・カリオストロは、夏やすみをこの実家で過ごしていた。その日は八月の十日で、彼女(かのじょ)誕生日(たんじょうび)である。

 【トリス】の(まち)で、事件を起こす直前(ちょくぜん)である。


「トムだけじゃなくて、オレたちも金を出し合って買ったんだよ。クラリス、前から欲しがってたろ?」

「では、これはわたくしにですの? ジェームズ兄さま」

 居間(いま)にはクラリスと、彼女の四人(よにん)(あに)がいた。父は仕事で忙しく不在で、(はは)はクラリスを産んですぐに()くなった。

 亡母(ぼうぼ)とよく似た(うま)しい顔つきは、父と、四人の兄の(あい)を、クラリスが一身(いっしん)に受けるのに、いっそうの拍車(はくしゃ)を掛けていた。


 二十三才の長男(ちょうなん)・トーマス。

 二十一才の次男(じなん)・ジェームズ。

 十九才の三男(さんなん)・フレッド。

 十八才の四男(よんなん)・ピエトロ。


 いずれも母親(ははおや)ゆずりの金髪(きんぱつ)とトビ色の瞳に、父ゆずりのたくましく知性あふるる美男(びなん)(おも)ざしをしている。

 つとめている商店(しょうてん)研究所(けんきゅうじょ)、大学施設で異性に声をかけられることも(おお)い兄たちだが、恋人と長続きした者はひとりもいない。

 長兄は妻子さいしを持ったこともあったが、二年(にねん)で離縁した。というのも、ひょんなことから(おく)がたとケンカした時に、「わたしと(いもうと)さんと、どっちが大事なのよ」と訊かれ、一瞬(いっしゅん)の間もなく「いもうと」と答えたのが決定打となった。

 次男、三男、四男も、同じような理由(りゆう)で、誰かとくっついては別れるを繰り返している。


 三男のフレッドはクラリスに言った。おずおずと首飾りを見つめる妹に。

「今日はクラリスの誕生日(たんじょうび)だろ」

「ええ。忘れてはいませんでしたわ、フレッド兄さま」

「じゃあ受け取ってよ。そのためにオークションまで行ってきたんだぜ」

「ピエトロ兄さま……」

 クラリスの()に涙が浮いていた。

 首飾りに触れ、トーマスから受けとる。

 次男(じなん)のジェームズが言った。

「なんでもそれは、『魔術師(まじゅつし)のちからを引き上げる』効果があるみたいでね。それだけに『反動(はんどう)』も大きいみたいだけれど――、」

「いいえ。いいえ、ジェームズ兄さま。わたくしの有能(ゆうのう)さをもってすれば、そんな『(ごう)』など、あって無いようなものです」

 クラリスは、光を反射(はんしゃ)してきらめく金剛石のネックレスを、ほっそりとした首にかけた。


「これさえあれば……。わたくしはようやく、『使命(しめい)』を果たせます」

「気に入らない奴らを片っぱしからなぐってまわるんだっけ」

「いいえ。フレッド兄さま。悪人(あくにん)をこの()から消しさるというだけですわ」

 意気込むクラリスに、トーマスが手を振った。

「そうか。気をつけて行くんだよ」

「ありがとうございます。トーマス兄さま」

「あっ! トムだけずるい! オレだってクラリスに『ありがと』って言われたい!」

「もちろん。ジェームズ兄さまにだって、ありがとうですわ」

「クラリス、ぼくには? ぼくにも『ありがとう』って言ってよ」

「ふふ。兄さまたちの愛情(あいじょう)は、ちゃんと分かっているつもりですわ。感謝(かんしゃ)しています」

「クラリスー。おれにも言ってあげてよ」

「さすがにきてきましたわね。ですので、ピエトロ兄さまには、『大好きです』と、言っておきますわ」

「やったあ!」

 両手(りょうて)を拳にして喜ぶピエトロ。飛びあがった彼の襟首えりくびを、ガッシと長兄(ちょうけい)つかまえる。


「ピーター。ちょっとこっちに来なさい」

「抜け駆けだ!」

「いいじゃん。トムとジムはちゃんと『ありがと』って言ってもらえてんだから。ぼくなんか『感謝』って事務(じむ)的にいわれただけだよ」

 すねるフレッドを尻目(しりめ)に、トーマスはピエトロの(ほお)無言(むごん)でぶった。いきなり。

「トム兄さん……。どうして今、俺の横っつらはたいたの?」

「うらやましかったからだ。許せ」

「いーじゃん。トムはいっつも一番いちばんにクラリスからなんか言ってもらえるんだからさあ」

 うらめしそうにジェームズが言った。そのあいだに、ピエトロが仕返しとばかりにトーマスの(あたま)めがけてそ~っとイスを振りかぶる。

 がんっ。


「くっ! ピーター、なんだ(きゅう)に!」

「やられたからやり返しただけだ」

「よーしっ。ぼくも今のうちに。トム、積年(せきねん)の恨み、思い知れ!」

「なんだおまえら! 寄ってたかって!」

 振りかぶられた模造刀を、今度は(てい)よく受け止めて、

「おい、ジム! おまえもふたりを止めないか」


 がつんっ。

 ジェームズもここぞとばかりトーマスを殴った。鈍器で。

 ……。下の子たちの恨みは、上の子が思っているより強い。はるかに強い。

「いきなりバットで殴るんじゃない!」

「いきなりじゃないとトム避けるじゃないか!」

「今のうちに、蹴っとこ」

 倒れた(あに)すねをねらって、革靴でツンツンするフレッド。

「この愚弟どもおおお!」

 四人(よにん)(あに)たちはケンカをはじめた。

 広いリビングに、たちまち(つち)けむりが()い、そこから時折見せる兄たちの頭にタンコブが重なっていく。

 【魔術(まじゅつ)】は使わない。まだ子供のころに魔法(まほう)で合戦した時に、家が大破(たいは)してしまったのだ。それから父の言いつけで、家のなかでのケンカにおいて、魔術を使用(しよう)することは、固く禁じられている。


「ああ……。わたくしのために、今日も(いと)しい兄さまたちが、血で血を洗う争いを。……美しさとは、(つみ)なものですわね」

 クラリスは、窓辺(まどべ)にフラフラと立ち退いた。そのままガラス格子(こうし)を開く。

 心のなかで(ねん)じると、(あお)い空が求めるように、クラリスの身体がふわりと浮いた。

(まあ、呪文(じゅもん)がなくても飛べますわ)

 クラリスは背後(はいご)を振りかえった。いとしの兄たちに、別れを告げるために。

「では、兄さまがた。わたくしはさっそく、この()(あく)と戦って参りますので――。って、聞いてませんわね」

 居間(いま)金槌かなづちやナタ、包丁(ほうちょう)が飛びかって、(あに)たちは血まみれになり、シャンデリアに掛かったそれらが、『(あか)(あめ)』になって降っている。


(『仲良きことは、美しきかな』ですわ)

 クラリスは、心のなかでうんうんうなずいて、窓辺から、緑と青の世界へと飛翔(ひしょう)した。

「おーほほほほほほ!」

 高笑いを残して。彼女は、悪のはびこる(まち)を目指す。


 ――そして現在。

 彼女は【トリス】の細道(ほそみち)にいた。

 (おんな)の子にせまる、悪そうな(おとこ)を前にして。




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