37.にけつ
・前回のあらすじです。
『チャコが和泉を殺そうとする』
「勝手に入ったのはわるかったけど……」
和泉はチャコとシロのふたりに言った。「それにしたって凶器を投げるのはヒドイ」と思いながら。
チャコが床を指差して、
「では今すぐ土下座してむせび泣きながら詫びを入れてください」
「一日だけ待ってくれ」
考える時間がほしい。
「いずれにしても、もの盗りだったら今日はムリだよ。和泉」
チャコの横から、シロが半眼を向けてくる。
「私らだって、目のまえの『犯罪』を見て見ぬフリしてやるほどお人好しじゃないんだから」
(くっ……)
和泉は悔し気に目を閉じた。
(反論できない!)
和泉は、無断で茜の家からものを持っていこうとしていた。「もの盗り」と言われてもしかたないのだ。というか立派なもの盗りだ。
「てか、なんでチャコがいるんだよ」
くちおしく、和泉は訊いた。いないと思ったからこそ来たのに。
「ここは、私がおせわをしている茜さまの家ですので」
「チャコがいるのは、自然でしょ」
シロも呆れ顔になる。
「むしろ、家主のいないあいだに勝手に入ってくる、アンタがおかしいんだからね」
(くそー。シロまで……)
和泉は歯がみした。
なにかと世話を焼いてくれるシロに対して、彼はカンチガイをしていたのだ。彼女は自分の味方だと。
だが実際、シロは『主のお願い』で動いているだけ。フリーの時間では、基本的に誰かに肩入れすることはない。
「チャコが調べものしてるって、【病棟】でダルク先生に聞いたんだ」
和泉は弁解した。外で永城が待ちぼうけているのを気にしながら。
「だからてっきり、【図書館塔】にこもってるのかと」
「一度は行きました」
かつん。
とフローリングに響く、チャコのパンプス。
「けど、めぼしい資料がなかったので、この【賢者邸】にもどったのです」
「それでも進展なしだけどねー」
「なに調べてたんだよ」
「ホープ・ダイヤ」
チャコが答えた。
「巨大なブルーダイヤについてです」
「なにかわかったのか!?」
和泉は食いついた。
「てか、どうして」
「茜さまのお達しで」
(茜が……)
背すじに寒いものを感じた。
「ひょっとして、【災厄の首飾り】をなんとかしようとしてる?」
「ええ」
「クラリス……。カリオストロをぶっ飛ばすため?」
「くち封じされていますので。お答えしかねます」
和泉は聞く相手を変えた。主人の言いつけとあれば、このメイドは、てこでも動かない。
「シロは、なにも聞いてないのか?」
「知っててもここでは言わないくらいの甲斐性はあるつもりだよ」
(だめか)
ちくたく。
時計の秒針が進む。
和泉は時刻を確かめた。昼の『二時』を過ぎている。
「手掛りはとぼしいですが、」
チャコも掛け時計を見上げた。彼女はエプロンのポケットにたたんで入れていたメモを横目にする。
「そろそろもどらないと。ご主人さまに、愛想尽かされてしまいますね」
「あっちもあっちで、準備あるんでしょ?」
シロが気楽に言った。
「買いものしてるんだっけ」
「『杖』をね。制御用の」
『制御用』と聞いて、和泉は首をひねった。
魔力を制御する杖は、学生たちが魔術の練習をしたり、授業での『模擬戦闘』で利用する。
訓練以外の使いどころなど、思いつかないのだが。
(首かざりの威力を中和するのかな)
できるかどうかは不明だが、発想としてはありか。と、和泉はひとり納得した。
「散らかした分を片付けといて」
チャコがシロに指示を出す。
「時間も時間だし、私は一度、【トリス】にもどるわ」
「あんた徒歩で帰ってきたもんね」
「徒歩じゃないわ」
「あれ? そうだっけ?」
「全力疾走よ」
「………………」
シロは、チャコから和泉に視線を変えた。
「また走って行くの大変だと思うからさー、」
隣りのメイドを親指で差す。
「和泉、つれてってやってよ」
和泉は承るつもりだったが、
「こんなふぬけた魔術師のちからを借りるくらいなら、走りすぎで天に召されたほうがマシです」
(さんっざんな言われようだな……)
「でも、」とシロがチャコをあしらう。「早く連絡できたほうがいいんでしょ?」
「……まあ。ね」
「せんせー、遅すぎひん?」
研究室の窓から、もうひとりの男が顔を出す。
【飛行の魔術】をつかって、永城がなかのようすを見に来たのだ。
渡りに舟。とシロが永城をあごでしゃくる。
「チャコ、和泉じゃなきゃ良いんだよね?」
「……。くわえて、飛行能力に問題がなければ」
チャコは妥協した。
和泉が弟子に、ふたりでの飛行ができるかの確認を取る。
複数人の飛行をひとりが担う時は、自分以外の者にも【風魔術】を付与する。そのため、単純計算で、人数分だけ負担が倍加する。
永城は「バランスがとれたら」と条件をつけた。質量としては増加することになるが、重心の取りやすさから、「のりもの」の使用を求めたのだ。
「シロ。『箒』とか『杖』とか、人がふたり乗れるような、長いものくれ」
「これでえーんちゃうん?」
窓にしがみついたまま、外から永城が、『長いもの』をかかげる。先ほど落っこちてきた、薪割り用の斧だ。
「危ないからそれは置いていこうか」
もはや小さい子を諭す気持ちになって、和泉は永城から斧を取りあげた。研究室の床に横たえる。
「掃除で使ってるモップでいいよね?」
「ああ。ありがとう」
シロが持ってきたモップを和泉は掴んだ。乾いていて、きれいなやつだ。窓の外にいる永城に手渡す。
「てか、【テレポート】でええんちゃうん? そっちのが早いで」
チャコに永城が言って、
「失敗した時が怖いので、却下です」
「おまえ、変なとこでカワイイな」
いったん研究室に入り込んで、永城はふたり乗りの準備をした。
モップの柄にまたがって、うしろにチャコをうながす。チャコは横むきに座って、永城の腰に手をまわした。
「じゃあ、あとはよろしくね。シロ」
「はいはい。でも私、片付け終わったら出てくからね」
「ご勝手に」
シロとチャコのやりとりを最後に、和泉と永城は【飛行の魔術】を展開した。
【賢者】の家から、みっつの人影が飛んでいく。
(『第3幕:ホープ・ダイヤ』おわり)
読んでいただき、ありがとうございました。




