35.ホープ・ダイヤ
・前回のあらすじです。
『和泉が永城とともに、茜の家にむかう』
〇
【学院】の教授たちの住まいである【宿舎】から、すこし離れた森。
【学生寮】もふくめた【居住区】から、丘なりの坂をくだったところにある庭園。
【森林庭園】と呼ばれる場所に、【賢者】の家はあった。
木々のあいまに隠れるようにして、居住区側の出入りぐちに、ひっそりと建っている。
「ホープ・ダイヤあ?」
ウサギの耳が揺れる。みどりを基調とした、カットソーとキュロットパンツ。白いふわふわした髪をボブショートにした、見ため十七才ほどの少女である。
彼女は【賢者】の家にいた。一階の資料室。
読書用のロー・テーブルに、ソファセットのある部屋だが、それらの家具は、いまは使われていない。
賢者の【使い魔】とともに、彼女は調べものをしていた。
「そう」
書架のまえから返事がする。
給仕服にホワイトブリムの「THE・メイド」。長い茶色い髪をふたまたにして、先のほうで結った髪型の女性である。
賢者の使い魔――チャコだ。
「でも、目立っておかしなことって書いてないのよね」
チャコは、ウサギの少女――シロに集めさせた資料を漁りながらぼやいた。足場の上に腰かけて、おっくうそうに息をつく。
「【魔鉱石】は研究されてるけど、『宝石』はそうでもないもんね」
シロはメイド服の先輩を見下ろして言った。
「魔術的なちからは、どうがんばっても、魔鉱石のほうが強いから」
どすん。
持ってきた『図鑑』や『レポート集』を、シロはチャコの隣りに置いた。
学院長である主、史貴 葵を送り出してから、しばらくのんびり【学院】内で散歩していたシロである。
が、そこを町から帰ってきたチャコに見つかった。
シロを捕獲した後、チャコはなぜか一輪車に載せていた若い教授を【病棟】まで運び、それから本題に入ったのだった。
「ホープ・ダイヤの情報集めを手伝え」と。
「でも、魔鉱石をしのぐ石も、無いわけではない」
チャコは開けていた『博物誌』を閉じて言った。
「【表】の日本にある『殺生石』。透視を阻害するという『鉛』。まっとうな物質であっても、そうした効果をもつものは、確かにある」
チャコのひとりごとを聞きながら、シロは彼女のまえに腰をおろす。重ねた本を椅子がわりにする。
今までの調査でわかったことを拾い書きしたメモを渡す。
チャコは受け取った。
「『呪いの石』。『フランス革命との関係』……。オカルトレベルの内容よね」
「かと言って、あなどれないわけでしょ? その『都市伝説』も」
「そうね。――ああ、」
気分転換するように、チャコは話しを切りかえた。
「聞いたわよ」
眼前の後輩に、茶色い瞳を向ける。
「なにを?」
「あんたのご主人さま――。葵さま」
シロが得意のポーカー・フェイスになって、しらばっくれる。実際、よほどこちらが掘り下げない限り、彼女はそれでうやむやにしてしまえる。
チャコはつづけた。
「その『ホープ・ダイヤ』を使った首飾りに、手も足も出なかったんですってね」
「なんのことやら」
「ばっくれても無駄よ。町の人から、聞いたんだから」
「ヤなやつうー」
シロはそっぽを向いたまま、半眼でチャコを睥睨した。
(まあ、いつかはバレるって分かってたけど)
もっとも、主人はそれを良しとしない。できることなら、無かったことにしたい『醜態』なのだ。
そしてシロは、それに協力する立場である。
「帰ってきても、いちいち本人に言わないでよね」
「言わないけど」
足場に使っていた台から腰をあげて、チャコは片づけをはじめた。
「もう少し詳しく知りたいものね。――ってゆーか、あの人どこいったのよ」
「会合だよ」
シロも近くに転がっている本を集めた。座ったまま。
「上半期の連絡会。【貴族】のかたがたに、【学院】の運営とか実績とかで追及されててさ。今後の活動について、修正するみたい」
伸びてきたチャコの手に、本を一冊ずつ渡す。
はぬけになった本棚に、資料がつぎつぎ、埋まっていく。
「まあ、大半がお小言聞かされに行くようなものだけど」
「たいへんねえ」
「私もついていければ良いんだけどさ、」
ひざに手をついて立ちあがり、シロも棚に本を入れる作業に向かった。ついでの動きで、頭に生えた、長いウサギの耳を触る。
「『耳』がね。ネタにされちゃうから」
「ふーん」
使い魔が人化した時に、『動物の形質』が残るのは、主人となった魔術師のちから不足である。
「どうせなら、尻尾ものこしてバニー・ガールにでもなったら? ウケるわよ」
「人が気にしてるところを……」
――がたんっ。
上から物音がする。
「いま……」
チャコが天井を見上げた。二階の『研究室』からだ。
「なんか、くずれたのかな?」
「泥棒でしょ」
「あ。チャコ――」
片づけを中断して、チャコは、資料室から出ていった。
持っていた本を床に置いて、シロも小走りでチャコに続く。




