34.デ・レ・メタリカ
・前回のあらすじです。
『和泉が弟子の不正に手をかす』
〇
「んんん~…………」
もぐもぐ。
焼きめしを食べながら、和泉はうなる。
――研究室である。
少しほこりのあるフローリングに、ふたりの男が座っていた。
頭の白いほう――和泉は、重ねた本の上に。
弟子の永城は、地べたにあぐらをかいている。
どちらも、ひざの上に『チャーハン』の皿を置いていた。
「無いなー」
床のコップを取って、和泉はぐいっとあおる。
「なんの本さがしてんの?」
「鉱物学」
うしろから声をかけてきた永城に、和泉は答えた。
「『ブルーダイヤ』について調べたいんだ。魔術的な考察が知りたい」
「はーん」
永城はカラになった皿を床に置いて、残っていた水をのみほした。
「ほな【図書館塔】いったら、無駄足なるとこやったな」
「?」
「よかったな、骨折り損ならんで」
「なんでムダになるってわかるんだよ?」
永城はほおづえついて、アンニュイに息をついてみせた。ところでこの男にそいういう真面目ぶった表情は、とことん似合わない。
「石系の本、あらかた貸し出しされとんねん」
「ピンポイントだなー」
「しゃーないねん。『魔鉱石』とか、『探索』の授業ある生徒が、やっぱレポートとか書かなあかんくてな。ほんで、借りっぱになってるみたいやで」
「あー」
和泉は察した。永城はうなずく。
「あの系統の先生って、めっちゃ厳しいやんか」
「そういうことか……」
和泉も食べ終えて、皿を木の床に置く。
永城が、ぽんっと自分のひざを叩いて立ちあがった。食器を回収して、流し台に持っていく。
和泉はそのへんに開けたまま散らかし放題の本を見渡した。
町の本屋や古書店でそろえた参考文献だ。が、専門外の分野については、あまり有力な内容のものはない。せいぜいが『雑学』ていどの密度だ。
(【災厄の首飾り】のまえに、クラリスの恨みのもとを断ったほうが勝機あるか?)
クラリス――フルネームを【クララ・モリス・B・カリオストロ】という、高等部一年生の魔女。
彼女は、ひそかな想い人を和泉に横取りされたかどで、怒りの矛先をそちらにも向けていた。
――『も』。と複数形なのは、高等部三年生の女子生徒もまた、カリオストロとの因縁により、攻撃対象になっているからだ。
(……あいつのは自業自得か)
かぶりを振って、ウォーリックのことは追いはらう。自分のことだけを考える。
「せんせー。オレもう行っていい?」
「あ?」
和泉は時計を見上げた。いつのまにか、帰ってきてから一時間が過ぎている。
「ああ。お疲れさん」
「ほんまやで、もー」
ぐりんぐりん。
肩をまわして、永城はコリをほぐした。そのまま玄関へ歩いていく。
「――と、待ってくれ永城」
唐突に、和泉は天啓を得た。
永城が振りかえる。キョトンとした表情。
(そうだ……。なんで気づかなかったんだろう)
和泉は自分の考えを整理した。
結論からいうと、こうだ。
(クラリスの好きな人ってのは、永城のことじゃないか?)
当の永城は、内心で「和泉せんせー」「今日も陰気な顔して、なに考えてんねやろ」「きもちわるっ」と思いながら師を見おろしている。
和泉は思索を深めていく。
(たぶん。オレが永城を弟子にしたから、クラリスは怒ってるんだ。『想い人との時間を邪魔された』って)
よし!
そうと分かれば、和泉は強気だった。
「永城、」
ガバッと立ちあがり、玄関前でつっ立ったままの弟子に頼む。
「オレといっしょに【トリス】まで来てくれ」
「いやや」
「反抗期か! なんでイヤなんだ!」
「なんでこのオレが和泉センセーとふたりで、おデートせなあかんねん」
「でえとじゃない!」
和泉はじだんだ踏んでわめいた。
わが身を抱きしめて距離をとる永城に、指を突きつける。
「町の厄介者を捕まえるのに、おまえのちからが必要なんだよ!」
「えー……」
「いっしょに来てくれたら、ほかの先生に、おまえの宿題について免除のお願いを、オレからやってやる!」
右手の中指にはめた【指環】を、和泉はかかげた。
室内の明かりを照り返す、【五芒星】の意匠。
【学院】内――ひいては、それを魔術の「最高峰学術施設」と崇める【裏】の世界において、持ち主にあらゆる『特権』を約束する。
この、鉄と真鍮でできた指環――【ソロモンの指環】があれば、ほかの教員への嘆願など造作もない。どんな頼みでも、従わせるていどの【権力】はある!
「せんせー」
永城はあんぐりとくちを開けて、
「めっちゃしょーもないことに、権力使ってんな」
「うるせえ!!」
和泉は泣きそうになってさけんだ。
「まあ、オレとしてはラッキーやけど」
永城は了解の意を示す。
「行くのええけど、今から?」
「いや、」
和泉は【黒法衣】をひるがえした。
ドカドカ足音を鳴らして、永城を横切って玄関を出る。
「茜んち行って、もうすこしだけ『石』について調べる。そこで何も見つからなかったら、【塔】に行くよ」
「ふーん」
永城もつづいて、和泉の部屋を出る。携帯していたカギで、和泉が玄関ドアに施錠する。
ふたりは【宿舎】男子棟の廊下を歩いていく。
「また盗みに入んの?」
「借りてるだけだ。ちゃんとあとで、返してるよ」
――鉱物について、茜の家には潤沢な資料がそろっていた。
表向きには製造が禁止されている、【賢者の石】。
魔術師垂涎の、『万能』とも呼ぶべき巨大なちからを所持したその魔法の石は、この【裏】という不安定な世界を維持するために、秘密裏に研究がされている。
(ってことで、あいつの家には、いい著作があるわけだ)
【裏】の世界の、あやうい「あれやこれや」はとりあえず脇に置いといて。
和泉は目のまえのことに焦点を合わせた。
(チャコのやつが【塔】から帰ってなきゃいいけどな)
と祈りながら、【賢者】の屋敷を目指す。




