33.免除(めんじょ)
・前回のあらすじです。
『和泉が部屋に帰ってくると、弟子の永城がいた』
「クロー」
和泉は台所に入った。奥のリビングものぞいてみる。
――いない。
クローゼットを開ける。
ロー・テーブルの下をのぞく。
台所にもどる。流し台のわきの、ポリバケツを開けて呼ぶ。
「いないのか?」
「さすがにゴミ箱んなかにはおらんやろ……」
うしろから永城ものぞきこんだ。和泉は掛け時計を見上げる。時刻は現在、午の『十二時』。
「資料を探してるあいだに、飯でも作ってもらいたかったんだけどな」
「てかセンセー」
「うん?」
研究用に使っている洋間に、ふたりはもどる。
「調べごとやったら、塔のほうがええんちゃうん?」
「【図書館塔】には会いたくないやつがいんの!」
――和泉はため息をつこうとして。
「!」
ひらめいた。弟子を振り返る。
「なあ、永城」
「なに?」
「おまえ、宿題を免除してほしいんだよな?」
「せや」
永城は、和泉より高いところにある頭を縦に振った。
「とりあえず聞こう。なんで免除してほしいんだ?」
「決まってるやん。単位ほしいねん」
「……。単」
「単位」
「……。……。……」
――【学院】の単位取得は、大学部と、それより下の高等部までとでは、事情が異なる。
『大学部』は、学期が『前期』と『後期』のふたつにわかれ、『七月末から九月初旬』までの長期休暇――『夏休み』は、前期における各講義のテストが終了した時点ではじまる。そのため、大学部の学生は、それぞれのカリキュラムにより、夏季休暇にはいる日程がすこし変わる。
「テストが終われば、あとは自由にしてよろしい」
と言うのが、基本的な姿勢である。
対して、初等部から高等部。これらの学級は、みっつの学期にわかれ、それぞれの期間に、『期末』と『中間』の実力試験がある。【表】の『中等学校』や、『高等学校』で耳にするのと同じ――。いわゆる、『中間考査』、『期末考査』がこれにあたる。
【学院】では、高等部以下の学生――生徒もまた、これらテストの合格と同時に、休暇の開始をゆるされている。――ただし、大学部生とちがって宿題は出る。それは『選択科目』において、大学部の講義を選んだ場合もである。同じ講義を取っている『大学部生』は、無いにもかかわらず。
というのも、高等部までは、『出席点』や『提出物』が、成績に大きく影響した。大学部では、試験の点数のみでちからをはかる傾向がつよいが、高等部までは、一種の『救済措置』として、出席日数や、提出物における『点数』の比重を、大きく振っている先生が多数派なのだ。
――とりわけ長期のやすみにおける課題は、つぎの学期(二学期)における成績に強く響く。よほどまめに出席し、なおかつ『ペーパー・テスト』や『実技試験』に自信がなければ、無視するとあっけなく『落第』するていどには。
そして、和泉の弟子である永城 壮馬は、「テストむずい」、「出席めんどい」という体たらくだった。
要は、サボリ魔の赤たろうである。
和泉は、年上の弟子をほうけた顔で見上げた。
あらためて考えると「とんでもねーやつだ」と思ったのだ。悪い意味で。
「ちょっと、待ってろ」
悩んだが、部屋の書架まで行って、和泉は出席簿を取った。自分が担当している講義のひとつ、『精神魔術基礎』だ。
【学院】の大学部生は、前期と後期でカリキュラムが変わるため、半期で成績は消化される。が、高等部の生徒は、一年間の通算成績で、その年度の単位取得――および『昇級』が決まる。
(半分くらい授業に出てたら、考えてもおおおおああああああ!?)
和泉はさけんだ。
「おまえ、ふざけろ! 一回もオレの講義、出てねえじゃねえか!」
「せーやーかーら、こうして『単位くれ』言いに来てるんやないか。いまから提出点とか稼いだところで、もーどーにもなれへんもん。テストはオレ、からっきしやし」
「ずうずうしいを通りこして――」
――サイテーだぞおまえ!
と喚きたいのを、和泉はグッと堪えた。
弟子の不備は、師匠の不備。
自分の指導力不足なのだ。
罵倒のかわりに、
「……わ。わかった」
と和泉は告げた。
「マジで?」
破顔する永城。
「言うてみるもんやな」
和泉は頭をかかえて、台所に指を向ける。
「わかったから、おまえ今から昼飯つくれ」
「はあ!?」
すっとんきょうな声をあげて、永城はつかみかかった。和泉に。
「なんで好きでもないやつ……。しかも『雄』のためなんかにメシ作ったらなあかんねん!」
「おまえ何気に男に対してあたりキツイよな……」
「あたりまえやろ!」
――ギリギリッ。
和泉の胸倉をつかみながら、永城。
「でも、」
その手から、徐々にちからがなくなる。
「センセーに飯つくったらな、オレ、宿題やらなあかんのか。授業も出なあかんくなるのか」
「そこまで悩むようなことか?」
「小一時間も人のはなし聞いてられへん。ねむたなんねん」
「気持ちはわかるけどな」
チクタク。
時計の針が、和泉を急かす。
「で? 作んの? 作らないの? って、あんまりボヤボヤしてられないんだった!」
カリオストロは、今こうしているあいだにも町で暴れている。それに、茜の動向もある。
和泉は本棚に取りつき、鉱物の参考書を探しはじめた。
どっかんばったん。
ひっくり返す勢いである。
「カンタンなんでええか?」
うるさい『研究室』から、台所へと永城は逃げていく。
「パンとかでもあり?」
「最悪トーストとコーヒーでもいい」
「ラクなやっちゃなー」
冷蔵庫を開けて、なかみを確認しながら永城は眉をひそめる。
「せやけどそれは、作る者としてのプライドが許さん」
「でも、オレも急いでるからな」
「冷ごはんあった」
永城はひとり用の土鍋に保管していた白米を持って、台所から『師』に言った。
「チャーハンでええか? それかオムライス?」
「どっちでもいい」
「ほなチャーハンな」
【魔鉱石】を利用した道具である【冷蔵庫】と、【ふたくちコンロ】のまわりをガチャガチャやって、永城が調理に取りかかる。




