31.こてんぱん
・前回のあらすじです。
『【魔法の世界】の、医療についての説明』
「どうも。ダルク先生」
「おうっ! ひさしぶりだな和泉先生!」
【ジョン・ダルク】助教。
――十五世紀に活躍した、「オルレアンの乙女」こと、『ジャンヌ・ダルク』の子孫だ。
『百年戦争』期に、フランスの劣勢をくつがえしたものの、その後火刑に処されたジャンヌだが、実際は身代わりをたてて逃げおおせていた。
その後、【魔術】に造詣の深かった『ジル・ド・レー』と共に【裏】へと逃げこみ、【魔術師】としての生涯をこちら側で過ごす。
灰色の巻き毛に、盛り上がった筋肉の巨漢、ダルク助教とは、和泉は何度か【学舎】で会っていた。
和泉が学生だったころも、挨拶を交わしていたし、彼の講義にも参加したことがある。
――最近でも、『夏期集中講義』の関係で、廊下や食堂で顔を見かけることはままあった。
和泉が南部に出かけていた時期もあったものの、「ひさしぶり」と声高らかに言われるのは気がひける。
「【学舎】でちょくちょく会ってたかと」
「そうか。忘れてた! 影が薄いからなあ、和泉先生は!」
気にしていることを「はっはっは!」と笑って言われ、和泉は内心ヘコんだ。
が、とりあえずそれはスルーする。
「ダルク先生も、ひょっとして?」
「ああ」
ダルクは包帯を巻いた太い首を縦に動かした。ギプスで固めたゴツイ片脚は三角巾で吊っていて、ちょっとした動きもつらそうだ。
「カリオストロは、俺のクラスの生徒でな。元気がいいのは良いことだが、ちょっと、おてんばでな」
「そういうレベルでしょうか」
「ああ」
(度がすぎてるって思うんだけどなあ)
「学院長先生も、こてんぱんにされちまってなあ」
「え?」
和泉は耳を疑った。
――学院長。史貴 葵が? 『ひばりの技法』も使える一流の魔女が、生徒なんかに? ――
「あれ? 聞いてなかったのか?」
和泉の疑念をよそに、ダルクはつづける。
「俺と史貴学長のふたりがかりでカリオストロを抑えに掛かったんだが、瞬殺だったって話しよ」
「まさか」
「ほんとほんと」
ダルクは手を振って、和泉を遮る。
「まあ、学院長のほうは俺がかばったってのもあって、ケガはいくらかマシだったけどな。にしても、ガレノス医師に『三日は安静だよ』って言われたのを、こっそり帰っちまったあたり、なかなか根性のある娘さんだぜ」
「それ、本当なんですか?」
「マジだってば。俺あてっきり、どっかで聞いたもんかと」
「いえ。なにも……」
「そうか。――あ」
「どうしたんですか?」
「そーいや俺、史貴先生に、ほとぼりがさめるまで『黙ってろ』って言われてたんだったな」
「やばくないですか?」
「いやあ。和泉先生ものされた仲だし。問題ないだろ!」
「大ありですよ」
「じゃ、口裏あわせてくれ」
豪快に笑って、ダルクはごまかした。ひとしきり「わはは――ゴフッ! ゲフッ」と噎せてから。
「俺は、言ってない。きみは勝手に、誰かからの風の頼りで、知ってしまった」
(そんなんで騙せるかなあ)
思いつつ、和泉はベッドからおりた。額には包帯が巻いてある。腕や脚には、ガーゼが貼られていた。服はダルクのような診察衣ではなく、私服――Tシャツにロングパンツすがたのまま。上着の【黒法衣】は、近くのキャビネットに畳んで置いてある。
ガレノスは「安静に」と言ったが、ケガはたいしたことない。「これ以上深手を負うまねをしてわずらわせるな」という意味だろう。と和泉は受けとった。
「綻びを紡ぐ、医神の祝」
呪文を唱えて、頭の痛みを治す。タンコブは完全には治らなかったが、鈍痛はいくらか引いた。
――点滴はない。
時計も、外の景色も、パーティションによってここからでは確認できないため、【トリス】の町での戦いのあと、どれだけ経ったかはわからない。
(まさか一日中寝てたってことはないだろ)
法衣を羽織って、病室をぬけようとすると、ダルクが声をかけた。
「出てくのか?」
「はい」
「動いて大丈夫なのか?」
「先生ほど大ケガじゃないんで」
「そうか。しっかし、学長のこと、【賢者】さまの耳に入ったら大変だな」
「なんでですか?」
「そりゃあ、身内がフッ飛ばされたなんて知ったら、黙っちゃいないだろ」
ダルクは、分厚い唇でうなった。
「茜は……。でも、学長と仲、悪いんじゃないですか?」
「そうか?」
「ええ……。あんまり、そういうので怒るやつにも見えないですけど」
「んー」
言いつつも、和泉はなんとなく――。本当になんとなく、クラリスが心配になる。
「まあ。そう言われてみれば、そんな気もしてきたな」
ダルクはあまり頓着しなかった。すると宙ぶらりんになった不安が、和泉のなかでひとり歩きする。
(茜に限って、まさかとは思うけど)
――クラリスの拿捕を急ごう。
どちらにせよ、彼女はひっとらえないといけない。
(なるべく早目にな)
ただそのためには、彼女の身につけている、【災厄の首飾り】をなんとかしなければ。
「和泉先生」
「はい」
「ひょっとして、またカリオストロの所に行くのか?」
「そのつもりです」
「うーん。なら、俺こそ行くべきだよな。担任として」
「いや、足折れてるじゃないですか。ダルク先生は、おとなしくしといてください。オレはまだ全然、動けますんで」
「わるいなあ。――あ。そうそう」
ダルクがぽんっと手をかるく打った。
「『チャコ』って言ったか。あのメイドさん」
「はあ……」
「ここに来た時に、ちょっと話したんだがな。なんでも、『主人の遣いで、調べものする』とか言ってたぞ」
「それで?」
「カリオストロに対抗できる魔術でも、見繕ってもらったらどうだ? もののついでにさ」
「……。遠慮しときます」
茜の【使い魔】の女性、チャコは、和泉の苦手とする人だ。
(調べものっつったら、たぶん、【図書館塔】だよな)
そう見当をつけて、和泉は病室から出ていく。「絶対に図書館塔には近づかないでおこう」と決めて、別ルートで、首飾りの攻略法を探りに行く。




