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鉄と真鍮でできた指環 《3》 ~災厄の首飾り~  作者: とり
 第2幕 災厄(さいやく)の首飾り
28/59

28.やきいもの燃料(ねんりょう)




   ・前回のあらすじです。


   『【賢者けんじゃ】の【使つか】のチャコが、【自衛団じえいだん】に、気絶した和泉いずみをおしつけられる』










   〇



 ふもとの(まち)からのぼる煙は、山腹(さんぷく)の【学院】からは見えなかった。

 【学舎(がくしゃ)】から、森林をはさんだエリアに建つ【宿舎(しゅくしゃ)】は平穏そのもの。

 外の高原では、【学生寮(がくせいりょう)】から飛びだして、『夏季休暇(きゅうか)』の最終日(さいしゅうび)謳歌(おうか)する学生たち、教員(きょういん)たちがいる。

 宿舎女子(じょし)棟もまた、そうしたおだやかさのなかにあった。

 モップでき掃除をしていた、黒髪(くろかみ)女性(じょせい)――【使(つか)()】のノワールが、主人と世間話に(きょう)じている。もっとも、彼女の場合、たとえ近所(きんじょ)で連続殺人事件が起こっていても、『きのうの夕飯(ゆうはん)』くらいの話題を持ちだしそうなものなので、おだやかさの基準(きじゅん)にはならないのだが。

 年のはじめには寝室にあったはずのベッド。『十日戎(とおかえびす)』をすぎたあたりから、研究室(けんきゅうしつ)にもどっていたそれのうえで、ねっころがって『論文(しゅう)』を読みふける魔女(まじょ)に、ノワールは言った。

「あんたさー、『クララ』っておぼえてる?」

「『アルプスのなんちゃら』に出てくる?」


 ゆかをモップがけする使い魔に、主人――ブロッケンはかえした。もちろんジョークのつもりであり、ノワールも心得(がお)で、てきとうにながす。

「だったらいいわよね。おとなしいもの。じゃなくて、ほら、」

「カリオストロでしょ。わかってるわよ」

「じゃ、なーんでふつーにかえさないのよ」

「思い出したくないから」


 ごろん。

 ノワールにおしりをむけて、ブロッケンは鉱物学の新説に()をとおす。切りくちは斬新ざんしんだが、来週にはぽい捨てされるたわごとだ。いくら『学術(がくじゅつ)文献ぶんけん』といっても、でたらめな内容(ないよう)はいくらでもあるし、書いているすべての学者(がくしゃ)が、持論をほんきで信奉(しんぽう)しているわけではない。

「とにかく、そのクララよ」

 ノワールは話題をかえずにつづける。

「あの子がさー、(まち)であばれまわってんだって。で、あんたとなかよしの学院長(がくいんちょう)先生が、手えやいてんだってさ」

「なかよかないっつーの。てか、どーでもいいわよ。カリオストロも、(あおい)も」

「あら。おことばね。あのふたり、もめてんのよ」

 ノワールの手が止まる。拭き掃除をやめて、モップの()を杖みたいにして、彼女は自分の身体をささえた。

「まあ。カリオストロが一方(いっぽう)的にキレちゃっただけみたいだけど。でもねー、あんたが無関心(むかんしん)きめこむのはねー」

「……はなしがみえないわね」


 (ほん)からは()をはなさずに、ブロッケン。これは「本気できく気がない」か、でなければ「本気でききたくない」か。

 どちらにせよ、このんで逆鱗(げきりん)にふれるしゅみは持たないノワールである。おとなしく掃除を再開しようとした。

「ねえー、」

 黒髪(くろかみ)少年(しょうねん)が、とたとた寝室からやってくる。(あたま)にタオルをまいて、手にぞうきんを持っているのは、彼もまたこの部屋の掃除をてつだっていたからだ。相当いやがったけれど、事前に(ちゃ)とおかしを食わせたので、強制(きょうせい)はしやすかった。

女史(じょし)の部屋から、こんなの出てきたんだけどー」

 ぞうきんとはちがうほうの手には、何枚(なんまい)かの手紙(てがみ)がずらっとはさまれていた。いずれも開封ずみ。『差出人さしだしにん』はばらばら。クロはベッドでごろごろする魔女(まじょ)にきく。

「これなんなの? クローゼット整理しようとしたら、ドザーってくずれてきてさあ」

「『やきいもの燃料(ねんりょう)』よ」

「こらー、クロ。女の子の洋服(ようふく)箪笥だんすを勝手にあけるなんてサイテーよ」

 ノワールに怒られて、むくれながらクロはきいた。

「だってたいくつだったんだもん。ボク、お掃除って()かないんだ。ねえ、もう外で遊んできていい?」


 ノワールが、()主人(しゅじん)にへんじをうかがう。

「いいわよ」ブロッケンが嘆息して、(ほん)をとじる。ベッドから()を起こす。「てつだってくれてありがと。ノワール、クロくんに駄賃(だちん)をやってちょうだい」

 (あか)いセミロングをかいて、ブロッケンは、自分の使い魔に命令(めいれい)した。

 ――クロは、ブロッケンの直接(ちょくせつ)の『弟子』にあたる和泉(いずみ)教授(きょうじゅ)の【使い魔】だ。荷物はこびのために、一時(いちじてき)的にあずかっていた。そのながれで、家事のてつだいをしてもらったわけだが……。すこし拘束(こうそく)しすぎた。

 ノワールが、整理(だな)からサイフをさがしてくる。

 クロは『千円』を手にいれた。

「わーい!」

 (あたま)からタオルを取って、ぞうきんと手紙(てがみ)を近くの円卓にほうって、クロはおさつを持って駆けていく。

 ドアをあけて、少年(しょうねん)は廊下に出ていった。さっそく買いものにでも行ったのだろう。

「あの子、お礼も言わずにいきやがったわ……」

「いーわよべつに。それよっか、私もそろそろしたくしなきゃ」

 ブロッケンは、ヘッド・ボードにかけていた【黒法衣(くろほうえ)】を手に取った。立ちあがって、私服のうえからはおる。ちらりと横目(よこめ)で確認すると、壁につった振り子時計は『十時半(じゅうじはん)』を打っていた。


「どこかいくの? 今日からだっけ、仕事」

「やすみ(ちゅう)にフキツな単語たんごつかわないでよ」

「そりゃわるうこざいました」

 片(みみ)をふさいで、のうみそから「仕事」という呪詛(じゅそ)を追いだしながら、ブロッケンは準備(じゅんび)をすすめる。――といっても、くつははきっぱなしだし、法衣(ほうえ)をちょっとゆらして、肩にサイズをあわせる以外、やることはもうないけれど。

「知りあいの子が宿題(しゅくだい)てつだえってゆーから。それを見にいくの」

「信じらんない。あんたが他人のしりぬぐいにわざわざ出向(でむ)くなんて。どーゆー風の吹きまわし?」

「うっさいわねー」

 ノワールのおどけに内心(ないしん)でつばをきながら、ブロッケンは玄関扉へと歩いていく。くちにして気分のいい動機じゃない。

「彼女、このまえ旅行(りょこう)にいってきて、『おみやげがあるから取りにこい』っつーから。そのついでよ」

「ふーん。えさにつられちゃったってわけだ」

「わざわざ神経さかなでする言いかたしないでよ。ただそれだけならことわったわよ。みやげだけもらって」

「ほかになんか、あるわけ?」

 いたずらっぽくモップにもたれかかって、ノワールは(あお)った。


「不遇なのよ。彼女」

 あいてのペースにのまれているとわかっていても、ブロッケンはくちを開く。中途半端(ちゅうとはんぱ)にきりあげても、こちらが不完全燃焼(ねんしょう)終始(しゅうし)して、ただ不快感がつのるだけだ。

「レポートとかは、いちおう、資料(しりょう)の整理くらいはやってんだろーけどさ。研究内容(けんきゅうないよう)教員(きょういん)一部(いちぶ)不評(ふひょう)で、受け取りも拒否(きょひ)されるってことがあるみたいなの。とくに【(おもて)】出身の魔術師(まじゅつし)は、()()()()のきらいがあるから」

「『うまがあわない』ってことね。それで?」

「だから、研究対象(たいしょう)そのものを妥協(だきょう)してもらったり、表現(ひょうげん)をぼかしたりして、提出点(ていしゅつてん)をギリかせげるようにしたいわけ。はっきり言って、かわいそうよ。じぶんの好きなこと否定されつづけてるんだもん。そりゃ、あの子のしゅみがわるいってのはあるけどさ……。私としても、頭ごなしの拒否ってむかつくし。ちったあたすけてやっても、ばち当たらないかなって」

「ふーん」

 ノワールはうすい反応(はんのう)をかえした。知りたいことは知ったから、興味(きょうみ)が失せたのだ。

 腕をのばして、ノワールはクロがテーブルに()いていった手紙(てがみ)を取る。まとめて手に持って、ブロッケンにみせた。


「そうそう、これどーする? 『やきいもの燃料(ねんりょう)』だっけ?」

「もとの場所(ばしょ)にもどしといて」

 法衣(ほうえ)をひるがえして、ブロッケンは部屋をでていった。

 主人(しゅじん)が部屋からいなくなってから、ノワールは手紙のいち(まい)をあける。()んで、「うはははは」と笑った。






             (第2幕:『災厄さいやくの首飾り』おわり)
















         読んでいただき、ありがとうございました。






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