28.やきいもの燃料(ねんりょう)
・前回のあらすじです。
『【賢者】の【使い魔】のチャコが、【自衛団】に、気絶した和泉をおしつけられる』
〇
ふもとの町からのぼる煙は、山腹の【学院】からは見えなかった。
【学舎】から、森林をはさんだエリアに建つ【宿舎】は平穏そのもの。
外の高原では、【学生寮】から飛びだして、『夏季休暇』の最終日を謳歌する学生たち、教員たちがいる。
宿舎女子棟もまた、そうしたおだやかさのなかにあった。
モップで拭き掃除をしていた、黒髪の女性――【使い魔】のノワールが、主人と世間話に興じている。もっとも、彼女の場合、たとえ近所で連続殺人事件が起こっていても、『きのうの夕飯』くらいの話題を持ちだしそうなものなので、おだやかさの基準にはならないのだが。
年のはじめには寝室にあったはずのベッド。『十日戎』をすぎたあたりから、研究室にもどっていたそれのうえで、ねっころがって『論文集』を読みふける魔女に、ノワールは言った。
「あんたさー、『クララ』っておぼえてる?」
「『アルプスのなんちゃら』に出てくる?」
床をモップがけする使い魔に、主人――ブロッケンはかえした。もちろんジョークのつもりであり、ノワールも心得顔で、てきとうにながす。
「だったらいいわよね。おとなしいもの。じゃなくて、ほら、」
「カリオストロでしょ。わかってるわよ」
「じゃ、なーんでふつーにかえさないのよ」
「思い出したくないから」
ごろん。
ノワールにおしりをむけて、ブロッケンは鉱物学の新説に目をとおす。切りくちは斬新だが、来週にはぽい捨てされるたわごとだ。いくら『学術文献』といっても、でたらめな内容はいくらでもあるし、書いているすべての学者が、持論をほんきで信奉しているわけではない。
「とにかく、そのクララよ」
ノワールは話題をかえずにつづける。
「あの子がさー、町であばれまわってんだって。で、あんたとなかよしの学院長先生が、手えやいてんだってさ」
「なかよかないっつーの。てか、どーでもいいわよ。カリオストロも、葵も」
「あら。おことばね。あのふたり、もめてんのよ」
ノワールの手が止まる。拭き掃除をやめて、モップの柄を杖みたいにして、彼女は自分の身体をささえた。
「まあ。カリオストロが一方的にキレちゃっただけみたいだけど。でもねー、あんたが無関心きめこむのはねー」
「……はなしがみえないわね」
本からは目をはなさずに、ブロッケン。これは「本気できく気がない」か、でなければ「本気でききたくない」か。
どちらにせよ、このんで逆鱗にふれるしゅみは持たないノワールである。おとなしく掃除を再開しようとした。
「ねえー、」
黒髪の少年が、とたとた寝室からやってくる。頭にタオルをまいて、手にぞうきんを持っているのは、彼もまたこの部屋の掃除をてつだっていたからだ。相当いやがったけれど、事前に茶とおかしを食わせたので、強制はしやすかった。
「女史の部屋から、こんなの出てきたんだけどー」
ぞうきんとはちがうほうの手には、何枚かの手紙がずらっとはさまれていた。いずれも開封ずみ。『差出人』はばらばら。クロはベッドでごろごろする魔女にきく。
「これなんなの? クローゼット整理しようとしたら、ドザーってくずれてきてさあ」
「『やきいもの燃料』よ」
「こらー、クロ。女の子の洋服箪笥を勝手にあけるなんてサイテーよ」
ノワールに怒られて、むくれながらクロはきいた。
「だってたいくつだったんだもん。ボク、お掃除って向かないんだ。ねえ、もう外で遊んできていい?」
ノワールが、眼で主人にへんじをうかがう。
「いいわよ」ブロッケンが嘆息して、本をとじる。ベッドから身を起こす。「てつだってくれてありがと。ノワール、クロくんに駄賃をやってちょうだい」
赤いセミロングをかいて、ブロッケンは、自分の使い魔に命令した。
――クロは、ブロッケンの直接の『弟子』にあたる和泉教授の【使い魔】だ。荷物はこびのために、一時的にあずかっていた。そのながれで、家事のてつだいをしてもらったわけだが……。すこし拘束しすぎた。
ノワールが、整理棚からサイフをさがしてくる。
クロは『千円』を手にいれた。
「わーい!」
頭からタオルを取って、ぞうきんと手紙を近くの円卓にほうって、クロはおさつを持って駆けていく。
ドアをあけて、少年は廊下に出ていった。さっそく買いものにでも行ったのだろう。
「あの子、お礼も言わずにいきやがったわ……」
「いーわよべつに。それよっか、私もそろそろしたくしなきゃ」
ブロッケンは、ヘッド・ボードにかけていた【黒法衣】を手に取った。立ちあがって、私服のうえからはおる。ちらりと横目で確認すると、壁につった振り子時計は『十時半』を打っていた。
「どこかいくの? 今日からだっけ、仕事」
「やすみ中にフキツな単語つかわないでよ」
「そりゃわるうこざいました」
片耳をふさいで、のうみそから「仕事」という呪詛を追いだしながら、ブロッケンは準備をすすめる。――といっても、靴ははきっぱなしだし、法衣をちょっとゆらして、肩にサイズをあわせる以外、やることはもうないけれど。
「知りあいの子が宿題てつだえってゆーから。それを見にいくの」
「信じらんない。あんたが他人のしりぬぐいにわざわざ出向くなんて。どーゆー風の吹きまわし?」
「うっさいわねー」
ノワールのおどけに内心でつばを吐きながら、ブロッケンは玄関扉へと歩いていく。くちにして気分のいい動機じゃない。
「彼女、このまえ旅行にいってきて、『おみやげがあるから取りにこい』っつーから。そのついでよ」
「ふーん。えさにつられちゃったってわけだ」
「わざわざ神経さかなでする言いかたしないでよ。ただそれだけならことわったわよ。みやげだけもらって」
「ほかになんか、あるわけ?」
いたずらっぽくモップにもたれかかって、ノワールは煽った。
「不遇なのよ。彼女」
あいてのペースにのまれているとわかっていても、ブロッケンはくちを開く。中途半端にきりあげても、こちらが不完全燃焼に終始して、ただ不快感がつのるだけだ。
「レポートとかは、いちおう、資料の整理くらいはやってんだろーけどさ。研究内容が教員の一部に不評で、受け取りも拒否されるってことがあるみたいなの。とくに【表】出身の魔術師は、けっぺきのきらいがあるから」
「『うまがあわない』ってことね。それで?」
「だから、研究対象そのものを妥協してもらったり、表現をぼかしたりして、提出点をギリかせげるようにしたいわけ。はっきり言って、かわいそうよ。じぶんの好きなこと否定されつづけてるんだもん。そりゃ、あの子のしゅみがわるいってのはあるけどさ……。私としても、頭ごなしの拒否ってむかつくし。ちったあたすけてやっても、ばち当たらないかなって」
「ふーん」
ノワールはうすい反応をかえした。知りたいことは知ったから、興味が失せたのだ。
腕をのばして、ノワールはクロがテーブルに置いていった手紙を取る。まとめて手に持って、ブロッケンにみせた。
「そうそう、これどーする? 『やきいもの燃料』だっけ?」
「もとの場所にもどしといて」
法衣をひるがえして、ブロッケンは部屋をでていった。
主人が部屋からいなくなってから、ノワールは手紙の一枚をあける。読んで、「うはははは」と笑った。
(第2幕:『災厄の首飾り』おわり)
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