27.もーおそい
・前回のあらすじです。
『和泉が、カリオストロから恨みを買う』
〇
地ひびきがした。
メイド服の女性が、足を取られて立ち止まる。
トリスの町の、『北門』へとつづく橋である。
彼女――チャコは、お堀にかかった石橋から、住宅街にもうもうとあがる黒煙を、遠くに臨んでいた。
チャコは、【魔術師】と契約をかわした動物、【使い魔】である。正体は小型の『柴犬』で、性質もその種にふさわしく、忠義が高い。しかし、主人につくす一方で、それ以外のものに対して排他的になる傾向がつよかった。
それは本人も自覚していることだが、人間の性格がガンとしてなおらないのと同様に、矯正するのはむずかしい。
チャコは主人のいいつけで、【学院】をめざしていた。彼女の契約者である【賢者】は「転移魔法で送る」と言いはったが、それは断固として拒否した。
【賢者】がおさないころからそばでつかえ、成長を見守ってきたこの|忠犬は、まだ主人の才能が開花するよりまえ――失敗をかさねていたころに、一度だけ、【転移の魔術】を徹底的に失敗したさまをみて、トラウマになってしまったのだ。
術者自身の『事故』もよく聞くが、他者にワープを行使したときの事故も、年にかぞえるほどはある。
幼少期の主人が起こしたのは、ねずみを使った練習による失敗だったが、あまり思い出して気分のいいものではない。言える分だけをつたえるなら、「しばらくミンチを使う気になれなかった」といったところか。
愛すべき主人に、転移をこばんだことを内省しつつ、チャコはふたたび駆けだそうとした。
「ん?」
ひゅるるるるー。
風をきる音がして、空を見あげる。黒い尾をひいて、太陽と入道雲を背景に、なにかが飛んできた。
――鳥? くろい――。
(からす?)
思ったがはやいか、それはくるくる回転しておちてきた。
なすすべもなく――それが『人間』と気づいたときにはもうおそく――チャコの、ホワイトブリムをのせた茶色い頭と、黒衣の人間の頭が、にぶい音をたててぶつかった。
「ぴっ!!」
重力加速度をともなった人間……。それも、成人男性ひとり分の質量をまともに受けて、チャコはたおれる。
灰色の石橋に、こぶをつくったメイド服の女と、ぐるぐる目をまわしたサングラスの男が、なかよく横たわった。
「な、なに?」
さきに意識を取りもどしたのはチャコだった。
「……これは、」
くらくらする頭をかかえて、起きあがる。立ちあがるまでには気分は回復しておらず、ぺたんと座りこむかたちになった。
明滅する視界に、ちかちか、星が飛ぶ。
かぶりをふって、チャコはピントを合わせた。茶色い両目に、白髪の見知った男がうつる。ほんのり全身を焼いて、無防備にくちをあけて、気絶している。
「和泉さま?」
――どうして彼が?
疑問していると、近くに人影が立った。青いユニフォームをまとった、【自衛団】のメンバー。
「ありゃー」
「やっぱ、だめだったか」
いちばん最初に声を発したのは、赤毛で顎鬚をたくわえた、中年の男だった。
「ダルク先生の二の舞っすね」
若い団員がいっしょになって、顎鬚の男と立ったまま、白髪の青年――和泉をのぞきこんでいる。
顎鬚男の目が、チャコを向いた。
「あんたは? ひょっとして、【賢者】さまといっしょにいたメイドさん?」
「はい」
チャコは服をはたいて立ちあがった。町をふらついていたときに自衛団とすれちがったが、あのときの面々に彼らもまざっていたのだろう。
顎鬚の男は、人のよさそうな顔をにがい笑みにした。
「爆発犯をつかまえるのに、ちからを貸してくれないかなあ。強いんでしょう? 【賢者】さまは。どうして院長先生は、打診してくれないの」
(そういえば……)
チャコは顎鬚男のことばに考えこんだ。が、すぐに理由に思いいたる。
ホット・ドッグ屋の店主からきいた事情をかんがみれば、【賢者】に協力の要請がこない――むしろ、積極的にかくそうとしているのも、わかるはなしだった。
――学院長は、へんなところでプライドが高い。
チャコは男にこたえた。なるべく、内情はさとられないように。
「協力はするつもりはありませんが、いま、主人は件の犯人をとらえるつもりで動いています。私もその関係で用を言いつかり、【学院】へつかいにいくところです」
「そうなの? 【学院】に?」
「はい」
顎鬚の男は、近くにいた団員に呼びかけて、荷車を持ってこさせた。ゴム製のタイヤがひとつついた、土建屋が使うような一輪車だ。それをチャコにさしだして、顎鬚の男は笑った。
「じゃ、そこの先生もつれてってやってよ。あるんでしょ? 【病棟】」
男は一輪車のハンドルをメイドの女性に押しつけた。
複数の団員によって荷台につまれた、あまり仲のよくない白髪の【魔術師】を見おろして、「とんだ失言だった」と、チャコは自分の発言を後悔した。




