26.なつやすみの宿題(しゅくだい)
・前回のあらすじです。
『カリオストロが、【魔術】の反動で、下水道におちる』
ぱっぱ。
服のよごれをはたいて、ウォーリックは立ちあがった。
ブーツのしたで、かわらの屋根がカタンと鳴る。
広場から、魔術の爆発による粉塵が、煤くささをはこんでくる。
ウォーリックは和泉にむきなおった。
「では、教授。わたくしはこれで」
呪文もなく――。『ひばりの技法』で魔術を展開し、ウォーリックは空にうかぶ。
となりの家の屋根から、空に浮上する少女に、和泉はむなしく手をのばした。
「ちょっと待ってくれ。あいつをほっていくのかよ」
「クラリスのことですの?」
「ああ」
「『わたくしがあいてにする義理はない』と、もうしましたが」
「うらみ買ってるじゃないか」
「と、いわれても、」あきれつつも、ウォーリックは、和泉のそばに降り立った。「わたくしにも、つごうがありますので」
露骨にめんどうそうな表情をしていても、完全にあいてを無視しないのがこの少女のいいところだ。と和泉は思っている。
和泉はウォーリックにきいた。
「『つごう』って? どうしてもやらなきゃならないことか?」
「夏やすみの宿題がのこっていますの」
「あー」
和泉は腕組みして、なやましく頭をひねった。
史貴学長に、カリオストロの保護をたのまれた和泉である。しかし、広場を一瞬で荒野にかえる魔力――それを実現させてしまえる、ブリーシンガメンという魔法の首飾りの存在に、すっかりすくみあがっていた。
多少の取りひきをしてでも、目のまえにいる魔女の協力を取りつけたい。彼女の腕には、――性格は置いておいて――和泉は、大きな信用を置いている。
「宿題って? あと、どれくらいのこってるんだ? ひょっとして、オレの講義も取ってた?」
高等部生になると、【学院】のカリキュラムは、『選択科目』が飛躍的に多くなる。和泉の専門とする、『精神魔術』や、その基礎理論の講習も履修できるようになっており、夏やすみの課題として、和泉はかんたんなレポートの作成を出していた。
ウォーリックが仕事をてつだってくれるなら、じぶんの出した課題については免除しようと考えている。
ウォーリックは答えた。
「取ってません。あと、宿題は、まるっとぜんぶのこっている状態です」
「なんでちょっとずつやらなかったんだ!」
「なぜ?」
「あん??」
「わたくしの貴重なバカンスを、なんの益体もない紙くずの作成に費やさなければならないのです」
「……。でも、やるんだろ? いちおう」
「及第点ていどには。まあ、てつだってくれるかたもいますから、ご心配なく」
「あっ、こら!」
一方的にはなしを打ちきって、ウォーリックは、入道雲の高い青空に飛んでいく。
彼女の毛ぎらいする『宿題』をだす立場の和泉としては……。なんというか、いたたまれない。
(まあ、オレの授業は取ってないっていってたし……。いいんだけどさ)
ウォーリックを『協力者』に引きこめられず、和泉は肩をおとした。
ぷうん。
と、どこからかドブのにおいが香る。
「ふっ、」
声にゆっくり振りむくと、となりの屋根に、いつのまにか、ずぶぬれの女の子が立っていた。カリオストロである。
「たかが夏やすみの宿題にうつつをぬかすとは、なさけない」
クララ・モリス・B・カリオストロは、目元までかかった前髪をはらって微笑んだ。金のボブショートも、フランス人形みたいなおべべも、胸元の首飾りも、にごった液体をぼたぼたとしたたらせている。
異臭は彼女からただよっていた。
(うう。くせえ……)
和泉はうんざりしつつ、問う。
「カリオストロ……。出てこれたのか。下水道から」
「【転移の魔術】で一発でしたわ。――ああ、それと、和泉先生。わたくしのことは、どうぞお気軽に『クラリス』と」
「じゃあ、クラリス」
カリオストロの言葉にあまえて、和泉は愛称で呼ぶことにした。じつは女の子を『ニック・ネーム』で呼ぶなんてはじめてだから、内心で万歳三唱しつつ。
「クラリスはもう宿題おわってるのか? なんか、よゆうのよっちゃんみたいだけど」
「おーっほっほっほっ!!! とーっぜん!」
可憐なくちもとに手をあてて、カリオストロはひとしきり笑った。
「一ミリもやってませんわ!」
「やれよ」和泉はがっくりうなだれて、注意する。「あしたから学校なんだぞ。いますぐ帰って、やんなさい」
「いやです」
「は?」
完膚なきまでに拒否されて、和泉は二の句がつげなかった。そうこうしているうちに、カリオストロは、背負っていた段ボール製の『太陽』を、じゃまだと判断したのだろう、「よっこいしょ」とおろして、地面にけりおとす。
「そんなことより、和泉先生」
ずびし!
堂々とおこなった『不法投棄』はいっさい無視して、カリオストロは、ちいさな体躯をかまえなおした。和泉を指さす。
「ついでながら、あなたもわたくしの『敵』ですわ!」
「ついででなんでもかんでも敵にまわすなよなー」
ふーんっ、とカリオストロはそっぽをむきかけて、やめた。金色の目を、怨嗟の念にぎらつかせる。
「知らないとは言わせませんわよ」
(な? なんかしたかな……)
彼女は憤然と、パフ・スリーブの肩をそびやかした。
「わたくしのひそかな想い人をかすめとった罪。――万死に、値しますわ!」
「は?」
――ひゅおっ。
サングラスのむこうで目をぱちくりさせると同時。和泉の耳元で、空気が収縮した。
ごがああああああああっ!!!
石の煙突とスレート屋根を、破裂した【空気砲】が爆砕する。
「どーおおあああ!」
呪文も唱えられず、和泉はまともに建物から落下した。
空中でもんどりうって、なんとか、地面に足から着地する。
二階の高さから自由落下してかかるちからは、両足をしびれさせるのにじゅうぶんだった。
じ~ん。
和泉の身体がふるえる。「ぐうううう……!」とうめく。
魔法で重力加速度をムシして、頭上からおりてくるカリオストロを、和泉は目で追った。
荒れた大地に降り立って、カリオストロは、魔術を起動させようと【首飾り】に手をあてる。
和泉はあわててそれをさえぎった。
「まてって! おまえの好きな人って? オレ、まったくこころあたりがないんだが」
「こんな公衆の面前で、そんなこっ恥ずかしいことを公表しろとおっしゃるのですか!?」
(たしかに……)
カリオストロに怒鳴られ、和泉は思った。広場だったクレーターには、町人たちがあつまっている。そのなかには、【自衛団】の人たちのすがたもあった。
少女の危険性を、すでに身をもって知っているのか。団員たちは、遠まきに彼女と和泉のやりとりをながめている。
まがりなりにも和泉は【学院】の教授。そして、学院長じきじきに、カリオストロの対応をまかされた身である。
団員たちは、すべてをこの【学院】の先生に一任しようというこころづもりでいるらしい。
和泉は頭をはたらかせた。
「よくわからんが……」
どうにも、このカリオストロ。彼女が和泉にも矛先をむけたのは、彼女には好きな人があって、その恋路をなんらかのかたちで、和泉がじゃまをしてしまったから。ということらしい。
「じゃあ、クラリス。オレがその――」
和泉は、カリオストロにはなしかけた。なるべく穏便に。
「おまえの好きな人とやらをかえせば、おまえもおとなしく、そこの自衛団なり、学院長なりに、投降してくれるってことなんだな?」
「それとこれとは、はなしがべつです。わたくしの使命は、この世の『悪』をほうむること!」
カリオストロは、傲然と言いはなった。堂々と腕組みをして、胸をはる。
「そしてわたくしは先日、この首飾りを得たことで、ようやくその『正義の使者』たりえたのです! 資格を得たのですわ!」
高笑いする少女に、和泉はなんとなく、思ったことを言った。
「……。けっして、宿題ができてないことからくる焦燥が、おまえを無差別な暴力にかりたててるわけじゃないんだな?」
「………………」
カリオストロはだまった。でもすぐにしゃべった。
「悪、即、斬!」和泉の質問はなかったことにして。「食いにげも、ひったくりも、強引なナンパも、もちろん悪ですが――。この世でもっともゆるされざる『罪』! それがなにか、和泉先生にはおわかりですか?」
むずかしい質問に、和泉は回答をまよった。まじめになやんでから、
「ええと……。殺人とか。ご、強姦とかかなあ」
「のん・のん」
思いつくままに言ったものの、カリオストロは指をふった。ちっ、ちっ、ちっ、と。
(むかつく……)
「わたくしと『あのおかた』の仲を引きさくことですわ! 和泉先生! おかくごを!!」
かっ!!
【災厄の首飾り】が、よどんだ光を解きはなつ。
【トリス】の町の一画に、きょう何度目かの爆炎があがった。
ごごごごご…………。
夏の爽快な晴天に、きのこ雲が立ちのぼる。




