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鉄と真鍮でできた指環 《3》 ~災厄の首飾り~  作者: とり
 第2幕 災厄(さいやく)の首飾り
26/59

26.なつやすみの宿題(しゅくだい)




   ・前回のあらすじです。

   『カリオストロが、【魔術まじゅつ】の反動はんどうで、下水道げすいどうにおちる』







 ぱっぱ。

 服のよごれをはたいて、ウォーリックは立ちあがった。

 ブーツのしたで、かわらの屋根(やね)がカタンと()る。

 広場(ひろば)から、魔術(まじゅつ)爆発(ばくはつ)による粉塵(ふんじん)が、すすくささをはこんでくる。

 ウォーリックは和泉(いずみ)にむきなおった。

「では、教授(きょうじゅ)。わたくしはこれで」


 呪文(じゅもん)もなく――。『ひばりの技法(ぎほう)』で魔術を展開し、ウォーリックは空にうかぶ。

 となりの家の屋根から、空に浮上(ふじょう)する少女(しょうじょ)に、和泉はむなしく手をのばした。

「ちょっと待ってくれ。あいつをほっていくのかよ」

「クラリスのことですの?」

「ああ」

「『わたくしがあいてにする義理はない』と、もうしましたが」

「うらみ買ってるじゃないか」

「と、いわれても、」あきれつつも、ウォーリックは、和泉のそばにり立った。「わたくしにも、つごうがありますので」


 露骨にめんどうそうな表情(ひょうじょう)をしていても、完全にあいてを無視(むし)しないのがこの少女のいいところだ。と和泉(いずみ)(おも)っている。

 和泉はウォーリックにきいた。

「『つごう』って? どうしてもやらなきゃならないことか?」

(なつ)やすみの宿題(しゅくだい)がのこっていますの」

「あー」

 和泉は腕組みして、なやましく(あたま)をひねった。

 史貴(しき)学長(がくちょう)に、カリオストロの保護(ほご)をたのまれた和泉(いずみ)である。しかし、広場(ひろば)一瞬(いっしゅん)で荒野にかえる魔力(まりょく)――それを実現させてしまえる、ブリーシンガメンという魔法(まほう)の首飾りの存在に、すっかりすくみあがっていた。

 多少(たしょう)の取りひきをしてでも、()のまえにいる魔女(まじょ)協力(きょうりょく)を取りつけたい。彼女(かのじょ)の腕には、――性格は置いておいて――和泉は、(おお)きな信用(しんよう)を置いている。


「宿題って? あと、どれくらいのこってるんだ? ひょっとして、オレの講義も取ってた?」


 高等部生になると、【学院(がくいん)】のカリキュラムは、『選択科目』が飛躍(ひやく)的に(おお)くなる。和泉の専門とする、『精神魔術(まじゅつ)』や、その基礎(きそ)理論の講習(こうしゅう)履修(りしゅう)できるようになっており、夏やすみの課題として、和泉はかんたんなレポートの作成を出していた。

 ウォーリックが仕事をてつだってくれるなら、じぶんの出した課題については免除(めんじょ)しようと考えている。

 ウォーリックは答えた。


「取ってません。あと、宿題は、まるっとぜんぶのこっている状態(じょうたい)です」

「なんでちょっとずつやらなかったんだ!」

「なぜ?」

「あん??」

「わたくしの貴重(きちょう)なバカンスを、なんの益体(やくたい)もないかみくずの作成に(つい)やさなければならないのです」

「……。でも、やるんだろ? いちおう」

及第点(きゅうだいてん)ていどには。まあ、てつだってくれるかたもいますから、ご心配(しんぱい)なく」

「あっ、こら!」


 一方(いっぽう)的にはなしを打ちきって、ウォーリックは、入道雲(にゅうどうぐも)の高い青空(あおぞら)に飛んでいく。

 彼女のぎらいする『宿題』をだす立場(たちば)和泉(いずみ)としては……。なんというか、いたたまれない。

(まあ、オレの授業(じゅぎょう)は取ってないっていってたし……。いいんだけどさ)

 ウォーリックを『協力者(きょうりょくしゃ)』に引きこめられず、和泉は肩をおとした。

 ぷうん。

 と、どこからかドブのにおいが(かお)る。


「ふっ、」

 声にゆっくり振りむくと、となりの屋根(やね)に、いつのまにか、ずぶぬれの(おんな)の子が立っていた。カリオストロである。

「たかが夏やすみの宿題にうつつをぬかすとは、なさけない」

 クララ・モリス・(ビー)・カリオストロは、目元(めもと)までかかった前髪(まえがみ)をはらって微笑ほほえんだ。金のボブショートも、フランス人形(にんぎょう)みたいなおべべも、胸元(むなもと)の首飾りも、にごった液体をぼたぼたとしたたらせている。

 異臭(いしゅう)彼女(かのじょ)からただよっていた。


(うう。くせえ……)

 和泉はうんざりしつつ、問う。

「カリオストロ……。出てこれたのか。下水道(げすいどう)から」

「【転移の魔術(まじゅつ)】で一発(いっぱつ)でしたわ。――ああ、それと、和泉(いずみ)先生。わたくしのことは、どうぞお気軽(きがる)に『クラリス』と」

「じゃあ、クラリス」

 カリオストロの言葉(ことば)にあまえて、和泉は愛称(あいしょう)()ぶことにした。じつは女の子を『ニック・ネーム』で呼ぶなんてはじめてだから、内心(ないしん)万歳(ばんざい)三唱(さんしょう)しつつ。


「クラリスはもう宿題おわってるのか? なんか、よゆうのよっちゃんみたいだけど」

「おーっほっほっほっ!!! とーっぜん!」

 可憐なくちもとに手をあてて、カリオストロはひとしきり笑った。

(いち)ミリもやってませんわ!」


「やれよ」和泉はがっくりうなだれて、注意(ちゅうい)する。「あしたから学校なんだぞ。いますぐ帰って、やんなさい」

「いやです」

「は?」

 完膚(かんぷ)なきまでに拒否(きょひ)されて、和泉は()の句がつげなかった。そうこうしているうちに、カリオストロは、背負せおっていた段ボール製の『太陽(たいよう)』を、じゃまだと判断(はんだん)したのだろう、「よっこいしょ」とおろして、地面(じめん)にけりおとす。


「そんなことより、和泉先生」

 ずびし!

 堂々とおこなった『不法投棄(ふほうとうき)』はいっさい無視(むし)して、カリオストロは、ちいさな体躯をかまえなおした。和泉(いずみ)を指さす。

「ついでながら、あなたもわたくしの『敵』ですわ!」

「ついででなんでもかんでも敵にまわすなよなー」


 ふーんっ、とカリオストロはそっぽをむきかけて、やめた。金色の()を、怨嗟(えんさ)(ねん)にぎらつかせる。

「知らないとは言わせませんわよ」

(な? なんかしたかな……)

 彼女(かのじょ)は憤然と、パフ・スリーブの肩をそびやかした。

「わたくしのひそかな(おも)い人をかすめとった(つみ)。――万死(ばんし)に、(あたい)しますわ!」

「は?」


 ――ひゅおっ。

 サングラスのむこうで目をぱちくりさせると同時。和泉(いずみ)耳元(みみもと)で、空気が収縮(しゅうしゅく)した。

 ごがああああああああっ!!!

 石の煙突とスレート屋根(やね)を、破裂(はれつ)した【空気(ほう)】が爆砕(ばくさい)する。

「どーおおあああ!」

 呪文(じゅもん)(とな)えられず、和泉はまともに建物(たてもの)から落下した。

 空中(くうちゅう)でもんどりうって、なんとか、地面(じめん)(あし)から着地する。

 ()階の高さから自由(じゆう)落下してかかるちからは、両足(りょうあし)をしびれさせるのにじゅうぶんだった。


 じ~ん。

 和泉の身体がふるえる。「ぐうううう……!」とうめく。

 魔法(まほう)重力(じゅうりょく)加速度をムシして、頭上からおりてくるカリオストロを、和泉(いずみ)は目で()った。

 ()れた大地に降り立って、カリオストロは、魔術を起動させようと【首飾り】に手をあてる。

 和泉はあわててそれをさえぎった。

「まてって! おまえの()きな人って? オレ、まったくこころあたりがないんだが」

「こんな公衆(こうしゅう)面前(めんぜん)で、そんなこっずかしいことを公表(こうひょう)しろとおっしゃるのですか!?」

(たしかに……)

 カリオストロに怒鳴(どな)られ、和泉は思った。広場(ひろば)だったクレーターには、町人(まちびと)たちがあつまっている。そのなかには、【自衛団(じえいだん)】の人たちのすがたもあった。


 少女(しょうじょ)の危険性を、すでに()をもって知っているのか。団員たちは、(とお)まきに彼女と和泉のやりとりをながめている。

 まがりなりにも和泉は【学院】の教授(きょうじゅ)。そして、学院長じきじきに、カリオストロの対応(たいおう)をまかされた身である。

 団員たちは、すべてをこの【学院】の先生に一任(いちにん)しようというこころづもりでいるらしい。

 和泉(いずみ)は頭をはたらかせた。

「よくわからんが……」

 どうにも、このカリオストロ。彼女が和泉にも矛先(ほこさき)をむけたのは、彼女には好きな人があって、その恋路(こいじ)をなんらかのかたちで、和泉がじゃまをしてしまったから。ということらしい。


「じゃあ、クラリス。オレがその――」

 和泉は、カリオストロにはなしかけた。なるべく穏便(おんびん)に。

「おまえの好きな人とやらをかえせば、おまえもおとなしく、そこの自衛団なり、学院長(がくいんちょう)なりに、投降してくれるってことなんだな?」

「それとこれとは、はなしがべつです。わたくしの使命(しめい)は、この()の『(あく)』をほうむること!」

 カリオストロは、傲然(ごうぜん)と言いはなった。堂々と腕組みをして、(むね)をはる。

「そしてわたくしは先日、この首飾りを得たことで、ようやくその『正義の使者(ししゃ)』たりえたのです! 資格を得たのですわ!」


 高笑いする少女に、和泉(いずみ)はなんとなく、(おも)ったことを言った。

「……。けっして、宿題ができてないことからくる焦燥(しょうそう)が、おまえを無差別(むさべつ)暴力(ぼうりょく)にかりたててるわけじゃないんだな?」

「………………」

 カリオストロはだまった。でもすぐにしゃべった。

(あく)(そく)(ざん)!」和泉の質問はなかったことにして。「食いにげも、ひったくりも、強引なナンパも、もちろん(あく)ですが――。この世でもっともゆるされざる『(つみ)』! それがなにか、和泉(いずみ)先生にはおわかりですか?」

 むずかしい質問に、和泉は回答をまよった。まじめになやんでから、

「ええと……。殺人とか。ご、強姦とかかなあ」

「のん・のん」


 思いつくままに言ったものの、カリオストロは(ゆび)をふった。ちっ、ちっ、ちっ、と。

(むかつく……)

「わたくしと『あのおかた』の仲を引きさくことですわ! 和泉先生! おかくごを!!」


 かっ!!

 【災厄の首飾り】が、よどんだ光を解きはなつ。

 【トリス】の(まち)一画(いっかく)に、きょう何度目(なんどめ)かの爆炎(ばくえん)があがった。

 ごごごごご…………。

 (なつ)爽快そうかいな晴天に、きのこ雲が立ちのぼる。





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