11.パシリ
・前回のあらすじです。
『もんだいの生徒をつかまえに、和泉が、【学院】から飛びたつ』
〇
女性が【学舎】の校庭をあるいていく。二十歳の【魔術師】である。まっかなセミロングの髪に、まっかな目。耳には銀のピアスをつけている。服は【学院】の教員に毛ぎらいされる傾向のつよい――ノー・スリーブに、皮のミニスカート、ベルトだらけのショート・ブーツといった、はでなもの。彼女の手には、実験用の器具をつめた箱があった。
「なーんーでっ、私がこんな、パシリみたいなことしなきゃなんないのよ」
「言っててもしょーがないでしょ、リョーコ。あんたの上司の命令なんだから」
「あいつを上司と思ったことなんて、いっぺんもないわね」
指で、「1」のかたちをつくろうとして、彼女――リョーコ・A・ブロッケンはグラついた。重心のずれた荷物がかたむいたのだ。
ささえなおす主人をながめて、まえを歩いていた女――ノワールは、学び舎たる『城』をあおいだ。黒いイブニング・ドレスに、黒い長髪の美女である。いまは人間の外見だが、一日のおよそ半分を、彼女は『猫』のすがたですごしている。
「いいじゃない。学校であまった備品、ただでくれるっていうんだから。ひいきにされてんのよあんた。学院長先生に」
「はっ。くれるってんならてめーが持ってこいっていいたいわね」
「……。なにさまなんだか」
ノワールの黒髪を、八月もすえの風がさらう。豹めいた金色の瞳と、あでやかな美貌が、午前からうつろう強い日ざしのもとに輝いていた。
ブロッケンの【使い魔】であるノワールだが、主人とはちがって、手にはなにも持っていない。本来なら、荷物持ちなどの雑用こそ使い魔の仕事なのだが。
ブロッケンは、箱を芝生におろした。
――がちゃっ。
木箱のなかで、枝突きフラスコやリービッヒ管、ビーカーなどの調合器具がぶっつかる。
「つかれたー。あんたもちょっとは持ちなさいよ、ノワール」
「いやーよ。重いもの持つと、汗かくもん」
「じゃあ和泉くんよんできてよ。はこばせるから」
ブロッケンはその場にへたりこんだ。しりもちついたそのさまは、市場で親に「おかし買って!」とだだをこねる子どものよう。
ノワールは両手を金色の目のうえにやって、ぬけるような青空を見た。
ひゅーん。と、こちらに飛んでくる『影』がひとつ。
「あら、リョーコ、やったわよ。あっちからきてくれたみたい。彼ったら、まるで正義のヒーローだわね」
「ん?」うながされて、ブロッケンも空を見あげた。「マジだわ。おーい、和泉くーん」
和泉のほうも、地上にいるふたりに気づく。手をふって、あいさつをする。
「ちょっと降りてきてよー」
地べたに座りこんだまま、ブロッケンは手をふりかえした。白髪の青年は、逡巡したようだが、結局は地上にきてくれた。
「どうしたんですか? 師匠」
すとん。
ハイカット・シューズのかかとで、和泉は芝生に着地した。どことなく身がまえている、この黒衣の青年に、ブロッケンは立ちあがってちかづいていく。




