1.夕日(ゆうひ)をせおったやつ
どがあああッ。
ブーツが木箱を蹴りとばす。いきおいあまって、走ってきた男が通行人に肩をぶっつける。
「ひったくりだー!」
市場のむこうから悲鳴が鳴る。
ひったくり――かばんを抱えた若い男が駆けていく。
黒髪のベリーショートに角ばった顔。剥き出しのたくましい二の腕に、青いタトゥーをいれている。
「ぼさっとしてるほうが悪いんだよっ、ばーか!!」
ぬすんだ相手――ついでに追いかけてくる偽善者たちに男はさけんだ。
露店や屋台、買い出しにきていた親子づれや、新婚の夫婦たちをかきわけもみくちゃにして。
――刹那。
ぼごおおおおん!
爆発が起こった。
白く輝く高熱の波動。
呪文は聞こえなかった。
唱えたのか――?
男は走るのに必死で、そこまで気がまわらなかった。
火の魔人のちからをかりた爆破魔術。攻撃系で上位クラスの破壊の技に、男は吹き飛ばされる。
店も舗装路も一般人も、ふきあれる熱衝撃波に薙ぎ払われる。
「くっ……。くそッ。いったい誰が……」
ぬすんだ荷物を抱きしめ、うずくまったまま男はうなった。
うしろから追いついてきた青年たちが、彼を取り押さえる。
「ひどい惨状だ……」
「なんだあ? 今度は強盗か?」
「おいっ。あれを見ろ!」
「おーっほっほっほっほっ!!」
ストリートにできたクレーターに息をのむ町の人たち。
ひったくりを拘束した青年のひとりが、家屋の屋根を指差した。二階建ての、煙突のある家。
一階で花屋をやっている老婆が、かろうじて無事だったわずかな植物を屋内に移動させている。
なんとなく町人たちは、いっせいに青年の指差すほう――屋根のうえを振りむいた。
夕日。
まだお昼なのになぜ――。
という町人たちの疑問をふき消すように、高いところから少女の哄笑が響き渡る。
いずれにしても――。
「おーほほほほほほほほ! おーっほほほふぉげほっ。ごふッ。ほっ……げっふぉっ……ほほほ!」
そこには、むせながらも笑いつづける――。
夕日を背負った、やつがいた。