第七話 おじさんと後輩女子社員
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作者の別作品、異世界救った帰還勇者だけど魔法少女の使い魔始めました。もよろしくお願いします。
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202X/07/27
携帯を新調した翌日、朝から丸の内のオフィスビル九階にある会社に出社した俺は、自分のデスクで新しくした携帯のアプリを設定していた。ホームボタンが消えた林檎のマークのスマートホンはイマイチ慣れなくて、画面を切り替えようとしては何度も無駄な場所をタップしてしまう。
俺が所属する会社は社員数三十人そこそこの小規模なIT企業、下請け含めても五十人足らず。客先にエンジニアを送り込んで客先常駐させ、システムの更改やら保守、コンサル業務を行う所謂人貸しITドカタって奴だ。幸いにして客先からの評判は良く、仕事自体は途切れずに貰えている。
以前は社長の下に俺ともう一人上席マネージャーがいて、それぞれ三つか四つくらいの現場を監督していたが、彼が退職したおかげで俺は現場を引き上げ、全ての現場を監督する羽目になっちまった。毎日毎日お客さんとの会議やら摂政、人員配置と金勘定。機械が好きでインフラ系エンジニアになったのに、今じゃ全くエンジニアとしての仕事はやらせてもらえなくなっていた。まあ、時間の融通も効くし、ウチの連中が客先でヘマさえしなきゃ毎日定時で帰れるから、悪くない職場環境ではある。
それに社長は滅多に会社来ないし、他の社員は全員現場に出ずっぱりだから、本社には基本的に俺しかいない。買ったばかりのスマホもいじり放題だぜ。
出社してメールチェックを済ませ、三十分程スマホをいじっているとデスクの電話が鳴った。事務のお姉ちゃんは火曜と木曜しか来ないので、今日は俺が電話に出なきゃいけない。
「はい、丸の内システムです」
「お、せんくん、今日は真面目に出勤してたか?」
出てみると同い年の同僚かつ、ゲーム仲間の秋山達也だった。
「うるせー、今日も誰もいない本社で携帯いじってたんだよ」
「まあいいけどね、暇なん?」
「暇っちゃ暇だな。昼から半蔵門の大日生命さんとこに会議で行くけど、午前中は何も無いよ」
「大日ってーと楓ちゃんとこか。そういやせんくん、出会い系に使う写真を楓ちゃんに撮らせたんだって?鬼か?」
「仕方ねえだろ、たまたま宮下しかいなかったんだから」
宮下楓は俺の管理する現場の一つ、半蔵門の大日本生命保険で顧客管理システムの保守運用業務に就いている新卒二年目の女子社員だ。経験は浅いが真摯に対応を行う事から顧客からの信頼も篤い。俺のマッチングアプリに登録する為の写真撮影も嫌な顔一つせずに引き受けてくれた。
「あーあ、楓ちゃん可哀想に。」
確かに業務時間中に宮下の時間を使わせて、仕事に一切関係無いプライベートな写真を撮らせたのは悪かったと思っているが、そこまで言われなきゃいけないような事か?
「宮下の事はいいが、何か用があったんじゃないのか?そっちも現場で仕事中だろ?」
「ん、ああ、明後日にでも飲みに行かないかと思ってさ。暫くボイチャも出来ないって話だったし」
部屋で俺の帰りを待つ七海の事が頭に浮かんだが、たまにはいいだろうと承諾した。
「構わんよ。水曜も夕方から半蔵門なんだ。香味屋でいいか?」
「いいねえ、あそこの蕎麦美味いし。半蔵門なら楓ちゃんも誘っといてよ」
香味屋は半蔵門駅近くにある蕎麦屋だが、夜は居酒屋メニューを提供している。蕎麦屋なのに醤油ラーメンがテレビで取材される不思議な店で、半蔵門の客先を訪れる際には良く利用していた。
「んじゃ、そろそろ仕事もどるわ。せんくんもサボってないで仕事しなよ」
「わかったよ、うるせーな」
受話器を置いて携帯に目を落とすとLINEの通知が二件。噂をすれば宮下だ。
『先輩、今日打ち合わせで半蔵門来るんですよね?少し早めに出て来れませんか?ランチ行きましょうよ』
了解、とだけ返して次のメッセージを確認すると、七海からだった。
『暇ー、今日は何時に帰って来るの?』
モン○ンの村クエの一人で進められるところまでは終わらせてしまったらしい。少し考え込んでから返信する。
『リビングのラックに積みゲーが何本か入ってるから好きな奴やってていいぞ。あと、寝室のデスクの引き出しに現金で二万くらい入ってるから、やりたいゲームがなかったらコンビニでプリペイドカード買ってこい。ダウンロードでソフト買う方法はわかるか?』
たいして待つ事もなく返信が来た。
マジで暇なんかアイツ…
『体験版何個か落としてるから大丈夫。どうせならおじさんと一緒に出来る奴買うね。て言うかラックに積んであるゲーム全部RPGじゃん、一人でやってもつまんないしー』
顔がニヤけているのが自分でもわかる。
今まで一緒にゲームをするとなるとたっつんか、もしくは顔も知らないネットの住人ばかりだった。まさか一緒にゲームをやろうと言ってくれるのが現役女子高生とは。
『んじゃ七海のチョイスで買っといてくれよ、先に言っておくけど、俺アクションゲームは下手くそだからな』
返信を送って五分と経たないうちに笑っている顔文字が大量に貼られたメッセージが届いた。
「煽られてる、煽られてるよ俺!」
スマホをデスクに置いて給湯室のコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
遠い目をして思い出すのはスーパーマ○オ3で最初のステージがクリアできなくてたっつんに煽られた思い出。
「アクションゲームとかこの世から無くなってしまえばいいんだ。」
バカな事を言っている間にコーヒーが出来た。自分用のマグを持って自席に戻る。
七海には適当によろしく、と返事を送ってから月末処理に取り掛かった。社員の給与計算は全て契約している税理士事務所に任せている為、俺がするのは社員の勤務日数と客先から支払われる人件費の突合だ。問題なければ請求書を作って客先に送る。火曜と木曜は事務のお姉ちゃんが手伝ってくれるが、月末が近くなると毎回この作業に忙殺される事になる。
二社分の請求書作成を終わらせて左手首の時計を見ると十一時三十分、半蔵門に昼に着くにはちょうど良い時間帯だ。書類をしまってパソコンをロックしてからオフィスを出た。
乗り換えを一回挟むが、丸の内から半蔵門までは十五分もかからずに行ける。予想通り昼少し前に半蔵門駅に着くと、地下鉄半蔵門駅の階段の上で宮下が待っていた。
「待たせたか?」
「お疲れ様です、先輩。いえ、今出て来たばかりです」
なんて、付き合いたての男女のような会話を交わして、近くのインドカレーの店に入る。
二人掛けのテーブルで向かい合わせて座る宮下。新卒で入社した時から変わらず彼女は今も学生のような幼さを無くしていない。きっちりと着こなしたリクルートスーツとショートにした髪は、黙っていれば就職活動中の大学生と言われてもわからないだろう。
頼んだカレーが出て来るまで取り留めの無い話をして過ごしたが、カレーが出て来ても宮下は手を付けようとしない。何か思い詰めた顔をして、俺の方をじっと見つめている。
「どうした?カレー冷めるぞ?」
俺の問いに、カレーと俺の顔とを何度か視線を往復させてから、宮下が口を開いた。
「あ、あのっ、マッチングアプリで彼女は出来たんですか!?」
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