第六話 七海の事情と失ったイヤホンジャック
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作者の別作品、異世界救った帰還勇者だけど魔法少女の使い魔始めました。もよろしくお願いします。
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202X/07/26
「どうしよう…」
落ち着かない様子の七海に、通りすがりの人たちが振り返っては不躾な視線を投げかけてきた。残念ながらツレを見せ物にされて喜ぶような趣味嗜好は持ち合わせて無いからな。出来るだけ落ち着かせるように背中をさすりながら誘導して、近くのカフェに逃げ込んだ。
「大丈夫か?とりあえず席着いてろ。適当に飲み物注文してくるから」
コクリと力なく頷く七海を残してカウンターでアイスティーを二つ注文し、急ぎ足で七海の待つテーブルに取って返す。
「ほら、アイスティーで良かったか?」
「うん…ありがと」
「携帯、止められたのか?」
肩をピクリと震わせて七海が言った。
「多分、ね。今まで携帯代はお母さんの口座から引き落とすようになってたんだ。お母さんとの繋がりが切れたって思ったら何か不安になって取り乱しちゃった…」
七海が俺の部屋に住んでいるのはあくまで緊急避難的な措置だと思って、これまで踏み込まないようにしていた部分、七海のプライベートに踏み込む時が来てしまったのだろうか。どうせすぐに居なくなる、そう思い込んで蓋をしてしまっていた気持ちが俺の中で溢れそうになる。
「話せるなら、何で家出したのか、から話してくれないか?」
「……」
七海はただ黙って俯いているだけだ。
「言いたくないなら無理に話さなくていい。だけど家出した未成年の携帯を止めるってのは、七海の事を見捨てるようなもんだぞ?いいか、未成年は親の許可がなきゃビジネスホテルにも泊まれないんだ。それこそパパ活でもやってネットカフェに住み着くか、女の部分を売りにして男の部屋に転がり込むなりすれば生きていけるかもしれないが、それだって携帯がなきゃ難しいだろ。言っちゃ悪いが、マトモな母親のする事じゃない」
「……違う」
七海が俺の言葉を遮る。
「お母さんは私が家出した事なんて知らない…だって、先に家出したのはお母さんだから…」
「どう言う事だ?」
大きく深呼吸してアイスティーを口に含んだ七海の顔つきが変わる。何かを吹っ切るように。
「長くなると思うけど、おじさんには教えとくね。なんか話したら不幸自慢で同情買おうとしてるみたいになっちゃうし、話したくなかったんだ。」
「今更そんな事気にすんなよ」
「うん、ありがとね」
まだ少しぎこちない笑みを浮かべて七海は語り出した。
「私のお父さんが死んだのが六年前かな。それまでは普通の家庭だったんだ。割と裕福だったと思う。モン○ンも買って貰ってたし。でもお父さんが死んで専業主婦だったお母さんが働き出したんだけど、なかなか良い仕事にも就けなくて結構貧乏になったんだ。私も中学からは頑張ってバイトしたけどお母さんのお給料と合わせても生活はギリギリだった。でもまあ楽しかったよ、お母さん凄く優しかったし。でもそんな生活も私が高校に入学するタイミングでおしまい。お母さんが再婚してさ、この再婚相手がホントにクソだったよ、もう下衆が服着て歩いてるような奴でいつもお母さん殴って泣かせてたし、仕事もしないでフラフラしてお母さんからお金貰ってギャンブルに注ぎ込んでた。で、ついに耐えきれなくなってお母さんが逃げたのが一ヶ月前かな。まあ私もその後すぐに家出したんだけどね。だから私には帰る家も無いし、親もいない。そもそもあんなクソ野郎が親だなんて一回も思った事無いし!」
話しているうちに母親との最後の繋がりが切れた悲しさより養父に対する怒りが勝ったようだ。だんだんと七海の口調が荒くなる。
「それに私の事、嫌らしい目でジロジロ見てくるし。お母さん完全に騙されてたんだろうな、生粋のヒモみたいな奴だから、外面だけは無駄に良かったからね。だからまあ、お母さんの事は恨んで無いよ。多分家出してなきゃお母さんが壊れてたと思うしね」
「多分、七海の母親は悪気があって携帯を解約したわけじゃ無いんだろうな。再婚相手の男がどこまで本気で母親を探すかわからんが、クレジットカードや口座を出来るだけ使わないようにしたり、解約したりするのは失踪者が自分の足跡を消す為の常套手段だ。それだけ母親が必死だったって事か」
「うん。話してたら結構楽になったよ、おじさんありがとう」
七海の表情には明るさが戻ったが、まだ少し不安気な目をこちらに向けていた。
「お母さんもいない、家帰ってもクズ野郎しかいない。もうおじさんの部屋しか居場所無くなっちゃった。これからもおじさんのとこに居てもいい?」
「ああ、好きなだけ居ていいぞ」
「でも私…何もおじさんに返せない」
「まあ、明日から俺も出勤するから家事頑張ってくれたらそれでいいよ」
「おじさんはパパ活してたような女って嫌い?」
「好きも嫌いも無いな。そう言う形でしか居場所を作れない人もいるし、単に遊ぶ金が欲しくてやってる奴もいる。結局は人による、としか言えないよ。少なくともこれだけ関わり合いになったんだ。途中で七海を放り出したりしないさ」
思わずテーブル越しに七海の頭をくしゃくしゃと撫でていた。これはアレか、だがイケメンに限るって奴か。俺みたいな堅太りのおっさんが現役女子高生の頭を撫でるとか自意識過剰か?
「子供扱いしないでよね…」
七海は不満気に頬を膨らませているが、嫌がってはいないようだ。これでオッサンの撫で撫でとか誰得?キモい!とか言われたら泣くぞ。
「それじゃ、洋服買ってから電気屋行くぞ。七海の新しい携帯も買わないとな」
「えっ、いいの?」
「無きゃ困るだろ、ウチには固定電話は無いし。七海は契約できないから、俺が契約した奴を渡す事になるが」
「どうせならさ、お揃いにしようよ。おじさんのスマホかなり古いでしょ?」
えー、マジか。
俺が使っている林檎のマークのスマホは電池を二回交換して、かれこれ七年近く使っている。林檎のスマホには、この機種までしかイヤホンジャックが無いからだ。この機種より新しい機種で音楽を聴く場合、専用のイヤホンジャックアダプタを使うかBluetooth接続のワイヤレスイヤホンを買うしか無い。
古いタイプの音楽好きの俺としてはワイヤレスは抵抗がある。何よりこれまでに買ったそこそこ高いイヤホンやヘッドホンが普通に使えなくなるのが痛いのだ。
「イヤホンジャック無くなるの…嫌なんよ…」
「何おじさんみたいな事言ってるの、もういい加減電池も寿命なんだし、買い替えようよ。」
「バッテリーだけ交換したらまだ使えるし…」
「だーめ!服は後回しにして電気屋行こ!」
七海に引き摺られるようにして新宿駅前の家電量販店に連れ込まれ、あれよあれよと言う間に俺と七海のスマホは最新モデルになってしまった。データ移行を含めてその間三十分足らず。
更には色までお揃いの赤。スマホケースで隠れるからいいけど、結構ビビッドな赤だから派手でちょっと恥ずかしい。
「おじさん、現役女子高生とお揃いだよ?ねえ、嬉しい?嬉しい?」
「イヤホンジャックを無くした癖にアダプタは別売りって所がムカつくな。」
「まだ言ってんの?細かい事気にすると禿げるよ?」
余計なお世話だよ。
まだ禿げねーよ。むしろ毛量多いし直毛だから半端に伸びたら頭でっかくなってみっともないからいつも短くしてるくらいだし。むしろ少しくらい薄毛になってみたいもんだわ。
「はいはい、洋服もだいたい買えたならそろそろ帰るか?」
「えー、どうせなら外食していこうよ。ほら、今は私おじさん専用パパ活女子だからさ、お手当いらないよ」
「何がお手当だ。今日七海の服と携帯でいくら使ったと思ってんだ。ま、たまには外食も悪くないな」
「えへへ、やっぱりおじさん私の事大好き過ぎでしょ」
ニヤニヤ笑いながら七海が身体を押し付けてくる。
大好き、か。
俺が七海に対して抱くのは、同情心なのか、それとも拾った子犬を放っておけない庇護欲なのか、それとも自分しか頼るものが無い若い女への一時の劣情か。
俺が自分の気持ちを自覚するのは、
それから暫く後の事になる。
本日も閲覧ありがとうございました。