第五話 彼女たちの行き着く先は
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作者の別作品、異世界救った帰還勇者だけど魔法少女の使い魔始めました。もよろしくお願いします。
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202X/07/26
寝室のカーテンの隙間から差し込む朝日に瞼を焼かれて目を覚ました。降ろしたばかりの真新しい布団は新しい布の匂いがキツくてイマイチ慣れない。
あ、昨夜は何もありませんでした。
だって、襲ってもいいよ、とか言ってた癖に俺が寝付けなくて寝返り打ったり、トイレに起きたりする度に七海はビクッと身体を震わせていたし。コイツ実は処女なんじゃね?とか思うくらいのビビり様でしたよ?
ちなみに七海なら俺の隣で寝てる。
夜中、緊張して寝れなかった俺の布団に潜り込んで来て、そのまま俺の腕にしがみついて寝てしまった。こっちは頭沸騰しそうになって寝れなかったってのに、何を思ったのか俺が寝ている事を確認してから布団に入り込んで来やがって。残念ながら寝てませんでした。狸寝入りですよ?大人の余裕かまして寝たふりしてましたが何か?
「七海、いつまでしがみついてる。起きろ」
「んー?もうちょっと寝かしといてよ…今日予定無いんでしょ?」
「そうかそうか、今日はお前の洋服を買いに行こうかと思ってたけど、服は必要ないか」
七海の持ち込んで来た服は殆どが肩剥き出しのサマーニットだとか、派手な柄のキャミソールだとか、太もも丸出しのデニムのホットパンツとか、要するに露出度が高いものばかりだった。しかも家出中は洗濯もろくにしないでヘビーローテーションしてたおかげで所々にシミや擦り切れが目立った。
正直、そこまで高い物じゃないのなら全て捨てて買い直して欲しいくらいだ。
「えっ、嘘、マジで?」
「マジマジ、おじさん嘘つかない」
七海は抱きしめていた俺の腕を解放すると飛び起きて洗面所に向かい、乾燥機能付きのドラム型洗濯機から比較的汚れの目立たない服を引っ張り出すといそいそと着替え始めた。
「おじさん私に優し過ぎない?やっぱり私の事狙ってたりするわけ?」
「勘弁しろ。別にギャル系のファッションを否定するつもりはないけど、擦り切れて薄汚れた服じゃどんなファッションも決まらないだろ。一緒に住むからにはご近所さんにも見られる訳だし、あんまりみっともない格好をさせられないからな。」
「なんか説教臭くてヤな感じだけど、言ってる事は何となくわかるよ、でもさー、日々ギリギリで生きてたから服まで気が回らなかったんだよね。ウリしないでお茶と食事だけって条件だと、良くて一日に一人、ダメな日は一人も捕まらないとかザラにあったしね」
「そのー、アレだ。オッサンに身体売ってもう少し稼ごうとか思わなかったのか?」
俺の質問に七海の目から光が消えた。
嫌な記憶を突いてしまったのだろうか。
「思わなかった訳じゃないけど…ちょっと嫌なもの見ちゃってね、結構トラウマなんだ。私、ある程度お金に余裕があった最初のうちはグランドカスタムカフェって個室で鍵かけれるフルフラットタイプのネットカフェで寝泊まりしてた。でさ、個室で鍵付きって事は、そこでウリやる女の子もいっぱいいたんだよね。Tw○tterで客集めてさ、ネットカフェの狭い個室でゴム有り一回一万とかイチゴとかでヤラれてんの。たまにドリンク取りに行く時にすれ違うんだけどもう悲惨な顔でさ、家出とかじゃなくてあそこで生きているって言うか、寝て起きて、ウリして貰ったお金でネットカフェの代金払って、またウリして。いつまでも終わらない女の地獄。みんな死んだ魚みたいな目してたよ。シャワーも適当なのか、いつも生臭い臭いさせてたっけ」
「酷いもんだな…」
「多分一回でもウリしたら、あそこに住んでる子たちと同じ顔になるんじゃないかって不安になって、結局ウリだけはやらなかったんだ。ま、そのおかげで稼ぎも悪くて、すぐにシャワーすら無い安いネットカフェに移動する事になっちゃったけどね」
壮絶な体験をあっけらかんと語る七海は、俺の方を向いてニヤリと笑って言った。
「比較的綺麗な身体で安心した?おじさん」
「処女が無理してんじゃねーよ。比較的どころかピカピカの新品じゃねーか」
「し、処女ちゃうわ!」
「俺が寝返り打っただけでビクビクしやがって。怖いならオッサン煽ってんじゃねえよ」
「嘘、寝たふりしてたの?おじさんサイテー」
七海は怒りに任せて洗濯機から取り出した丸まった布を俺の顔に向かって投げつけた。広げて見るとお尻の所に熊さんのプリントされたお子様パンツだった。ギャル系ファッションの下にお子様パンツか。夢が広がるな。大変ニッチでよろしい。
「あっ、何広げてんの!変態!返せ!!!」
「ナリに似合わず可愛いの履いてるんだな。これはこれで趣きがあっていいと思うぞ」
「仕方ないでしょ、ウチ貧乏だったんだからさ。腰のゴムが伸びない限りパンツは勿体無いから捨てないで使ってたんだよ!」
七海は頑なに家庭の事情だけは話さなかったけど、やっぱり複雑な状況っぽいな。そう思うとお子様パンツを揶揄ったのが申し訳なく思えてきた。
「すまん、嫌な事思い出させちまったか?今日新しい奴何枚でも買ってやるから勘弁してくれや」
「うん、許す。でも私処女じゃないからね?勘違いしないでよね?」
「はいはい、わかったわかった」
「むー、信じてないなー?」
可愛らしく頬を膨らませる七海を見て思った。お前は処女だろうが非処女だろうが十分に可愛いよ、と。
***
無いとは思うが、ガマガエルとの遭遇を避ける為に買い物は新宿まで出る事にした。別に見かけたところで大した害は無いと思うが、七海の心に与える負荷は最小限にしてやりたい。
ウチから一番近いターミナル駅は池袋だが、七海がパパ活で拠点にしていたのが池袋だった為、下手に七海の過去を知る人間が少ない街へと足を運びたかったのだ。
「駅ビルのル○ネ回ってからマ○イ行こーよ。ねぇおじさん、予算はどのくらい?いっぱい買っても怒らない?」
「女物、特に若い子向けのブランドって毎シーズン流行りの形とか色とかある分、メンズに比べて割と安い気がするんだよな。そんな高いもんじゃないならある程度多めに買っておこうか」
「えへへ、好きなだけ服買って貰えるとか産まれて初めてかも。おじさん私に甘過ぎ。」
例によって七海は俺の腕に自分の腕を絡ませて、胸を押し付けてくるので歩き難い事この上無い。
「とりあえず暑いからってキャミソールとか薄手の服ばっかり買うんじゃないぞ。秋物にも使えそうな上着も何枚か買っとけ」
「あーね、確かにアパレル業界って次のシーズンの服並べるの早いよね。まだ真夏だってのに秋物並べてる店とかあるし」
お目当てのショップの場所を調べようと七海がハンドバッグからスマホを取り出すが、何度かタップして怪訝そうな顔をする。
「ねぇ、おじさん。この辺って電波悪い?」
「いや、そんな事無いぞ?キャリアは?俺はソフ○バンクだが」
「一緒…私もソフ○バンク…」
見る間に七海の顔色が青褪めて行く。
さっきまで笑っていた七海の顔が急に曇った事に嫌な予感がした。
まさかな、まともな親ならまずやらないだろう。通信インフラは家出したガキが社会と繋がる為の最後の生命線だ。保護者同伴でなければビジネスホテルにすら泊まれず、自力で稼いでマトモな寝床を確保する事さえ出来ない未成年の携帯を停めるなんて事は無いはずだと信じたい。
「私の携帯…止められちゃった……」
俺の悪い予感は何故か無駄に的中する。
捨てられた子犬のように涙目で俺を見上げてくる七海の顔は、いつもよりずっと幼く見えた。
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