第三話 紳士的な態度は時に事態をややこしくする
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作者の別作品、異世界救った帰還勇者だけど魔法少女の使い魔始めました。もよろしくお願いします。
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202X/07/25
「あの、おじさん…一緒に寝てもいいですか…」
ちょうど日付が変わったくらいのタイミングで寝室から出てきたナミはそう言って俺が寝転がるソファの横の床にぺたんと腰をおろした。
つい先程までの生意気なタメ口とは打って変わって口調は丁寧なものに変わっているし、節目がちにした目元は潤んでいる。
ナミは震えが止まらない身体を無理やり押さえ付ける様に、自分の両肩を掻き抱いているが、どうにも震えを止める事が出来ず小刻みに揺れていた。
「どうした?大丈夫か?」
「ひ、一人になったら急に怖くなって…」
だからって今日初めて会ったおっさんに「一緒に寝てくれ」は無いだろうが。さっきまでは冗談混じりにエッチしようとか言っていたが、今の方が切羽詰まっている感じがして余計にヤバい気がする。
「一緒に寝るも何も、ウチにはお前に貸してるシングルベッドと、このソファくらいしか寝るとこなんて無いんだ。見てわかる様に堅太り気味の俺が横になったらどっちもいっぱいいっぱいだよ」
寝具のせいにして逃げ切ろうとするが、コレは嘘だ。理由は別にある。初めて弱さを見せたナミが自分でも良くわからない程魅力的に見えていたからだ。元々顔の造形も良く整っており、派手なメイクを落とした今は歳相応か少し幼く見えるくらいの美少女だ。可愛らしさと綺麗さが同居した顔に、不釣り合いな茶髪が頭に乗っている。
「でも…」
「あー、わかったからそんなにしょぼくれるな。」
のっそりとソファから起き上がって部屋の明かりを付けた。煌々と灯る蛍光灯の灯りが暗闇に慣れた目に刺さる。
「何か飲むか?明日は土曜だからな、お前の気分が落ち着くまで話くらいなら聞いてやるぞ」
冷蔵庫から追加の缶ビールと緑茶のペットボトルを取り出してソファに戻ると、俯いたまま動かないナミに緑茶を手渡す。
「適当に色々聞いてくから、答えられる事だけ答えてくれたらそれでいい。不安なんて物は溜め込んだら溜め込んだだけ重たくなるもんだ。吐き出して楽になればいい」
「うん…」
ナミが緑茶を口に含んだのを見てから、質問を開始する。まずはナミがこれだけの恐怖心を抱く事になった元凶から潰して行こう。
「んじゃ一つ目だ。夕方絡まれていたガマガエルみたいな男だが、アレは?」
「先週パパ活でご飯行った奴…」
「何が怖かった?ただのデブにしか見えなかったが」
「アイツが怖かったって言うより、あんな風に直接悪意を向けられるのが初めてだったから…」
「これまではああいう事は無かったのか?」
少し考え込んでからナミがゆっくり口を開く。
「無かった…です。ホテルに誘われる事は何度かあったけど、だいたい食事の席で、もっと遠回しに誘われるくらいでした…ちゃんと断ればわかってくれる人ばっかりだったから」
だからパパ活なんかやるもんじゃ無いなんて一般的な意見を今のナミに言っても仕方ないだろう。
「まだパパ活を続けるのか?」
俺の質問が核心に触れたのか、ナミは黙り込む。無言の時間がただ流れて行き、俺が一本目の缶ビールを空にしたところでナミはぽつりと呟いた。
「わかんない…帰る場所なんて無いし、行くところも無い…でももうお金も無いし、多分おじさんのとこを出たらまたやると思う」
ナミの頬を涙が伝う。
この質問はこれまでか、アプローチを変えよう。
「いつから家出してるんだ?」
「二週間前、夏休みが始まる少し前、かな」
「帰る場所が無いって言ってたが、親はいるだろう、お前の事を探して無いのか?」
それまでの悲しげな顔から一変し、急に瞳に怒りを湛えたナミは吐き捨てる様に言った。
「絶対ありえない。たとえ私が死んでても気付かないと思う」
不謹慎かも知れないが、俺はナミのこの一言を聞いてホッとしていた。探されていないならこの場所にナミがいる事に気付かれる事も無い。俺が未成年者略取で捕まる事も無い。
「何で家出した?」
「その質問には答えたくない…」
「なら質問を変えよう。家に帰る気は無いのか?」
「無いよ…」
「学校はどうする?」
「多分辞める。今は夏休みだからいいけど、私の通ってる学校って結構厳しいからね」
他愛無い質問を重ねるうちにナミの口調もすっかり元に戻って来ていた。
「少しはマシになって来たみたいだな。そろそろ止めるか?」
「ううん、明日予定無いならもうちょっと続けてもいい?今度は私がおじさんに質問したい」
「いいぞ、大して語るような過去は持ってないから詰まらんかも知れないが」
俺が快諾すると、ナミは涙を拭いてニコッと笑うと、マッチングアプリのプロフィール欄に俺が書いていたような事ばかり聴き始めた。野郎、俺のプロフ読んでないってマジだったのかよ…
「んじゃ名前から」
「千賀匡之」
「歳は?」
「三十九歳、十月に四十になる」
二十三歳差かぁ、と言ってナミは笑う。
悪かったな、オッサンで。
「仕事は?あと年収聞いてもイマイチわかんないから月の手取りのお給料教えて」
「IT企業で管理職やってる。役職は上席マネージャー。一般企業だと課長クラスより上、部長より下って感じか。手取りは四十五万ぐらいかな。」
「やっぱお金持ちじゃん。趣味は?」
「何だかお見合いの質問みたいだな。お見合いした事無いけど」
「いいから真面目に答えてよー」
はぐらかすとプンプンと怒り出すナミ。
若干の照れ臭さを覚えつつも、正直に答えてやる。
「お前も知ってる通りゲームだよ。ジャンルはあまり拘りは無い。それと写真を撮る事だな。山とか、海とか、風景が多い。写真撮る為に山登ったりするから山歩きも趣味みたいなもんか」
「へー、おじさんって見た目ゴツい割に繊細な趣味してんだ。もしかしてオタク?」
「ちげーよ。それからゴツいは余計だ。昔身体鍛えててな、筋肉の上に脂肪が乗っちまったから堅太りになってるだけだ」
百七十センチそこそこの身長だが、この体型のせいでスーツはオーダーメイドだ。昨日みたいな荒事は人生で数回あれば多い方だし、インドアサラリーマンには筋肉なんて無用の長物だった。
「んじゃ、次の質問はー」
「そろそろ二時だ、大丈夫そうならもう寝とけ。予定は無いけど、明日はお前の布団と日用品買いに行くんだからな」
「えっ…」
鳩が豆鉄砲食らったような顔ってのはこんな顔なんだろうか。数秒フリーズしていたナミは目をパチパチやってから再起動した。
「私、ここに住んでも良いの…?」
「仕方ねえだろ、お前ここ出たらまたパパ活するって言うし、昨日みたいなガマガエルに引っかかって不幸になるのはお前の勝手だけど、それじゃ俺の後味が悪ぃんだよ。だからお前はここにいろ。出て行けなんて言わないから、居たいだけ居ていい」
「………七海」
ナミがポツリと言った言葉はか細くて、俺の耳まで届かなかった。もう一度聞き返す俺に、ナミは少し怒ったように早口で告げた。
「お前じゃなくて七海。九条七海。ちゃんと覚えてね、おじさん」
「わかったわかった。七海だな。覚えたよ」
「よろしい」
何だよ急に偉そうにしやがってよ。
まあへこんでるよりガキは笑ってた方が良いからな。
「じゃあ最後の質問ね。おじさんは私とエッチしたくないの?」
「ねーよ、ガキに手ぇ出すほど飢えちゃいないわ。だから家事は分担してやるぞ。家賃分くらいは働けよ、七海」
「へーい。釣れないおじさんだなあ」
へっ、言ってろ。
出てきた時と比べて軽やかな足取りで寝室へ向かう七海の背に声を掛けてやる。
「おやすみ」
「おやすみなさい、おじさん」
笑って寝室のドアを閉めた七海の横顔を追ってから、俺はリビングの明かりを消した。程よく回った酔いが俺を眠りの底に連れ去ったのは、そのすぐ後の事だった。
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