第玖話 緊急依頼
お久し振りです
執筆に手間どっておりました(汗)
5話目にて、加筆修正を加えております。
それでは第玖話をお楽しみください!
リュータローが宿屋「金色の拳」に顔を出した直後、昨夜帰ってこなかったことを心配していたオーレンに少し長めにオレオレされていた。その翌朝、厨房にはまたオーレンとリュータローの姿があった。
「なるほど、これがダシというのね。うん、この前のスープとはまた違ったいい匂いがするわ」
今回作っているのは煮汁を捨てないだけじゃなく、ダシというものを取ってスープを作っている。鶏の骨からダシを取る鶏ガラと言うらしい。
「ん!うまい!流石オーレンさんじゃ」
今完成したばかりのスープを味見したリュータローからは絶賛の声。教えられながら初めて作ったものを褒められるのはとても嬉しいことだ。
「リューさんの教え方が上手いからよ〜♡」
「この味なら麺を入れても旨いかもな」
「・・・メン?メンってなにかしら?」
聞き慣れない単語だ。だが、話の流れから食べ物である事は容易に想像できる。どんなものだろうか、どんな味がするのだろうか、どんな料理に使えるのだろうか。続々と湧いてくる好奇心を抑えれず、なになに?どんなの?どうやって作るの?と、ついつい詰め寄ってしまい、リュータロー落ち着きなされと静止されて我に返る。
「ごめんなさいね」
「かまわん。それで麺についてなんじゃが単純だよ。小麦粉に塩水を加えてこねて伸ばして切る。それだけじゃ」
「え、それだけ?」
「まぁ、熟成とか色々と工程はあるが大まかに言えばそれだけじゃな」
「それも今度教えて頂戴!」
「お、おう」
そしてメンを教えて貰った時には、またこのスープを作って入れるといいかも知れないと考えたところで。
「そうだ、今日はメニューを変更してオートミールにしようかしら」
スープに小麦粉から作ったメンなるものを入れて美味しくなりそうなら、同じ穀物から作られているオートミールを入れても美味しくなるかもしれない。どうしてもやってみたい、好奇心は抑えられない。
早速オーレンはスープの味を調整し直してオートミールを投入、煮込み始める。
「あんた達!そろそろみんなが起きてくる頃合いよ!お肉を焼いておいて!」
「「「うっす!」」」
オーレンは煮込みを続けながら従業員に指示を飛ばす。椅子を降ろして机を拭かせ、宿泊人数分の皿を用意させ、すぐに配膳できるようにしておく。その間に、オートミールの煮込み具合を確認して味見。全てが完了していつでも朝食を出せる準備が整ったところでハンターが1人起き出してきた。
「今日はいつにも増していい匂いだなオーレン」
「あら、ガルドが一番なんて珍しいわね」
「ガッハッハ!こんないい匂いがしてたらそりゃ腹減って我慢もできねぇからな!」
スキンヘッドの筋骨隆々男、ガルドは出されたオートミールに早速がっつき始める。
「うめぇ!これまた違う味と風味だ!なんだこれ!」
見た目通りの食べっぷりを発揮し、おかずに出された肉まであっという間にペロリと平らげてしまった。
「おかわりはねぇのか!?」
「たくさん作ったからあるわよ」
「じゃあおかわりだ!肉も頼む!」
続く2杯目を完食したところでジェイク、カーラ、ジンがそろって2階から降りてくる。
「なんだガルド、もう食ってたのか」
3人の目に映ったのは、モッチャモッチャと朝食を口いっぱいに頬張っているガルドの姿だった。
「もう!ひまはらさんまいめはもむおもおば」
「何言ってるか分からないよ?」
「飲み込んでから喋れ」
「おまわり!」
「だから飲み込んで喋れやハゲ!」
ガルドのおかわりとジェイク達3人分の朝食が揃い、各々もまたオートミールの味に感激してバクバクと食べ進め、ガルド同様瞬く間に完食してしまった。そこへリュータローが、やぁ皆さん方、と厨房から出てくる。
「あ、リュータローさん。おはようございます」
「よかった、帰ってたのね」
「ギルドではゴブリン討伐に向かったと聞いていたのに帰ってこないから心配してたんですよ」
「心配かけたようですまんの」
リュータローも席に座り、朝食を摂り始める。他にも起き出して朝食を摂っているハンター達のようにがっつくのではなく、落ち着いた様子で食べるその姿が、この味がこの人にとっては普通なのかな?と思わせ・・・ていたのだが、リュータローは2杯目、3杯目とおかわりを所望していた辺り、やはり美味しかったのだろう。最終的にはガルドよりも多く食べたていたことに皆驚きを隠せなかった。
「すみません。ジェイクさん達はいらっしゃいますか?」
朝食も済ませ、各々活動を開始しようとしたところで女性が宿屋へと入ってくる。どうやらジェイク達を探して宿まで来たのだろう。その場にいたハンター達はこの女性がギルドの職員であることを、着ている制服から瞬時に理解する。
「ジェイクは俺だ、他のメンバーもいる」
「あぁ、よかったです。皆さんすぐにギルドに来てもらえませんか?」
「どうしたってんだ?ギルドなら急かされずとも今から行こうとしたんだが」
「詳しくはギルドで話しますので来てください」
何がなんだかよく分からないまま職員と共にジェイク達4人は宿屋を出ていき、リュータローはそれを静かに見送る。
「あの、ジェイクさんたち何かあったんですか?」
いつの間にか起きて来ていたクリフ達。一部始終を見ていたのだろう。
「大丈夫よ。あの様子だとジェイク達が何かしたというより、ギルドがジェイク達に頼みたいことがあるって感じね」
「急を要する指名依頼が入ったってとこじゃろ」
「そっか、おれ達もはやくメシ食ってギルドに行こうぜ!」
「そうだね、ヘルマンも今日から復帰だし。肩慣らしにゴブリン討伐に行ってみるか」
「リュータローさんに教えてもらった短剣術試してみたいし、丁度いいかも」
そうと決まれば!とクリフ達ルーキー組もオーレンに朝食を頼む。彼らもやはり例に溺れず、その味に感動する。
「そうじゃ、ゴブリンの討伐に行くと言っておったの」
「んぐっ、んっん」
朝食を摂るクリフ達。傍らで果実水を啜っていたリュータローの問いかけに答えるべく、クリフは急いで口の中の物を飲み込こんだ。
「はい!」
元気よく返ってきた返事にリュータローは、フム、と顎髭をなぞり。
「ゴブリンの依頼は出とらんかもな。もし出ていたとしても受けるのはやめておけ」
やがてその口から出た言葉にクリフだけでなく、フェイルとヘルマンもきょとんとした顔でリュータローを見つめた。
「え?どうして?」
「ゴブリンの上位種が現れ、群れの規模も大きい。ジェイク達が呼ばれたのはおそらくそのためじゃろう。しばらくはテウリアの外に出るような依頼は受けぬ方がいい」
「つってもゴブリンだろ?大丈夫だとは思うんだけどなぁ」
あまりにも軽はずみな発言に、リュータローのヘルマンを見る目が険しくなる。
「な、なんだよ・・・」
気迫が滲むその姿に思わずたじろぐヘルマン。上位種が出たところで、通常種のゴブリンは何も変わらないはずだ。上位種らしきゴブリンが出てくれば逃げればいいだけじゃないか。まだまだルーキーで経験も知識も足りないヘルマンにはそんな考えしか浮かばず、何故睨まれたのか分かっていない。そんなヘルマンにリュータローはただ一言だけ答える。
「次は死ぬぞ」
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ギルドの2階にあるマスター室にジェイク、ガルド、ジン、カーラの4人は呼ばれていた。4人の目の前にいるのは金髪ロリエルフにしてギルドマスターのオリビアだ。
「マスター、我々を呼び出した理由を聞かせていただいても?」
「うむ、緊急依頼じゃ」
緊急依頼。この言葉に4人の気持ちが一層引き締まったのが、その表情から分かる。
「今回ゴブリンの大規模な群れが発見されたと報告が入ってな。テウリアに残っていた実力あるハンター達に調査をしてもらっておるところじゃ」
「てことはオレ達もその調査ってわけか?」
「い〜や違う、話は最後まで聞け筋肉ハゲだるま」
「ひっで!」
言葉の刃をもろに受けたガルドを無視してオリビアの説明は続く。
調査の結果、確認できただけでも500近い規模の群れとなっており、この時点で最初に報告を受けた時よりも推定される数が多くなっている。更にゴブリンの亜種を多く確認、調査に向かったハンターの中で、亜種を含むグループと遭遇、戦闘になったという報告も既に受けており、負傷者も出ているという。
この規模であれば近隣の村や集落も既に襲われている所もあるだろう。
「お前たちにはテルナ村へ行ってもらいたい。手遅れだった場合は生存者の捜索。無事ならば直ぐに住民をテウリアへ避難させよ。そのままお前達は護衛じゃ。アルストには既に話をつけている。テウリアには避難民を受け入れる用意があることをしっかりと伝えよ、よいな?」
なんだかとんでもない事になってるな、とはジェイク達4人が抱いた感想だ。500近い群れに多数の亜種と上位種の確認。そして実力のあるハンターを調査に向かわせていると言っていたが、実力だけでなく経験も自分達より上のハンターのはず。そんなハンター達に負傷者が出ているというのはただ事ではない。
「ゴブリンは現在、高い統率力のもとに行動しておる。たかがゴブリンと侮るでないぞ。心してかかれ」
マスター室を出て、1階に降りると丁度リュータローとクリフ、ヘルマン、フェイルの4人が来ていた。
「絵面だけみると孫を連れたおじいちゃんね」
「ブフォッ!」
カーラの呟きにガルドが吹き出し、ジンとジェイクは笑いを堪え、ぷるぷる震えていた。
「あ、カーラさん!おはようございます」
「おはようフェイル。4人でギルドに来てどうしたの?」
「今日は隙でね。この3人をちと鍛えてやろうかと思ってな。特にヘルマンはまだ見てなかったしの」
「あらそうだったの。良かったわねヘルマン」
「う、うん」
髪を耳にかけながら中腰になってヘルマンへと話しかけるその仕草には大人っぽさが全面に出ており、それを真正面から受けたヘルマンは赤面する。
「ところで後ろの3人はさっきから震えてどうしたんじゃ」
ジェイク、ガルド、ジンの3人はさっきから口元を抑えるか、明らかにリュータローを見ないようにしながら震えている。
「さぁ?リュータローさんが孫を連れたおじいちゃんにでも見えてるんじゃない?」
「なんじゃと?」
「「「ブッふぅ!!!」」」
「ずるいぞカーラ!」
「本当です、笑わせといて何しれっとしてるんですか」
「なによ、私は思ったことを言っただけじゃない。笑ったのはあなたたちよ?」
「ガッハッハッハッハッハ!!!」
「斬るぞ貴様ら」
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ギルドで一通り騒いだ後、リュータロー達と別れたジェイク達はギルドマスターに言われた通り、テウリアを出てテルナ村を目指す。
「なぁジン」
「なんだい?」
「ゴブリンが500を超えていて亜種と上位種が出てるって話だったな。ジンはどう見る?」
「・・・そうだね」
ギルドマスター、オリビアから聞いた話からジンは、ホブゴブリン以上の上位種が群れを率いているのではないかと予測する。それを聞き、同感だと答えたジェイクは、ジェネラル辺りがボスではないかと踏んでいることを話す。
「ジェネラル!?ゴブリンジェネラルか!?悪い冗談はよしてくれ」
驚きの声をガルドが挙げる。
ゴブリンジェネラルは個としても非常に強力な魔物で、リュータローと初めて会った時に戦っていたサイクロプスに匹敵するかそれ以上の強さを持っている。だが、最も脅威なのはその統率力であり、群れを含めると、その脅威はサイクロプスを軽く超える。ゴブリンジェネラルに率いられる群れとの戦いは、実際に十数年前にカヴァーナ王国で起こっており、この戦いに参加した者は、まるで軍隊と戦っているようだったと言葉を残している。
準備を怠れば都市一つ陥されかねない危険な存在である。
「だが、テウリアのハンターは実力が高い。なんとかなるさ」
ソレルオ大森林のすぐ近くという立地上、他の街や都市のハンターよりもテウリアのハンターは練度も実力も高い。討伐隊が編成され、討伐が始まれば後は早いだろう。だが、気になるのは多数の亜種や上位種の存在だ。ジェネラルの存在が群れのゴブリンに影響を与えて進化しているのか、はたまた大森林に潜んでいた亜種や上位種がジェネラルの下に集まっているだけなのか。
「いずれにせよ、俺達の今の仕事はテルナ村を確認することだ。急ぐぞ」
ジェイク達が向かっているテルナ村は、テウリアに最も近く、徒歩で半日と少しの距離にある。人口はおよそ20〜30人程度で、ソレルオ大森林を迂回するルートの中継地にもなっている村だ。
避難させるにも住民の準備があるため、なるべく早く着きたいと考え、ジェイク達は休憩を少なめに急ぎ足でテルナ村へ向かう。少々無理をしたが昼頃には無事村が見えるところまでたどり着くことができた。
「もうすぐだな。よしみんな、ハンタータグは周りから見えるようにしておけ」
タグはそれを身に付けている者がハンターであることを周りに示すものでもある。邪魔になるため、普段は首から下げてそのまま鎧や服の下にしまっているが、有事の際にはハンターが到着したことを示して現地の者達を安心させるために鎧や服の外に出して見えるようにしておくのが慣例となっている。
全員がタグを装備の外に出して周りに見えるようにしたのを確認して村へと入っていくと、さっそくタグを見てハンターだと判断した村人達がざわつき始める。
「ハンターが来たぞ」
「何かあったのか?」
「この前来た商人が、ここ数日旅人や商人が行方不明になってるって噂があるって言ってたろ。その調査かもしれん」
「どっから来たんだろうな」
「この辺つったらテウリアしかねぇだろ」
周りから聞こえてくるヒソヒソ話。旅人や商人が行方不明になっているという噂は気になるところだ。
だがまずは。
「失礼、俺達はテウリアから派遣されて来たハンターだ。村長は今どちらに?」
「はい、村長ならご自宅にいらっしゃるかと」
「ありがとう」
周りからは、やはりテウリアからか、等とまたヒソヒソ聞こえてくる。それらを無視して、ジェイク達は過去にも依頼で何度も来たことがある村長の家へ一直線に向かう。
「そういや、ここに来るのは久しぶりだな」
他の3人を代表してジェイクが扉をノックすると、中からどちら様で?と返事しつつ、扉がひらく。現れたのは、腰が曲がり、顔のシワは深く、頭は頂点がスッキリしてしまっている老人だった。
普通老人ってこんなだよな、とジェイクは頭の中で最近知り合った老人を思い浮かべてしまう。
「なぁ、オレぁよくハゲって言われるが、あーいうのをハゲって言うと思うんだが」
「シッ!黙ってなさいハゲ!」
背後からはコソコソとそんなやり取りと共に、ペチンという音が聞こえてくる。
「お久しぶりです、村長さん」
「お〜、ジェイク殿、それにカーラ殿にガルド殿にジン殿!お久しゅうございますなぁ。どうされたので?」
村長はテウリアのギルドに依頼を出した覚えも、村人から依頼を出したいという話を聞いた覚えもない。それなのに今目の前にハンターとしてジェイク達がいるのだ、何事かと心臓がはねてしまう。
「今回はギルドからの派遣で来ました。大規模なゴブリンの群れが発見され、近隣の村や集落がゴブリンによる襲撃を受ける可能性が非常に高いです。ここも危なくなる、すぐに避難を」
「ご、ゴブリンが!?しかし、避難と言われてもどこに逃げればいいか・・・」
「ご安心ください、テウリアでは既に避難民受け入れの用意がありす」
「この事を村人全員に伝えたいので、広場に集めてもらっても?」
「あぁ、かまいません。広場の鐘を鳴らしましょう」
村長とジェイク達は広場に行き、噴水に設置されている鐘を鳴らす。ここの鐘が鳴る時、それは村全体に何かを知らせねばならない時であり、それを充分に知っている村人達は鐘が鳴ってからすぐにほぼ全員が集まっていた。
ジェイク達は先程村長に話したのと同じ内容を伝えて避難準備を急がせる。村は一気に焦燥に満ちた慌ただしさに包まれる。ハンターのように戦う力も技術もノウハウもない村人にとってはゴブリンですらも大きな脅威となる。それが大規模な群れを成し、いつこの村が襲われるかも分からないような状態ではこうなるのも無理はない。そんな状態のままではあったが、なんとか村人達は必要最低限の荷物をまとめて避難の準備をすることができた。
「このまま我々は皆さんの護衛をしながら一緒にテウリアへ向かいます」
というジェイクの宣言に、村人達の表情には少しばかりだが安堵の色が浮かぶ。それでもやはり不安を全て拭いきることはできない。
だがここで立ち止まっていては、それこそ何時ゴブリンが襲撃してくるか分からないため出発を急ぐ。
このまま何事もなくテウリアに着ければいいのだが・・・
天を煽れば雲一つない快晴の空。しかし強い風が時折髪をかき上げ、頬を撫でる。
「天気は晴朗、されど風は強し・・・か」
ジェイクの中に一抹の不安が残る。
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村人達を連れ歩いてしばらく。ジェイクは太陽の傾きと影の長さを見る。
「村を出ておよそ1刻か・・・よし、ここで一旦休憩しよう。10分後に再出発するから、それまでしっかり休んでてくれ。ジンは引き続き索敵を頼む」
「オーケー」
村人は畑仕事や動物の狩猟等で毎日動き回っているとは言え、ハンターほどに体力は無い。加えて約30人という大所帯であるため、ジェイク達4人だけの時よりも移動速度は落ちていた。
「年寄りもいるし、あまり無理はさせれんな・・・」
可能な限り急いでテウリアにたどり着きたいところだが、村人の中には子供や年寄りもいるためあまり急ぐことができないという状況に少し焦る。
ギルドマスターがジェイク達に依頼してきた時の口ぶりから、テウリアのハンターは今人手が足りていないのだろうことは察せる。だが、やはりゴブリンのこともあるため、この人数を護衛するのなら最低でもあと1パーティいてくれたら、というのが本心だ。もう1パーティいさえしてくれたら現在の移動速度でもまだ安心はできるのだ。
「ようリーダー!辛気臭えぞ!」
バッシーン!
突然背中をぶっ叩かれ、そんな音が鳴り渡る。
「いぃったぁ!おい、ガルドてめ、なにすんだよ!」
「あんま険しい顔すんな、護衛対象が不安になっちまうぜ?」
ハッと村人達を見ると、何名かがジェイクの顔を伺い不安そうにしていた。
「ガッハッハ!どうしたお前ら、そんな不安そうな顔してよぉ。オレらがついてんだから大丈夫だ。なにせオレたちゃハンターなんだからな!」
ガルドはあえて大声でハンターであることを強調していた。ハンターというのは一般の人々にとっては薬草や素材を自分達の代わりに取ってきてくれたり、畑を荒らす害獣駆除をしてくれたりと、更には掃除なんかの雑用まで手伝ってくれる便利屋である。しかしそれ以上に魔物退治の専門家であることを知っている。故に、魔物が現れた時に最も頼りになる存在がハンターなのだ。
ガルドが自分達はハンターであることを強調し、大丈夫であると豪快に宣言したのは、村人達を安心させるうえで効果的であったし、そういう意図があってのことだった。
見た目に似合わず細かな気配りができる男、それがガルドだ。
「・・・すまんな」
「いいってことよ。ま、何を考えてたのかは知らんがジェイク、お前にもオレやカーラ、ジンがついてんだぜ?」
「そうだな」
「ソルジャーやアーチャーといった亜種とも何度か戦ったことあるんだ。薙ぎ払ってやらぁ」
察しついてんじゃねぇかと内心ツッコミを入れつつ、ガッハッハと笑いながらのしのし歩いていくガルドの背中を見届けたジェイクは休憩に入ってから体感でおよそ10分経つかなという頃合いを見て全員に出発の合図を出す。
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何事も起こる気配のない、いつもの街道。時折吹く強い風は土埃を巻上げ、草花はザァッと音を立てる。
「ジン、休憩中も索敵をさせて済まないな。魔儺は大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です。テウリアに着くまでは索敵系の魔技は発動し続けれるよ」
「そうか、無理はするなよ」
「大丈夫さ。・・・そういえば、魔技といえばリュータローさん」
「ん?リュータローさんがどうした?」
「いやぁ、リュータローさんはサイクロプスを倒した時も、盗賊を相手にした時も、魔技を使ってる気配がなかったなと思って」
言われてみれば確かにそうだ。それだけではなく、リュータローは、敵の接近に索敵系の魔技を発動させている自分よりも、常に先に気付いていたとこをジンは思い返す。
魔技とは肉体強化などの身体能力の一時的な向上、武器に魔儺を纏わせるなどの攻撃力の強化、更には斬撃を分裂させるなど、多岐に渡る様々な魔儺を使った技や技術のことを言い、ハンターのような戦闘職にとって、とても重要な技術になってくる。魔術ほどの特殊な才能や魔儺の内包量は必要ないが、習得するにはそれなりの練習量が必要になってくる。魔技を多く習得していればしている程戦い方の幅が広がり、習得している魔技の多さがそのままその個人の技量や強さとなる。その為、戦闘職の者にとって、魔技の習得は何よりも優先される傾向にある。
これが常識なのだが、件の老人、リュータローはその魔技を使って戦っているというより、自身の剣技のみで戦っているようにしか見えなかった。クリフやフェイルに手解きをしている時も、魔技を使うための魔儺の操作や、魔技の習得の手伝いなどでは無く、体の使い方や剣の技術を教えていたのは印象深い。
戦うのに必要なのは魔技。
リュータローがクリフに歩法を教えていた時、ジェイクが歩き方を気にしたことはなかったと発言したことと、リュータローが歩法を実践しジェイクに一瞬で肉薄したことに驚いた理由もここにある。
「魔技も使わずにあんな動きができるとはな・・・」
あの時のリュータローの動き。重心の移動も見えず、まるで地を這うような、滑るような。もし腰の剣を抜いていたら、敵にあの動きで接近されたら、想像するだけで背筋に悪寒が走る。
「剣だけじゃなく、弓もすごかったですからね。わたしでも魔技を使わないとサイクロプスにあそこまで深く射抜くことはできないよ」
「たしか、細木を削った程度の矢だったんだろ?」
「えぇ、どうやったらあんな真似が・・・っ!」
そんなことをジンと二人で話していると、ジンの目つきが急に鋭いものへと変わった。
「ジェイク、どうやらお客さんのようだ。数はおよそ20」
あそこだ。とジンが指差した先に見えたのは一際身長の高いゴブリン、ホブゴブリンを先頭に、綺麗な剣や槍で武装したゴブリン数匹と弓を持ったゴブリンが2匹。残りは普通のゴブリン。
ジェイクの不安が的中した瞬間である。
「・・・迷惑な客だ」
まったくだね、と肩をすくめるジンに片眉を上げてから指示を飛ばす。
村人達にはゴブリンが接近していることを冷静に伝え、自分とカーラの2人で足止めして、この場から村人達を移動させることに。ジンとガルドはそのまま村人達についていてもらう。
「ジン!初撃だけカーラと一緒に頼む!」
「オーケー。カーラに合わせる、いつでもいいよ」
ジェイクの指示を聞いたジンは、腰の矢筒から矢を三本取り出し、まとめて番える。
「あなたはアーチャーを、私はソルジャーを狙うわ」
「あいよ」
キリキリと弦を引き絞るジンの隣で、その手に握る杖へと魔儺を集中、性質を炎へと近付ける。
「マール・バル・カギロ!」
「彗星連弓!」
呪文をトリガーに十数発の火球へと変換された火系統魔術と、それに紛れて飛翔する青白い光に包まれた三本の矢は、それぞれの標的へと突き進む。
火球は弾着と共に爆発を起こし、3匹のゴブリンソルジャーと2匹のゴブリンを吹き飛ばし、更に数匹に火傷を負わさる。青白い光に包まれた矢は、1本はゴブリンアーチャーの頭部を粉砕し、もう1本は既すんでのところで回避され、残りの1本はついでとばかりにホブゴブリンを狙ったものだったが、ホブゴブリンがゴブリン通常種を飛来する矢に目掛けてぶん投げ、盾にする形でこれを防いでいた。
「アイツ、ヒドいわね」
「敵の数は減らせたんだ、ヨシとしようじゃないか」
最後にゴブリン達の足止めよろしくと言い残して、ジンは村人達の方へと走っていく。
その時、ゴブリン達が突然ジェイク達へ向かって走り出す。
「来るぞ!俺は前に出る。カーラはアーチャーを最優先だ」
「分かってるわ!」
ジェイクは剣を引き抜き、ゴブリンへ向かって突進、その勢いのまま1匹を剣の斬り上げて吹き飛ばし、振り上げた剣をそのまま振り下ろして別の1匹の頭をかち割って、すぐにその場を離れる。そうして距離が空いた隙を見てゴブリンアーチャーが矢を番え、ジェイクを狙うが。
「させないわよ!」
カーラが放った火球がアーチャーに迫り回避する。
「ギギギ・・・」
「咄嗟に避けるなんて、随分と堪のいいゴブリンね」
さて、どうしたものか。カーラは杖に魔儺を集中させながら次の一手を考える。他のゴブリンを一手に引き受けているジェイクの負担を考えると、アーチャーの相手に時間をかけていられない。
ゴブリンアーチャーもカーラを標的に定めたらしく、矢がカーラ目掛けて飛来する。
「セラウォ・・・あら?」
防御魔術の呪文を唱えようとし、矢の軌道が自分から離れた位置に反れているのを見逃さずやめる。
もしかして大した技量はない?
この距離なら、ジンであればほぼ確実に射抜いてくるのだが。もし外したとしても、ここまで大きく標的から反れることはない。
「あなた、弓を持ってどれくらいなのかしら?」
聞こえるはずのないカーラの問いかけ。まるで返事のように帰ってきた矢の軌道や精度を見ながら、杖に集中した魔儺の性質を変化させる。
「この程度なら、アタシじゃなくジェイクを素直に狙ってた方がまだよかったんじゃないかしら?・・・お仲間に当たりそうだけど」
ゴブリンアーチャーは矢が中々当たらない事に業を煮やしたのか、苛立ちの籠もった叫びともとれる鳴き声をあげてカーラに接近すべく走り出す。確かに当たらないなら当たる距離まで接近すればいい。しかし、その行動はあまりにも無防備であり、魔術による反撃を考慮しているとは思えない浅はかなもの。
「・・・思慮がないのか、経験が足りないのか」
それとも舐めてるのか、いずれにせよ自分から一直線に近付いてくれるのなら如何様にも対処できる。カーラはゴブリンに向けていた杖をやや下げて地面に向けなおす。
「イトラ・スピルカギロ」
詠唱から少しの間。杖を向けた先、その地点をゴブリンアーチャーが踏み抜いた瞬間。
「ゲギャァァァァ!!!!」
4本の槍の形を成した炎が地面から突き出し、ゴブリンアーチャーを貫く。これで即死できていれば幸運だっただろう。だが、ゴブリンアーチャーは不運なことに、急所は外れ、即死できず、炎の槍によって内部から焼かれる運命を辿ってしまい、絶命するまでの僅かの間、激しい断末魔の叫びを響かせるのであった。