第伍話 老剣士、ハンターになる
テウリア。
およそ500ヘクタールある面積の中に約10万人が住む都市。外壁は30メートル程の高さがあり、それがぐるりとテウリアを囲んでいるのは壮観である。
「ほほ〜、近くで見るとこりゃまたド迫力じゃな。いや〜絶景絶景」
と顎髭をさすりながらやや興奮気味に喋るのは、白く染まった髪と髭を生やし、黒い着物と袴、腰には打刀を指した老人、東雲龍太郎である。
「そうでしょうそうでしょう、ここは防衛都市とも呼ばれておりますからな。外壁は強固に作られておるのですよ。内地の都市と違って景観よりも実用性を重視しているので重厚な見た目ですが、それもまた良きというものです」
一行は現在、テウリアの西南西にある門まで来ていた。
門の前には行列が出来ており、並んでいるのは皆、行商人やハンター、更には職を求めて移住しようとしている者など様々だ。
そんな行列の横を一行は悠々と進み、門の隣にあるもう1つの一回り小さな門へと向かう。龍太郎は抜かして大丈夫なのか?と言いたかったがこれを堪える。
「そこで止まれ。ここに来たということは特別通行証があるのだろうな?」
門番がドスの効いた声で馬車を止める。そして、特別通行証という単語を聞いて龍太郎はなるほどと行列を無視していた理由に納得した。
「えぇ、勿論ありますとも」
馬車から降りたリンウッドがこれに対応する。懐から取り出したのは2枚のカード。
「マルコ殿、お久しぶりですな」
「えぇ、やはりカヴァーナは遠いですな」
門番の最初のドスの効いた声が嘘のように柔らかくなり、談笑がはじまる。
「他国ともなればそれもそうでしょうなぁ」
「まぁ、その分良い品を仕入れることもできたのでね。文句はありません」
「それは良ございましたな。はい、特別通行証と身分の確認が終わりました。では他の者達も身分証を確認させてもらいます」
リンウッドの部下達は、リンウッドと同じようなカードを門番に見せ、ジェイク達ハンターは首に下げているタグを見せる。
「リンウッドさんや、わしゃ身分証とか持っとらんぞ」
「心配いりません。お任せを」
こっそり耳打ちした龍太郎に、リンウッドはウィンクのおまけ付きでこそっそりと耳打ちで返す。
「では最後は、貴方ですね身分証を提示してください」
「申し訳ないがこちらのお方は放浪の身ゆえ、身分証を持っておりません」
「なに?」
「かなり腕が立つのでね、護衛として雇ってるんですよ。もちろん彼が怪しい者ではないことは私が保証いたしますよ」
「・・・ふむ、そうですか。マルコ殿が言うのであれば間違いありませんな」
「すまないな」
「いえいえ」
そう言ってリンウッドと門番は握手を交わし、無事全員が門を潜る事を許可された。この握手の手に何やらコインの様な物を忍ばせており、握手の瞬間に密かに門番へと渡されていたのを龍太郎は見逃さなかった。
所謂、賄賂ってやつだ。
門番とは親しげに話していたし、お任せをなんて言うもんだから人望でどうにか誤魔化すのかと思いきや、まさかの金で解決である。
とは言え、門番としてはこのマルコ・リンウッドという人物が信用できるからこそ賄賂を受け取り、龍太郎を見逃しているのだろうが。
「それとこの盗賊達をお願いします」
「分かりました。こいつらはジェイクさん達が?」
「いや、盗賊はこちらのご老人、リュータローさんが1人で片付けてしまいましてな」
「ほほう、確かに随分と腕が立つようですな」
門番は盗賊を部下らしき人物に任せると、そのまま龍太郎へと近付きこそりと話し掛ける。
「あんた、身分証がないならハンターズギルドに登録しときな。そうすりゃあんたの身分はギルドが保証してくれる。役所だと出身やらなんやらと聞かれて、あんたのような人にとっては面倒だろうからな。まぁ、ギルドに登録すればハンターとしての仕事をしなきゃいけなくなるが、あんたならやっていけるさ」
「・・・ふむ、ではそうするとしようかの」
「言っておくが、マルコ殿が信用していて、問題ないと言うから今回は通すんだ。次にここを出てまた戻ってきた時に身分を証明できるものが無かったら、俺はあんたのことを根掘り葉掘り確認せねばならん。俺だってマルコ殿が信用してる人にそんなことはしたくないから覚えておいてくれ」
言外にリンウッドを裏切るようなことはするなよと言う門番。そしてこの話が終わったタイミングで盗賊を何処かへと連れて行った部下が戻ってきて、門番と何やら話をしていた。
「確認したところ、頭目には賞金が掛かっていたので支払わせてもらうが・・・」
「全額リュータローさんにお支払いください」
「ん?よいのか?」
「よいもなにも、この盗賊を捕まえたのはリュータローさんですよ。賞金を受け取る資格はリュータローさんにあります」
「それに、何をするにしてもお金は必要ですからな」
「ふむ、ではありがたく頂くとするかの」
「ではこちらが賞金の1万5千zになります」
門番から硬貨が入った小袋が渡される。中を見ると金貨1枚と銀貨5枚が入っている。
「・・・ふむ、確かにいただきました」
zがお金の単位で、金貨1枚で1万zで1000zで銀貨1枚なのだろうと考える。
「では参りましょうか」
外壁の門を潜ると人で賑わう街並みが姿を表す。店の前に出て声掛けしている者、荷物を運ぶ者、馬車を引く者、さらに道行く人々は人間だけでなく、猫や犬の耳、尻尾を生やした獣人族や、小柄なドワーフ族、耳の長いエルフ族など様々な種族も多く行き交っている。
建物は石造りやレンガ造りのものが多く、地面は石畳が敷かれている。この石畳というのが少しボコボコしていて微妙に歩きにくさを感じる。
都市の中央にはテウリアを治める領主、アルスト・テウリア辺境伯の屋敷、巨大な教会、裕福層の住む区画がある。この中央区画から放射線状に街路が伸びていて、この街路が交差する所には広場や小さな教会が建てられており、これを目安に商業区や職人区といったように裕福層以外の者達が住む区画がある程度できている。
龍太郎ら一行が到着したのは、商業区にあるリンウッドの屋敷も兼ねた商館。ここでリンウッドに達成証明書へとサインしてもらい、これをハンターズギルドに提出することでようやく護衛依頼は完遂となる。
「こちらが依頼達成証明書です」
証明書を受け取ったジェイクは、契約や報酬金など書かれている内容に間違いがないかを確認する。
「あなた方のおかげでとても有意義な旅になりしたのでね。それにルーキーハンターのお世話もしながらだったので大変でしたでしょうし、色を付けさせていただきました」
「ありがとうございます」
ジェイクは証明書に書かれている報酬金が、受注時よりも高くなっていることをたしかに確認すると、私はこれで、と部屋を出た。そして、リンウッドは使用人を呼び、一言二言交わすと使用人は部屋を出ていく。これを見送ったリンウッドは、さて、と龍太郎へと向き直る。
「今お礼の品を持って来させてますので、お待ち頂たいても?」
「うーむ・・・礼はもう散々言われたからのう・・・」
「いやはや、そうおっしゃらず。今回はあなたのおかげで私だけでなく、ジェイク殿達の命も助かりました。是非とも受け取って頂きたいのです」
ここまで言われてお礼の品を断れば、リンウッドに恥をかかせることになるだろう。ならば素直に受け取る他ない。
「マルコ様、お待たせいたしました」
先程の使用人が布を被せたお盆を手に戻ってくる。髪を纏めてアップにした髪型にフリルのついたカチューシャのようなもの、ブリムを付け、服装もまたフリルが付いた白と黒のメイド服。服のデザイン的に腰回りやお尻のラインは見えないのだが、胸元の膨らみはハッキリと分かる。
龍太郎はお盆を見るフリをしてしれっとその膨らみも見る。
大きい・・・
「こちらがお礼の品になります」
使用人の持つお盆から布を取ると、現れたのは腕輪のようなもの。
「・・・これは?」
龍太郎の問いにリンウッドはニヤリと笑みを溢す。
「これは当商会が保有する商品の中でも、とっておきのものです」
バッ!と手で腕輪を指し、大きな動作でアピールする。
「これは謂わばアイテムボックスという物でございます」
「あいてむぼっくす???」
「えぇ、しかもこれはただの魔導具ではなく、迷宮の奥地から産出された魔導具なのです!」
迷宮は、遺跡等に魔物が集まり迷宮化したものと、魔儺が過剰に集まることで核が発生し、その核が周囲の地形を作り変えて形成される迷宮の2種類が確認されている。それぞれ遺跡型迷宮、発生型迷宮と呼ばれる。
そして魔導具もまた2種類あり、迷宮で産出されたものと、人工的に造られたものに別れる。
迷宮産の魔導具は発生型迷宮でのみ見つかる特殊な道具で、鍋やランタン、ベルトなど様々な種類が確認されている。迷宮内で死亡した人の持ち物が迷宮に吸収され、核から発せられる魔儺によって変質したものではないかと言われている。更に、これは恐らく迷宮が意図的にやっていることで、魔導具を餌に人を引き寄せているのではないか、というのが迷宮学者の間で囁かれている説である。これらの事から発生型の迷宮は魔物に近い生物だとする説を唱える学者もいる。
人工的に造られた魔導具は、迷宮産の物を模倣して造られたものである。迷宮産の魔導具と比べると性能は劣るが、ものによっては量産も可能で、比較的手に入りやすいのが利点である。
同じような形で武器や防具も存在するが、こちらは魔導具とは別に魔装具と呼ばれていて、龍太郎が女神から貰った吸魔刀【黒龍】もその1つだ。
「して、そのアイテムボックスとやらはどんな代物なのじゃ?」
「こちらは、生物意外はなんでも収納することが出来る魔導具です。容量に上限はあるのでしょうが、当商館の在庫全てを収納してもまだ入る余地はありそうでしたな」
「そんなものを貰ってもいいのか?」
「えぇ、むしろあなただから渡すのですよ。お礼だけでなく、あなたへの先行投資でもあるのですから」
「先行投資ねぇ・・・買い被りすぎな気もするが。因みに使い方は?」
「それはですね、まずは腕に付けてください」
言われるままに左腕に腕輪を装着する。すると明らかにガバガバだったサイズが龍太郎の腕にピタリと合うように縮む。
「ぬお!?」
「すごいでしょう?使用者に合わせてサイズも変わるんですよ。それと使い方ですが・・・」
リンウッドの説明によると、収納したい物に触れて、腕輪、アイテムボックスに魔儺を通すと収納される。逆に収納物を出すにはアイテムボックスを付けている腕をかざして魔儺を通して出したい物を脳内で選択すればいいとのこと。
試しに執務室内にある机に触れて収納しようとするが反応はない。龍太郎自身に魔儺は無いため当たり前だ。そこで一度黒龍に触れて、黒龍からアイテムボックスへ魔儺を流してみる。
「お、できた」
触れていた机が消える。どうやら魔儺をアイテムボックスに流すタイミングは触れながらじゃなくても良いようだ。そして、黒龍に触れた時に収納されなかったのを見ると、収納したいという意思が無ければ収納されないらしい。次に出そうとすると、龍太郎の頭の中に机が浮かぶ。なるほどと呟きながらこの机を選択すると、再び机が現れる。
「無事扱えるようですな!」
「まぁ、なんとかの」
「他に何かご入用であればいつでもおっしゃってください。すぐに対応しますので」
「それは助かる。何かあれば寄らせてもらおう」
こうして龍太郎はアイテムボックスというとんでも便利アイテムを手に入れて商館を出ると、ジェイク達が玄関先で待っていた。まだ土地勘の無い龍太郎をギルドへ案内するためだ。
ハンターズギルドは商業区と職人区、そして居住区の宿屋街を繋ぐ街路に設置されており、これによって所属するハンターは居住や買い出し、装備の手入れや買い替えなどがしやすいようになっている。
そして、ギルドの建物も堂々たる佇まいをしていて、周辺の建物とは雰囲気が異なる。
「ここがハンターズギルドです。職業柄、荒くれ者が多いので気をつけてください」
「ほほ、荒くれ者の相手は慣れておる。心配はいらんよ」
龍太郎のこの言葉でもジェイクはまだ心配そうな表情をするが、入らないことには何もできないためドアを開ける。
まず目に入るのは剣、槍、槌等々、各々様々な武器を下げたハンター達の姿だ。身に纏っている防具もまたそれぞれに違いがあり、鉄製のものから何らかの魔物の素材を使ったと思われるものまで、多種多様な装備を身に纏っている。1人やけにキラキラした防具を付けてる者がいて一番目立っているが気にしない。
そんな彼、彼女らハンター達の先にはカウンターがあり、ここはおそらく受付なのだろう。職員と思われる女性とハンターがなにやらやり取りをし、書類にサインをしている様子が見て取れる。
左に目を移すとカウンターがあり、ここではハンターが魔物のものと思われる爪や牙、毛皮等を受付に渡していて、受け取った職員が奥へと持って行っていた。
今度は右だ。右側にもカウンターがあり、そのカウンターの奥からは食欲を誘う匂いが漂ってくる。長机と長椅子なが並べられており、そこではハンター達が食事を取ったり飲み物を片手に何やら話し込んでいたりしている。飯処や酒場を兼ねているのだろう。
そんなギルド内の様子を見た龍太郎の第一印象は、騒がしく賑やか、といったところだろうか。そしてジェイクの言った通り荒くれ者も多そうだ。
「行きますよ」
「うむ」
ジェイクの一言を合図にギルドへと足を踏み入れ、正面のカウンターへと向う。酒場で騒ぐハンターの何人かがジェイク達一行の中に見慣れぬ服装の老人がいるのに気付き、何者かと値踏みするように見たり、仲間のハンターにあれを見ろよと顎でしゃくったりと、三者三様の反応を見せていた。
そんな中、体格の良い大剣を背負った大男が1人立ち上がり、一行の元へズンズンと近付いてくる。
さっそく絡みに来たか?と一瞬身構えたが、そんな龍太郎の肩にガルドの手が置かれる。
「コイツぁオレに任してくんな」
ジェイク、カーラ、ジンの3人はそそくさとガルドから離れ、リュータローさん!こっち!と手招きをする。クリフ達ルーキー組も何かを察して既に避けていた。
何事かと困惑しつつもジェイクらの所へ向う。丁度その頃、ガルドと大男が相対する。
瞬間
バキィ!バコォ!
最初にガルドが殴られ、それに怯むことなく空かさず大男の左頬に拳を食らわせる。
そして
「バッハッハッハッハ!相変わらずショッボイパンチだな!ガルド!」
「ガッハッハッハッハ!お前こそ変わらずハエが止まったようだったぜ!サルダー!」
2人はガッチリと固い握手を交わす。
「驚かせてごめんなさいね。あれがあの2人の挨拶なんです」
どういうこっちゃ・・・と困惑を深める龍太郎に、カーラが説明する。これに対して龍太郎が抱いた感想は、若いっていいのぅ、だった。
「じゃあな、ガルド」
「なんだ、もう行くのか?」
「おう!明日は小遣い稼ぎにゴブリン退治に行かなきゃなんねぇからな!」
「なんだぁ?酒飲む金なくなったか?この後報酬受け取るから奢ってやってもいいんだぜ?」
「ハンッ!テメェに奢られるなんざ御免だ」
「んだとぉ?貧弱パンチが!」
「やんのかぁ?このへなちょこパンチ!」
「はーいそこまで。ガルド、報復受け取りに行くんだから急ぐわよ」
ヒートアップしてきた2人の間に入って止めるカーラ。龍太郎の目にはやんちゃ坊主の喧嘩を止める母親にしか見えなかった。
母は強し。
大剣を背負った大男、サルダーとそのパーティと別れたジェイク達は受付へと改めて向かう。
「ではリュータローさん、また後ほど」
正面カウンターは依頼やその受注を受け付けるカウンターで数人の受付嬢がおり、一番右だけ仕切りで区切られて別窓口のようになっている。ここはハンターへの依頼の斡旋ではなく、登録やハンターへの依頼等、雑務を受け付けるカウンターとなっている。これをあらかじめ聞いていた龍太郎は、依頼達成の報告に向かうジェイク達と別れて、右側の窓口へと向かう。
「いらっしゃいませ、ご要件をお伺いします」
カウンターの前に立つと受付嬢が笑顔で挨拶してくる。あどけない雰囲気のある女の子で元気な笑顔に龍太郎もつい顔が綻んでしまう。
「あいこんにちは。ハンター登録をお願いしたいのですが」
「え、登録ですか?」
思わず出た言葉に受付嬢はハッ!と口元を抑える。
「す!すみません!」
「かっかっかっ!ええわい。こんなジジイが新たに登録なんざ異様でしょうからな!」
受付嬢の失言を笑い飛ばす龍太郎だったが、それに水を差す人物が現れる。
「はっはっは!本当にその通りさ!」
振り返った先にいたのは、最初見渡した時にキラキラした防具をつけて1番目立っていた人物だ。やけにサラサラとしたマッシュルームヘアー、顎を上げその顔に浮かぶ笑みは周囲の人を見下しているのがよく分かる。身に着けている鎧は白銀で先程から言っているようにキラキラと光を反射して1番目立っている。
多分装備自体は逸品なのだろうが、それを身に着けている男の佇まいから大した実力は感じられず、龍太郎としては宝の持ち腐れなのではという印象を受ける。
「年寄りが入ってきたものだから依頼に来たのかと思えば登録?君のような老人が?退役の騎士や兵士にしては見窄らしい格好だな。せめてボクのような立派な装備を身に着けてから来たまえ!この鎧は魔装具でね。君のような平民では一生身に付けることもできない代物なのさ!」
龍太郎に歩み寄り、自分の装備を見せびらかすような動作をしながらまくし立てる。
チラリと周りを伺うと、他のハンター達は冷ややかな目線を送っている。龍太郎にではなく、キラキラハンターに向けて。受付嬢や他の職員はまたかと言いたげな様子で溜め息を吐く者や呆れ顔をする者がちらほら。
「・・・で、登録はしてもよろしいのですかな、お嬢さん?」
「え?あっ、はい、大丈夫です!」
いつものことなのかと理解して無視を決め込み受付嬢へと向き直る龍太郎だったが、キラキラハンターは目線が自分に向けられず、更には無視されたことに腹を立てる。
「貴様!愚民の分際でこのボクを無視するのか!」
「ジャック!あなたねぇ!その人がどんな・・・」
これを見ていたカーラが堪えきれず注意しようとするが、龍太郎はすかさず手で静止する。
「よい、所詮小僧の戯言。相手にするだけ無駄じゃ、言わせておけ」
「こ!ここここ!こぞ!?き、貴様もボクを馬鹿にするのか!!ボクのような立派な装備もないくせに!!」
「あ、あの・・・後ろ・・・」
「ほっほ、気にせず手続きをお願いします」
「は、はい。ではこちらに記入をお願いします。読み書きできなければ代筆いたしますが・・・」
「ふむ、問題ない」
読み書きに関しては女神に脳をイジってもらっている為、問題なく差し出された紙に記入出来た。記入事項といっても名前と年齢、種族、得意な武器、そして習得してる魔術や魔技の有無程度だが。
それらを書いてる間にも後ろでは貴族のボンボンだと馬鹿するのかだの無視するなだの道楽ハンターと言いたいのかだの、1人でギャーギャー騒ぎ、それでも尚無視され続けたことでついに我慢しきれなくなり、龍太郎の肩を掴み無理矢理振り向かせようとする。
しかし、龍太郎は腕を回して払い落とし、ここまてしつこく絡んできては、これ以上無視したところで埒が明かないと判断して反撃に出る。
「小僧、確かにお主の装備は立派じゃ。見るからに逸品と分かる程にの」
突然装備を褒められたことで困惑しつつも顎をしゃくり上げる。
「じゃが、お主は重心の取り方が後ろめじゃのう?どんなに立派な装備でも持ち主がへっぴり腰じゃ宝の持ち腐れじゃぞ」
「キサマァ!馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ついにキレ、鬼の形相で龍太郎へと殴りかかるが。
「おぉっと」
大振りな右拳を左手で内肘を抑えて止め、下から右手を顎に添えてそのまま押し上げながら足を掛けて倒し、抵抗出来ないように跨がって抑えてるのとは逆の左肘を膝で抑えつける。
これを傍観していた周りのハンター達はザワつき、あのじいさん何をしたんだ?という声が聞こえてくる。
「・・・ぐっ!」
「小僧、馬鹿にするなと何度も言っておったな?」
右手で顎を抑えられているため、ぐっ!くらいしか声は出せないため、代わりに睨み付ける。
「今のお主は装備が立派なだけのなんの実力もない未熟者よ。そのくせプライドばかりは高い。全てが身の丈に合っとらんのだから馬鹿にされて当然じゃ。馬鹿にされたくなかったら相応の人格者となれ、そしてその装備に見合うだけの実力を身に着けい。己の行動を省みよ。よいな?」
そう言って拘束を解き、ピタリとジャックの眉間に人差し指を当てる。
「じゃが今の踏み込みは中々良かった。励むといい」
龍太郎はジャックから離れ受付嬢へと向き直り、手続きを再開する。その後ろではジャックが立ち上がり、何も言わず走って出ていくのが気配で分かった。
「・・・すみません、さっきの方は普段から素行が悪く・・・」
「気にする事はない。さっきも言ったが小僧の戯言じゃ」
「元々どこかで騎士とかされてたんですか?」
「ん、一応元軍人じゃな。そんなことよりこれでよろしいですかな?」
「あっはい、確認させていただきます。リュータローさんですね」
受付嬢は他の職員に龍太郎が記入した紙と何かを走り書きした紙の2枚を渡し、ギルドのシステムの説明を始める。
まずはランク制度。ハンターをランク分けすることで実力に見合った依頼を斡旋し、依頼の失敗率、ハンターの死亡率を下げることを目的としている。ランクを上げる為には一定数の依頼をこなし、充分な実力を持っているとギルドが判断した時にランクアップの為の試験を受けないかと打診し、これに合格することによってランクを上げることができる。因みに素行が悪ければどんなに依頼をこなし、実力を示したところでランクアップ試験を受ける資格は与えられない。
そして、そのランクについてだが。ランクは10〜1までの数字で表され、ランク10を最低ランクに数字が若くなるほど高いランクとなっている。
ランク10〜9はまだ初心者のランクでクリフ、フェイル、ヘルマンの3人がこのランク帯にいる。
8に上がるとハンターとして上達してきたことを意味し、7になると一人前のハンターとして認められる。
ランク6は実力者として認められ、ジェイク、ガルド、ジン、カーラの4人がこのランク帯にいる。この辺りから指名依頼の相手としてギルドが依頼主に紹介するようになり、5〜4で充分な実力者、熟練者として一目置かれ、貴族や大商人からの依頼を受ける事も増えてくる。ほとんどのハンターがこのランク帯のまま死ぬか引退するかで最後を迎える。
3〜2は数多くいるハンターの中でもほんの一握りしかなれないエリートランクであり、ここまで来れば最精鋭のハンターとして重要な戦力となる。
最高位のランク1は、ほんの一握りのハンター達の中でもさらに一握りにしかなれないランクであり、ここまでくれば英雄視される。グリフローラ王国内にも1人しかいない。
「依頼には大まかに2種類あります。1つは当ギルドに寄せられた依頼を私達受付がハンターの皆さんへ斡旋するものです。ハンターの技量や実績に見合った依頼を紹介するので、その中から選んでもらうことになります。もう1つは指名依頼というものです。その名の通り、依頼主がハンターを指名して出す依頼のことですね。最初はランク6以上で、且つギルドが信用できると判断したハンターを依頼主に紹介する所から始まります。あとは依頼主さんとの信頼関係を築くことができればリピートしていただけるようになりますよ」
「ふむ」
「ここまでで何かご不明な点はございませんか?」
「ん〜・・・うんにゃ、今の所はありませんな」
「分かりました、何かあればいつでもお尋ねください」
「うむ、そうさせてもらうとしよう」
「では次の説明に入りますね」
次に受けたのはハンタータグの説明だった。ハンター一人一人に渡されるこのタグは小さなの金属プレートで作られたもので、表には数字が書かれた盾の後ろで剣が2本交差しているマークが彫られ、この数字が持ち主のハンターランクを示している。裏には名前と種族が彫られており、これが身分を証明してくれる。更に魔儺をタグに流すことで顔写真の様なものが浮かび上がる。これによって持ち主とタグに浮かび上がった顔を照会して本人確認ができるようになっている。そして、このタグを受付にある魔導具にかざすとそれ以外の情報として、現在依頼を受けているのか否か、こなした依頼の数、これまでに討伐し、それを証明することが出来た魔物とその数、といった実績が見れるようになっている。
「依頼中死亡すると多くの場合は長年発見されずそのまま腐敗、白骨化するか、魔物や動物に食べられ判別不可能なまでに遺体が損壊しています。タグはそんな遺体でも身元を判別させてくれる大事な物です。同時に仲間のハンターやご遺族へ形見として渡されることもありますので絶対に肌身離さず付けていてください」
と説明を締め括り、まるでドッグタグだなと感想を抱いたところで職員がタグをお盆に乗せて受付嬢へと渡す。
「お待たせ致しました。こちらがリュータローさんのハンタータグになります。ご確認ください」
「ありがとう。・・・ん?8?ランクは最低の10からじゃないのか?」
「はい。リュータローさんが先程倒したジャックさんは、ランクこそ8でしたが、実力だけならランク6に相当します」
「実力、ねぇ・・・」
実力というよりは装備の力じゃろう。そんな言葉が喉まで出掛かったのを飲み込む。
「そんな人をあっさり倒してしまう人を初心者ランクから始める訳にはいきません。それに人体の弱点を突いたあの動きも見事なものでした」
ん?と龍太郎は眉尻をピクリと反応させる。
「登録は終わったようですね」
そこへ話に入ってきたのはジンだった。
「まぁ、なんとかの」
「ジャックがリュータローさんに絡んだ時はどうなるかと思いましたよ」
「そのおかげでランクは8からのスタートじゃわい」
「どうです?我々とクリフ達の依頼達成とリュータローさんのハンター登録祝いで1杯やりませんか?」
「お!是非ともやりましょう」
だがその前に寝泊まりする所を探さねばということで、ジェイクに良い宿がないか尋ねると。
「我々が利用しているハンター御用達の宿があるので、そこの食堂でやりましょうか」
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居住区の宿屋街にある拳の看板が特徴的な宿。その中には机が並べられており、そこで食事を摂っている者が何人か確認できる。
「やぁオーレン、久し振り」
そんな言葉と共に宿屋の扉を開き、20代後半の赤い短髪の男を先頭に8人の男女が入ってきた。
「あらやだジェイクじゃない!暫く見なかったから寂しかったんだから」
ジェイクの言葉に振り返ったのは頭にターバンのような布を巻き、ガタイのいい体、そして見た目も声も明らかに男なのに口調は女。周りから変な目で見られている自覚はあるが、だからと言ってこれを隠すつもりは毛頭ない。逆に利用客や従業員はこれを受け入れれる人が残る為、人の選別にも役立っている。
「ルーキーちゃん達も、無事帰ってこれたようね」
「あ、はい!」
「また皆がこうしてアタシの元に帰ってきてくれるなんて嬉しいわね」
「あぁ。そして今日は新しい宿泊客を連れてきた」
「あらそうなの?」
どなたかしら?とジェイク達の後ろを見た瞬間、目を見開いてしまい、同時に顔が熱くなるのが分かる。
「な、な、な!」
白く染まった髪と髭。顔にはシワが刻まれていて老人だと一目で分かる。それでいながら姿勢は良く、佇まいがただ者ではない。服装は見慣れないものだが、それも相まっての風格だ。
「なによこの歴戦っぽそうでナイスシルバーなおじ様は!ちょぉぉぉぉぉ好みだわ♡ちょっとジェイク!紹介しなさいよ!!」
本当に好みドストライクで、ついつい勢いでジェイクの肩を掴みガックンガックン揺らしまくし立ててしまう。
「あ!ちょ!オ、まて!まっ、オーr、お、オレオレオレオレオレオレ」
「ジェイクさんがオレオレしか言えなくなってる!!」
「詐欺かな?」
「リューさん、あんた何言ってんだ」
「オーレンさん!ジェイク壊れます!ジェイク壊れます!!」
その後、皆が慌ててオーレンをジェイクから引き離すまで、ジェイクはオレオレ言い続けていた。
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ジェイクから引き剥がされ、落ち着いたオーレンは一度厨房へと入り料理を始めていた。食堂には3人程ウェイターがおり、席に座った龍太郎やジェイク達にはビール、クリフ達ルーキーには果実水を配っていく。いずれもウッドジョッキやウッドコップといった木製のものだ。厨房には料理人もおり、オーレンのアンタ達!気合い入れるのよ!という言葉におう!と逞しく応える声が響く。
「よっしゃ、リーダー!俺達は飲もうぜ!」
「そうだな。みんな、飲み物は持ったか?」
これに各々の反応で飲み物がを持っていることをジェイクにアピールする。それを確認したジェイクは軽く咳払いをして。
「俺達の依頼達成と、リュータローさんのハンター登録を祝って・・・・」
「「「「チンコーーーーーーーッ!!!」」」」
「ち、チン?」
全員が中身が溢れる勢いでジョッキやコップを掲げ、そのままグイッと煽る。
「失礼。今の掛け声はなんじゃ?」
「掛け声って・・・チンコン?これから飲むぞー!って合図よ?」
何を言ってるの?ときょとんとした表情を見せるカーラ。
「貴族がグラスを合わせる時、チンってなるでしょ?私達庶民がジョッキを合わせる時はコンってなるでしょ?その音がそのまま掛け声になってるのよ」
日本で言う乾杯かと納得しつつも、にしてももうちょっと何かなかったのか?と内心ツッコミつつ龍太郎もビールを煽る。
異世界でもビールはやはりビールだった。このことに喜びを感じつつ一杯飲み干した龍太郎は、さっそくおかわりを注文する。これを見たガルドが良い飲みっぷりじゃねぇかと対抗するように飲み干して同じようにおかわりを注文。そこから徐々に会話が弾み始めたところで、オーレンとウェイター達が完成した料理を運んでくる。
「さっきは恥ずかしいところを見せちゃったわね。アタシはオーレン」
料理の配膳が終わったところで、オーレンは改めて自己紹介する。所作の一つ一つに隙の無さがありつつも、その辺の女よりも女らしい仕草をしている辺り流石だ。
「ワシは龍太郎といいます。これからお世話になります。ついさっきハンターになったばかりの新参じゃがよろしく頼みます」
「あら?てっきり熟練のハンターさんだと思ってたけど、違ったのねぇ」
「ま、この歳にもなれば色々とあるからのう」
人生経験の豊富さを感じさせる一言にますます惚れてしまう。
そんなオーレンを無視して、龍太郎は目の前にあるスープを口に運ぶ。瞬間、龍太郎その味に驚き固まってしまった。
不味い