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第肆話 老剣士、人里へ降りる

「みなさ〜ん。お待たせいたしました」


リンウッドが馬車を引き連れ戻ってくる。


「リンウッドさん方はこの後はどちらへ?」

「我々はこのままテウリアへと向かいますが」

「テウリア・・・というとたしか・・・」


女神に貰った記憶の中の知識を探る。グリフローラ王国の王都に次いで大きな都市。ソレルオ大森林にほど近い所にあることと、カヴァーナやリブロンといった周辺国が侵攻する場合のルートにもなる為、王国における防衛の要の1つとなっており、防衛都市とも呼ばれている。

大森林に近いということは危険なのではと思われるかもしれないが、テウリアにあるのは危険だけではない。

大森林によってもたらされる恵みがあり、他では手に入らない希少な素材もテウリアなら入手できることがある。他にも食材や薬草類も豊富で、それらを求めて行商人が集まり、その護衛や、腕試しとして強い魔物との戦闘や、さらなる稼ぎを目的にハンターも集まり、そこに武器や防具等のハンターを対象とした商売が、その商売人を目的に鉱石等を扱う商売が、その商人達やハンター達が泊まる宿が・・・といった具合に人が集まりグリフローラ王国でも有数の都市へと発展して行ったのだ。


「グリフローラ王国の都市じゃったの」

「えぇ、そうです」


龍太郎がこの世界へ来る際、女神からはグリフローラ王国へ向かうことをすすめられていた。


「ならばご一緒させていただいても?」

「えぇ!勿論ですとも!まだお礼もできていませんのでね」


龍太郎の一言にリンウッドは、にぱぁと明るい笑顔で答える。これを聞いていた他のハンター達も嬉しそうだ。


「リュータローさん・・・でよかったですか?テウリアまでよろしくお願いします」

「こちらこそよろしゅうな、え〜っと・・?」

「あ、すみません。カーラです」

「ふむ、カーラさん、よろしゅうな」

「・・・っ!はい!」


笑顔で言うカーラに、にこりと笑顔を返す。目尻にシワが寄った、とても優しい笑顔にカーラは一瞬呆けてしまう。


カーラは肩ほどまで伸びた深い緑の髪を一纏めにしたポニーテールで凛とした顔立ち。スタイルは全体的に引き締まっていて、体のラインも出るところは出ていると言えば出ているが、あまりというかほとんどというか主張はない。手に持っているのは自分の肩ほどまである杖。上部には青いクリスタルのようなものが埋め込まれている。


「あの・・・」

「ん?」

「私はフェイルっていいます。先程は本当にありがとうございました」


フェイルと名乗った女の子は、クリフと同じように革鎧に見を包み、背中には弓と矢、腰には2本の短剣を装備している。見た目的に年齢はクリフと同じくらいだろう。キュッと引き締まったくびれとプリンと突き出たお尻から察するに、将来有望そうなスタイルをしている。


「お仲間さん無事でよかったの」

「はい、本当にありがとうございました」

「ワシは偶然通りかかってサイクロプスを倒しただけじゃ。ヘルマンじゃったか?あの子を助けたのは、カーラさんじゃ。お礼なら彼女に言うんじゃな」

「はい!」


よく頑張ったなとフェイルの頭を撫でる。


「リュータローさんや、オレぁガルドってんだ、よろしくな」

「やれやれ、こんないっぺんに自己紹介されても覚えきれんぞ」

「がっはっはっはっは!そう言わんでくだせぇや」


ガルドと名乗った男は、ここのハンター達の中では一番ガタイがよく、頭はスキンヘッド。それでいて耳の下から顎にかけてヒゲをはやしたワイルドで、褐色の肌がよく似合う大男だ。


「それにしても、硬い皮膚と分厚い脂肪でダメージを与えにくいサイクロプスをよく一撃で倒せましたな」


今のオレにゃ到底無理な芸当だわ!がっはっは!と笑うガルドの性格はとても豪快でありながら清々しいものを感じる。


「お主は力は充分そうじゃがの。力の加え方や方向なんかも重要にはなってくるが」

「なるほどなぁ、今夜ちょいと素振りやってみるか」

「とんでもないご老人のようですな。なぁジェイク殿」

「いやまったくだ。それにあの剣の技量。是非ともご教授願いたいくらいだよ」


ジェイクにここまで言わせるのかと驚きつつ、龍太郎を見ながらリンウッドは思案する。


ジェイク率いるパーティは数々の依頼をこなしてきたベテランの5人で、拠点としているテウリアでもその名は有名になりつつある。流石にサイクロプスには敵わないが、それでも実力あるパーティであることには変わりない。


しかしこの老人、リュータローは5人でも敵わなかったサイクロプスをあっさりと倒してのけたことが話から分かる。しかも、横たわるサイクロプスの首を見ると素人目にも分かるほどに綺麗な断面であり、ハンターでもなんでもない自分でもその技量の高さが理解できてしまう。


そんな男とならばコネクションは絶対に繋げておくべきだろう。会頭としての人を見る目と商人としての勘がそう告げる。


「では皆さん、ヘルマン君を馬車の中へ」


未だ気を失っているヘルマンを馬車の中に入れて出発する。


馬車の中には、リンウッドとその部下、龍太郎が座り、その向かいに気絶しているヘルマンを寝せて、龍太郎の正面にフェイルという並びになっている。


「そういえばリュータロー殿はハンターなので?」

「いや、ハンターではないのう」

「そうでしたか。あのサイクロプスを倒してしまう程なのでてっきり」

「まぁ、この年になるまで色々あったからのう」


ケタケタと笑う龍太郎の言う色々に、想像もできないようなことがあったのだろうと感じずにはいられない重みがあった。


「あ、あの!」

「どうした?」

「えと、どんな訓練をしたらリュータローさんのように強くなれますか?」

「ふむ、フェイルよ。まずお主はどんな訓練をしておる?」

「えっと、矢を的に当てる練習を主にしてます」

「であるか。では弓を引く時、どこの力を使っておる?」

「え?えっと・・・腕?」

「あい分かった。まずは基礎中の基礎からやり直さねばな。テウリアに着くまで時間があれば教えてやろう」

「あ!ありがとうございます!」


勢いよく立ち上がって頭を下げるフェイルだったが、その瞬間に馬車が石でも踏んだのかガタンと大きく揺れる。これによってバランスを崩したフェイルは龍太郎に抱きつく形で倒れる。


「おっと、大丈夫かの?」


それを優しく抱き止める龍太郎。


「今みたいに不意に揺れることもある。気をつけるんじゃぞ」

「す、すみませ・・・」


腕は力強くも優しくフェイルを抱き、暖かさを感じる。顔を上げると龍太郎の顔がど真ん前にあり、目と目が合う。


「はわ・・・はわわわ・・・」


動揺するフェイルに龍太郎は、ん?と眉を上げる。これがトドメとなりフェイルは、はわぁぁぁぁ!!顔を真っ赤にしながら飛び上がり、すみません!すみません!と何度も謝って座席に座る。


「はっはっは!童は元気が良いのう!はっはっはっは!」


フェイルは恥ずかしさで小さくなっていた。


年寄り故の包容力かねぇ?

この様子を見ていたリンウッドは1人思考の中で呟く。


その夜。

夕食も終わり、少し自由な時間が出来たころ。


「リューさん、今から素振りをやるんだがちょいと見ててやくれませんか」

「ふむ?まぁ、構わんが」

「よっしゃあ!」


大斧を持ち出したガルドは早速素振りを始める。ブゥンと重々しい風切り音が数回なったところで。


「ふむ。右利きか?」

「おぉ?当たりです」

「やはりな。右手の力の方が強い。これはおそらく無意識レベルのものじゃろうな。両手の力を均等にすることを意識して振りなさい」

「両手の力を均等に・・・こうか?・・・いや、こう?」


言われたら通り両手の力を均等にしようとするが、なんとなく上手くいかなかったが、コツを掴んだのかある時から風切り音が明らかに変わる。


「「「「おぉ〜」」」」


この場にいた全員がそれに気付いたようだ。


「今は徹底的にそれを意識することじゃ。無意識にできるまでな」

「分かったぜ!ありがとうな!リューさん!!」


その後は暫くガルドの素振りを見ては悪い所を指摘してを繰り返し、風切り音や振りのキレがよくなっていった。


「リュータローさん。僕達にも指導をお願いしたいです」


ガルドへの指導の様子を見て、居ても立っても居られなくなったのだろう、クリフとフェイルが並んで指導のお願いをしに来た。夜もそろそろ深くなる為、どうしたものかと龍太郎が考えはじめたところで。


「リューさんよぉ、1つ提案なんだが」


ガルドが口を開く。


「ん?」

「そいつらはルーキーでひよっ子だ。んで、明日の移動でも魔物は襲って来るだろうさ。その時にその2人を主軸に俺達が掩護するって形の実戦訓練をしてやるのはどうだ?」

「おいガルド、昼間のこともあるんだぞ?それに彼らは仲間が怪我をしてまだ目を覚まさないんだ。いきなり前に出すのは酷じゃないか?」

「ジェイク、お前の言いたいことも分かる。だがルーキーの顔を見てみろよ。昼間のことを引きずって怖がってる目か?」


ガルドに言われ、クリフとフェイルを見る。その表情にはまだ恐れは残っているものの、もっと強くなりたいという決意に満ちたものがあった。


「・・・本人達が良いというのであればワシは構わんがの」

「あ、ありがとうございます!!」

「ルーキーの成長のチャンスを潰すわけにもいかんな」

「あいつら、強くなるぜ」


龍太郎の返答に目を輝かせるクリフとフェイル。それを見て笑みを浮かべるジェイクとガルド。


その夜はベテラン組で交代で見張りをおこない、龍太郎とルーキーは一晩眠ることとなった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌朝


「カーラ、ヘルマンの様子は?」

「怪我は治したわ」


後は目を覚ますのを待つだけという報に安堵するクリフとフェイル。


「けど、完璧に治ったわけじゃないから目を覚ましても暫くは安静にさせないとね」

「わかりました」

「あ、ありがとうございます!」

「さて皆さん!そろそろ出発いたしましょう」


一行は再びテウリアを目指して進み出す。

龍太郎は馬車の中ではなくジェイク達と一緒に外に出ており、クリフに歩法を指南していた。


「そうそう、重心は常に真ん中を意識せよ。腰で壁を押すイメージじゃ」

「こ、こうですか?」

「それだと出っ腹になっとるぞ。正中線を真っ直ぐにしなさい。もっと腰を落とせ」

「はい!」

「お〜いい感じじゃ。今日は1日中それを続けよ」

「わ、分かりました」

「歩き方なんてあまり意識したことはなかったな・・・」


ぎこちないながらも教えられた通りに歩くクリフを見てジェイクが呟く。


「特に対人においては歩法一つで優位に立てることもある。例えば・・・」

「うお!?」


龍太郎はスッと一瞬でジェイクに肉薄して見せる。


「といった具合に、相手が油断していれば距離を簡単に詰めることもできる」

「な、なるほど・・・」


とんでもない動きだったと冷や汗が垂れる。足音もほとんどせず、重心移動も見えず、地面を這っているような、あるいは滑っているような、そんな動きだった。


「基本は足元からじゃ」


ニカッと笑う龍太郎に、はい!と元気よく答えるクリフ。どうやら今の動きを見て俄然やる気が出た様子。


「こら、また正中線がブレておるぞ。力がはい・・・む?」

「・・・どうされました?」

「な〜んか近付いて来よるの」

「え?」

「ジェイク!ゴブリンの群れだ!数はざっと見て20を超えている!」


馬車の屋根に乗り辺りを警戒していたジンが叫び馬車が止まる。そして、茂みから現れたのは人の腰程まである身長に緑の肌、長い耳、醜悪な見た目の魔物ゴブリン。

ゴブリンは個々の強さは大したことなく、数体であれば多少戦えるようになった程度のルーキーハンターでも倒せる位には弱い。だがゴブリンの脅威は個の強さではなく、繁殖力の高さとそれ故の数の増え易さ、そして繁殖方法だ。人間やその他の人間族や獣人族など、人種族の女を攫い子を産ませる習性があり、群れの規模次第では女や食料を求めて村が壊滅させられてしまうこともある。女にとって最も嫌悪される魔物の1種で、この繁殖力の高さ故にギルドには常にゴブリン駆除の依頼があり、ルーキーだけでなく取り敢えずお金が欲しいというハンターにとってもありがたい存在ではある。


「ほほ〜、ゴブリンとはこりゃまた随分とお(あつら)え向きじゃのう」

「20か・・・クリフ、やれるか?」

「が!頑張ります!」

「ふむ。歩法を忘れるな?」

「フェイル!君も出るんだ!」

「はい!」


弓矢と短剣を携え出てくる。


「いいか?フェイルが弓で牽制してクリフが仕留めろ。大丈夫、俺達も掩護する」


2人は少し震えてはいたが、決意に満ちた顔ではい!と答える。


「いくよ、クリフ!」

「おーけー!」


フェイルが矢を放ち、それと同時に駆け出すクリフ。


「早速歩法忘れとるやないかい」


それと1人ツッコミを入れる龍太郎。


「グギャッ!!」

「はぁぁ!!!」

「ガギャアァァァ!!」


矢を受け、動きが止まったゴブリンへと剣を一閃。首を斬り落とす。


「馬鹿もん!敵は其奴(そやつ)だけじゃなかろう!動きを止めるな!!」

「あっ」


龍太郎からの一喝で1匹仕留めたところで安心してしまっていた自分に気付き慌てて辺りを警戒するが、既にジェイクとガルドが他のゴブリン達の気を引いていたおかげて助かった。


「クリフ、気を抜くな!」

「すみません」

「我々は君達を掩護はするが、主軸はクリフとフェイルだ。指示を出すからよく聞くんだ」

「はい!おねがいします!」

「まずは目の前のこいつだ!」


ジェイクがゴブリンが持つ粗悪な剣を弾き、その隙きついてクリフが斬る。


「次だ!」


フェイルが射掛けた矢によって負傷したゴブリンにトドメを刺し、ガルドが吹き飛ばしたゴブリンをそのまま斬り、ジェイク達のサポートのお陰で20匹余りを全滅させるのにそう時間はかからなかった。


戻ってきたクリフの目の前には着物の袖の中で腕を組む龍太郎が仁王立していた。滲み出る雰囲気から、お怒りなのが言われずとも分かってしまう。


「さてクリフよ」

「・・・はい」

「歩法はいい。じゃが最初の一匹を仕留めてから気を抜いたな」

「・・・はい」

「ジェイク達が居なければ死んでおったぞ」

「・・・はい」

「次からはどうする」

「戦いが終わるまで気は抜きません」

「うむ、よろしい。そしてようやったな」


叱られしゅんとしていたクリフだったが、最後に褒めながら頭を撫でられてぱぁっと明るくなる。これを見ていたフェイルは羨ましがりつつも、今度は自分が頭を撫でて貰えるように頑張るぞ!と鼻息荒く決意していた。


「リンウッドさん、魔核の回収と死骸の処理終わりました」

「ありがとうございます。では皆さん出発いたしましょう」


出発し、再びクリフに歩法の指導を始めていた龍太郎がおもむろに、あっと声をあげる。


「ところで魔核とは?サイクロプスからも何やら取り出しておったが」

「おやリュータローさん、魔核をご存知ないので?」


これを部下と共に御者台にいたリンウッドが答えた。


「え?あぁ、まぁ、聞き慣れぬもので」

「魔核というのは、魔物のみが持つ魔儺の結晶のような気管なんです」


つまり、魔核を体内に持っていれば例え子犬であろうと魔物と認定されるわけだ。そして、魔物は動物と違い上位種や希少種へと進化することがある。この進化に魔核が関係しているのではないかと言われており、魔核に蓄積された魔儺が魔物に影響を及ぼし上位種や希少種へと進化しているのではないか、という説が最も有力視されている。


「そして我々ハンターにとっては魔物の討伐を証明するものとなっています。魔核は種族ごとに色や大きさ、形の特徴が異なっていますのでね」


リンウッドの説明にジェイクが付け加える。


「ほほぅ。それは知らなかったな」

「っとそうだった。クリフ、フェイル。この魔核は君達のものだ。帰ったらギルドで換金してもらいなさい」

「ありがとうございます!」

「換金もできたのか・・・因みに、魔物のどこにあるんじゃ?」

「心臓部にありますな」

「あいた〜・・・では今まで一緒に捨てていたのか、勿体ない・・・」


いくら女神から知識を貰っているとは言え、記憶に刷り込まれたような感覚であるため、見てパッと浮かぶこともあれば、思い出すように探らないと出てこない場合もある。この辺りは完全に記憶として扱われているからなのだろう。


「一緒に捨てていた?」

「1年ばかしこの森に籠もっていたからのう。肉食動物やら魔物やらがなるべくワシのとこに来んように、倒した魔物や動物の内臓を捨てていたんじゃよ」

「こも、え?」

「「「「・・・・」」」」


龍太郎の口からとんでもない言葉が出てきて皆が凍りつく。


「ん?どうした?」

「「「「いやいやいやいやいやいやいやいや」」」」


総ツッコミを喰らってしまう龍太郎。


「どうしたじゃないですって!」

「リューさん、あんた今なんて言った?」

「籠もってた?」

「しかも1年って言ったかしら?」

「よく生きてられましたな」

「ここがどんな森か知ってます?」

「え、なんじゃお主ら、よって(たか)って年寄りをイジメるでない」

「「「「いやいやいやいやいやいやいやいや」」」」


またも総ツッコミを喰らってしまう龍太郎であった。


まぁ、サイクロプスを秒殺するような男だし?と皆は無理やり納得しようとしたが。


「そういえばリュータローさんが持ってる弓の素材、ワイバーンでしたね」


というジンの言葉に無理やりではなく、もはや納得せざるを得ない一行であった。

この様子を見て、ワイバーンは最下級とはいえ竜種であり、一流と呼ばれるハンターであれば1人でも倒せるサイクロプスと違い、普通なら1人で倒すのは困難な存在であったことを思い出す。そもそもソレルオ大森林が街道付近ならまだしも、そこから外れてしまえば奥地に近づくほど危険な魔物が跋扈(ばっこ)するような環境なのだから、自分がどれだけ常識外れなことを1年間続けていたのかを改めて認識する。


「自重せねばな」

「今更でしょう」

「それもそうじゃな!かっかっかっかっ!」

「はっはっはっは!」

「そういえばテウリアまでは後どれくらいなんじゃ?」

「そうですねぇ・・・このまま順調に行ければ明日の昼過ぎには到着するかと」

「であるか」


ならば今夜はフィルに稽古つけてやるかなと考え、リンウッドにところで、と切り出す。


「今更とはなんじゃ」

「今更!?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



その夜、フェイルは短剣の指導を受けていた。


「短剣は攻撃を受けるには剣以上の技量が必要になってくる。そして敵を真っ二つに切り裂く、なんてこともできん。分かるな?」

「はい」

「ではどうやって短剣で敵を倒すかじゃが、どうする?」

「・・・手数?」

「ふーむ、確かに手数も大事じゃが一番重要なのは急所を的確に狙うことじゃ」

「急所?」

「こめかみ、目、首、心臓、脇、手首。まぁ最初はこんなもんかのう。これらの急所を狙うことでほぼ一撃で敵を倒すことができる」


ということで的確に急所を狙う為の動きとして型をフェイルに教え、ひたすら反復練習をさせる。


「はい1!」

「1!」

「はい2!」

「2!」

「はい3!」

「3!」

「もう一度、1!」

「1!」


まずは斬撃を2つと刺突を1つ組み合わせた動き。


「1つ目の動きで倒せたならばそれでよし。だが基本的に初撃は避けられるか防御されるかだ。だからこそすかさず2撃目、3撃目と繰り出す必要があるのじゃ。これはその為の型じゃからしっかり体に染み込ませよ」

「はい!・・・2!・・・3!」


フェイルが掛け声を出しながら短剣を振っている横では、クリフが素振りをしていた。


「クリフは剣を満足に扱うだけの筋力も振り続けるための体力もまだまだ足りとらん。ひたすら振って筋力と体力をつけるのじゃ」


汗を飛ばしながら、はい!と答えるクリフだったが。


「ストップ!」


振り降ろした瞬間に止められ、何事かと龍太郎の顔を見やると正面に立ち刃をつままれる。


「振り降ろす角度に対して刃の向きが合っとらん。これではろくに斬ることもできんぞ。振る角度と刃の角度、両方をピタリと一致させるよう一振り一振りを大事にな」


言いながらつまんだ指先で切先の角度を真っ直ぐ縦になるよう微調整して放し、続けよと一言。クリフはこれに力強く答えて素振りを再開する。

フェイルの掛け声とクリフの剣を振るう音、そして龍太郎の指導する声はリンウッドが寝るまで続くのであった。


翌早朝は、いつの間にか起きていた龍太郎の着物を上半身だけ脱いだ諸肌脱ぎの格好で素振りをしている光景を見たカーラが、密かに赤面するというプチハプニングと共に1日が始まり再び出発する。


「・・・ん?・・・あれ?」


そしてこの日は嬉しい出来事もあった。


「ヘルマン?・・・ヘルマン!」


そう、ヘルマンがようやく目を覚ましたのだ。


「お〜!ヘルマン、目を覚ましたか。よかった」

「ここは?・・・あれ?サイクロプスは?」

「まぁ落ち着きなさい。1から説明しよう」


全く状況が理解できておらず困惑しているヘルマンを落ち着かせ、リンウッドが説明する。


「それで、そのリュータローさんというのが・・・」


向かいの席に座るリンウッドから、その隣に座る1人の老人へと目線を移す。


「左様、ワシじゃ」

「助けてくれてありがとうございます」

「お礼ならもう散々言われたわい。お主はまだ寝てなさい」

「え、でも怪我はもう」

「カーラさんが言ってたの。怪我は全部治癒できたけど完璧じゃないから起きても安静にさせなさいって。だからまだ寝てて?」

「・・・俺、何も出来なかったのに、今も何もせずに寝てられないよ」


握りしめる拳の震えから悔しさが溢れているのが分かる。ハンターになって、まだまだ新米だけど魔物を倒せるようになり、ベテランであるジェイク達にハンターとしてのノウハウを学ぶべく付いて来た。

自分たち新米がいるだけでただでさえ足を引っ張っているのにさらに迷惑を掛けてしまった。これ以上は迷惑を掛けられない。


「何もせず大人しく寝とれ。それが今のお主にできることじゃ」

「でも」

「でももヘッタクレもないわ。よう考えい、お主はまだ完全に回復しきっとらん。そんな状態で戦場に出たとして、傷が開いてぶっ倒れでもしたらそっちの方が迷惑じゃ。せっかく治してくれたカーラさんにも申し訳が立たんぞ?」

「ゔっ・・・」


ぐうの音も出なかった。


というわけでヘルマンは大人しくしておく事に。そして、ヘルマンが目を覚ましたことだし、と馬車を止めて一旦休憩することに。馬車から出てきたヘルマンを見て、クリフは抱きついて喜びベテラン達は口々によかったと声をかけていた。


「まずは何か食べないとね。昨晩狩ったスライムがあるけど食べる?」

「いいんですか?」

「えぇ、いいわよ」


ヘルマンの戸惑いに笑顔で答えるカーラ。

この世界では魔物としてスライムが存在しており、食べられる生き物として知られている。やわらかくプルプルとした食感や舌触りがクセになり、味も養分を蓄えてるだけあってほんのり甘みがあり、砂糖を使ったスイーツが中々食べれない庶民の間では甘味として親しまれている魔物である。


「せっかくだし皆で食べましょう?」

「お?いいのか?」

「では遠慮なくいただきます」


カーラからスライムを受け取り食べ始める。皆がなんの抵抗もなく口に運んでいる辺り、やはり食文化としてしっかり定着しきっているのだろう。かく言う龍太郎も女神に貰った知識からスライムが食べられるというのは知っていたため、山籠り中に食べたことがある。確かにほんのり甘みがあり、倒したばかりだとゼリーのような食感で、鮮度が落ちてくるとわらび餅や水饅頭を彷彿とさせる食感になっていったのを覚えている。


皆でスライムに舌鼓を打つ中、龍太郎は不穏な気配を感じ取る。


「リンウッドさんや、どうやら狙われておるようじゃ」

「え?魔物ですかな?」

「・・・いや、この足音は履き物じゃな。それにわずかながら衣擦れの音もする。人じゃな」

「人・・・?」

「盗賊ってやつじゃろうな。商品を積んだ馬車が停まっておる、格好の餌食じゃろうて」


どうやらこの気配にはジンも気付いたようで、ジェイク達にアイコンタクトを送っていた。


「相手が人となると、ルーキー達にはまだ荷が重いな。俺達で・・・」

「仕事を奪うようで申し訳ないが、コイツらだけはワシにやらしてはくれんかの」

「リュータローさんに?」

「うむ、教えたことの手本を見せてやりたい」


チラッと見る先にはクリフとフェイルがいた。教えた事とはおそらく歩法と短剣術のことだろう。


「分かりました、では我々は掩護を」

「うんにゃ、この程度の連中なら1人で充分じゃわい。打ち漏らしだけ対処してくれりゃええ」

「わ、分かりました」

「フェイルよ、短剣を1本貸してくれ」

「え?あ、はい!」


急に呼ばれたフェイルは慌てて短剣を渡す。


「昨日教えた事を実戦で見せてやるやから、よ〜く見ておくんじゃぞ?」

「はい!」

「クリフもじゃ。教えた歩法以外の足捌きもやるが、足の動きがどう戦闘に活きるのか。よく見て学べ」

「分かりました!」

「盗賊の頭目が賞金首ならば、捕らえて突き出せば賞金がもらえますぞ」

「ふむ、それは良い事を聞いた。さてと」


龍太郎はフェイルから借りた短剣を手元でクルクルと回しながら馬車からすこし離れ。


「それで隠れとるつもりとは随分とガバガバじゃのう。その程度でよく盗賊なんぞやってこれたものじゃ」


盗賊を挑発する。


「チッ!バレてたか」


茂みからぞろぞろと盗賊が現れる。数は12人ほど,


「バレバレじゃったぞ?お主ら盗賊には向いとらんからさっさと足を洗って真っ当な職についた方がいいと思うが?」

「ジジイが、舐めてんじゃねぇぞ!てめぇら!まずはこのジジイをやれ!」


盗賊達はおう!と答えて襲いかかる。これに対し龍太郎は最初に斬り掛かってきた盗賊の剣を、足をスライドさせて体を軸ごと横にズラすことで避けて喉を斬る。


「ふむ、流石に反りがないと勝手が違うの」


とは言いつつも2人目は間合いの内側に入り込み、剣を持つ手を抑えて短剣の柄頭で肘を打ってヘシ折る。


「うギャァァァァ!!!腕がぁ!!!」


そうして取り落とした剣を掴みつつ鳩尾(みぞおち)にも柄頭の一撃を食らわせて気絶させ、掴んだ剣を3人目へと投げつける。


「うおっ!?」


盗賊は投げつけられた剣を避けるが、その隙に龍太郎は肉薄して掴み掛かる。咄嗟に身を引こうとした盗賊だったが、それを利用して足を掛けて押し倒され、そのまま短剣を心臓へ突き立てられる。


「え、リュータローさんめちゃくちゃ強くね?」

「そりゃあな、サイクロプスを1人で倒したくらいだし」

「ごめん、正直その話信じてなかった」

「いや信じろよ!」

「信じれるかよ!あんな爺さんがサイクロプスを1人でとか!」


なんていうやり取りをクリフとヘルマンがしてる間にも、龍太郎は更に3人の盗賊を倒していた。剣を横薙ぎに振った所を姿勢を低く落として避けて、立ち上がりながらその勢いを利用してがら空きとなった脇に短剣を突き刺し、短剣を抜きながら逆手へと持ち替え、背後に回り込みうなじに刺して7人目の盗賊を倒した。

こうして襲ってきた盗賊の数はあっという間に半数を切ってしまう。


「お、お頭ァ、このジジイとんでもなく強ぇですぜ」

「くっ!ジジイ1人になにやってんだ!囲い込め!」


頭目の指示通り龍太郎を囲み、八方から襲いかかるが流れる動作でそれらを受け流し、気絶させられるか殺されるかでまたたく間に数を減らし、残るは頭目1人となってしまっていた。


「な!なんなんだよこのジジイ!」

「ワシャただのジジイじゃ」

「ウソつけぇぇぇぇぇ!!!」


逃げる暇もなく、悲痛な叫びと言うかツッコミと共に脇腹、鳩尾、顎の打撃3連コンボを受け撃沈するのであった。


「何か縛るものはあるかの?」


短剣に着いた血を振り落としながら戻ってくる。最後は袖で血と脂を拭き取り、ほれ、とフェイルに返す。


「あの!す、すごかったです」


短剣を受け取るフェイルの眼差しに込められる憧れはより強いものとなっていた。


倒された盗賊達は身ぐるみを剥がされ、死体は燃やし、気絶させられた者達は縛り上げ連行する。


「盗賊が現れたということは間もなくソレルオ大森林を抜けますな。テウリア到着までもう少しですぞ!」


その後も魔物の襲撃はあったものの龍太郎は一切手を出さず、クリフとフェイルを主軸に撃退しながら進み、日が傾き始める前にはリンウッドの言葉の通り木々の生い茂っていた景色から一転、視界が一気に開ける。その先には防壁に囲まれた大きな街、否、都市が見える。


そこが一行の目的地、王都に次いで発展している防衛都市。




テウリアである。




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