第参話 老剣士、人に会う
遡ること数日。
「あらら〜・・・ソレルオの大森林は奥に行くほど危険なのでなるべく浅地に転送したんですが・・・」
花も咲く草原に1人腰掛けて呟く女性。ウェーブのかかった腰まで伸びた髪は金色に輝き、時折微ぐ風に吹かれてなびく。
純白のドレスを着ており、そのシルエットはAラインと呼ばれるもの。スカート部分は前開きとなっていて、この女性が横座りしてるが故に、程よくムチリとした太ももがちらりと覗く。
そんな女性の目の前には淡く光る球が浮いており、そこには転送した対象人物、東雲 龍太郎が映し出されていた。
そう、この女性は女神だ。
「どうしましょう・・・どんどんと奥地に近づいちゃってますね・・・」
龍太郎が水の確保の為に川を探して森の中を軽快に走っている様子を見ながらハラハラしている。
そんな女神を他所に龍太郎は、猿かよとツッコミを入れたくなる速さで木に昇り、軽快に枝から枝へと飛び移り始める。
「随分とアグレッシブなお方・・・あ!危なっ・・・あ、着地しちゃいましたわ。・・・えぇ?なんかすごい走り方はじめちゃいましたね」
宙返りしながら飛び降り、パルクールを始める。その姿に驚いたり引いたりと忙しい女神。
どうやら川を探すついでに身体能力の確認もしていたらしい龍太郎の。
『あの女神っ娘、調整ミスしとらんか?』
という発言に。
「ミスじゃないもん!」
頬をぷくりと膨らませ反論する。そこには先程までの神々しさ溢れる美しさはなく、只々愛くるしい姿があった。
ギャップ萌である。
勝手なこと言わないでくださいとプンスコしてる間にも、光球内の映像では事態が動く。
『・・・ワイバーンってやつか』
「あらら・・・だから言いましたのに・・・私の声が届かないのがもどかしいですねぇ・・・」
下級とは言え竜種は竜種、戦いの熟練者でも一筋縄ではいかない相手。
しかし。
「まぁ、ワイバーンを相手にいきなり傷を入れるなんて流石現代最強の剣士と謳われるだけありますね」
女神の目に映ったのは、ワイバーンの攻撃を避けつつ居合いによって右前足に斬り込む光景。その直後には体当たりによって吹き飛ばされてしまうわけだが。
『ゲホッ・・・くぅ〜、こりゃきくわい』
の一言で済ませていた。
「反応は一瞬遅れましたが、身を引いてダメージを軽減してましたね」
咄嗟の判断力とその的確さに、長年の経験によるものでしょうか?と舌を巻く女神は龍太郎の記憶から読み取った経歴を思い出す。
「改めて考えると歴戦の猛者どころじゃないですね・・・ちゃっかり犯罪組織をいくつも壊滅させちゃってますし。こういうのをリアルチートと言うのかしら?あっ」
なんてことを言ってる間に龍太郎とワイバーンの戦いは決着を迎えた。
「まだ少々心配は残りますが、大丈夫なようですね♪・・・中層まで来てしまってるのだけが本当に心配ですが」
ワイバーンの血抜きを行いつつ爪を刃物代わりにするために研いでいる様子を見ながら呟く女神だったが、ちょこちょこ魔物の襲撃を受け、それを難なく返り討ちにしていく龍太郎の姿に、その心配すらも必要無さそうだと安堵する。
そうして龍太郎の様子を映し出していた光球を消そうとした時に、ワイバーンの素材に関する知識を探っていた龍太郎からの。
『はよ言わんかい!!』
という叫びに
「理不尽じゃありません!?」
と1人涙目になる一幕があった。
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龍太郎がこの世界に来てから1年が経った。
この頃には、ワイバーンと遭遇してもほぼ一太刀しで仕留めれるようになり、行動範囲はさらに強い魔物を求めて奥地へと行くようになっていた。
そしてこの日は。
「貴様・・・何シニ来タ」
龍太郎の目の前には2メートルは軽く超える体長と筋骨隆々とした体に腰布を巻いただけの人型ではあるが決して人ではない存在。下顎から上向きに生えた牙、額には小さいながらも二本の角があり、その見た目はまるで鬼だ。そしてその目は虹彩や瞳孔の類は見当たらないが、確かに景色を捉え、見ることが出来ていることが分かる。それでいて鋭く獰猛な光を放つ。
纏う気迫は圧倒的強者のそれだ。龍太郎をして初めて対峙した時には冷や汗をかいたほど。
「そうつれんこと言わんでくれモッグよ。手土産を持ってきたんじゃ、今晩一緒にどうじゃ?」
そんな存在に、まるで友人に話しかけるように軽い口調で龍太郎は話を切り出す。
相手はモッグ。ソレルオ大森林の奥地に近いところを縄張りとするオーガ族の族長。オーガ族は筋骨隆々とした鬼のような見た目の通り、とんでもない怪力を誇る魔物。その力は直径5メートルはあるであろう岩を持ち上げてぶん投げてくるほど。それでいてある程度の知能を持ち合わせており、自慢の怪力でゴリ押してくるような戦い方はしない生粋の戦闘種族である。そのため、オーガを討伐するには緊密な連携が必要と言われている。
そして龍太郎はそんなオーガ族の集落へと足を運んでいた。
「ナンダ、決着ヲツケニ来タノデハナイノカ」
「フハッ。1ヶ月戦って決着がつかんかったのだぞ?今更じゃろう」
「マッタク・・・死合ッテイル内ニ妙ナ顔馴染ミガデキテシマッタモノダ」
カラカラと笑う龍太郎に溜息をつくモッグ。普通のこの世界の住人が見たら驚きすぎて無表情になるのではないだろうか。
「ソレデ?手土産ッテノハ、ソノワニカ?」
龍太郎の背後には巨大なワニ。
「おうよ」
「サルード、皆ヲ集メロ。宴会ノ準備ダ」
「御意」
サルードと呼ばれたオーガはただ一言そう答え、その場を離れる。それを見送ったモッグは立ち上がり龍太郎を見下ろす。
「リュータローヨ。タダ一緒ニ飯ヲ食イニ来タ訳デハアルマイ。目的ヲ言エ」
「・・・」
瞬間、空気がピリッと張り詰める。龍太郎はそっと左腰に差した愛刀、吸魔刀【黒龍】に手を添える。
「目的?はて、なんのことやら」
「シラバックレルナ。分カッテルンダゾ」
「ほうかい、ならば・・・」
次の瞬間、龍太郎は黒龍を鞘ごと腰から抜いて右手に持ち。
「酒を飲ましてくれ」
だらしない笑顔で言う。
「ダロウナ」
鼻で笑ったのか溜息をついたのか、どちらとも言える仕草をとったモッグは巨大ワニを手土産に持って来ている時点で酒が目的なのは分かっていた様子。
なにせここ3ヶ月ほどは時折手土産を持って来てはそれと引き換えに酒を飲むということが続いており、むしろ酒以外が目的だとしたらそっちの方が驚きなくらいだ。
先のやり取りもある意味恒例のようなもの。
そして、そんなやり取りをしている間に先程サルードと呼ばれたオーガが戻ってくる。
「リュータロー。ワニハ貰ッテイクゾ」
「おう」
巨大ワニを肩に担ぐように持ち上げて再び何処かへと消えていく。
すると段々とと周りからガヤガヤとした音がし始め、更にそれから暫くして。
「族長、準備ガデキマシタ」
「ウム」
集落の中心にキャンプファイヤーのような大きな焚き火が用意され、その周りにはオーガ達と解体されたワニの肉がズラリ。それだけでなく、ココナッツのような実を半分に割った器と大岩に穴を空けてタル代わりにしたものが十数個。その中にはオーガ族お手製の酒がたっぷりと入っている。
岩がタル代わりになってるの辺り、怪力自慢の種族なだけある。
そこにモッグが器を突っ込み酒を掬い、一気に飲み干す。族長が最初の一杯を飲み干すのがオーガ族における乾杯であり、これを合図に他のオーガ達も代わる代わる器を突っ込んでは掬い取り、ガブガブと飲み始める。
「ッカ〜〜〜〜〜〜〜!オーガ族の酒はクセになるわ」
正直オーガ族の作る酒は味気はないが、慣れてくるとその味気のなさが逆にクセとなり美味しく思えて、龍太郎はそれが気に入っていた。
「相変ワラズ人間トハ思エン飲ミップリダナ」
そこに混じる龍太郎はオーガ達となんら変わらない飲みっぷりを発揮する。
「族長、ルタロー。コチラドウゾ」
そこに1体のメスオーガが大きな葉を皿代わりにワニの肉を持って声を掛けてくる。オーガ族のメスは胸元にも布を巻いており、体格はオスと変わらず筋骨隆々。それでいて曲線的であり、メリハリのある体つきだ。むしろこの筋肉質な身体のおかげでスタイルが良く見える。
女性ボディビルダーってこんな感じだよな〜、なんてことを考えながら、メスオーガが差し出したワニ肉を受け取り口にはこ
「ドウダ、コノメスト契ッテハミランカ?」
ぶうぅぅぅぅぅぅ!!!!?
「ゲホッゲホッ!おいこらモッグ!なにを言うとるんじゃ!!」
「此奴ヲ眺メテイタカラ、テッキリソノツモリナノカト思ッタノダガ?」
「なわけあるかい!わしゃ人間ぞ!?」
「ダガ此奴ハ満更デモナイ様子ダゾ」
見ると先程のメスオーガは少々照れた様子で頬に手を当てて、腰をくねらせていた。
「やめい」
なんてこと言い出すんだと、先程吹き出してしまった肉を拾い、再び口にはこ
「此奴ハ器量良シダ、リュータローニピッタリダト思ウゾ?」
ぶうぅぅぅぅぅぅ!!!!?
「だからなにを言うとるんじゃ!!」
「フン、冗談ダ」
「いや質わっる!」
「マァ、貴様ナラ同胞ノメスヲ預ケルノモ悪クナイトハ思ッテイル。癪ダガ貴様ノ事ハ戦士トシテ認メテイルカラナ」
本当なら人間を戦士として認めたくはないのだろうことが、癪という言葉から読み取れる。だが、それでも龍太郎は戦闘種族たるオーガ族の族長に認められたというのは、それだけ戦いの技量も男としての度量もあったということだろう。
「ソレハソウト」
「む?」
「貴様ハイツマデコノ森デ過ゴスツモリダ?」
「うーむ、それは考えておらんかったな」
「確カ山籠リ・・・ダッタカ?魔物トノ戦イニ慣レルタメニコノ森ニ来タト言ッテイタナ」
龍太郎は器に残った酒を一口で煽り、ただ一言、そうじゃなと答える。
「ナラバモウ充分デハナイカ?」
「確かにの。そろそろ人里に降りるのも悪くは無いかもな。じゃがその前に、もっと奥地の方へ行ってみたくは・・・」
「ヤメテオケ」
龍太郎の言葉を遮るモッグの声は、先程までよりも低く感じられた。
「奥地ニ行ケバ行クホド強力ナ魔物ガ住ンデイル。コレハ分カルナ?」
「あぁ分かっておる」
「ナラバ後ハ簡単ダ。俺ト未ダ決着ガツイテイナイ貴様ガコレ以上奥地ヘ行ッテモ死ヌダケダゾ」
さらにモッグはソレニと続ける。
「ソウイウパワーバランスノ下ニ我々魔物ハ住厶場所ヲ決メ、縄張リトシテ暮ラシテイル。アマリヤリ過ギルト、ソノバランスヲ崩シカネン」
「なるほどのう」
「トハ言エ、崩レテイタトシテモ微々タルモノダロウガナ」
モッグもまた残った酒を一口で煽り、ワニの肉を頬張りながら、岩のタルへと器を突っ込み酒で満たす。龍太郎もワニの肉を取り口にはこ
「デ、サッキノメストハ契ランノカ?」
ぶうぅぅぅぅぅぅ!!!!?
ここしばらくの間禁欲状態だったことと酔いでメスオーガが煽情的に見えてしまったことで、結局一晩メスオーガと楽しんでしまう龍太郎であった。
体格が筋肉質なだけあって締まりとか色々とすごかった。
が!
わりと後悔している、とは後に龍太郎が語ったことである。
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翌日
ズドォォン・・・
突如として地響が鳴り、周辺の小動物を驚かせる。
場所はソレルオ大森林の浅地を走る街道。そこに馬車が2台止まっていた。
1台は居住性を重視していることが見た目からも分かり、外装にも拘りが見えるデザインとなっている。そして、出入りする扉には大木のようなマークがあしらわれており、このマークはマルコ・リンウッドが会頭を勤めるリンウッド商会であることを示している。
2台目は1台目とは異なり居住性は一切考慮されておらず、荷物の搭載量に重きが置かれている外観となっていた。
そんな馬車が何故街道のど真ん中で止まってしまっているのかというと。
「くそっ!サイクロプスはこんな浅地にいるような魔物じゃないだろ!」
2台の馬車を護衛している武装集団の1人が見上げる先には、緑がかかった肌に5メートル程の体躯を持ち、筋肉質な体というより全体的にたるんだ印象を与える見た目。そして象のように大きく湾曲して伸びた牙と目が1つという特徴を持った魔物サイクロプス。
たるんだ見た目とは言え、その巨体から繰り出してくる攻撃はどれも凄まじく、その手に持った棍棒を喰らえば人間なら簡単に吹き飛ばされるどころか色々と中身が飛び出してしまう。
しかし知能は低いため攻撃は直線的なものばかりで見切るのは簡単である。
攻撃を見切るのは、だが。
「リンウッドさん!流石にサイクロプスが相手じゃ俺たちにはどうすることもできません!ここは一度戻りましょう!」
「商談があるので到着を遅らせるわけにはいかなかったが・・・仕方ない、生きてればどうとでもなる。馬車の向きを変える!時間は稼げるか!?」
「今はあなたを生かす事が俺達の仕事です!なんとかしてみせます!」
「すまんが頼んだ!お前達!馬車の向きを変えるぞ!」
リンウッドは部下達に指示をだす。
「ルーキー!お前達も来い!」
「はっ!はい!」
このリンウッドの馬車2台を護衛しているのは、ハンターズギルドに登録し、ギルドに寄せられた依頼を仕事として請け負うハンターと呼ばれる者達。
そのハンター達で構成されたチームパーティ二組総数7人。内1組はベテランの4人パーティでもう1組はルーキーと呼ばれた通り、ギルドに登録して間もない新人3人のパーティである。
「ウギィィアァァァァァァ!!!」
サイクロプスが右手に持った棍棒を振り上げ、地面に叩きつけると、先程と同じくズドォォンと地響を立て、砂埃を巻き上げる。
「くっ!・・・ルーキー、お前達も災難だな。お試しで付いて来た護衛でサイクロプスと遭遇なんてよ。カーラ!魔術で牽制だ!」
「了解!」
カーラと呼ばれた女性は杖を構え、魔儺を込め呪文を唱える。
「ニドル・バルカギロ!」
針状の炎が複数形成され、サイクロプス目掛けて飛んでいく。
「ジンとフェイルは今の内に目を狙いやすい位置へ!ルーキー残り2人はジンとフェイルを守れ!ガルド、引き付けるぞ!」
「オーケーリーダー。フェイルこっちだ。君達も来るんだ」
「はい!」
ジンと呼ばれた男はルーキー3人を連れて位置取りを変え、その間にガルドと呼ばれた大斧を持った大男と、リーダーであるジェイクはサイクロプスの背後へと回る。
「やれやれ、お守りをしながらサイクロプスを相手にしないといけないとはな」
「そう言うな、引き受けたのは俺達なんだ。最後まで責任持たねぇとな」
優しいねぇ、と内心で呟くガルドは大斧を構え。
「おらぁデカブツ!こっち向けやぁ!!斬撃ぃ!」
サイクロプスの足に向けて振るう。
ズドッ!という鈍い音と共に大斧は食い込むが、硬い皮膚と厚い脂肪に阻まれてしまう。
「やっぱかってぇなおい!」
「ガルドォ!気を付けろ!」
棍棒が地面を擦りながらガルドへと迫る。
「うおぉっと!?」
それを寸でのところで回避するガルド。これを見届けたジェイクは棍棒を振り抜いた瞬間の隙をついて斬りかかる。
しかしこの一撃も皮膚と脂肪に阻まれて浅い傷をつけるに留まり、一瞬ジェイクの動きが鈍ってしまう。そこに棍棒が襲いかかる。
「オル・リウォルド!」
いつの間にか近くまで来ていたカーラの呪文によりジェイクを囲むように半球状のバリアが展開され、ヒビは入るもなんとか棍棒を弾き返す。これによってのけ反ってしまったサイクロプスに、カーラはすかさず追撃をかける。
「メロガ・マール・セランセン!!」
今度は風が吹き、それが一箇所に向かって集中していくのが落ち葉や砂の流れで分かる。この一箇所に集中した風は人の身長分はある大きな塊となってのけ反るサイクロプスを襲う。これによって体勢を崩すかと思われたが予想に反して踏ん張り立て直した。
「そんな!メロガ級で倒れないなんて・・・」
「カーラ!ショックなら後で受けろ!!」
サイクロプスが標的をカーラへ変えたことに気づいたジンが射掛ける。しかし、先に声を発したことで存在に気づかれ、放った矢は狙った場所とは違う所に刺さる。
「チッ!やはり魔技を使わないと深くは刺さらないか・・・!ルーキー達!場所を変えるぞ!ついてくるんだ!」
ジンはルーキー3人を連れてサイクロプスの弱点である目を狙いやすい位置を探しながら移動する。
「もう少し足止めが出来るなら目を抜けるんだが・・・流石にあいつらでも厳しいよなぁ・・・」
「ジェイクさんやガルドさんでもですか?」
「そもそもサイクロプスはわたし達では敵わんような相手だ。まだ誰も死んでないのが奇跡なくらいさ」
「い、生きて帰れるんでしょうか・・・」
ルーキーの1人、クリフの不安そうな言葉にジンは安心しろとただ一言答え、お前達は何があっても生きて帰すつもりだからなと内心呟く。弓術士であるジンの元にルーキー3人が集められたのは中遠距離がメインとなるため比較的安全であり、いざという時は3人を逃しやすいだろうとジェイクが判断し、ジンはその意図を読み取っていた。
「ウギィィィィィィ!!!」
ジン達を踏み潰そうと迫るサイクロプス。ズゥンと重い音を立て踏み付けられるが、これをなんとか回避した4人。しかしそこへ棍棒による叩き付け、これも避けるが更に棍棒が地面を擦りながら追撃してくる。
「あっ!」
逃げていたルーキーの1人が躓き転倒してしまう。
「ヘルマン!!」
ジンが助けに行こうとするが間に合わず、ズガガと地面を擦る・・・というよりは削りながら迫る棍棒にルーキーのヘルマンは巻き込まれ吹き飛ばされてしまう。
「・・・ア”ッ!!」
「ヘルマァァァァァァァン!!!!」
駆け寄るジン達。
「かっ・・・はっ・・・はっ」
よかった、息はある、しかし安心はできない。右腕と左足はあらぬ方向へと曲がっており、この様子だと他の骨も折れているかヒビが入っているだろう。更に吐血していることから、内臓も損傷している。
すぐに回復魔術を掛ければ助かるが、今カーラを戦線から離脱させればギリギリ戦えていた状況が瓦解してしまう。
「すまない・・・君達は生きて帰すと決めていたのに・・・!」
ヘルマンを囲むジン達に大きな影が覆う。
「ジン!ルーキー!逃げろ!!!」
「こっちを向きなさいデカブツ!!マール・カギロ!!」
ジェイクが叫びカーラが気を引こうと火球を放つが、サイクロプスはそれを無視してジン達へ向けて棍棒を振り上げる。
ジン達にはこの瞬間が長く感じられた。逃げようにも間に合わない、引き伸ばされた感覚の中で死を察する。だが、大人しく殺されるつもりはない。ジンは歯を食いしばり矢をつがえ、サイクロプスへと向ける。
「ウガッ!?」
しかしジンが射掛けるより早く何かが飛来し、振り下ろされると思われた棍棒は、その飛来した何かが腕に深く刺さったことで取り落とされる。
「えっ?」
腕に刺さった何かを見ると矢だった。しかも、矢羽が葉っぱである事から、その辺の素材から即席で作った粗悪品であることがすぐに分かる。
こんな矢で?と驚くジンの目の前に、先程矢が飛んできた方向から人影が飛び出し、サイクロプスとの間をはだかるように着地する。
「死を前にしてなお立ち向かおうとする。その粋や良し」
ジン達の前に躍り出た人物は老人で、白く染まった髪とヒゲなびかせながら立ち上がる。服装は黒色の見慣れないヒラヒラしたもの。左手には弓と矢が3本、右手に矢を1本持ち、腰にはドラゴンの鱗のような模様があしらわれた黒い鞘に収まった細身の剣。
何者だ?
ジンだけじゃない、他のベテラン達も同じように驚き、同じように考え、ルーキー2人はただ啞然とこの様子を見ているだけだった。
「ウギァ!」
このタイミングでサイクロプスが腕に刺さった矢を抜いて投げ捨てる。
「おうおう、苛立っとるのう。若者よ、ちょいと持っとれ」
「えっ?あ、え?あ、はい」
ひょいと放り投げられた弓と矢を戸惑いながらも受け取り、そこでまた驚く。鏃がただ先端を研いで尖らせただけの矢だったのだ。さらに弓は複合弓と思われるが、木材に挟まれた骨や持ち手に巻かれた皮、これらの素材はこの大森林の浅地にいるような動物や魔物のものではないことが分かる。
「あっ、待ってください!相手はサイクロプスですご老人!危険ですよ!!」
サイクロプスに向って走り出した老人を見て忠告するも既に遅く、老人は腰の剣を抜きながらサイクロプスの攻撃を避けながら足下へと潜り込みアキレス腱を斬り裂いていた。
「ウガァァァァァァ!!!」
腱を斬られたサイクロプスは膝を着き、そのまま倒れそうになるところを手を着いて自らを支えるが、今度はその腕を切断され完全に倒れ込む。そうして頭の位置が充分低くなったところで、その首目掛けて刃を振り下ろし両断。ゴロリと頭が転がり、体はそのまま脱力して沈黙する。
あれだけ苦戦したのに、この老人の介入によってあまりにも呆気ない終わりを迎えたことにハンター達はただ口を開けて驚くしかなかった。
当人は柄を弾くように手元で剣を転がして血を落とし、鞘に刃を沿わせて剣を納める。既にサイクロプスを倒し、戦いは終わっているというのに一切の隙がなく、それでいて美しい所作である。そして辺りを見回し。
「娘っ子、魔術を使っておったな。治癒魔術が使えるなら小僧のところへ行ってやりなさい」
「あっはい!」
ここでようやく皆が我に返る。
「見たところお主がリーダーかの?」
「はい、この護衛パーティのリーダーを勤めてます、ジェイクと言います」
「これはご丁寧に。ワシは龍太郎と申す」
2人は握手を交わす。その感触は剣を握る者特有のゴツゴツとしたものではあったが、剣士の手、と言うにはまだまだといったところか。龍太郎はジェイクを見る。20後半くらいの見た目で短く赤い髪が第一印象の男。急所を守れる最低限の防具のみを着ていて、下半身がよく鍛えられていることから一撃離脱などの速さが求められる戦法を取っているのではないかと考えられる。
「あの者達が危険だった故、失礼ながら手出しさせてもらった。獲物を横取りする形になってすまんの」
「いえ、貴方が来なければ彼らは死んでいました。それに、彼らを失えば戦力は減り、結果として我々は全滅していたでしょう。本当にありがとうございます」
深々と頭を下げるジェイクを見て龍太郎はほうと唸る。なんと真っ直ぐな男か、龍太郎としてはとても好感が持てる男である。
すると、奥の方から小太り気味な男が息を切らしながら駆け寄ってくる
「ジェイク殿!ご無事で!」
「リンウッドさん」
「突然静かになったもので・・・おや?こちらのお方は?」
「リュータローさんです。彼のお陰で助かりました」
「そうでしたか、私はマルコ・リンウッドど申す者です。リンウッド商会の会頭を勤めております。彼らを救っていただきありがとうございます。後で何かお礼をさせてください」
「私の方からも何かお礼をさせていただきたいです」
余程危険な状態だったのだろう、感謝のされようがすごい。
「ふ〜む、その話はまた後にして、まずはあの小僧の様子を確認しておきたい」
「ヘルマンですか」
サイクロプスの攻撃を受け吹き飛ばされてしまったルーキーハンター。ちらりと見た時に右腕と左足があらぬ方向へ曲がっていたため、龍太郎としても安否が気になっていた。
女性が魔術を使っていたので、もしかしたら治癒魔術も使えるのでは?と思い声をかけたのだが、何やら呪文を唱え、淡い光を放っているのを見て正解だったと悟る。
「カーラ、ヘルマンの様子は?」
「残った魔儺で何とか治癒できたわ。まだ不十分ではあるけど、後は少しずつ治癒魔術を掛けていけば回復するはずよ」
「あぁ〜ヘルマン・・・よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
クリフとフェイルはヘルマンが無事だと知り、安堵の涙を浮かべて泣き始める。
「本当によかった・・・」
リンウッドまで目に涙を溜めて嬉しそうな様子。情に厚い男なのだろうと龍太郎は考える。
「私はまた馬車の向きを戻してきますので、お待ちください。ヘルマン君は馬車の中で休ませましょう」
「ありがとうございます!カーラさんもヘルマンを治していただきありがとうございます!えと、おじいさんも本当にありがとうございました!」
精一杯の声でお礼を言ったのはクリフ。革鎧に見を包み、ジェイル達に比べると全体的に細く、まだまだ鍛錬が足らず初々しさがある。何事にも一生懸命取り組もうと頑張る、金髪で童顔の可愛い男の子だ。年齢は12歳と言ったところか。
「ご老人、この弓と矢返します」
「ん?おぉ、すまんの」
「死を覚悟してましたが、あなたのおかげで助かった。わたしはジン・・・あとでその弓について教えてくれませんか」
自己紹介したあとにこそりと囁くジン。
「む?この弓か?」
「あぁ、複合弓にしては使えさえすればいいと適当に作ったかのような印象。それなのにサイクロプスの皮膚に矢が深く刺さる程に弓力が強い。これは多分素材によるところが大きいんじゃないかと思いましてね。素材が何なのか知りたいんです」
金髪のロン毛で整った顔立ち。とても丁寧な男だ。そして、弓使いなだけあって弓に関して人一倍熱心なのだろう。
鎧類は弓を持つ左の肩と腕、そして膝当てといった具合に最低限のものを着用している。
「あぁ、なんじゃ。これはワシが作ったものじゃよ。素材に関しては、木材はニチレじゃ。骨と皮と弦はワイバーンじゃよ。貼り合わせる膠はファングボアの毛皮を使っとる」
「へ〜ワイバーンか。ワ・・・え、ワイバーン???」
「ワイバーンじゃ」
「ワイバーンの素材はどうやって・・・?」
「ん?自分で狩ったが」
「かった・・・?あ、あ〜なるほど、購入したのですね」
「何を言っとる?買ったんじゃなくて狩ったんじゃよ。倒 し た の」
「え、あ、じゃあ何人でワイバーンに挑んだんですか?」
「1人じゃが?」
「みんな〜聞いてくれ〜このご老人バケモンだ〜」
「誰がバケモンじゃ」
「コラ!!ジン!!!恩人に向ってなんてことを!!すみませんリュータローさん」
「かっかっかっ!気にするでない」
「懐ふっか」
なんてやり取りをしてる内にリンウッドが馬車に乗って戻ってくるのだった。