第弐話 老剣士、異世界へ行く
見渡せば青々しい匂いを漂わせる様々な種類の草と、それらが根をおろし、あらゆる命を育む土。次に見上げれば日の光を独占せしめんとばかりに木々が伸びており、風に流されザーと音を立てる葉の隙間からはちらちらと木漏れ日が揺れる。
ソレルオ大森林とそこは呼ばれている。
大陸において最も広大な森林であり、数多くの魔物や動物が生息する、浅地の街道以外人の手が入っていない、否、人の手が入りようのない自然豊かな場所。5大国と呼ばれる5つの大国のうち、カヴァーナ王国とリブロン帝国の2つの大国と、多くの小国に隣接しているのも特徴だが、もう一つ大きな特徴がある。それは、奥地に行くほど強大な魔物が潜んでいるため危険であることだ。これが浅地の街道以外、人の手が入りようのない理由である。
そんなソレルオ大森林の中に静かに佇む老人の姿がそこにはあった。
黒の着物に黒の袴というシンプルな和装。年齢は120代だがそうは見えず、どう見ても60代や70代にしか見えない。しかしそれでも顔に刻まれたシワには、この老人が歩んできた人生を感じさせる。白く染まりきった口髭と顎髭、そして背中まで伸びて一纏めに結ばれた、これまた真っ白い髪もまた渋さがあり、髭と髪が時折風になびくその様子はまさしく燻銀と言える。
「さてと、先ずは水の確保かの。川じゃな川」
この老人、東雲龍太郎は浅地とはいえ危険な森にいるとは思えない軽い口調でひとまずの目標を語り、女神によって作り変えてもらった体に慣れるのもかねて走り出す。
それから体感で2時間ほど走りまわり、ようやく川を見つけた。
「ふぃ〜、ようやっと見つけたわい」
川を探して走る過程で大して息切れもせずに走り続けれていることに気付き、試しに木に昇ったり、枝から枝えと飛び移ったり、無駄に宙返りしながら飛び降りてみたりと、ありとあらゆる運動やアクロバットをしていた。
その結果、肉体はほんの少しだが若返っているように感じられた。更には維持するのでやっとだった筋力、体力共に今後の鍛錬次第では強化できるのではないか。体のほんの少しこ若返りはともかく、これは流石にやり過ぎなのではないかという思いが出てくる。
「あの女神っ娘、調整ミスしとらんか?」
これで良いのかという思いからついツッコミが出たが。
「まぁええわ。得はあっても損はなし」
とすぐに考えを切り替え、見つけた川に目をやる。
「お、飲み水さえ確保できればと思ってたが、この川魚もおるな!ラッキー」
幸先良い修行生活のスタートを切ることができたと喜ぶ龍太郎。しかし、ここは異世界であり、元いた世界とは全く異なる生物、それも魔物と呼ばれる危険な存在がいることを失念してしまっていた。さらに、自分がどこにいるのかも。
魚を捕るための槍でも作るかと踵を返したその時。一迅の風と共に大きな影が頭上を通過し、龍太郎の背後でズドンと重い音を立てる。
「・・・っ」
今まで幾度と感じてきた殺気や重圧。経験してきたいずれのものとはまた毛色の違うものが龍太郎へと伸し掛かる。
砲弾や銃弾が飛んできてる時のような無慈悲で無機質なものではく、もっと生物的で本能的、そんな重圧。敢えて近しいものを挙げるならば、かつて元の世界で山籠りしていた時に熊と遭遇したことがあった。その時に感じたものに近い。だが、今感じているのはそれよりももっと大きく凶暴なものだ。
振り向いた先にいたのは、8メートルはあるだろう体躯を持ち、見た目は完全に蛇やトカゲといった爬虫類に似通った生物だった。だが、それらの生き物とは明らかに違う特徴が巨体以外にもう一つ、前足から翼が生えている。
「・・・ワイバーンってやつか」
目の前のそれは、ワイバーンという竜種に分類される魔物。竜種の中では最下級に位置するが、それでも竜種の名は伊達じゃなく、鱗は硬く皮膚は柔いという特性を持っていて、並の剣や矢は簡単には通さない。更に牙や爪による攻撃もまた強力で、鎧ごと引き裂かれ絶命したというのはよくある話。
そんなワイバーンは龍太郎を捕食対象として視界に捉えており、それを察知しているにもかかわらず当の本人は少し楽しそうに口角を上げながら腰に差している魔刀と呼ばれる刀、吸魔刀【黒龍】の鯉口を切る。
「体には大体慣れた。次は試し斬りといこうか」
この言葉を聞いてか聞かずか、ワイバーンが高く跳躍し龍太郎へと襲いかかる。繰り出してくるのは右前足の爪による一撃。これを左へ転がるように転身して躱し、地に足が着くのと同時に抜刀。その動作を斬撃へと変えワイバーンの右前足へと斬り込む。
スパァッ!
見事斬り傷をつけ、鮮血と共に鱗が飛散する。しかし浅い。
この傷を見たワイバーンは龍太郎を睨む。獲物の分際でよくも。そう読み取れる形相だ。
「今の手応え・・・かなりの切れ味じゃな。次はもっと深く斬り込むとしようか」
先の一手でワイバーンの鱗も充分に斬れると判断し、攻めのため黒龍を正眼に構える。ワイバーンもまた、龍太郎を自分に傷を付けることができる存在と認め警戒する。両者の間に流れる沈黙。
刹那
示し合わせたかのように互いは動き出す。龍太郎が間合いを詰めるべく踏み込むと同時にワイバーンは右へと跳びそのまま体を捻り、長い尻尾を横薙ぎに振るう。それを宙返りの容量で跳び越えるように回避し、再びワイバーンへと間合いを詰めようとするも逆に詰められており、体当たりを喰らう。
「ぐぅっ!」
息が詰まり苦しいのを堪えながら、吹き飛ぶ体をそのままゆだねて地面を転がる。詰まった息を整えようとした龍太郎にワイバーンはさらなる追撃のため突進。これを横へ飛び込むようにしてなんとか避ける。
「ゲホッ・・・くぅ〜、こりゃきくわい。フゥ、巨体故に一撃一撃が重いときたもんだ」
ワイバーンの突進を回避したことによって距離が離れ、この隙に息を整え悪態をつくも、その表情は楽しそうだ。それでいながら龍太郎の目はギラリと獰猛な光を放ち、溢れる気迫は人のそれとは到底思えない鬼気迫るものがあり、まるで別人だ。
「お前の動きは大体分かった。体も温まったしの、ここからが本番じゃぞ?」
黒龍を肩に担ぐように構え、腰を低く落としワイバーンへと向き直る。
対するワイバーンは再び龍太郎へと跳び掛かり左前足の爪で攻撃をしかけるも、それを刃で受け流しつつ斬る。
ズパァッ!!!
手応えあり。
「グギャァァ!!」
赤い飛沫が上がり、ワイバーンは転げる。斬られた左前足の傷は深く、ドクドクと血が溢れる。
それでもワイバーンは立ち上がり、龍太郎を見据える。その目は獲物ではなく敵を見る目へと変わっていた。
次は龍太郎が仕掛ける。
今までで最も強い踏み込み。そこから生み出される速度もまたこれまでとは比較にならず、一瞬でワイバーンへと詰め寄り下から一閃。これを肩に受けながらもギリギリで飛び退き回避するワイバーンだったが、先程とは逆で今度は龍太郎が追撃する。脳天へ向けての上段からの振り下ろし。これを吹き飛ばそうと尻尾で横に薙ぐが、いち早く反応した龍太郎によってこの尻尾がザンと両断された。
「グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
耳をつんざく雄叫びを上げ、のたうち回るワイバーン。龍太郎はこれを隙と見て、黒龍を再び上段に構え首を捉えるが。
「グガァ!!」
「うおっと」
近付いた龍太郎に噛み付こうとする。
「グルルルル・・・」
まだ終わっていないと、尻尾を失ったことでバランスを崩しながらも立ち上がる。
「人間如きにやられるのはプライドが許さんといったところかの?」
実際のところ真意は分からない。しかし、対峙するワイバーンの目には未だ闘争心が宿っている。逃げようという意思は一切感じられない。
「それもまた生き様、見事なものよ。来い、次で決着じゃ」
龍太郎は再び強く踏み込み、ワイバーンもまた全霊をかけ突っ込んでいく。
「むん!!!」
交差する瞬間、龍太郎を食らおうと大口を開けるも、龍太郎は半身捻りこれを回避、同時に黒龍をワイバーンの喉へ向け振り上げる。
ザグゥ!!
喉から斬り込んだ刃は肉を一瞬で裂き、骨へと到達。そのまま断ち斬り、最後は前足よりも硬いうなじの鱗の抵抗を受けながらも刃は食い込み、そのまま首を一刀のもとに両断。首から離れた体は脱力し倒れ込み、直前までの突進による慣性に従って土埃を巻き上げながら数メートル滑り転げた。
「ワイバーンは食えるらしいからの。お前の命は無駄にはせんよ」
言いながら刃を下に向け、付着した血を切っ先へと流した後に振り落とし、鞘へと収めた。血振りから納刀までの一連の動作には一切の隙がなかった。
「さてと。解体しますかな」
つい先程まで溢れていた気迫が嘘のように消え失せた龍太郎は、ワイバーンの亡骸へと歩みより。
「しもた!女神さんにナイフも貰っておくべきじゃったわ」
あいた〜と嘆くその姿は、一太刀でワイバーンの頑強な骨と鱗を斬り裂いた男とは到底思えない滑稽なものだった。
それから暫く考え、ひとまずはワイバーンを吊るして血抜きをすることに。その間に爪を切り取ってこれを研げばナイフの代わりに使えないかという考えに至る。
「使えなければ刀でぶった斬ればいいか」
女神にもらった知識によれば、皮は綺麗な状態であれば高値で取り引きされるようだ。しかし、今回は金が目的ではなく、その肉と、色々と使えそうな骨や牙、爪だけ。であるならば、今は綺麗に解体する必要はない。
ということで太く強度のありそうな蔓を見つけ、爪を切り取ってから足を結び、木に吊るして血抜きを開始。その間に川の方で良さげな岩を見付けると、それからはただひたすらに研ぐ。
最初はゴリゴリとした感触と音で、時折引っ掛かっていたが研いでは川の水で流し、流しては研いでを繰り返す内に研ぎはスムーズになり、次第に感触と音はザリザリとしたものに変わっていった。
その頃には血抜きはある程度終わっており、いつでも解体できる状態だったが、ナイフ代わりにしようとしている爪の方がまだ不完全なため研ぎ続け、没頭すること数時間。血の臭いに誘われやって来た肉食性の魔物や動物を蹴散らしつつ、日が地平線の向こうへと姿を隠し始めた頃にようやく研ぎは完了した。
「思うたより時間かかってしまったわい」
さてどうしたものかと顎髭を弄りながら思案し、血抜きが完了したワイバーンは下ろして内蔵だけ取り出して洗い、取り出した内蔵は現在地から少し離れたところに置いておく事にした。そうすれば肉食性の魔物や動物は内蔵の方に行ってくれて、幾分かは過ごしやすくなるだろう。
そうと決まれば実行あるのみと着物を上半身だけ脱ぐ。露わになった上半身は無駄無く鍛え抜かれた肉体美で、肩、胸、腹には斬り傷や弾痕など、幾つも傷跡が目立った。だが、背中には一切傷がなく綺麗なもので、前と後のギャップに驚かされる。
諸肌脱ぎの格好となった龍太郎はワイバーンを下ろして川の方へと運び、女神から貰った知識を元にナイフ代わりの爪で腹を裂き内蔵を取り出し始める。
「おぉ!想像以上に切れるなこれ!こりゃ使えるわい!」
それもそのはず、爪や牙は武器に加工されることもあるくらいなのだ。研げばある程度はナイフの代わりとして充分に使える。因みにこのことも女神にもらった知識の中にあり、後にこれを知った龍太郎は「はよ言わんかい!!」と理不尽なツッコミを入れることとなる。
作業が終わるとそのまま内蔵を茂みの中へと持っていき程よいところで分散するように置いてくる。
戻ってからはワイバーンを川につけて固まった血を洗い流して、本格的に解体作業へと入る。裂いた腹からナイフを入れて皮を剥ぐ。その後、関節にナイフを入れ込んで前足を切り離して翼膜を削ぎ落とす。こうして各部位を切り離して解体が完了した頃にはすっかり夜も更けきってしまっていた。
だからと言って続きは明朝にするか、等という考えにはならないのが龍太郎だ。食える時に食えるものを食えるだけ食う。これまで数々の修羅場を潜り抜けてきた経験からくる持論である。
ということで、休むことなく早速解体の途中で起こしておいた火で肉を焼き始める。更に、一度に焼く量を増やし少しでも効率を上げる為に焚き火を3つにする。とにかく肉を全て焼く。焼き上がったそばからかぶり付き、かぶり付きながら肉を焼く。この間にもちょこちょこモンスターの襲撃はあり、その度に斬り伏せ、死体は離れた所に捨てる。これを繰り返していくうちに空腹は満たされ、同時にワイバーンの肉も全て焼き終えていた。食べきれない分はその辺から見つけて来た大きな葉を皿代わりして肉を並べ包む。日が昇り始めるまでには今しばらくある為、ひとまずは近くの木を背もたれに腰掛け、黒龍を抱いて仮眠を取る。
こうして龍太郎は異世界山籠り生活の1日目を終えるのだった。
ーーーーー
翌朝の日もまだ昇らぬ頃、月明かりに照らされながら吸魔刀【黒龍】を、諸肌脱ぎの格好で振るう龍太郎の姿があった。
昨日は刀を試すこともなく、いきなり初戦闘を経験した。だが、逆にこのおかげで黒龍の切れ味は信頼できると確信し、愛刀として認め、自分自身が黒龍の持つ癖に少しでも早く慣れる為にと素振りに勤しんでいた。
正眼から頭上に持ち上げられ、風切り音を立てながら振り下ろされた刃は、寸分のブレもなくピタリと止まり、正眼の位置に戻る。これを起きてから幾度と繰り返しており、しかもただ振るうのではなく、全神経と全筋肉を集中させ、一振り一振りを全力で振っている。
東雲流には「唯一無二の一振りなり」という教えがある。
東雲流の剣術は平安の頃から存在する流派で、戦乱の世となってからは、1人で多数の敵を倒す事を目的とした剣術へと発展した。しかし、元々は一撃で敵を倒す一斬必殺の剣術であり、この性質から暗殺にも度々用いられてきた歴史を持つ。
この教えはその頃の名残りと言え、一対多の剣術になってからもその根幹は変わっていないことを表す。
朝日が顔を覗かせ始め、僅かに差し込む光が黒龍の刃と龍太郎の汗に反射する。
これを合図に素振りをやめて着物と袴、そしてその下にある褌の全てを脱ぎ捨てて汗を流すべく川へと入る。
「くぅ〜っ、冷た!こりゃ身が引き締まるわい」
一瞬肺が驚き、息が上がるような冷たさだったが、起きてから続けていた素振りにより火照った体を冷ますには丁度よかった。
「さてと、今日はやる事が多いの」
川に浸かりながら頭の中でやるべきことリストを思い浮かべ呟く。
食料確保の為にモリや弓など道具作り。次に雨風を凌ぐための簡易的な家。肉には事欠かないが、山菜や木の実といった食材の調査、調達。
ひとまず優先度が高いのはこれらだろう。
川から上がり、何から始めようかと見渡すと、目に写ったのは昨日解体したワイバーンの骨だった。
「ふーむ。確かワイバーンの骨なんかも用途はあったはずじゃが・・・」
女神に直接送ってもらったこの世界の様々な知識。それらの中からワイバーンに関する知識を、記憶を思い出すように探る。
「お、これか。弓も作れるのか、こりゃ便・・・ん?」
その時、ワイバーンの爪に関する情報もあった。研げばナイフの代わりになると。
「はよ言わんかい!!」
龍太郎の理不尽なツッコミが響く。
それから暫く、ワイバーンの骨を素材に弓を作るべく準備を始める。土台となる木材に選んだのはこの世界ではニチレと呼ばれるイチイによく似た木。その中でも比較的細い、切りやすそうなニチレを選び、黒龍を抜き構える。ここで龍太郎は黒龍について思い出す。
吸魔刀【黒龍】はその名の通り、吸魔、すなわち魔儺を刃から吸収し己が力とする能力を持つ。吸収した魔儺は黒龍の中に保存され、所有者である龍太郎の意思で刃に魔儺を纏わせるなど、使用する事ができる。ただし、魔術への変換は不可能。
そして、魔儺とは様々な自然物や人間を含む全ての生物に宿っており、この世界に満ち溢れているエネルギーである。人にとっては生活インフラとしてなくてはならないものであると同時に、魔術と呼ばれるこの世界独自の技術の源ともなっている。人の歴史は魔儺と共にあると言える。
「じゃが女神っ娘の話では、ワシは元々が魔儺のない世界の人間だったから魔儺はないし扱えない・・・と」
だからこそ女神は龍太郎の為に黒龍を作った。魔儺を持たない龍太郎の代わりに魔儺を吸収、保有し、魔儺の扱えない龍太郎の代わりに最低限の操作、補助をする。
最低限の操作と補助、その一つが。
「魔儺を刀身に纏わせ、切れ味を更に上げる・・・のう」
頭の中にある黒龍の扱い方。その説明の通り思考の中で黒龍へと命令を下す。「纏え」と。
次の瞬間、黒龍の刀身に目では見えない何かが纏わりつき、刃が黒く染まる。それでいて地肌や刃文、鎬筋等はしっかり見えているのだから実に不思議だ。
「なんとまぁ奇っ怪な。じゃが、黒龍とはよく言ったもんじゃ・・・な!」
言いながらニチレの木に向かって袈裟懸けに一閃。木を斬ったとは思えない手応えと共にニチレは倒れる。これを更に削るように斬り、弓の土台となる木材は完成した。
次はワイバーンの骨を程よい太さに削り、木材と合わせながら微調整していく。
ここで腹の虫が鳴ったので休憩も兼ねて食事を摂る。
その後は弓作りの続き・・・かと思いきや、穴を彫って粘性のある土を見つけ、これで石を固めて石窯をつくる。次に樹皮を剥がして即席の鍋を作り、途中で倒したファングボアというイノシシ型の魔物から皮を剥ぎ取り、さっき作った石窯と鍋を使って煮詰めて接着剤となる膠を作る。
ここでようやく弓づくりを再開する。弓作りの合間を縫って薬草や山菜、木の実等を採取して過ごし、数日後に完成したのは持ち手となる中心部にワイバーンの皮の一部を巻き付け、他の数カ所には翼膜を裂いて作った糸を巻き補強した複合弓。
矢は木を細く削って先端を尖らせることで鏃とし、逆端には切れ込みをいれて、ここに炙って乾かした葉っぱを挟んで余分は切り落とし矢羽を作る。
完成した弓を試すべく近くの木に向けて試射すると、矢は木を見事貫通し、曖昧な記憶を辿り適当に作った割には高い威力を示したのだった。
「ふむ、こりゃ使えるの。早速獲物を探すか」
弓を作っていた数日の間にワイバーンの肉は食べ尽くし、現在はもっぱら山菜や木の実、時々川で獲った魚を食べて生活していた。
道すがら山菜や実を採取しつつ獲物を探す。
これまでに見つけたのはタラの芽やイタドリ、ボウナ等々。いずれもそれに似た植物でしかないのだが、食感や味は紛れも無いものだった。サバイバル生活故に調理方法が限られており、茹でるか焼くかしかできないのが勿体ないというのが正直なところだ。
岩塩やスパイスの類を見つける事ができれば幾分かはマシになるのだが。
なんてことを考えながら歩いていると、カラシカというシカに似た草食動物を見つける。
「今夜の飯はあいつじゃな」
早速、お手製の弓に矢を番え弦を引く。絞られる弓からキリキリと音が鳴る。
次の瞬間、放たれた矢はカラシカの頭部に命中し転倒させる。しかしカラシカは絶命しきれずもがき苦しみ、これを楽にしてやるために龍太郎は黒龍を突き立て止めを刺す。
「お前の命、頂かせてもらう」
手を合わせて血抜きを始めるのだった。