第壱話 老剣士、女神に会う
久々の執筆活動です。
前作、最強の迷宮攻略者から読んで頂いてた方ありがとうございます。
今作をもって執筆活動を少しですが再開していきますのでよろしくお願いします。
それではどうぞ
いつの間に寝ていたのか、微睡みの中に男は居た。
意識の浮き沈みの中で、目以外の感覚が周りの情報を取り込み始める。
頬を撫でるように微ぐ風。それに揺られてるのか、草花のようなサラサラとした音と風に乗ってほのかに香る花の匂い、それに混じって別の良い香りが鼻に入ってくる。
そして頭には温もりのあるものが添えられており、安心感さえ与えてくれる。さらには後頭部に軟らかな、否、柔らかな感触。
それらがあまりにも心地よく、今しばらくこのままでいたいなと、浮上し始めた思考の中で呟く。
「ふふ♪」
その思考に答えるように何者かが囁いた。
「そらならまだこのままでよろしいですよ♪」
耳から体全体に浸透していくような優しい声だったが、この出来事に微睡みにいた男は一気に覚醒する。カカァッ!と見開いた目は日の光に眩んでしまい、薄目にすることで徐々に目を光に慣らし、ようやく声の主をその目に収めることができた。
優しい光を宿す瞳に少し高めの鼻、そして艷やかな唇と小さくも整った顔。微風にひらりとなびく髪はウェーブと金がかかっている。美しさと可愛さを兼ね備えた美女と美少女とも言える存在が目の前にいた。
「あ〜・・・どうも?」
「はい、どうも♪」
まったくもって状況が理解できない男がようやく絞り出した言葉に目の前の女性はにこやかに答える。
男は状況を把握する為に辺りを見渡す。見えるのは微風に揺れる草花に青空をゆったりと流れる白い雲、そして美女とも美少女とも言えるこの女性。
いやちょっと待て、おかしい。自分はいつの間に寝ていた?そもそもここはどこだ?この人は誰だ?
様々な疑問がぐるぐる流れる中で一つ、後頭部の柔らかく心地よい感触を思い出し、そちらに目をやるとムチリとした女性の太ももが。
「む!?」
慌てて体を起こすが余計に分からなくなってしまった。
「ふふ♪とても混乱してらっしゃいますね」
無理もない。起きたら見知らぬ場所で、見知らぬ女性、それも見目麗しい人に膝枕されているという状況、混乱しない方がおかしいだろう。特に膝枕は、気持ちよかったなぁとついつい思考が脱線してしまうくらいには至福であった。
女性を改めて見ると、出るとこは出ているが激しい自己主張というよりは、静かに存在をアピールしており、キュッと引き締まったウエストも相まって上品さとセクシーさを両立させたような、そんな印象のスタイルをしている。纏っている衣は真っ白いドレス。先程まで枕にしていた太ももが見える前開きのスカートは、立ち上がると裾は地面に擦れてしまう程に長く、これがよりこの女性の美しさと神々しさを引き立てていた。女性に見惚れていた男は、いかんいかんと脱線した思考を戻す。
「あらら、本当に混乱しちゃってますね。まずは何故貴方がここにいるのか、その説明からいたしましょうか、東雲 龍太郎さん♪」
「!?」
男、龍太郎は名を知られていたことでより一層警戒を強めてしまうが、自分では把握しきれないこの現状、女性の説明を聞いた方が得策と判断する。
「貴方は偶然にもここに迷い込みました♪」
「はぁ・・・」
「気絶していたので膝枕で介抱してました♪」
「はぁ・・・」
「そして私は女神で、ここは私が作った空間です♪」
「はぁ?」
「分かりましたか?」
「分かるか!」
龍太郎のツッコミにおや?と可愛らしく首を傾げる女神と名乗った女性。
「もう一度説明しますね?」
「うむ」
「貴方は偶然にここに迷い込みました♪」
「うむ」
「気絶していたので介抱しました♪」
「うむ」
「そして私は女神です♪」
「それが分からん!」
今度はあらら〜?と困り顔をしてみせる女神。
「ワシはここに迷い込んだんじゃな?」
「そうですね♪」
「次に気絶してたから介抱して頂いた」
「そうですね♪」
「そしてお主は・・・」
「女神です♪」
「マジで言ってる?」
「マジで言ってます♪」
龍太郎としては真っ向から疑うことができないでいた。というのも、この女性は思考を読んでいるかのような言動を繰り返しており、終いには名乗った覚えはないにも関わらずフルネームで呼ばれているのだ。これはもう思考は読まれているし、そういう力を持った存在であると考える方が自然だと龍太郎は考えた。それに龍太郎自身、超常の存在、現象に出会したことは幾度もある。ならば、今まで遭遇してないだけで、神が存在していてもおかしくはないと結論づける。
そして先程からこの女性から感じられる表現できぬ神々しさもまた、女神であるということに説得力を持たせる。
「すごいですね、120代の超高齢おじいちゃんとは思えない思考力の高さです♪」
「年齢まで・・・」
「すみません。勝手ながら貴方のことは膝枕してる間に見させていただきました」
「・・・というと?」
「貴方の出自、経歴、ここに来た経緯、全てを貴方の記憶から読んだのです」
膝枕されてる時に頭に添えられているのを感じた安心感のある温もり。あれは彼女の手であり、その手を介して記憶を読み取ったということらしい。
「なので、貴方が東雲流剣術の先々代家元であり、120歳とは思えない、衰え知らずの見た目と肉体年齢、そして剣技。知る人ぞ知る現代最強の剣士として有名な方というのは分かりました♪」
「・・・日々の鍛錬を怠っておらぬだけのことよ」
素っ気なく答えるも、あまりにも美しい女性に褒められたことによる照れ隠しに過ぎず、当然の如くそれも見抜いてる女神はニコリと笑顔を作るだけだった。
「・・・して、ワシがここにいる理由だが」
「貴方は、夜明け前から行う朝稽古の後、日課の散歩に出かけられましたよね♪」
女神の問いかけに龍太郎は軽く空を仰ぎ、記憶を辿るような仕草をする。
「そうじゃな、たしかにワシは朝稽古の後散歩に出かけた・・・その途中で」
「思い出してきましたか?♪」
「うーむ、たしか橋を渡っている途中で・・・」
何かを思い出したようにハッとなり女神を見やる。
「そうです。地震が発生し、橋は崩落。貴方はそれに巻き込まれて河に落ちていきました」
「すると何か?ここは冥土だとでも言うのか?聞いてたのとはえらく違うが」
「ブー、違います♪さっきも言いましたでしょう?ここは私が作った空間ですと」
女神の説明によると、発生した地震はかなり大きく、それに伴い膨大なエネルギーが生じ、空間に作用したという。それによって空間に亀裂が生じ、今いる場所に期せず繋がってしまった。その亀裂の中に偶然橋の崩落に巻き込まれた龍太郎は入り込み、ここに迷い込んだということらしい。
地震のような災害の時には強いエネルギーが発生するらしく、そのエネルギーが時には時空に、時には空間に作用してしまうことがあり、冥界や異世界へ繋がったり過去や未来へ繋がったりすることがあるという。この説明を聞いた龍太郎は、過去に発生した大地震の時には、異世界へ行っていたという話や死んだ筈の人と会ったという話、未来の世界を見た等々、様々な話がネットに多数上がっている、というのをオカルト好きだった孫から聞かされていたのを思い出した。
過去に出会した心霊体験や不可思議な体験の話をせがまれて語っていたことも思い出す。
「可愛いお孫さんですね♪」
「おっといかん。つまりここは別世界ということでよろしいかな?」
「そうなります♪」
「ふ〜む・・・元の世界に戻ることは?」
この問いを聞いた女神は少しだけ暗い表情になる。龍太郎はそれを見逃す筈も無く、その表情から察する。戻ることは出来ないことを。
「すみません・・・」
「まぁの、戻れるならワシが寝とる間に戻してるじゃろうしなぁ〜」
「その代わり!!」
「ぬお!?」
このまま暗い空気になるかと思いきや、女神は龍太郎にズイッと顔を近付ける。
眼福である。
「もし龍太郎さんが嫌じゃなければ、私が管理する世界に行ってもらおうと思うのですがどうですか!」
「お主が管理する世界?何を言っとるんじゃ」
「私は女神ですよ?世界の1つや2つ管理してるに決まってるじゃないですか♪貴方が元いた世界にも管理する神はいますよ?」
「マジか」
そしてこれが、龍太郎を元の世界に帰せない理由でもあるという。要するに、龍太郎が元いた世界は管轄外だから干渉できないらしい。
「それとも、もう充分に生きたから必要ないですか?」
「うーむ、どうせワシはここに来なかったらあの地震で死んでおったのだろう?」
「あ、それはないですよ。シミュレートしてみた結果、あの後ここに来なくても普通にピンピンしてました。しぶといですね♪」
「しぶといとか言うな」
すみません♪とクスクスと笑いながら謝る女神に、何が楽しいのやらと龍太郎は内心突っ込みつつも話を続ける。
「で?女神様よ、お主が管理しているという世界はどういう世界なのじゃ?」
「それはですね〜、こういう世界です♪」
そう言いながら女神が龍太郎の額に人差し指を当てると、指先が淡い光を放ち。
「うお!?なんじゃこれは!?なんか頭にき流れ込んできよる!!!」
龍太郎の脳内へと、直接世界のイメージを送り込んだ。
「これが私が管理している世界です♪自然豊かで綺麗でしょう?」
「う、うむ。ぬ?なんじゃあの小汚い・・・人?ホームレスか?この世界の人間はあんな薄い緑の肌なのか?」
「ふふ♪それは人ではありませんよ。ゴブリンという魔物です」
「ま、まもの?」
「この世界には、今ご覧いただけているように人や動物以外にも、魔物と呼ばれている生物が存在しているのです」
「ほうかほうか、面白いな。お?あれは妙ちくりんじゃな!鷲の頭で翼生えとるのにケツは獅子ときた!」
「た、楽しそうですね」
その後もしばらくは元の世界では見たこともない生物のオンパレードであれはなんだ、これは孫から聞いたことあるぞ!エルフってやつじゃろ、馬なのに翼生えてんの草、奇妙じゃなぁ〜!などと興奮しっぱなしで女神は苦笑いするしかなかった。
女神からすれば孫の影響とは言え、120の老人の口から時折、若者言葉が飛び出してくることの方が奇妙で面白いのだが。
閑話休題
「いかがですか?魔物は人の生活を脅かしますし、人同士の争いも絶えません。魔物退治や人同士の争いでは貴方のその剣の腕を遺憾なく発揮できると思うのですが」
「む?」
剣の腕を遺憾なく発揮できる。この言葉に龍太郎の眉尻がピクリと反応する。
見たことのない生物、架空と言われていた生物が実際に存在し、そんな生物と戦える。魔物に対して自分の技量がどこまで通じるのか、そんなことを考えるだけで口角がつり上がってしまう。
「楽しそうだと思うてしもたわい。よかろう!この世界に行かせていただく!」
高らかにそう宣言した龍太郎の目はまるで少年のように輝いていた。
「分かりました。では、餞別を送らせていただきます♪」
奮発しちゃいますよ〜♪と言わんばかりにフンスと気合を入れた女神が手を広げると強い光を放ち、黒い鞘に収まった反りのある細い剣、否、打刀と呼ばれる刀が現れ、龍太郎へと渡す。
「むむ?これはただの刀ではないな?」
「さすがですね。それは魔刀です」
「魔刀?」
「様々な能力を持った魔装具とよばれる強力な武具の1種です。そしてその魔刀の名は、吸魔刀【黒龍】」
「黒龍・・・」
龍太郎は早速、黒龍を鞘から抜く。
「ほう・・・見事なもんじゃ・・・」
思わず見惚れる。それほどまでに見事で美しい刀身だった。周りの景色を綺麗に写すその刀身に走る刃文は尖り互の目と呼ばれるもの。
反りは先反り、拵は黒漆打刀拵。さらに龍の鱗のような模様が掘られている。柄は鮫皮と柄巻は共に黒く、東洋龍の姿を象った目貫の金色が際立つ。龍太郎の名前に因んで作られたようでお誂え向きだ。
「というより貴方に合わせて今作りましたから」
「とんでもねぇなこの姉ちゃん」
「それと、こちらの世界の知識や常識は貴方の脳に直接送っておきますね♪黒龍の能力も添えておきます」
「ふむ、そうじゃな。その方が手っ取り早い」
「それと、こちらの世界での服装ですが・・・」
女神は龍太郎を見る。現在の龍太郎の服装は、黒の着物に、黒の袴という至ってシンプルな和装。
「ワシとしてはこの服装が落ち着くんじゃがな」
「そうですか・・・まぁ、少々浮いてしまうかもしれませんが大丈夫でしょう♪」
「浮くておい」
「餞別は送っておきたいので機能だけ付与しておきますね。汚れ防止と一張羅になるので自動修復をサービスで付けておきますね」
「至れり尽せりじゃないか?」
「今回は事故のようなものでこちらの世界に来る訳ですし、これくらいはさせてください♪」
そういうものか?と思いつつも、確かにと納得もする。別の世界へ行くのだ、武器や服に様々な機能を付けてもらって損はない。
「ではそろそろ、こちらの世界へ送りますが何か要望はありますか?」
「ふ〜む、そうじゃなぁ・・・」
今から行く世界には魔物という存在がある。先程脳へと直接送ってもらった知識では、強さはピンキリであるものの強い奴はとことん強い。ならば、魔物との戦いに慣れる為の修行が必要である。そして、その修行に持ってこいなのは。
「ソレルオ大森林に送ってもらえると助かるな」
「山籠りするにしてはいきなりハードル高すぎなような・・・あっ、そうですね。あまり奥地にはいかず浅い場所でなら比較的安全ですね♪でも浅地だとしても希に奥地にいるような強力な魔物が出没することもあるので危険には変わりありませんよ?え?その時はその時?うーん・・・貴方からすればせっかくの異世界なんですし、堪能せずに終わるのh」
「まてまてまてまてぇーーーーい!」
「あら?」
「勝手に頭ん中読んで会話進めんじゃあねぇ。声に出させんかい!」
「それは失礼しました。心配だったのでつい♪」
「まったくこの娘っ子は・・・」
と言いつつも美しい人に心配されることに悪い気はしない龍太郎であった。
「修行のために転送地はソレルオ大森林の浅地にしますね。他には何かありますか?」
「そうじゃな。あとは女神さんの口付けを貰うだけかのう」
「ふふ♪そうですね」
冗談だった。何言ってるんですかも〜なんて言って、躱してもらうような冗談を言ったつもりでいたのだが。龍太郎の予想に反して現在、彼の首には腕がまわされ二人の体は密着、唇には女神の唇が重なっていて、その瞬間はまるで時が止まったようにさえ感じられた。
やがて、そっと離れ・・・
「幸運をもたらす、女神のキスです♪」
「お、お〜〜〜、お、おぉう」
「動揺しちゃってますね♪」
「や、やかましわい!」
「こちらの世界に適応できるように体も作り変えさせて頂きました♪多分体も充分に動くと思いますよ」
「なぬ?・・・うおっ!本当だ!めっちゃ軽っ!!!」
「元から年にそぐわない肉体年齢だったとはいえ、今のままだと流石に魔物と戦うどころか、こちらの世界に降り立った瞬間に体が魔儺に順応できず爆死ですからね」
「え、今とんでもないこと言わなかった?」
「そ・れ・と♪」
女神が意味深な笑みで龍太郎の目を見る。
「体を作り変えるついでに、アチラの方も若返らせておいたので、こちらの世界で気に入った女性とお楽しみできちゃいますよ♪」
「・・・余計なことを。どうりで今のキスでうずくわけじゃ。つか、それをするなら何故見た目を若返らせてくれんかったのじゃ」
アチラが若くなったとは言えジジイだ。いや、見た目は元々120とは思えず60代とかにしか見えないわけだが、それでもジジイであることには変わりない。そんな自分の手にあるシワを見ながら訴える龍太郎に、女神はまたも意味深な笑みを浮かべ。
「こちらの世界には、貴方のように戦えてシルバーで燻銀なおじ様に惹かれる人は一定数いるんです♪」
何せ魔物という脅威も存在する世界では魔物退治のための戦闘職に就いている者も多く、それだけ命も落としやすい。そんな中で戦闘職に就いていて尚かつ白髪が生えるくらいまで長生きしてるというのは、それだけで強さの証明であり、一部の女達にとっは性癖にぶっ刺さるのだと女神は説明した。
「その辺は世界の違いから来る価値観の違いってやつかのう?」
「そういうことです♪」
それからは言語の理解と文字の読み書きができるように脳も少々いじったことを説明したり、その他必要な話を終えていよいよ異世界へと転移する時がきた。
「それでは転送しますね♪」
女神がそう言うと龍太郎の足元が光りだす。
「あ、最後に1つ。もし森で人と出会い、その人がグリフローラ王国へ行くなら、共にグリフローラ王国へ向かうことをオススメします♪」
「そうか、女神さんの言う事だ。それに従うとしようかの」
「ありがとうございます♪それではお気を付けて」
「色々とありがとさん」
この言葉を最後に龍太郎は完全に光の中へと消え、異世界へと旅立った。