SSR級のレアカード
鉄壁の顔面を持っているおかげで何とか誤魔化せていると思う。けれど、いつまでもこのまま気持ちを誤魔化し続けることができるかしら? 吊り橋効果でこうなっているだけだといくら自分に言い聞かせても落ち着く気配がない。
あれから、何故あのような事件になってしまったのか忙しい旦那様に代わって執事長に教えてくれた。
一年前、サドマゾム王国から逃げ出した盗賊団を国境付近で捕縛する作戦を指揮していた旦那様は、同じく盗賊団を追っていたステファニー令嬢といざこざになってしまったらしい。国境を越えて逃げ出した盗賊団をしばいていたら旦那様達と遭遇。思わずサディストの血が騒いで旦那様に矛先を向けたそうだ。盗賊団を全員捕縛する前に揉めてしまったため、残党を逃がしてしまったという。
それ以降も残党の調査を進めていたのだけど、ここ最近になって彼等が動き始めたという情報を掴んだらしい。私との結婚を目前にしたタイミングであったこともあり、その前に見つけ出して解決したかったけれど無理だった。その内、旦那様に恨みを抱いているという情報を掴んで、今に至るまで警戒していたというのが事の顛末のようで。
なるほどね。通りで護衛が強固だと思ったわ。初夜の翌日に旦那様が駆り出されたのも、女子会の時ステファニー令嬢が明日職場に会いに行くと言っていたのも、盗賊団の残党の件でのことだったのね。
元々サドマゾム王国の盗賊団だから、恐らくホライゾン王国内で問題を起こしていなければ身柄を引き渡すことになるでしょう。うちの国にいても彼等の欲求を満たすことはできないのだから、早々にお帰り頂くのが宜しいかと。
よほど、旦那様に刃を向けられた時に興奮したのね。旦那様を怒らせいじめてもらうためだけにこんな計画を実行するなんて。私は完全に囮に使われた訳ね。
恨みどころか、己の欲求を満たす対象として旦那様に白羽の矢が立ったみたい。旦那様は心底嫌がっておいでだったけど、危害を加える類の人達ではなかったし私の心証は悪くない。そうは言っても、私が旦那様の立場でも彼等の反応は怖いわ。ステファニー令嬢は凄いわね。マゾヒストへの扱いが上手いわ。
危惧する点があるとすれば、旦那様は男性がお好きな方であると騎士団に知られているという現実よ。そして私の気持ち。何故なの私! これはあんまりじゃなくて?
あの事件以来、私はすっかり寝不足になってしまった。今までは異性の顔をした同性と雑魚寝しているだけだと思えたけど、私の気持ちが変わってしまってからは妙に意識してしまって眠れなくなった。
心を落ち着かせるハーブティーやお花を寝室に飾ってやり過ごしているけれど、正直参っているのが現状よ。
旦那様が悪いわけではないけれど、少しの間だけ一人にして欲しいと思う。だけど口が裂けてもそんなことは言えないわ。旦那様が泣いてしまうのが目に見えているもの。大変だけど、このままでいるしかないわね。
寝不足なのは、事件に巻き込まれたショックだと思って貰いましょう。時間が経てば気も楽になれるはずと信じて……
「姉上、一緒に戻りましょう」
昼になり、いつものようにティータイムを楽しんでいたら、エイドリアンが訪ねてきた。眉間に皺を寄せて。イケメンが台無しじゃない。おやめなさい。
このシスコンちゃん、ついにお姉様を強硬手段で連れ帰るつもりのようで、私の腕を掴んでいる。そうはいかないわよ。
「何を言うのエイドリアン。私はミレニアム公爵夫人よ。家を空けるわけにはいかないでしょう?」
「ですが、そのようにやつれておいでなのにこのままここに置いておけるわけがないではないですか!!」
はて? やつれているとはどういうことかしら? 少し寝不足だから顔色は悪いけれど、決してやつれているわけではないはずなのだけど。
けれど侍女達も頷いている。何故?
「最近、あまり食事をとられておられないとか? あいつが、姉上を守れなかったからこんなことにっ……許せません。許しません!! 姉上、今すぐ離縁なさるべきです!!」
また始まった。この子は、口を開けばそれしか言わないつもりなのかしら。心配してくれているのは分かるのだけど、無理ばかり言わないで貰いたいものだわ。
それにしても、私の食が細くなったことを一体誰から聞いたのかしらね? いわゆる恋煩いの一種だったのだけど、事件のせいだと勘違いされているのはこちらの思惑通りだわ。けれどそれをエイドリアンにリークするのは違うでしょう。一体誰が話したのよ?
……なんとなく、ステファニー令嬢な気がするの。彼女、ポロッと秘密を話してしまう癖があるから。盗賊団の尋問を行っている場所にステファニー令嬢だけでなくエイドリアンも同席していたと聞くし、ついうっかり口を滑らせてしまった可能性がありそうね。
まぁ、私も手紙に書いてしまったからいけないのだけど。芽吹いたばかりの気持ちを書き記すことはやめておいた。まだ確信の持てるものではなかったから。でも、もう遅い気がするわ。
旦那様のことを思うだけで胸が苦しくて顔が熱くなるから!!
落ち着いて、落ち着くのよ私。今はエイドリアンを宥めることに注力しましょう。溜息を吐いて、エイドリアンに言う。
「私はどこにも行かないわエイドリアン。私のせいで護衛騎士達が怪我を負ったのだもの、彼等の怪我が治るまで見守りたいわ」
「優しすぎます姉上。騎士の怪我など、気にする必要はないでしょう」
「もしかしたら死んでいたかもしれないのよ? 今回は運良く助かっただけよ。心配して当然だわ」
息を呑んで口を噤むエイドリアン。まぁ、誰もが幸せになれるこの世界で、人が天寿を全うせずに亡くなることなどないのだけど。こう言えば諦めるだろうと思ってのことだった。
そもそも、旦那様が仕事でいない合間にやって来て私を連れ出そうとするのは駄目よ。せめて旦那様に許可を取らなくてわね。ただ、両陛下が心配しているだろうから会いに行く必要性がある。丁度いいわ。
「近々、お父様やお母様に会いに行くつもりよ」
結婚までの期間が短くてバタバタしていたけど、そろそろ顔を見せに行くべきだったもの。今回の件で心配を掛けただろうし、顔を見れば安心してくれるはず。ただし……
「旦那様も一緒にね」
「っ!!」
一瞬喜んだけれど、旦那様も一緒だと聞かされて悔しそうな顔をするエイドリアン。まったくもう、どうしたらいいのかしらね。そのことも含めて、両陛下に相談しなくては。
これ以上拗らせる前に、何とか手を打つのよ!!
我が家への里帰りは久しぶりだった。旦那様は少し緊張気味だったけれど、いつもの公共向けの仮面をしっかり被っておられる。エイドリアンは不満顔だったけど、さして問題もない。
此度の事件の経緯を報告することも含めてのことだったので、ステファニー令嬢をお招きしての会食が行われた。彼女の存在に震える旦那様以外、楽しい一時を過ごす。この席にエイドリアンがいないのは、完全に皇帝陛下の策略だったわね。
そう言えばあれはどうなったんだ確かめてきてくれ、だなんてわざとらしく追い出しておられたもの。恐らく私と同じ危惧を抱いておいでなのだわ。本人の前でするわけにもいかないし、追い出したのね。
早速とばかりに、エイドリアンの婚約者候補の話になる。誰誰がいいだろう。誰誰は気が合うのでは、と両陛下がおっしゃっていたけど、私は自国民のことにも拘らず彼女達のことをまったく知らない。どんな方達なのかも分からないのに同調もできないと思っていたら、旦那様が代わりに意見を述べて下さった。
あの令嬢は秘かに想いを寄せている方がいるだとか、あの令嬢は実は男勝りな性格で騎士になりたがっているのだとか、事情通な旦那様の本領が発揮されている。さすが、心は女性。社交界の淑女の事情にとてもお詳しいわ。
両陛下もそうかそうかと頷き、ならばどうすればと悩まれる。婚約者を決めるわけではなくあくまでも候補者なのだけど、エイドリアンを納得させられるほどの方であり、未婚の女性でなければならない。誰がいる? どうする? 頭を悩ませていた私達に、一人部外者なステファニー令嬢が言った。
「一人、いるではないですか? この国の誰もが皇太子殿下に嫁ぐことに納得し、皇太子殿下も拒否できない未婚の淑女……マグノリア・ホルムグレーン侯爵令嬢が」
「!?」
何たる盲点!! 候補者として、SSR級のレアカード!! むしろその他の候補者が一気に霞んでしまうほどの神の一手ですわ!! いえ、もうマグノリア令嬢を候補者としてしまったら一択になってしまう。だって彼女を拒否することなんて絶対にできませんもの。
今ですら引く手数多なマグノリア令嬢だもの、エイドリアンよりも倍率が高いのに無理だわ。未だどの求婚にも応じていないのは、マグノリア令嬢の結婚観が完全に教祖の域に達しているからだ。尼さんと婚姻するのはとても難しいことだと思うの。
とても素晴らしい案だったけれど、皆一様に無理だろうとの諦めが伺える。例に漏れず私も。マグノリア令嬢は、前世の記憶分の人生が加わっているので実質120歳と17歳である。彼女からしたら、エイドリアンなんて曾孫か玄孫でしょう。
彼女は誰にも触れられない神聖な域に達した女性だし、彼女自身他人の人生を導くことに喜びを感じている。マグノリア令嬢のためにも、エイドリアンの婚約者候補の件はやめて置いた方がいいわね。
ならば別の候補者は誰だろうと話し合うのだけど、どうにもこの人、というご令嬢が見当たらない。マグノリア令嬢というダークホースのインパクトが強すぎたのかしら。誰の名前も浮かばない様子だった。
今日は取り敢えずここまでにしましょう、ということになる。そのまま両陛下に今夜は泊って行けばいいとおっしゃられ、私の宮であるシラヌイ宮に押し込まれてしまった。
エイドリアンの婚約者候補を見つけるのも一苦労ね。どうしても、あの子のシスコンぶりを温かく見守りつつ包み込める方を選ばねばならないから大変だわ。最悪、伝家の宝刀・お姉様のお願い、を発令しようかしら。あの子は昔から私の切なる願いを聞き届けてくれたから。
そんなに何度も連発する切なる願いがあって堪るか、と反抗期にもならず聞き届けてくれるエイドリアン。本当は、とてもいい子なのよ。ほんのちょっとばかり、シスコンを拗らせてしまっただけで。
ほんの、ちょっとなのかしら? あれは本当に、ほんのちょっとかしら? 大分な気がしないでもないなぁと思いながら寝室に入ると……え? なにこれ? 何なのよこれぇー!?
嫁ぐ前まで私の寝室だった部屋が、かの有名なベイビーの誕生をポップに喜ぶ名曲がBGMで流れそうなほど赤ちゃんグッズで埋め尽くされている―!!
夫婦共に、立ち尽くしたことは言うまでもない。声も出ないわ。旦那様に至っては、これの意味するところを理解しているのか、笑顔が硬直したまま小刻みに震えている。今にも、公共向けの仮面が脱げそう。耐えて、今は耐えて下さいませ。泣くのはその後よ!!
たった二か月余りだというのにリニューアルしたようで、寝室の両サイドに浴室が完備されていた。お互いの顔を見ずに同時に入浴できるように作り変えたようね……望んでない!!
精神的ダメージを受けてしまった私達は、お互いに侍女に連れられるまま浴室へ向かう。拒否する気力も失ってしまった。お互い浴室から出て、心底疲れ切ったままベッドに横になる。
当然、何事もあるわけがない。もう、私達のライフポイントはゼロよ。
昨夜の一件を聞かされたエイドリアンは朝から癇癪を起こした。私達はというと、心底疲れていたにも拘らず寝不足という状況。プレッシャーが半端なくて眠れなかったことを両陛下に報告したら、ちょっと期待を込め過ぎたようね、すまんな、と謝られた。
お茶目とかそういうレベルを超越しておりましたわよ。圧がありましたわよ! そもそも私達の関係はクリーンですわ。期待されましても、可能性が絶対零度です。




