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連れ去られましたが無事です多分

 私の考えが甘かったのは事実だわ。最近元気のない旦那様を元気付けたくて、手ずから何か作って差し上げようと思ったけれど、刺繍も編み物もセンスのない私には無理だった。せめて何かできないかと考えて思いついたのが料理。前世でも、簡単なものだったら手伝ったことがある。

 掴み合いの喧嘩を繰り広げた男友達には、調理実習の時に料理対決を申し込んだ。だって、あまりにも不味いもん作るんじゃねぇぞってしつこかったから。お前こそ食えるものを作れるのかって、売り言葉に買い言葉で対決したのはいい思い出だわ。結果としてどっちが上ということもなく、レシピ通りに作れば普通に食える、という結論に達したのよね。本当に、子供だったわね。


 まぁ、だからこそ料理ならができるだろうと、さして難しくない料理ならば作れると食材の調達を任せたのだけど……この世界の食材や調味料の名前がちぐはぐなのを失念していた。おかげで、私の思っていた物はそこには用意されておらず。


「奥様申し訳ございません」

「いいえ、私が勘違いして頼んだのだもの、あなたは悪くないわ。けれどこれでは作れそうにないから、直接市場に買いに行ってみようかしら?」

「!? いけません奥様!! 危険です!!」


 慌てた侍女に止められる。侍女のクレアも同調した。けれど、名称と食材が一致しないのはどうにもならない。思ったものを手に入れられないと作れないのだから仕方がないわ。


「大丈夫よ。王都の市場で危険なことがあるわけがじゃないでしょう?」


 そんな安直な私の考えが愚かであったことを今、嫌というほど痛感している。だって私達、何者だか分からない者達によって連れ去られている真っ最中だから。

 王都は安全だとばかり思っていた。治安の良さが売りだったはずなのに、それでもいるのねこういう人達。目隠しもされず連れ去られているから、私達きっと殺されてしまうのでは? いいえ、この世界が誰もが幸せになれると謳っている以上、殺されることはなかったわね。だけど無事に帰れるのかどうかは分からない。


「頭! 連れて来やしたぜ!!」

「でかした」


 頭と言われた人及び、その子分と思われる人達。その身なりから盗賊あるいは山賊の類だと思われる。傭兵にしては大した武器を持っていないし。

 彼等は一体私達をどうするつもりなのかしら。口ぶりから、初めから私達のことを狙っていたことが伺える。拘束はされているけど乱暴に扱われていないところからすると、危害を加えることが目的ではないように思えるのだけど。


「悪ぃな王女様。あんた達を傷つけやしないから大人しくしててくれ」

「何が、目的なのですか?」


 頭と言われた男は私達の拘束を解くよう、仲間の女性に言った。私と侍女のクレア、公爵家へ嫁いでからの侍女であるミカエラの拘束は外される。

 こんなことになったのも、私が狭い路地裏を通ろうと言ってしまったから。止める彼女達や護衛の言葉を聞いてやめていれば、彼女達を危険な目に合わせずに済んだのに。それだけではない。護衛騎士達も、怪我を負わずに済んだでしょう。

 血は出ていたけど、致命傷ではなかったように思う。あくまでも私見だけど、恐らく大丈夫だったはず。この世界の理が、彼等を守ってくれていると有り難いのだけど。

 私の判断ミスが、皆を危険に晒した。せめて私は、彼女達を守らなくてはならないわ。


 男は、ただ待っているだけだと言った。一体何をと疑問に思う私の耳に、遠くから近付く複数の蹄の音が届く。あばら屋の中にいる私達には誰が近付いて来ているのかは分からない。けれど何となく、期待に胸が躍った。来てくれた、と何故かそう思う。


「アリアナ―!!」


 旦那様の声。間違いなく、旦那様だわ!


「じゃあ、付いて来てくだせぇ」


 口は悪いけれど、紳士的な盗賊の頭。思えば、ここまで連れて来られる際に私達に触れたのは女性の仲間だけ。男の人達は私達に触れないように気を遣っていた。

 彼もまたそうなのか、私に触れようとはしない。何が目的なのかは分からないけれど、丁重に扱われていることだけは事実だわ。どうして、そんな人達がこんなことをしたのだろう。あまりにも不可解だと思った。


 言われるがまま彼の後について行く。旦那様を筆頭に、王立騎士団の面々があばら屋を取り囲んでいた。馬を下りた旦那様は、怒りとも焦りとも取れる表情をしている。そんな表情をしているのを見たのは初めてだわ。拘束されていない私を見ても、怒りが収まらない様子だった。


「この国の王女を……私の妻を連れ去った罪は重いぞ!! 今すぐ彼女を返せ!!」

「いいだろう」


 あっさりと、盗賊の頭は要求を呑んだ。あまりにもあっさりしすぎていて皆止まる。聞き間違いか、と皆お互いの顔を見合わせる者がちらほら散見されるほどに。


「なんだ? 降伏したのか?」


 旦那様の同僚であるアドキンズ伯爵が、警戒しつつも問うた。圧倒的に不利な状況なのだから、確かに降伏することは有り得る。けれどなんだろう、なんだか何かおかしいような気がするのよね。すると盗賊の頭は豹変する。


「その代わり……私達をぶってぇ!!」


 なぬぅ!? アレックス様私達をしばいてと、彼等は口々に願い出る。何だこの地獄絵図は。一体何が起きているの!?

 願われた本人である旦那様は、もっと意味不明だとばかりに恐怖に慄いていた。蔑んだ目で彼等を見ていたわけでもないのに、もっとなじった目で見てとお願いされる。

 ……うん、これはなんだ? 私は一体何を見させられているの? 初めてマゾヒストを見たわ、と遠い目をする。


 今日も天気がいいわね、と曇天の空を見上げながら思う。現実逃避よ。私はここにいない。晴れやかな空の下、いつものように庭園で紅茶を飲んでいるのよ。これは夢よ!!


 じりじりと迫る彼等に旦那様は限界に達したようで、あろうことか素を出してしまわれた。


「嫌ぁー!! こっち来ないで!! 気持ち悪いー!!」


 旦那様旦那様旦那様ー!! 本性を現しておいでですよ! そもそもマゾヒストにそんなことを言ったら、喜ぶだけですよ!! 現に彼等は、もっと蔑んでぶってなじってと言いながらくねくねしている。旦那様の本性も含めて、どういう状況なんだこれは?

 ふむ……私、もう帰りたいかも。このどう見てもヤバい絵面の理由は、推測の範囲で考えてこういうことになるのでしょう。旦那様にぶたれたくて私をダシにした、と。今日も平和だったわね。


 けれど、旦那様がかわいそうになってくるのも事実。とは言え、社交界の華である旦那様の豹変ぶりに、皆様とても冷静なのが気になるところ。え……まさか、まさかそんなわけ……

 アドキンズ伯爵、そしてパターソン侯爵が近付いて来られた。


「王女殿下…いえミレニアム公爵夫人、ご無事ですか?」

「えぇ、なんともありませんわ。ですがこれは一体? そもそも皆様どうして……」


 それ以上聞けなかった。聞いてはいけないような気がしたから。けれどパターソン侯爵はおっしゃった。


「あぁ、あいつの本性を知っていたか否かでしょうか? それはもう、分かりますよ。野山に分け入れば、否が応にも川や池で行水することになるわけですからね」


 あぁ、そうでしたわね。熱い胸板、逞しい二の腕、引き締まった硬いお尻を見ているとときめいてしまう、とおっしゃっておられたものね旦那様。私のせいではないのだけど、なんだか申し訳なくなってくるわ。

 皆様、身の危険を感じながら過ごしていたのでしょうね。


「そんなあいつが結婚とは……どこの令息が引き取ったのかと思ったものです」

「私は傭兵辺りかと思いました」


 お二人共、遠くをご覧になっていた。これは、思った以上に旦那様の言動に悩まされておられたようね。まぁ、今となっては私が一番悩まされているのだけど。

 目の前で、未だマゾヒストに苦しめられている旦那様。そこに、漆黒の馬に跨り颯爽と現れたのはステファニー令嬢だった。自慢の鞭をビシバシ唸らせながらのご登場です。


「あら、とっても美味しそうな下僕候補がいるじゃない? 一年前に取り逃がした盗賊団の残党ね? いいわ、私が可愛がってあげる!!」


 ビシーバシービシーバシーと、痛そうな音が響き渡る。にも拘らず、盗賊団の彼等はマゾヒストらしく歓喜の声を上げる……視界は、アドキンズ伯爵のマントによって遮られた。


「見てはいけませんミレニアム公爵夫人。目が穢れてしまいます」

「耳は私が塞がせて頂きます」


 彼に続いて侍女のクレアが耳を塞ぐ。軽くしか塞がれていないので聞こえては来てしまうのだけど、ちょっとはマシになったので良しとする。

 ステファニー令嬢、水を得た魚みたいに生き生きとしていたのだけど、本当にサディズムはないのかしら? 私だったら無理だけど、彼女はその環境で育ったから染まっていても仕方がない。


 ふと、視界のマントが消えた。耳を塞いでいた両手も消える。マントの向こう側から、旦那様が走ってきた。


「アリアナちゃん!!」


 気付けば旦那様の腕の中で身動きが取れなくなっていた。秘かに震えている。余程心配したのね。私の無事な姿に安堵していた。泣きそうなのを堪えているのが分かる。人目があるから、泣かないようにしているのだわ。


「あなたに何かあったらと思うと、気が狂いそうだったわ」


 無事でよかったと、お互いの顔が認識できるぎりぎりの距離でおっしゃる旦那様。神を籠絡できる美貌が潤んだ瞳で私を見つめ微笑む。ドキッと、鼓動が高鳴った。

 再び抱きしめられながら、私は己の変化に困惑する。


 このドキドキは何? 心臓病!? ついに病弱設定が、病弱にスキルアップしたのかしら!?

 顔が熱い。動機が止まらない。おかしいおかしい。今の私は普通じゃないわ。そう、これはきっと吊り橋効果よ!! 危険な状況を乗り越えた者同士が陥る罠。つまり、偽りの感情よ!!

 じゃないと困る。そうでなければ困るのよ!! そもそも、今はそんなことを言っている場合ではないわ!!


「旦那様! ここは往来ですのよ! 公爵家の中ではないのですよ!!」

「……あぁ、勿論分かっているよ」


 たった今分かった癖に何をおっしゃいますやら。ミレニアム公爵としての仮面を被り直した旦那様は、何事もなかったかのような顔をされる。もう、色々遅い気がするのですけど?

 アドキンズ伯爵の呆れかえった顔をご覧あそばせ。パターソン侯爵の溜息をご覧になって。他の騎士の方々の、僕達何も見てませーんな目の逸らし方をよく見るのです。すべてバレておりますわよ。

 しかも……


「なによ? 今更取り繕ってどうなるのかしら。本当に、鞭の打ち甲斐があるわねアレックス。アリアナに代わって調教してやろうかしら?」


 何とも物騒なことをおっしゃるステファニー令嬢。どうかもう許してあげて。今まで誰にも気付かれていないと思っていた旦那様は、たった今すべて知られていたことに気付いてぷるぷる震えて耐えておられるから。

 仮面を被っておられたのは恐らく、ミレニアム公爵家という家紋のため。そしてお姉様方の調教の成せる業でしょう。ご自分を偽り生きて来られたのだもの。せめて体面だけは取り繕わせてあげて欲しい。


 なんだかかわいそうで見ていられないわ。自分の心境の変化に驚いて困惑しているけれど、まずは事態を収拾するのが先ね。


「旦那様、帰りましょう。皆、心配しておりますから」

「そうしよう」


 盗賊団のことは騎士団とステファニー令嬢でどうにかするからと、旦那様と私は用意された馬車に乗って帰宅することになった。馬車の中、旦那様は大号泣。ずっと私に抱き着いておられた。

 旦那様はご自分のことに必死で気付いていないけれど、当の私は自覚したばかりの感情に振り回されている。吊り橋効果吊り橋効果と言い聞かせても、高鳴る感情を抑えられない。誰か、違うと言って―!!


 女である私は旦那様の範疇外なのに、まさか旦那様のことを好きになってしまったというの? 不毛にもほどがあるわ!

 お願い! どこかの名医よ!! 私の心臓に鋼を埋め込んでー!!

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