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前世の記憶持ち淑女のガールズトーク

 旦那様には申し訳ないけど、彼女に会えるのはとても楽しみだわ。数少ない友人であり、前世の記憶を持った者同士だから。

 早速手紙を送って会う日を決めなくてはと心躍っていたら、エイドリアンがしょんぼりしながら帰っていった。姉の関心がステファニー令嬢に向かってしまったことを悔しがりながら。

 その後の旦那様は今にも倒れてしまいそうなほど顔が悪くなっていたので、早くお休みくださいと気遣った。かなり憔悴されておられたから心配だったけれど、執事長に引きずられるようにして執務室に向かっておられたわ。心を強くお持ちになってね。


 手紙を送ったその日の午後、ステファニー令嬢から早速お返事が来た。翌日、マグノリア令嬢を伴って会いに行く、と。ふふふ、とっても楽しみね。婚約から結婚、結婚後まで、目まぐるしく時間が経ったためお二人とゆっくり話をできなかったもの。

 祝辞を述べられたりの簡単な会話ではなく、三人だけの女子会がしたかったのよね。庭に設けられた温室の中ならば、私達にしかできない秘密の会話もしやすいはず。早速準備させましょう。


 待ちに待った明日に浮かれる私と、元気を失った旦那様。初めの頃こそ同衾なんてと恥じらって一緒のベッドに眠ることすら騒動になっていた旦那様だけど、今となっては同じベッドで眠ることに抵抗はなくなっていた。

 私に至っては、イケメンなお姉さんと雑魚寝しているだけという感覚で過ごしている。まぁ、時々ぎゅうっと抱き着かれるのだけは勘弁して頂きたいけどね。私はあなたのお人形さんではなくてよ。

 今回は特に酷い。半泣き状態で抱き着かれている。


 えぐえぐと、涙を堪える旦那様。はいはいはいはい、頭撫でてあげまちゅねー。よしよししてあげるから寝まちょうねー。

 まさか、そんなにステファニー令嬢が怖いというの? 彼女一体何をしたのかしら?

 旦那様の心中など知るよしもないので、旦那様が何を思って泣いておられるのかは分からないけど、できるだけステファニー令嬢とニアミスしないように気を付けなければと心に決める。だって後が面倒だもの!

 一々旦那様を慰めてはいられない。私はいつだって自分のことで精一杯なので。






 私は朝から浮かれていた。それこそ、旦那様の子犬のような視線にも無視を決め込むほど。ショックを受けてしゅんとしていたけど、旦那様は仕事に向かわれた。

 待ちに待った女子会だ! 護衛も温室から遠ざけて、侍女も訳知りの者だけを傍に置く。心置きなく、ガールズトークを楽しむわよ!


 お二人を出迎えて、そのまま馬車で庭園の傍まで向かう。温室の中に入るその瞬間まで、私達は淑女としての振る舞いを崩さない……が。


「もう、大丈夫かしら?」


 ステファニー令嬢の問いに、えぇと答えると、彼女はすぐに素を出した。


「かー!! ホント、堅っ苦しいったらないな! マジで性に合わん」

「ステファニー令嬢…カンナにとっては地獄だもんね」

「まったくだよ!」


 体が痒くなるー、とステファニー令嬢改めカンナは言う。この、どう見ても高飛車な雰囲気を放っている黒目黒髪のエキゾチックな姿のご令嬢は、鞭を持たせれば最強最悪と謳われたステファニー・ツヴァイク伯爵令嬢。前世の名はカンナ。前世の記憶を持っている事実は、彼女のご両親と私の両親、私達のもう一人の友人であるマグノリア令嬢しか知らない事実だ。

 元々の彼女はぶっきらぼうな性格で、口が悪いから誤解されるけど根はいい子だったのだと思う。生前の彼女は粗暴な言動を誤解されていたようだけど、最後まで情に厚い死に様だった。

 それを語るには、彼女の半生を語る必要がある。


 彼女の妹さんは、小学生の時同級生にいじめられていた。泣いて耐える妹を想っていじめていた子達への報復で殴ったカンナは、それが元で大事になってしまう。いじめっ子を懲らしめたという点を考慮されたとはいえ、いじめっ子側の親がとにかくうちの子は悪くないだのとのたまい、結局妹さんは学校に居場所の無くし転校することとなった。

 カンナ自身はというと、自分はやり返しただけだと一歩も譲らず、そのまま学校に残ったそうだ。しかしその後の彼女の居場所はなく、唯一幼馴染みの男の子以外でまともに会話した人はいなかった。


 妹さんとの関係もそれ以来ぎくしゃくしてしまい、カンナが高校卒業目前のある日に妹さんの友人から相談された内容を知るまで、妹さんの周辺で起きていた異変にも気付けないほど疎遠だった。妹さんが何者かにストーキングされている。その事実を知った瞬間、カンナはストーカーを特定し懲らしめるため秘かに尽力した。


 そして運命の日、秘かに妹さんの後を追っていたら、妹さんに刃物を突き付け脅していたストーカーを発見する。ストーカーを掴み上げ、妹さんに警察に通報するように言ったけれど、妹さんは動揺していてすぐには動けなかった。その間にカンナの拘束を解いたストーカーが彼女に一撃を……カンナは、妹さんに人のいるところまで走れと声を荒げた。妹さんは恐怖で竦み上がっている。

 いいから走れーと必死に叫ぶカンナに、妹さんはふらつきながら人通りのある方へと駆けていった。その後、何度も何度も痛みが走ったという。それでもカンナは、ストーカー男をギリギリまで放さなかった。妹さんを守るために。


 彼女の記憶はそこで途切れている。誰もが幸せになれる世界に来たということは、それが彼女の魂の傷になっているという証拠だ。その後妹さんが無事だったかどうかを知ることができないことが彼女の心残りだという。

 思わず目元の拭ってしまった私を見て、カンナはまたかという顔をした。


「またかよサキ。あたしの顔を見る度泣くなっての」

「ごめん」


 だって悲しいんだもん。私も病気で死んだから、悔しいことは悔しい。けど両親に見守られながら死んだ私と違って、誰にも看取られることなく一方的に人生を終わらされた彼女の人生を思うと悲しくなる。彼女のような女性が、どうしてこんな仕打ちを受けなければならなかったの? とてもやるせない。


 泣いたところでどうにもならない。そんなことは分かっているのに泣けてしまう。そんな私をマグノリア令嬢が慰めてくれた。


「彼女の尊い行動が神に届き、彼女の願いが聞き届けられたと信じましょう。それぞれの人生に意味があるのです。教訓であり試練。私達は過酷な運命の犠牲者であり、生者にとっては教師なのです。私達の人生が彼等を教え導いたと信じましょう」


 有り難い説法を聞かされている信徒の気持ちになる。心が洗われるようだ……って、トリップから帰ってきて私!

 私は自分の容姿を傾国の美女だと例えたけれど、彼女はさながら聖母のよう。緩いウェーブの掛かった金髪にエメラルドグリーンの瞳。纏うオーラは聖母の如く。実際彼女は、聖女マグノリアと呼ばれている。

 この国に聖女などと呼ばれる役職はないから、単に呼び名の一つなのだけど、彼女が口を開けば神官達よりも有難いお言葉が聞けると、社交界へのお誘いが尋常じゃないほど届くという。


 マグノリア・ホルムグレーン侯爵令嬢の信者は多く、彼女の見識に感銘を受けた人達はかなりの数に上る。非公式ながら、聖女マグノリア教なるものもあるそうだ。

 マグノリア令嬢改めサトコさんは、私達と同じように前世の記憶を持った転生者だった。天寿をまっとうした彼女だったけど、戦時下に生まれたため過酷な現実を体験した人でもある。今のように有難い教えを口にできるまでには、どれほどの苦しみを乗り越えてきたのだろうか。

 彼女はあまり過去を語らない。それでも少しだけ話してくれた。


 彼女は、戦後の混乱期に10歳にも満たない年齢だったという。顔も良く知らない人との突然の縁談は当たり前の時代。だけど苦ではなかった。義理の両親は優しくなかったけど、夫は優しかったから。

 家事を熟しながら育児も行うのが当たり前で、当然家業も手伝わなくてはならない。そのため何度も流産したという。やっと生まれた子供も、病気になっても薬も与えられず亡くなってしまう。辛い思いを幾度もしたそうだ。


 その後のことは決して教えてくれない。ただ、私やカンナの住んでいた世界とは違って先進技術の発展が目覚ましかったようで、驚いたことにサトコさんは120歳まで生きたという。彼女の世界では100歳越えは当たり前で、長くて150歳まで生きる。私やカンナの世界では100歳まで生きていることは凄いと言われていたけど、サトコさんの世界では普通のことだった。

 そういう私とカンナも、生まれた世界が違う。同じ地球での話のはずだけど、時代と時勢が異なっていた。私の世界でスマホが主流になったのはあの頃だというと、カンナはその頃にはスマホは古いとされていたという。サトコさんに至っては、スマホは数年の間だけ出回っていた過去の遺産だという始末。スマホなどという持ち運びに不便なものは早々に表舞台から消えたというのだから時の流れが違い過ぎる。


 お互いの世界の微妙な違いを語り合うのが楽しくて、毎回ガールズトークは白熱してしまう。いつの間にやらこんな時間になっていたのねと気付かされたのは、あれほどニアミスしないよう気を付けようとしていた旦那様が意を決していらっしゃったからだった。

 紳士然と颯爽と現れた旦那様。しかし私には分かる。旦那様の笑顔が硬直していることを。


「マグノリア令嬢、ステファニー令嬢。今日はお越し下さりありがとうございます。妻と楽しい時間を過ごして頂き感謝します。どうやら話が弾んでいたようですね。もう遅いですし、このまま泊って行かれますか?」


 部屋をご用意しますよと口では言っているけれど、明らかにステファニー令嬢に怯えている。帰ってお願い、との心の声が聞こえるようだわ。

 とうしましょうかと悩んでいたら、ステファニー令嬢がマウントを取った。


「あら、アレックスではないの。いいえ、きちんとミレニアム公爵様と言うべきね。いつ以来かしら? そう、一年前に国境付近で盗賊団を追い詰めた時以来だわ。あの時は、思わず盗賊団よりあなたに鞭を向けてしまって悪かったわね。私の鞭ったら、打ち甲斐のありそうな人を選ぶものだから、つい」


 そ、そんなことがあったのね。旦那様、頑張って平静を装っておいでだけど、笑顔が引き攣っているー! 打ち甲斐のありそうな人を選ぶとか、絶対そんなわけないのに。

 ステファニー令嬢、あなた本当にサディズムは偽りなのよね? なんか血が騒いでない? ご両親の血をきちんと受け継いでいるように見えるわよ?


 私達はもう失礼するわと、ステファニー令嬢は言った。マグノリア令嬢も朝早くお茶会の呼ばれているからと帰っていく。あぁ、楽しいガールズトークが終わってしまった。寂しさを感じていたけど、旦那様が泣き縋っているので慰めるのに必死です。だって、ねぇ?


「仕事の話があるから、明日あなたの職場に失礼するわね。今度こそ、私の鞭の餌食にしてくれるわ」


 との呪文をステファニー令嬢が残して行かれたから。旦那様、強く生きて。






 死地へと赴くかのような生気のない表情で、旦那様は仕事に行かれた。怯えた犬のようだったわ。それでも、外面だけはきちんとなさる方だからきっと大丈夫。何とか乗り切ってくださいませ。

 それにしても、仕事の話とは何だったのかしら? 隣国のご令嬢である彼女が、何故に旦那様に話があるのかしら。そう言えば、初夜の翌日も慌ただしかったけど、それ以降もずっと忙しそうなのよね。公爵家を継いだばかりだから忙しいのかと思ったけれど、それにしては変な気がした。公爵家の屋敷内外の兵は常時警戒しているし、私付きの護衛は10人以上も仕えている。

 嫁いだばかりの一国の王女の護衛にしては多すぎない? ただ単に旦那様が心配性なだけかとも思われたけれど……もしかして、私が知らないだけで、何かあるのかしら? 警戒しなければならないほどの何かが。


 考えたところで私には分からない。どんな理由だったとしても、ここほど安全な場所はないわ。だってこの世界は誰もが幸せになれる世界なのだもの。危険なことなど有りはしない、と高を括っていたのだけど……どうしてこうなった!?

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